11 ≪エゾギクの想い≫


 服を買った後、二人は大型の家具屋に入った。

特別何が欲しい訳ではなかったけれど、ずっとソファーで寝ている楓にベッドで寝てほしいからと、ユリが強引に楓を連れて入店した。


「ほら、楓さん! このベッドふわふわですよ! ふかふかですよ!」


「私のベッド買うくらいなら、ユリのベッド買った方がいいと思うんだけど……」


「わたしのベッドなんて、わたしは楓さんに迷惑をかけながら住んでいる身ですし……それにわたしがソファーで寝ると言っても楓さん嫌がるじゃないですか。だから買うなら楓さんのベッドです」


「だって、よそ様の大切なお子様だし、傷つけて返せないし……いっちゃ悪いけど、いつまでいる気なの? うちに」


「ぅっ……それは……」


「ずっと訳にもいかないでしょう?」


「それは……そうなんですけど……」


 触って感触をお試しくださいと書かれたシールが貼っているベッドに二人は座る。

そして、暖色系の明かりで満たされた天井を眺める。


「欲を言うなら、ずっと楓さんと居たいです。だって、その方が楽しい事がいっぱいですし。今までにない刺激がありますし……」


「でも、まだ中学生でしょ? ご両親が心配してるんじゃない?」


「あの人は……そうですね、心配はしているかもしれません……でも、心配なのはわたしの体ではなく、わたしで稼げるはずったお金の事……でしょうから」


「何、アイドルでもしてるの?」


 その言葉にわたしの心臓はドキっとしてしまう。

強く強く脈打つ。

ほんとうに楓さんは、そういうことに興味がないんだなぁって。


「そんなたいそうな事はしていませんよ。強いて言うなら看板娘ですかね」


「看板娘?」


「はい。惨めな母子家庭の中、努力する母とその努力の結晶であるわたし、ってやつですよ」


「ふーん」


 そんな言葉を聞いた後、楓は紙袋の中を探して一つの物を見つけると。


「ねぇ、ユリ。手、出して?」


「え?」


「いいから、出して」


「はい……」


そう言ってユリは不思議そうにしながら、両手の手の平を楓に見せるみたいにして、差しだす。


「これ、つけてよ」


「これは……」


「白いエゾギクがついたネックレス。珍しいから買っちゃった」


「どんなチョイスですか、エゾギクって……」


「中々見ないでしょ?」


「今初めてみましたし、初めて聞きましたよ」


「だよねー私もびっくりした」


受け取ったそのネックレスを、ユリは素直に首から下げてみる。

そしてつけたそれを楓に見せながら、ユリは首を傾げてみる。


「どうです?」


「やっぱり似合ってる」


 結局ベッドを一つ買う事も、何か別のものを買う事もなく、二人は店を後にした。


 そこから二人はまた歩き、服屋を通り過ぎた後、家電量販店でデカデカと宣伝されていた新作ゲームやイヤホンを見たのち、二人は少し早いお昼ご飯の為に、近くの喫茶店へと入っていった。


「私はサンドイッチとコーヒー貰おうかな。ユリは?」


「ホットドックを、あと楓さんと同じコーヒーを」


それを、注文し二人は席に座る。


 二人の座った席は、二段程度の短い階段を上った先にある店内の端。

少し下を見れば、外の世界を見下ろす事ができるけれど、特別高い場所にこの店がある訳じゃない。


 貰った番号札を分かりやすい場所に置いて少し待つ。


「気に入ってくれた? そのネックレス」


ユリは嬉しそうに笑って、首から下げているネックレスを眺めていた。


「その、ありがとうございます……似合ってますか?」


「うん。似合ってる、可愛い」


 今日はいい天気だとか、少しお店が混んできただとか、そんな事を考えているうちにテーブルの上に注文した物が並ぶ。


「「いただきます」


ちゃんとそう言って、二人は昼食を食べ始めた。


「楓さんは服とかアクセサリーとか、そういうのはいいんですか?」


「私はいいよー着慣れた服? 着慣れた組み合わせ? が、やっぱ落ち着くし」


「楓さんはあんまり派手な服をもっていませんよね。単色ばかりというか」


「なんかごちゃごちゃしてるのがイヤでね」


 サンドイッチの数もあとわずか、ホットドックが残り半分を迎えた時、二人は次の予定を決める為に言葉を交わす。


「この後、どこ行きたいとかある?」


「大きな本屋さんがありましたよね、そこに行ってみたいです。あとは……そうですねぇ、どこでしょう」


「そこ行って、また歩きながら次に行きたい場所探してもいいよ」


「なら、そうします」


「時間はある訳だし」


 食べ終わった食器をお盆にのせ返却口に置き、二人は店を出る。


 本屋に行こうと決めたものの、その道中にも魅力的なお店はたくさんあって、二人は古着やぬいぐるみの専門店が立ち並ぶ、かと思えば、今度は楽器店やアクセサリーショップなどが立ち並ぶ場所へと足を踏み入れた。


