第19話 送り狼

 和也たちと別れ、奈々子は駅ではなくタクシーを拾おうと大通りを目指した。電車はまだ走っているが、今夜に限って太一と同じ道を帰る気になれなかった。


 目の前にとまったタクシーに乗り込み、行き先を告げようとすると、閉まろうとするドアの隙間からするりと体を入れてきた男がいた。和也だった。


「送るよ」


 送ってきたついでにマンションまであがりこむつもりでいるのだろう。簡単な女にみられたものだと奈々子は悔しい思いで唇をかんだ。


 それなら自分がタクシーを降りてしまおうとおもったその時、助手席の窓を叩く音がした。


 太一が背中を丸めて後部座席をにらみつけている。運転手は奈々子たちの知り合いだろうと、助手席のドアを開けた。


 奈々子のマンションにあがろうともくろんでいたらしい和也はあからさまにイヤな顔をしてみせた。


「同じ方向なんで、俺も乗ってっていいか?」

「ウソだろ? 奈々子ちゃんを送って自宅の場所を知ろうっていう気なんじゃないのか?」


 太一を非難する和也の言い分は、そのまま和也の魂胆だった。


「本当です、私たち、近所なの」


 自分を避けるために奈々子までウソをついているのではないかと疑っているような和也だったが、もめるのは時間の無駄だとおもったらしく、おとなしくなった。


 タクシーは3人を乗せ、太一の告げた場所にむかって走り始めた。




 奈々子のマンションに着き、タクシー代についてひとしきりもめた後、ようやく奈々子は和也から解放された。奥にすわった奈々子を降ろすため、先に和也がタクシーをおりていた。開いたドアにもたれた和也は、まるで奈々子がタクシーから降りるのを阻止しようとしているようにもみえた。


 助手席には太一がすわって、和也に睨みをきかせている。太一のおかげで奈々子は無事にタクシーをおりることができた。太一がいなかったら、和也は何だかんだと理由をつけて強引に奈々子の部屋まであがりこんできていたかもしれない。


「それじゃ、おやすみなさい」


 名残惜しそうな和也を乗せ、タクシーは少し先の角にはいり、曲がってみえなくなった。そこには太一のマンションがあるはずだ。太一をおろしたあと、和也が戻ってくるかもしれない。奈々子はあわてて部屋にもどり、カーテンをきつく閉めた。



「はい、昨日のタクシー代」


 出社するなり、奈々子は太一のワークステーションにむかった。


 昨夜、奈々子のマンションまでのタクシー代を、和也は自分が出すといい、奈々子は断った。太一は自分が出すと言ったが、それも断り、割り勘にしようと提案した。だが、太一は大きな金額しかもっていなかったので、その場は太一に払ってもらい、後で精算しようという話に落ち着いたのだった。


「昨日、どっかに泊まったの?」


 太一が昨日と同じネクタイをしていると、奈々子はめざとく気付いた。


「なんでわかるんだ?」

「昨日とネクタイが同じ」

「よく見てんな」


 太一はするりとネクタイをほどき、シャツのボタンをはずした。ちらりとみえてしまった胸元から、奈々子は慌てて視線をそらした。


「村上のとこに泊めてもらった。あいつんちからだとオフィスが近いからな」


 だとすると、和也は自宅よりも遠くの奈々子をわざわざ遠回りして送ったことになる。


「…村上さんとはよく合コンするの?」


 夕べのうちに聞きたかったことを奈々子は思い切ってたずねた。知り合い同士だとわかるなり、太一とは離されてしまって、ろくに話もできなかった。


「数合わせに呼び出されただけだよ。そっちこそ、どうなんだよ」

「合コン? いろんな人と出会える場だから楽しんでるわよ」


 太一の語気が奈々子を責めているようで、受ける奈々子もつい強い調子で返してしまった。


「鈴木くん、ちょっと」


 美香に呼ばれ、太一は飛ぶように美香のワークステーションにむかっていった。


 仕事の話をしているわけではないようで、太一も美香も表情がゆるい。時折、ふたりは笑顔をみせていた。


 太一の横には美香が似合う。


 その朝、奈々子は和也からメールを受け取っていた。映画の誘いを受けようかな ― 奈々子はケータイを手にメールを打ち始めた。

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