04 ≪カトレアの様な貴方≫
軽く晩御飯を食べ、二人はまた街を歩きだす。
すっかり夜に包まれたネオンが煌めく街、二人はそんなネオンや街灯で賑やかされていた場所から離れ、静かな住宅街の中に入っていく。
住宅街、と言っても高級マンションや集合住宅、市営住宅の群れ。
一軒家というもの時々見かけるが、あまり数はない。
「どうする? どこかよる? 足りないものない?」
ユリの隣を歩く楓は自宅の近くにドラッグストアやコンビニ、少し大きなスーパーなどがある事を思い出し、そうユリに訊いた。
「大丈夫です。このキャリーケースに全て詰まっているので」
ユリにそう言われ、楓はユリが引いていたキャリーケーを横目で見て、また前を向いて歩き出す。
「それ、家出セットみたいなやつ?」
「はい。いつでも逃げ出せるようにって」
「準備いいね」
そんな言葉を吐きながら、楓は思う。
いつでも逃げ出せるようにしておく必要がある様な、ユリの家はそんな家なのかと。
「ほんと、私みたい……」
「え?」
「ううん。なんでもない」
「そう、ですか」
楓さんは、とても夜が似合う女性でした。
今着ているのは学校の制服でしょうけど、その丈が合っていなくて、腰を過ぎた所まである黒いジャケットもカッコいいですし、ボタンを閉めず中の白いブラウスを見せているのは、ちょっと大胆で大人っぽく見えて。
スカートじゃなくて、レザー製の黒いショートパンツを履いているのもカッコよく見えて。
それに、膝下辺りまでが隠された黒いロングブーツが鳴らすヒールの音だって大人っぽくて。
「どうかした?」
というか、白いブラウスを着ていると、なんというか、メリハリが分かるというか。
年上の女性なんだなぁということが分かるというか。
「いえ、何も」
「大丈夫だよ、私は襲わないから」
「そんな念入りに言わなくても、わたしは信用していますから」
「よくもまぁ、信用できるよね。突然現れた私の事」
「嬉しくないんですか? 信用されて」
「嬉しいとか嬉しくないとかそういう感情じゃないなぁ……だって、信用するって事は裏切られるって事じゃん」
「どういうことですか?」
「絶対に頼れる、信用できる、そんな人間なんていない、もし仮に自分がそう思っていても、相手は易々と裏切ってくる。そいう話」
閑静な住宅街に、キャリーケースがコンクリートの地面を叩く音が響く。
それはある場所で止まる。
豪華なエントランス付きの、高すぎず低すぎない、適度な階層で出来たマンション。
「あぁ、エントランスは無駄に豪華だけど、中はそんな事ないからあんま期待しないでね。部屋の掃除だってしてないし」
「大丈夫ですよ。泊めてくださるというだけで、わたしは嬉しいです」
「そう」
数字を入力し、エントランスを通り抜ける。
小さなお庭を横目に見ながら、エレベーターが六つ並ぶ場所へと歩いてく。
「どれに乗りたい?」
なんて楓の質問に。
「一番左のにしましょう」
そう返すことができるくらいには仲良くなれた。
気がする。
二人は静かなエレベーターに乗り、目的の階につくと二人はエレベーターを降りる。
そして長めの廊下をしばらく歩き、一番端まで行くと、楓は立ち止まってカギを開ける。
「この部屋。ちょっと狭いかもだけど」
「いえ、そんな事は……」
楓がドアを開け中に入る、続く様にユリが中に入ると、ほんとうにそんな事はなかったと、そうすぐに思う。
「ないですよ……」
「そう?」
一人暮らしじゃ絶対に持て余す広さの玄関と、そこに置かれた靴箱。
傘立てもあるけれど、ビニール傘が三本刺さっている程度だった。
長い廊下を慎重に歩く、左側には脱衣所やお手洗い、浴室などが、右側には洋室へ入るためのドアが二つ見えた。
廊下を歩いていくと、綺麗なすりガラスがつけられたドアの前にやってくる。
そのドアを開ければ、その先には広いリビング、左手には壁に沿う様にキッチンがあった。
「その、楓さん……」
「ん?」
「そうとう広いですよ、ここ……家賃とか凄そうですけど……てっ、ていうか、学生が住める様な場所じゃ」
「ないんだろうね。本来は」
ユリの戸惑いに対し、楓はあまり驚いていなかった。
当たり前だ、ここは楓の帰るべき場所だ。
