第8話 夫婦漫才

「俺たち、社内で何て言われてっか知ってるか?」


 酔いがまわりはじめた太一の目のふちが赤い。


「知ってるわよ。でこぼこコンビでしょ」


 忙しいルーティンワークの合間に、奈々子は関係各方面とミーティングをもった。ミーティングには太一も同席した。背の高い太一と奈々子とは、並んだときの見た目で、社内ではでこぼこコンビと呼ばれていた。


「昼飯さ、安東さんと食ってきたんだけど、安東さんに『お前ら、夫婦みたいなのな』って言われてさぁ」


「夫婦ぅ?!」


 広告・宣伝部の安東とは、太一、奈々子はもっとも頻繁にミーティングをもち、メールのやりとりを一番している相手である。30代後半の、雪だるまを彷彿とさせるファミリーパパだが、口がやや悪く、太一と奈々子をつかまえて「ジンベイザメとコバンザメみたいだな」とからかったことがある。


 悔しいので、「ええ、小判ならざくざっく」と応酬したら、それ以来、安東には面とむかってだろうと、メールの宛名だろうと奈々子は名前ではなく「コバン」と呼ばれるようになってしまい、太一は「ジンベイ」になった。


 その安東が今度は「夫婦みたいだ」と言い出したのだという。四六時中一緒にいる太一と奈々子とをからかったつもりなのだろうが、太一は「夫婦」と言われた意味がわかっていないらしく、だらしなく笑っている。


「仕事で一緒にいることが多いからって、夫婦呼ばわりされたら、たまったものじゃないわよ」


 付き合っているようにみえるカップルではなくて、いきなり夫婦とは、色気がなさすぎる。


「何だよ、イヤなのかよ」


 奈々子をみすえる太一の目がとろんとしている。奈々子はドキリとした。


「イヤっていうか……」


 太一を好きだったら、「夫婦みたいだ」と言われたら嬉しいのかもしれない。だが、奈々子にとって、太一はただの仕事仲間でしかないのだ……。


「付き合っているみたいな言い方されたら、困るでしょ? 彼女がイヤがると思うよ。自分の彼氏が他の女性と『夫婦みたいだ』なんて言われてるって知ったら、私なら傷つくなぁ」


「別に気にしないと思うけどなぁ」


 太一の何気ない一言は、彼女の存在をうかがわせた。


 付き合っている彼女らしい女性がいるのだと知っても、奈々子は驚かなかった。29歳、いい年した男性がひとり身であるわけはないし、見た目だけでいったら太一はモテる部類に入る。


 太一自身は気付いているかどうか、精悍な顔立ちでありながら繊細なイメージのある太一は、女性社員の熱い視線をあびている。仕事で常に一緒にいる奈々子は、彼女たちの嫉妬をひしひしと感じていた。


「気にするわよ。夫婦みたいだなんて言われた相手を意識しちゃうんじゃないかなあって、不安になるものよ。あまり彼女を不安にさせちゃダメだよ」

「お前は意識したか?」

「は? しないわよ!」

「じゃ、大丈夫じゃん」

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