13 ≪ネメシアを語る≫
同い年のアイドルの子が数人いて、その子達はドラマの子役オーディションを受けたり、本格的な活動に向けてダンスやバレエのレッスンを受けていたりしていました。
そんな中、わたしは母親の方針に従って、ご当地アイドルをしていたんです。
「母親の方針……って、そんな事決めれるの?」
「事務所にも考え方があって、でもそれよりも両親や本人の意見を尊重して活動させていきたいという、そんな事務所でしたから」
ずっとそこでアイドルをしていくんだって、そう思っていたかった。
でも、わたしに向けられた現実を見ていると、どうしてもそうは思えなかった。
母親が事務所の反対を押し切って、沢山のグッズを作ったり、CDを販売したり、握手券をつけたり。
「でも、そのグッズはほとんど売れなくて……ショッピングモールでライブをしても、お客さんは全然来てくれなくて……」
でも、わたしはそれでもよかった。
ライブをすることは楽しかったし、ご年配の方が時々見に来てくれるのも、とっても嬉しかった。
「一人だけ、高校生くらいの女性の方が、CDと缶バッチを買ってくれて、一緒に写真を撮ったのを覚えています……それくらいしか、良い思い出がないんです……でも」
そういう一つ一つの積み重ねが嬉しかった。
そういう一つ一つの積み重ねが楽しかった。
そういう一つ一つの積み重ねを続けていきたかった。
そういう一つ一つの積み重ねがわたしをアイドルにさせるんだ、ってそう思っていた。
「でも、お母さんはそう考えていなかったみたいで」
ライブが終わるたびに怒られるようになって、叩かれるようになって、でもグッズが売れ残るのだって、CDが売れないのだって、最初から分かっていた事で。
「そうやって悩んでいる時に、大手事務所の方がわたしを見つけてくれて、色々な話をしてくれたんです」
その方が言うには、わたしのダンスや歌を見て「この子は売れる」と思ってくれたらしくて。
だから、今のわたしが売れっ子。って言われても、演技やバラエティー番組での立ち回りなどは、まだまだ分からなくて、本当にアイドルらしくないなぁと、常々思います。
「それで、事務所を変えて、これでお母さんには何も言われずに楽しく活動できる……って、そう思っていたのに……なのに」
活動を始めて少し経つと、母親がわたしのマネージャーになって、また母親がわたしの事を管理するようになって。
でも、それでも、ドラマに出演したり、映画に出演したり、今までしてこなかった事もたくさんできて、それはとても楽しくて、でも、だけど、それでも……。
「どうしても……嫌だったんです」
「嫌だった?」
「ええ……とても」
お母さんが見ているのはわたしじゃない。
お母さんが見ているのはわたしが上げる利益で、求めているのはわたしの知名度からくる母親への称賛で、結局ほしいのはただの紙の束なんだって。
「本を出したりもしていました」
「お母さんが?」
「ええ『母子家庭、母親一人で娘をアイドルにしたワケ』というタイトルの本です。中身はまぁ、わたしを踏み台にして母親がただ自画自賛を何ページに渡ってしているだけの、そんな本ですよ。」
結局、母親はわたしじゃなくて「頑張る母親」という姿を称賛してほしかっただけ。
だから、わたしの人気が母親の思うようにでなかったある日。
「わたし、母親にグラビアの仕事を勧められたんです……」
周りの誰よりも早くメジャーデビューをして、周りの誰よりも早く何かの賞をもらって、誰にも馬鹿にされる事のない、称賛ばかりのアイドル。その母親がしかった、なのに現実はそうじゃなくて。
「グラビアのお仕事だって、勿論それだって、素敵なお仕事です……ですけど……でも、わたしはしたくなくて、何よりわたし、まだ子供っぽいから。また醜態を晒して、それで終わりなんじゃないか、ってそう思って……だから、嫌だってお母さんに言ったのに……」
だんだんと、彼女の声が震え始めるのが分かる。
同時に必死に涙を我慢しようとしているのも分かる。
痛いくらい、楓にも伝わってくる。
「なのに……なのにお母さんは……」
ついに限界を迎えた彼女はソファーの上で膝を抱え泣き始めてしまう。
それでも彼女は必死に自分の思いを楓に伝えようと、言葉を必死に探して、嫌な記憶を思い出す。
なるべく綺麗なものにしようと努力して、それでも感情が先走って汚くなって吐き出してしまう。
「お母さんは、ちょっと脱ぐだけでもっと稼げるようになるんだからって……それだけでもっと有名になれるんだからって、わたしの事を無視して勝手にグラビアの仕事の予定を入れて……それが、悲しくて……やるせなくて……」
ちゃんと話し合ってくれればよかった。
ちゃんと考えて、話をして、理解しあって、そのうえで仕事をするならまだわたしも納得できた。
「だけど違った! わたしの事なんてどうでもよくて、ただお金だけがあればいいって、そう思っていたから! だからあの人は!」
深く大きく息をしても、その思考回路はぐちゃぐちゃで、もう冷静にはなれなくて。
「だから……もう、わたしなんでどうにでもなればいいやって……そう、思って……」
楓は彼女の頭を撫でながら、空になったマグカップを眺める。
ただ、じっと。