「でも、家賃とかそういうのは私が払ってる訳じゃないし……まぁ、ここに住んでいいよって言われたのも、あの人達なりの哀れみ……だから」
リビングの中心に立って右を見れば、今度は引き戸が見える。
その引き戸を開けた先が、楓の部屋だった。
「どうする? 先お風呂入っちゃう?」
「そんな、最初は楓さんが」
「別にいいよ。後、携帯貸して? 電話したいから」
「あっ、はい」
楓さんの勢いにのせられてしまうと、もう戻れない。
そうした方がいいのだろうと、楓さんが言った事をしてしまう。
そんな気が、自分でもしてしまっている。
浴槽に湯が張るまでの時間、ユリはキャリーケースを開けて、着替えや下着を出していく。
「ねぇ、今日って本来ならあの男の人の家に泊まる予定だったんだよね?」
「ええ、そのつもりでした」
「それでそんなエッチな下着を……」
「ちっ、違いますよ! ていうか、いつもの下着ですよこれは!」
子供っぽい、というよりもあまり何も考えていない様なスポーツブラとシンプルなパンツ。
動きやすさとか、痛くならない様にとか、きっとそんな事は何も考えてないんだろうなと、楓はそんな事を思う。
「楓さんこそどうなんですか……しっ、下着は……」
「んー? 私は普通だよ?」
「普通って、そんな曖昧な」
「ほんとに普通なんだって。普通に黒とか紫、後は赤もあるかな? まぁ、そんな感じのブラとパンツ」
「大人っぽいですね……」
「そりゃどうも……ていうか、私もユリみたいな下着だったよ? 昔は」
「じゃあなんでそんな……えっ、えっちな下着になったんですか」
「幼馴染の子がいてさ、その子が私に似合いそうな下着があったからーって大量に新品の下着を段ボールに詰めて送ってきたのよ」
「幼馴染……」
「で、似合ってるかどうか確認してほしくて、写真撮って、その写真をメッセージで送ったら、大量に下着とか服とか化粧品とか、新品のやつを大量に送ってきたりして。しかもサイズあってるのが中々なくて、半分くらいはまだ押し入れの中だよ」
「その幼馴染の方、流石に女性の方……ですよね?」
「うん。女の子」
「ならよかったです」
「よかったって、何が?」
「男の子には刺激が強すぎるって話ですよ」
「なに? 出会い系かなんかして年上の男の人が来て、おどおどしてた癖に」
「うぅ……なんだか、弱みを握られてるみたいで気分が悪いですね……」
お風呂が沸き、ユリは楓に案内されながら着替えをもって、脱衣所の方に進む。
木目調の壁に囲まれた脱衣所、そこには最新の黒色ドラム式洗濯機や左右に十分すぎるほどのスペースが余っている三面鏡付き洗面台が置かれていた。
「一人暮らし……なんですね。正真正銘」
「なに? 正真正銘の一人暮らしって」
「いやその、歯ブラシとコップが一つしかないので、そうなんだぁと」
「私に彼氏、いてほしかったの?」
「そういう訳じゃないですけど。あんな風に颯爽と間に入って男性の手を握っていたので、慣れてるのかなぁと」
「あれはただ、最初に引きはがすべきは男の手だなぁって私がそう判断しただけだよ」
男慣れ、なんて一生しないし。
男の人とのお付き合い、なんて天と地がひっくり返って、もう一度元に戻ったとしても、絶対にある訳がない。
「バスタオルはその鏡の後ろにあるから。あっ、取り方分かる?」
「ドアみたいになっている。という事ですよね?」
「そういう事。今日着てたものは適当に洗濯機に入れといて、後で私が別けるから。着替えとかそういうのは、このカゴに入れて」
楓は脱衣所にあったラタンで出来た三段バスケットの方を見る。
「何から何までありがとうございます」
「いや、私にできる事をしてるだけだから。じゃあごゆっくり」
そう言って、楓は脱衣所を出てリビングへと戻っていった。
ユリはそれを確認すると、さっき言われた下着の話を思い出し、ふと自分の下着を見る。
「子供っぽい……ですよね。やっぱり嫌……ですよ。こんな子供っぽいのに……まだ、子供でいたいのに……あんな事」
小さな独り言を吐き、ユリは下着を脱ぐと浴室の中へと入っていった。
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