≪ chapter1 Lily ≫
01 ≪キブシは突然現れる≫
私が高校生でいられるのも、今年で最後。
それなりに普通と当たり前を積み重ねた日々もいよいよ終わりが見え始めていた。
嬉しい事に、現在通っている高校から、大学へと順調に進んでいく目途がなんとなくたった。
絶対に進学できる、という保証はないものの、それでも進学できない、そんな未来はないと言われるよりは幾分もマシだった。
少し気を楽にしながら桜が散るのを眺め、セミが土から目を出すのをじっと眺める夏がやってきた。
この高校生活で唯一の心残り、というよりも周りと話題が合わなかったのは、アイドルや芸能人の事。
もっと言うなら、インターネットの世界の事なんてのも、私は何も知らなかった。
おかげで「この人」という特定の友達はできず。
そもそも、小、中、高、大、と順当に上がっていく人が多い学校で、高校から途中参加した私は少し腫れものの様な存在だったらしい。
家にテレビはなく、スマートフォンは高校入学時に買ってもらったけれど、連絡手段として使う以外では使う事なんてない。
「好きな芸能人は?」
とか。
「昨日のテレビ見た?」
とか。
そんな事を聞かれても答えられない人間なんて、昔からどこの学校に居たところで除け者、邪魔者扱いされるのは仕方がない事。
だって一緒に居て楽しくないんだもん。
そんなの私が一番分かっている。
学校が終わってもバイト、たまの休みもバイト、特別お金に困っている。なんて事はないけれど、ずっと家にいてもすることがないのなら、未来の自分の為に頑張るだけ。
高校生でも働けるアパレル店、本屋さん、スーパーやコンビニ、喫茶店やファミレス、色々な場所で働いて、色々なものを見て、それで何かを得た気になろうと、学んだ気になろうと、必死になる。
「今日、雨か……」
バイト先からの帰り道。
彼女はコンビニに立ち寄って、ペットボトルのお水を一本と、少しお腹が空いたからと買ったフライドポテト、少女はそれを、少しすれば雨が止んでくれないだろうかとそんな薄い希望を胸にいだきながら、店を出てすぐの所にある屋根の下で買ったばかりの熱いポテトを食べ、しばら薄暗い空を眺めていた。
五分、十分は経っただろうか、そう思って少女は左手につけている時計を見る。
が、しかし。
「そんなに時間経ってないか……雨も上がりそうにないし」
残念な事に空は暗くなる一方で、雲は重なる一方で、雨もだんだんと強くなっていく一方で、どうしようもない。
空に向かって大声で「止んでくれ」なんて叫んだところで、きっと何も変わらないんだろうし。
「もう帰ろう。待ってても仕方ない」
ちょうど傘を売っているコンビニに背中を向けていたので、振り返って少女は店に入りビニール傘を一本購入する。
それを差して、薄灰色の世界と雨音を聞きながら少女はぽつぽつと雨粒にリズムを合わせて歩き始めた。
こんな日だから、だろうか。
駅前のタクシーは人気者、バスもいつも以上に込み合っていた。
少女は歩いて家に帰るのでそんな事は関係ない、そしてふと駅前にある大きな時計を見ると、もう七時を過ぎていた。
立派な駅舎と駅ビル、目の前にある大きな噴水と時計。
そこが定番の待ち合わせスポット、とは言え、流石に今日は誰もいないだろうと、そう思っていたのに。
「変わった子もいるんだな……」
ピンク色のパーカーと、黒色スカートのセット、足は白色ハイソックスで隠した女の子がいた。
女の子が差しているビニール傘のおかげで、顔や髪も何となく見える。
髪をピンクのハートの飾り付き黒色リボンで結んでツインテールの形にして、フレームの色がパステルレッドのメガネを掛け、口元は黒色の紙マスクで隠し、キャップがついた黒色の帽子で顔を隠そうとする。
そして何よりも目立つのは、クラシカルなデザインの赤色のキャリーケースだった。
「ちっちゃい女の子……」
小さな、小さな、女の子。
小学生くらいの、女の子がそこにいた。
「私の身長が高いだけかな」
少女の身長は確かに同年代の子達に比べれば少し高い気もするが、そこまでの大差はなく、強いて言うなら今着ている制服には似合わない、ヒールの付いたブーツを履いているから、身長が特別高いと錯覚してしまうのだろう。
女の子は俯いて、目は泳いでいて、でもこんな雨の中、確かに特定の誰かを待っていて。
「あっ、もしかして!」
その女の子に、一人のスーツを着た四十代くらいの男性が雨だというのに、革靴だと言うのに、走って近づいてきた。
「あっ、はい……その」
スーツ姿の男性はすぐに、女の子の手を握って自分勝手に話を始める。
少女はすぐに通り過ぎようと思っていたのに、どうしてもその女の子から目を離せなかった。
離すことができなかった。
「その……」
「大丈夫だよ、何日でもいてくれていていいから。今日雨だし寒かったでしょ、ほら家に入ったらすぐにシャワー浴びてね」
「はい……」
欲情でもしているのではと思うほど、自分勝手で早口な男性に対し、女の子の声は震えていた。
ずっと目は泳いでいて、愛想笑いだけがやけに上手で。
それに対し、男性の方は手慣れているなぁと、そんな印象だった。
手を繋いだり、キャリーケースを持とうとしたり。
それが嫌なのか、困っているのか、やはり女の子はおどおどとした様子で、愛想笑いを続けていた。
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