12 ≪ストレプトカーパスがその心に存在するから≫
翌日、学校での楓の扱いが何かおかしい。
クラスの大半、誰もが一度は楓と目を合わせると、小声で何かを言いながら去っていく。
「私、またイジメにあってるかも」
そんな言葉を引き連れて、お昼の時間。
楓は図書室へと足を運ぶ。
「先輩、今日は人気者ですねぇー」
「ねぇ、ほんとなんなの? みんな私の方見て笑うんだけど、ほんと気分悪い」
「先輩、ほんとに何も知らないんですかぁ?」
「知らないよ。何かあるなら直接言ってよ」
お昼ご飯を食べながら、適当な本を両隣に積み上げて、二人は話をしていた。
そして何を思ったのか、目の前にいる彼女は食べる手を止め、スマートフォンを取り出す。
「先輩は電波に触れない生活をしてるんでしたねぇ、そう言えば」
「電波に触れないって、微弱な電波には毎日触られてると思うけど」
「そんな先輩にろーほーです」
「なに」
ちょっと不機嫌な楓に、彼女は一枚の写真を見せる。
それはつい先日、そう昨日のお昼頃に撮られ、夜にインターネットに投稿された写真だった。
「は?」
「まぁ、どうぞー」
彼女に渡されたスマートフォンを、そこにある写真をじっと見ると。
「えぇ? どういうこと……ちょっと待って、え?」
そこには昨日の、あの場所での出来事が、写真として残されていた。
服屋に入る、ユリと楓。
カフェに入る、ユリと楓。
映画館で予告を見ている、ユリと楓。
本屋に入る、ユリと楓。
グラスを見ている、ユリと楓。
「なんで……え、なんで……」
更には、手を繋いでいるユリと楓の写真まで。
「たまたま私達に興味を持った趣味の悪い盗撮犯がいたって事?」
「盗撮は盗撮ですけどぉ、趣味はいいと思いますよ? 目をつける相手が、あの徒花楓。なんですからぁ」
そう言って彼女は楓からスマホを取り、別の物を見せる。
「個人的にはこっちの方が問題だと思いますね……先輩の見解、もとい言い訳を聞きたいですよ」
そう言って彼女が見せてきた画面には、簡単な言葉が単純に並べてあった。
「最近音沙汰ないアイドルの
という言葉。
それと一緒に、ユリと楓が歩いている写真が二枚。
ユリの顔がアップになった写真が一枚と、楓の顔がアップになった写真が一枚、それがおまけでつけられた状態で世に放たれていた。
「姫メ乃猫? 猫? キャット?」
「先輩疎いもんねぇ……
「えぇと……つまり?」
「先輩は、知らず知らずの間に人気アイドルの誘拐をしていた。ってことなんじゃないんですか?」
未成年の女の子を、親の許可なくかくまっている。
そこに嘘はない。
だけど、ユリがアイドルだなんて。
「マジ……か」
「最近一緒に住むようになった。って言ってたよねぇ? そう言えば」
「そう言われなくてもその通りだよ……」
「大変みたいだよ、猫と一緒に隣にいる奴は誰だって、みんなで大捜索始まってて」
「なんでそうなるの……私はただの無害な一般人ですよ……」
「あはっ、やばいねぇー先輩」
「楽しそうだね……」
「だって、先輩がこんなに余裕がないの、私がキス迫った時以来じゃない?」
「あれはお前が罰ゲームで嫌々してたからだろ」
「あはは、怒ってる怒ってるー」
楓の言葉が荒くなると共に楓は思い出す、ユリの携帯にあった電話番号、それに電話を掛けた時、必死に猫を探していたのは、まさか、と。
「あれは、キャットじゃなくて、ヒューマンだったのか……」
その後、お昼休みの時間を目一杯使って、楓は「姫メ乃猫」という人間について調べながらも、自分自身の事についても調べていた。
あの日、姫メ乃猫と一緒にいた一般人。という事には中々されておらず、挙句の果てには地方の売れないアイドルだとか、ユリの生き別れの姉だとか言われていたりと、楓の知らない所で楓が散々な目にあっていた。
「先輩、これから大変ですね」
そう言って彼女は笑う。
「あぁほんとうに……大変な事になりそで……」
とてもじゃないが、楓は笑ってなんていられなかった。
普段ならテキパキとこなす仕事にもあまり身が入らず、それでも楓は仕事をこなし、バイトを終え家に帰った楓は靴を脱ぐやいなや、目の前にいるユリの目を見て言う。
