第20話 となりの女(ひと)

 恋愛映画とあって、映画館は大勢のカップルでにぎわっていた。映画は和也の好きなワインにまつわる男女の恋物語だった。


 和也は混雑振りを予想していたのか、指定席をとっていた。


「人気の映画だからね」


 和也の行動はいちいちスマートだ。合コンでの仕切りぶりにも嫌味はなかった。送っていくとみせてそのまま奈々子の部屋にあがりこもうとしたらしいが、下心でさえもキレイな包装紙で包み隠してしまって、外側だけならいい男にみえる。


 包装紙のキレイな男性には警戒心を抱く奈々子だが、合コンであげたはずのガードをさげて和也からの映画の誘いをうけてしまった。時間を愉快にやり過ごす術なら和也は心得ている。今の奈々子は、思い切り時間を浪費してしまいたかった。


 席につくなり、奈々子は思いがけないものを目にした。


 スクリーンに近い前の方の席で、ひときわ高い人影が動いた。どんな雑踏でも見逃さない自信のある太一の姿だ。


 通路側の席に腰掛けようとする太一のとなりに、美香がすわっていた。


 とたんに、奈々子は首をすくめてシートに体を隠したが、太一には気づかれてしまった。


「ああ…太一のやつか」


 和也も気付いたようで、太一にむかって軽く手をあげてみせた。


「となりの人、太一の彼女?」

「たぶん……」


 美香と付き合っているのだろうと疑っていたものの、奈々子はそうでなければいいのにと願っていた。


 楽しそうに話をしているふたりをよく見かけるが、それはオフィスでのことだった。同じ職場で、先輩と後輩という立場とはいえ、年は同じなのだから、話もあうのだろう。仲のいい先輩と後輩というだけかもしれない。そう思いこむことで、奈々子は嫉妬の炎に焼き尽くされずに済んだ。


 和也から、太一の好みのタイプは小さな女性だと聞いてから、もしかしたら自分にもチャンスがあるのかもと希望をつないだが、オフィスの外で一緒にいる太一と美香に、わずかな望みは粉々に打ち砕かれてしまった。


「美人だね。太一のやつ、隅におけないなあ」


 美香は奈々子には気付かなかったようで、太一にしきりと話かけていた。もともと美人の顔立ちだが、今日は肌が艶めいて一層美しさが際立っている。オフィスでの凛とした雰囲気はなく、柔和な女らしい表情が目立っていた。


 そういえば美香はワインが好きで、ソムリエの資格も持っていると聞いたことがある。映画を誘ったのは美香のほうだろうか。太一はどんな顔をして誘いを受けたのだろう。


 美香は、何を着ていこうかと悩んだりしたのだろうか。オフィスでは、清潔感のあるスーツ姿が多い美香だが、今日は明るい色のワンピースを着ていた。足元はもちろんヒールだろう。


(私が男だったら、美香さんを選ぶものね……)


 奈々子はシートに体を埋めたまま、何を観たのか内容が頭に入らないまま、上映時間を終えてしまった。

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