「それで、裏垢を作って、会える人を探して……実際に会って……」
怖くなって、後悔して、嫌になって。
でも、わたしの事を大切にしてくれる人なんていないと思っていたから。
もうみんな、わたしの事なんて、金のかかる金の泉としか思ってないんじゃないかって。
「わたし……なんて、って……」
「でも、私は違ったでしょ?」
「え」
必死に必死に我慢して、やっとの思いで吐き出せた彼女の想いに、楓はあっけらかんとした言葉を、彼女に向ける。
「それ、自分で言います? もう………普通は言わないでしょう……」
必死に涙をこらえて、彼女は少し笑う。
「でも……そうですね、楓さんは違いました」
「でしょう?」
不思議、です。
ついさっきまで、むかむかとした嫌な気持ちが心の奥にたくさんあったのに、それが全部無くなっていく。
わたしの中から、消えていく。
ユリは少し笑って、息を吸う。
そして、もう一つの秘密を楓に吐露する事を決意する。
「わたし、もう一つ楓さんに隠していた事があるんです」
「なに?隠してた事って」
「私の本名ですよ……」
服の袖で涙を拭い、顔を上げて楓の方をじっと見る。
「わたしの本名は鬼灯ユリでもなければ、姫メ乃猫でもありませんよ……わたしの本名は、
と、そう言って笑って見せる。
その目にはまだ、涙が浮かんでいた。
「花菱猫か……うん、可愛い名前だけど」
「わたしは嫌いです」
「だよね」
「特に、猫の部分が嫌いです。産まれた時ネコみたいに可愛かったからぁって理由なんですよ? この名前」
「それは嫌だね……すごく嫌」
息を整えて、言葉を声にして。
楓は彼女に訊く。
「ねぇ、ユリ……ユリはまた、アイドルしたい?」
そんな楓の言葉に、ユリは昔の事を思いだす。
舞台に出るのが楽しかった頃、ペンライトの光に憧れていた頃を、昨日の事の様に思い出す。
「アイドル……したいです。していたいです……でも、今のままじゃ……今のまま、アイドルはしていたくないです」
それが
「考えないとね。ユリがもう一度アイドルに戻れる方法」
「ええ、そうですね……でも、楓さん。これ以上迷惑をかけるような事は」
楓は、まだ無責任にユリを帰す事はできないとそう思う。
だって、彼女がまだ、答えを見つけ出せていないのだから。
明確な、意思を示せないままでいるのだから。
「迷惑だなんて思ってないから……だから、もう少し一緒に考えさせてよ。君のこと」
「どうしてそんなに……」
「どうしてって……」
深く考えても、浅く考えても、その「どうして」の答えは楓の中にない。
「うーん……なんとなく……かな」
どうしてか、私は君に同情してしまう。
君の為に、ってどこかで考えてしまう。
何があったわけでも、何がある訳でもないのに、どうしてか。
考えて、言葉になって、でも感情だけが、ずっと置いてけぼりで。
「楓さんは、やっぱりよく分からない人です。なんとなく、だなんて」
「ごめんね、ちゃんと言葉にできなくて」
「いえ、そんな……」
母親以外の誰かが、わたしの味方でいてくれる。
ただそれだけでわたしは、もう少し頑張れる気がする。
なんとなく、だけど。
そんな気がする。
「ユリがもう一度、アイドルに戻れる方法か……」
今まだ何も浮かばない、どうすればまたアイドルになれるのかなんて分からない。
■
姫メ乃猫に似た人物が見つかった、しかもよく分からない女性と歩いていた。
これはなんだと、ファンの間では大騒ぎ。
しかしその騒ぎが直接二人の元へ届く事はなく、
楓は学校中で注目の的になりながらも、図書室にいる彼女と、家にいるユリと穏やかな時間を過ごしながら、七月を超え八月になり。
夏休みがやってきた。
「え? うん……あぁ、別に? 普段通りっていうかいつも通りっていうか……うん」
しかしそんな名前の事なんて些細な問題で、楓は普段通り「ユリ」と、そう呼び続けていた。
それは本人からの希望でもあり、ユリは「猫」と呼ばれる事をとても嫌っていた、
「本名が猫だなんて嫌です! 猫! 猫! って呼ばれるのが嫌なんです!」
ユリの主張は一貫して、それだけだった。
「あっ、楓さんお帰りなさい。お電話終わりました?」
「ごめんね、待たせちゃって」
「いえ、じゃあ食べましょうか」
インターネットにあの写真が拡散されてもう一週間は経っただろうか。
拡散されたからといって特別な事は何もなかった。
けれど、一つ変わった事と言えば楓のスマートフォンが毎晩必ず音を鳴らす様になった事くらいだろうか。
「また、幼馴染の人ですか?」
「そう。心配なんだって、私が」
「良い方ですね。心配して毎日電話かけて来るなんて」
「昔からちょっと心配性な所があったから。気になっちゃうんだろうね」
そんな話をして二人は晩御飯を食べていた。
その時はただの心配症だと思っていたし、ただ楓の事を思って電話をしているだけだと、そう二人は思っていた。
そんな考えが脳に沁みつき始めた翌日、土曜日の朝。
「そういえば、もう夏休みなんだ」と、昨日そう言っていた彼女が。
「楓、久しぶり」
インターホンの向こうにいた。
「会いに来ちゃった」
そこに立っていたは、楓の幼馴染である。
一人の少女だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます