09 ≪ベチュニアをこの日に添えて≫


 シャワーを浴び、朝食を済ませた頃には、すっかり空も天気も、何もかもが夏模様だった。


 ユリはあの時着ていた服と同じ、ピンク色の子供っぽい、でも可愛らしいパーカーを着て、黒色スカートを穿いて、足は白色ハイソックスで隠す、更に白いマスクで口を隠す。



「なんか子供っぽいって思ってたけど、どちらかと言えば地雷系ファッション?」


出かける時だけは、髪をピンクのハートの飾り付きの黒色リボンで結びツインテールの形に変える。


「地雷系ってなんです? すぐに爆発しそう、みたいな?」


それに合わせてフレームの色がパステルレッドのメガネを掛ける。


「違う違う。こーなんて言うのかな。誰にでも分かる可愛らしさ? みたいな……まぁ、最近の流行りになるのかな」


「楓さん、服の流行りとか分かるタイプの人です?」


「いや全然」


「てきとう言ってます?」


「いや全然」


楓は白いブラウスを着て、黒色のレザー製のショートパンツ履いたら、足が見えない様に黒色タイツを履いて、仕上げに黒色のライダースジャケットを羽織るだけ。

耳飾りは、その日の気分に合わせてご自由に。

今日は、可愛らしい三日月のイヤリングを左右につける。


「あれ、ユリ。帽子はいいの?」


靴は相も変わらず、膝下辺りまでが隠れたヒール付きの黒いロングブーツ。


「今日はその、大丈夫かなぁと」


ユリは、ピンクと黒が入り混じった可愛らしい子供用の靴。


「そう」


お互いにノーメイク。

特別する必要がないと、そう誇れるくらいであればよかったのに。

ただただ面倒だからしない楓と、そもそもやり方を知らないユリじゃ、しようとしてもメイクなんてできる訳がない。


「じゃあ、行こっか」


「はい」


 今日の楓さんは、しきりに腕時計を確認していました。

何度も何度も腕に巻き付いた腕時計を見ては、少し憂鬱そうな顔をしていて、それが少し気になってしまって、でも何ができる訳でも、何が言えるわけでもありませんでした。


 街から街へと向かう地下鉄の車内は、ショッピングに行く人達で混みあっていた。

そんな電車に乗り続け、一駅、二駅、三駅、と過ぎた後、二人は電車を降りて一度薄暗いホームにある自動販売機の近くに立って、少し休む。


「人が多いですね……」


「ユリって、こういう場所にはあんまりこない?」


「たまに来ますけど……でも、遊びに来ることは滅多にないですね……楓さんはどうなんです?」


「暇つぶしに来るけど。でも、こうやって誰かと一緒に来るのは初めてかも」


 二人が地下から地上に出て初めに行く場所、なんてのは特別ない。

ただ二人は、二人で居られればいい、退屈だった日常が少しでも楽しくなればいいなと、ただそれだけを思っていた。


「ユリって、自分で服選んでるの?」


「いえ、服は基本的には母が、もしくは貰い物ですね」


「へぇ、服貰えるなんてそんな事あるんだ」


「まぁ、時々」


 人混みにのまれながら、とりあえず二人は地上に出て最初に見えた建物へ向かう。

それは駅ビルといった感じの建物で、そこに向かおうと足を勧めれば進めるほど、人は増えていく。


 駅ビルの中に入ってしまえば、見事に人はまばらだった。

混雑しているのは、エレベーターやエスカレーター付近だけで、それ以外の各店舗は比較的空いている。


「ユリ、どこ行きたいとかある?」


「わたしは特に、楓さんに合わせますよ」


「そう言われてもなぁ……じゃあ、ちょっと適当に歩こっか」


「はい」


 自分で服を買った事がないというユリ、そんなユリの為にも何かユリの気に入りそうな洋服を売っているお店はないかと楓は探す。

しかしユリは、どこのお店に入っても深く興味を示す事はなく、ただなんとなく眺めているだけ、といった様子だった。


「ユリって、あんまり服とか興味ない?」


「そんな事ないですよ? 興味津々です」


「にしては、反応薄いけど」


「何というか、その……大人なお洋服が多めだなぁと」


「大人な?」


「はい。ちょっと露出していたり、ちょっとカッコよかったり……みたいな。ほら、楓さんだって」


「これが?」


「はい。そういう服が、私にとっては大人っぽいなぁと」


 ならいっそ、と楓はユリの手を握る。


「えと……楓さん?」


「別の所行こう」


「あぁ、はい」


「で、ユリに似合う服探してみる」


「よろしくお願いします……けどその、えとその、手を繋ぐ意味は?」


「迷子にならないようにするため。それ以外にある?」


「いえないですけど……その、突然だったのでビックリしちゃいました」


「あぁ、ごめん。嫌だったね」


 そう言って楓は手を離してしまう。

それがユリにとっては少し残念で、でも今の勢いを無駄にもしたくなくて。


「いきましょうか」


と、そうユリは笑って声を掛ける。

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