02 ≪ムラサキバーベナを君に≫
やめておけばよかった。
なんて後悔を、今更したりしてしまう。
男の人と付き合った事なんてなければ、それ以上なんて絶対にない。
あってはいけない。
でも、今のわたしはこうするしかない。
こうでもしないと、わたしは生きていけないし、これくらいの事をしないと、きっとお母さんも分かってくれない。
失うものは大きいけれど、怖い事がいっぱいかもしれないけれど、でも、わたしは、こうするしか……。
「ねぇ、その子。困ってません?」
見ていられなかった。
絶対に、やましい事がしたいだけの男と、不慣れな女の子だって、そう思ったから。
「え」
急に吹いたとても強い風、そのせいで女の子が握っていた傘が飛ばされてしまう。
それと同時に少女の傘もと飛ばされそうになるけれど、少女はしっかりと持ち手の部分を握りしめる。
「困ってますよね? その子」
見ていられなくて、ここに置いていく事がどうしてもできなくて。
だから私は……だから私は走り出してしまった。
私は走ってしまった。
女の子のもとへと。
なんの考えもなく。
私は、行ってしまった。
私は、言ってしまった。
「明らか未成年ですし、手出しちゃダメですよね?」
最初に掴んだのは、男性の手だった。
小さく震える女の子から、その大きな手を引き離したくて、ただそのために触りたくもない、知らない男の手に少女は触れる。
「お前なんだよ、俺はこの子と待ち合わせして、ちゃんと約束して、ここにいるんだけど」
「そりゃそうでしょうよ『どこで待ち合わせしますかー』って言って『その辺で―』なんて、初対面じゃ無理ですって」
ただ、私は自分の勝手なエゴと妄想で、この子を守りたかった。
いや、守るなんておこがましい。
この小さな女の子にもう少し考える時間と、自分を大切にする事の重要さを分かってほしかった。
「俺はこいつを家に泊めるだけだよ」
「だったらそれは私がしますよ」
「なんだよお前さっきから、誰か知らないけどなぁ」
「貴方はこの子に欲情する可能性がほんのちょっとでもあるんです。だからダメ、なんです」
「そんなのお前も一緒だろ」
「多様性って素晴らしいですね。私がこの子に欲情するかもしれない性の多様性を考えてくれてありがとうございます。でも、絶対にそれはないって、それだけは私が一番分かっているので」
やっぱり男の人と話すの苦手だ、あの時からずっと。
今こうして目を見て、目の前にいる男の人と話をできているのが、本当に奇跡だ。
心臓が痛い、目眩もしてきた、ついでに吐き気もする。
やっぱり無理なんだなぁ、男の人。
でも、もうちょっと頑張らないと。
「……」
頑張る?
誰かのために……知らない誰かの為に、頑張るなんて……馬鹿みたい。
少女は一度ため息をつき、目の前にいる男の目を見て、睨みつけながら、少女は男の手を振り払う、代わりに少女は女の子の手を、そっと優しく握りしめる。
「お前ら、あれか俺をハメたのか?」
女の子は腕から力が抜けたのか、あるいはとても虚弱だったのか、握ったその手に力はほとんどなかった。
「白昼堂々ハメたとか言わないでくださいよ気持ち悪い。大人なら言葉選んでください」
「俺の事警察にでも連れてく気か?」
「貴方は未成年の女の子をホテルに連れ込む趣味があるのかもしれませんけど、私は警察署に男性を連れていく趣味はないので安心してください」
「じゃあ、口出すなよ。お前には関係ないだろ!」
なんで口を挟んでしまったんだろう、って冷静になると少しはそう思える。
だって別に関係ないじゃん、この子がどんな人生歩もうか、何しようが、どうでもいいじゃん。
私にとってそんなの……。
「あぁ、もう……」
でも、あの時の自分に重ねてしまったら、もう馬鹿になるしかないじゃん。
この女の子が、もっと積極的で、楽しそうにしていたのなら、私だって止めなかったかもしれない。
割って入る、なんて事はしなかったかもしれない。
でも、そうじゃないから。
でも、そうじゃないなら。
「嫌なんですよ。女の子が痛い思いをするのも、愛の結果を、自分でも望んでない形で終わらせて、嫌な思い出に変えて、一生それが腹の中にあるのかって考えながら生きていくのも、見ていられないんですよ。私」
薄灰色の暗い世界に、大粒の雨。
髪も崩れるし、ほんと最悪。
「とにかく、今回貴方と会ったのは未成年の子供なんです。悪いですけど、他をあたってください。貴方もいい大人でしょう?」
「なんなんだよ……」
「もっと年が上でもいい女性はいますから……はい、帰った帰った」
「なんだよお前ら……寄ってたかって俺の事を馬鹿にしやがって」
男性は舌打ちをしながら、少女達をするどく睨みつけると、意外と素直にその場を後にした。
少女はただじっと、その様子を眺めて、男性が視界の遠くの、そのまた遠くに消えるまでずっと男性が歩いて行った方を見ていた。
「あの、ごめんなさい……」
女の子の小さな言葉を聞いて少女は振り返る。
「ダメじゃない」
雨は一層強くなるので、困ったものだ。
「自分の切り売りを安売りしちゃ」
だから、傘を差そう。
その辺で売っているビニール傘だけど、これでも十分雨は防げる。
「まだ、後悔するには早すぎるでしょ?」
目の前にいる女の子に差してあげよう。
そっと優しく、傘を差そう。
「もっと自分は大切にしなきゃ。誰も貴方を大切にしてくれなくなっちゃうよ?」
ただ一筋の光が、二人に差す。
一瞬の戸惑いと困惑と、感謝が脳を駆け巡る。
「私、
その光はとても眩しく、微動だにする事なく、ずっと、二人を照らし続けていた。
「よろしくね」
そう言って笑う彼女の顔が、わたしの瞳に焼き付いて離れない。
鋭い目、揺るがない瞳、真っ黒な髪はどこまでも長く、美しく。
可愛らしい耳についた、オレンジ色の蝶のイヤリングが風と共にそっと揺れる。
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