「楓さん! 見てくださいこのお店!」


そんな中、ユリは興奮気味に一つのお店を指差す。

そこはガラス細工専門のお店だった。


 店の外から、狭い店内の中まで、全ての透明な棚にガラス細工がびっしりと並んでいた。

少しでも触れてしまえば壊れてしまいそうで、けれどその繊細さが二人を虜にした。


「楓さん。これ、見てください」


そう言ってユリが手招きをする。


「なに?」


「ほら、これです……」


そう言ってユリが見せてくれたのは、綺麗な緑色のカエデが上から下へと舞い散る、全体的に薄緑がかかった透明なグラスと、綺麗なオレンジ色のモミジが上から下へと舞い散る。全体的にオレンジがかった透明なグラスだった。


「これ、買ってもいい?」


そう聞いたのは、これに興味をもったユリではなく楓だった。


「お揃いにしたい」


そんな楓の提案に思わずユリは嬉しくなってしまって。


「わたしも、お揃いにしてみたいです……」


そんな言葉はちょっぴり上ずったユリの声として出てきてしまう。


「これでいい?」


「これがいいです……」


「じゃあ、えっと……」


そう言いながら楓は商品の近くに数字が書かれた紙があるのを見つける。

楓はそれを二つ取ると、駆け足でレジの方まで行ってしまった。


 そのグラスは持って帰る途中で割れたら嫌だから、という理由で数日の間に楓の家に届けられる事になった。


「わたし、こういう事がしたかったのかもしれませんね」


 そうユリが呟いたのは、店を出て少しした時の事。

また人の多い駅ビル近くへ戻ってきて、どこかのカフェにでも入って落ち着こうかと、そんな事を考えている時だった。


「こういう事?」


「えぇ、誰かとお出かけをしたり。買い物をして、お揃いの物を買ってみたり」


「学校の友達とはしないの? こういうこと」


「できませんよ……母親がそういう事をダメと言ってて、だから……」


「でも、してみたかったんだ? ユリは」


「普通の女の子みたいな事……って、言うんですかね? そんなのにわたしはずっと憧れていたんですよ」


「じゃあ、よかったのかな。私とできて」


「ええ、よかったです。楓さんとできて」


 そう言うと、ユリは楓の一歩前へと歩き出し、振り返って楓の方を見て立ち止まる。


「楓さん」


そう言ってユリは手を出す。


「手、繋いでもらってもいいですか」


真剣に楓の目を見て、夕焼けが浮かび始める空を背景にしながら。


「こういう事もしてみたかったの?」


「違います。本来はこういうことをわたしはするはずだったんです……だから、その……繋いで、あげますよ?」


「はいはい。もぅ、したことない癖に」


そう言ってユリが差しだした手を、楓は優しく握る。


「楓さんだって、したことない癖に」


「私はあるよー大人だもん」


「えっ、あるんですか」


「もちろん。色々経験済みのお姉さんだからねー」


「ちょっと! 詳細を! いつ! どこで!」


「子供にはまだ早いからナイショ」


 こうやって、当たり前にできるはずだったことをしてみたかった。

ずっとしていたかった。

些細な幸せを、幸せだと感じられる世界で生きていたかった。

やっとそれが手に入ったのかもしれない。

そう、思うと。

わたしの頬は、思わず緩んでしまう。


                ■


 今日一日、ずっとユリは笑っていた。

初めの方は、ちょっと固い顔だったし、ここに来た時も固い顔をしていたけれど、帰りの電車では安心して私の肩を借りて寝てしまう始末。


「そんなに私といて、楽しかったのかな……幸せ、だったのかな」


 楓はテーブルの上にあったグラスを持ち、そこにある水を勢いよく飲む。

そして、隣に置いてあった夏祭りでもらえる様な安いエアガンを手に取って、銃口を口に入れる。


 明かりのない暗い部屋で、ただ空に浮かぶ月明りだけを頼りに、自分自身に銃を向ける。


 こんなので死ねるとは思っていない。

ただの気休めでもなければ、なんでもない。

こんな行為に何の意味も、価値も、ない。

ただ楓が、楓を、従わせる為の行為。

自分自身の価値を、見出して、確かめる為の、愚かな自慰行為の一種に過ぎない。


「あぁ、ダメだ」


 私は、幸せになんてなれない。

お姉ちゃんの願いは、叶えてあげられない。

ユリもきっと何かがあってここに逃げてきた、なのに今は幸せそうな顔をして。


「きっと私は、そんな風にはなれないな」


そう言って、楓は引き金を引く、しかし特別何かが起きる事はなく。

楓はまた、明日を待つ日常に戻る。


「寝よう。時間の無駄だ」

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