「今日、ちょっと話したいんだけど、いい?」
「ええ、大丈夫ですよ」
そう素直に言ってくれるユリの声は、どこか暗かった。
晩御飯が終わっても、お互いにお風呂が終わっても、どこか重たい空気は家の中を漂い続けていた。
まだ届いていないお揃いのグラス、まだ一度も着られていない楓の趣味に似た、ユリの選んだ服。
洗い終わった食器の数々。
綺麗なマグカップが二つ、テーブルの上に並ぶ。
中には温かいコーヒーが入っていた。
二人はソファーに座って、しばらく白い壁を見つめる。
話始めるタイミングを探して、最初の言葉を探しながら、ただじっと白い壁を見る。
そして少しずつ減っていくコーヒーを飲む。
「その……楓さん……」
まだ温かいブラックコーヒーを、火傷も恐れずユリは一気に飲み干して、マグカップをテーブルに置いたら、まずは当たりさわりのない言葉を吐き出していく。
「何を言いたいのかはわかります。わたしに対してとても嫌な感情を抱いているでしょうけど、でもまずはわたしの言い訳を聞いてほしいんです……」
「別に怒ってないよ? 私」
「でも、嘘をついていた……訳ですし」
「嘘や隠し事くらいするよみんな」
「でもわたしは、楓さんを裏切った……様な、ものじゃないですか」
「そう、思ってるの?」
「思いたくはない……ですけど、そう捉えられても仕方がないなと、そう思っています」
ハッキリしない、ユリの意思。
ハッキリしない、ユリの正体。
ただ唯一、今ハッキリとしていているのは、楓の意思。
「私は裏切られた。なんて思ってないから」
私は、誰かの隠し事を責められる様な立場の人間じゃない。
私にできる事は、理解して受け入れて、次の未来を考える事だけ。
「だから、ユリ? 一つ、ちゃんと確認させてほしい」
楓は一瞬ユリと目を合わせると、またすぐに壁の方を向いてしまう。
だけどユリは、楓の横顔を見続けていた。
「鬼灯ユリの正体は、アイドルの姫メ乃猫だった。これに間違いはない?」
真剣な楓の言葉に対して、勿論ユリも真剣に返す。
「はい……間違いはないです」
その言葉を聞くと楓もなんだか安心してしまって体から自然と力が抜けていく。
「そう……じゃあ、あの写真について言われた色々は、嘘じゃないって事か」
「出回っている写真について、ですよね……全てに目を通せた訳じゃないですけど、でも、九割憶測です。でも、わたしがアイドルだという事。それだけは、揺るがない事実です」
「そっか……」
色々と調べていて分かったのは、姫メ乃猫というアイドルとしての仕事はとても順調だった、という事。
出演が決まっている映画もあれば、ドラマだってある。
バラエティー番組のレギュラーだって数本はあった。
そんな中、どうしても引っかかるのは姫メ乃猫が、どうして家出をし、どうして異性と会い、援助交際をしようとしていたのか、という事だった。
「別に仕事が嫌で逃げたくなった訳じゃないんでしょ?」
そう言いながら、楓はまだ温かいコーヒーをゆっくりと飲む。
「そうですね……わたしは別に、お仕事が嫌になった訳でも、それから逃げたくなった訳でもありません」
「じゃあ、家出のキッカケは?」
「それは……」
しばらくユリは沈黙し、空っぽのマグカップを眺める。
そして、隣にいる楓の顔を見て安堵する。
この人なら、そう気づかぬうちに心を許す。
「母親とのトラブルが、原因です」
そして
その小さな口で、その優しい声で、冷たい夜風の中を言葉達はさまよいながら。
それでも必死になって、彼女は自分の本心を、楓に吐く。
「わたしは、気づいた頃には、小さな事務所の売れないアイドルをしていました。わたしがアイドルをしているんだと自覚したのは、小学生の二年生……くらいからだったはずです、その頃から母親のトラブルは絶え間なく続いていました」
その頃から、わたしはわたしをアイドルだと自覚し。
同時にわたしは、母親に期待され、望まれ、そして今、失望させているんだと、そんな現実に気が付いてしまった。
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