第28話 高木の爺
一人になった以上、警察の目は俺にも向いてくる。
俺はすぐに歩き去ろうとその場を離れる。
(あと少し)
あと30分ほどの移動だ。
俺はそれで、アリルンを爺さんに任せられる。
パトカーの横を通り過ぎる際は、心臓は握られているかのように、どくん、どくんと跳ねていた。
幸いなにもなく過ぎ去り、そのままタクシー乗り場を横切ろうとした、その時。
「おい、あんちゃん」
停まっていたタクシーが、窓を開けて声を張り上げた。
タクシー待ちで10人以上が並んでいたが、そのタクシーはドアを開けず、誰かを呼んでいる。
「あんちゃん、お前だよ! 予約したろ、早く乗れや」
誰を呼んでいるのだろうと思って見ると、タバコをふかしたその運転手は、俺を見ていた。
「あ、あんたは」
「あほ! 早く乗れっつーの!」
そう、俺を郡山まで運んでくれた、あの運転手だった。
俺は一も二もなく、車のドアを開け、後部座席に乗り込む。
ドアが締まるなり、タクシーは急発進した。
◇◆◇◆◇◆◇
「もしかして、秋葉原の爺さんが」
「言い値で払ってもらうからな! くそったれが! こんな危険なこと引き受けるつもりじゃなかったのによ」
運転手は悪態をつきながら、車線変更を繰り返し、爆走している。
こんなにスピードを出していたら、ただでさえ警察に見つかると思わなくもなかったが、相当慣れているのだろう。
警察がいそうなところは、しれっと穏やかな運転に戻るのがさすがだ。
そうやってものの5分と経たずに、秋葉原に入る。
料金メーターは1070円と表示されている。
「目の前につけるからよ、30万は置いていけよ」
爺さんに詳細を聞いているのだろう。
遠くにマンションが見えてきたところで運転手がドスの利いた声で言った。
「本当に感謝する」
気分が高揚していた。
この人のお陰で、俺はアリルンを無事に爺さんに渡すことができそうだ。
しかも時間を短縮して。
「おらよ、二度とごめんだからな!」
そう言いながら、車を横付けすると、運転手はタバコに火をつける。
「ありがとう。あんたにも本当に助けてもらった」
俺は300万を置いた。
宝石で変えたものだ。
「ば、ばか、こんなにいらねぇよ!」
振り向いた運転手が血相を変える。
「いいんだ、もう金は使う用途がない」
俺はそのままタクシーを降りる。
この金は郡山からここに着くための軍資金だった。
警察に囲まれた真っ只中から救い出してもらったのもあるし、この人にはそれだけ払う価値がある。
◇◆◇◆◇◆◇
玄関の指紋認証を済ませる。
扉は以前同様、問題なく開いた。
部屋は606号室。
六階の入り口にもセキュリティロックがあるが、そちらも俺の指紋で開いた。
606に行くと、以前と変わらず高木と表札が出ている。
爺さんの家のインターホンを押すと、遠くからパタパタとスリッパが鳴る音がして、ドアが開いた。
「ささ、早く」
ドアを背で支えて、俺を招き入れるのはブロンドの髪を肩におろしたメイド姿の少女。
爺さんの世話を担当している奉仕型アンドロイド、ベルサイユだ。
「ご無沙汰だな、ベルサイユ」
「ご無沙汰でございますわ」
もう10年以上になるだろうか。
ベルサイユは俺が爺さんと知り合った頃からずっとそばにいる。
彼女は普段の雑用ばかりではなく、動けない爺さんの手となり足となって働いてくれている。
室内に入り、小綺麗な廊下を進んだ先にある居間にあたる場所。
「よく辿り着いたの、小僧」
黒いタオル生地のバスローブを着た爺さんが、乱雑に本の積まれた机でキーボードを打っている。
黒ぶち眼鏡をし、白髪を七三に分けており、横に流した髪は耳を隠すほどに伸びている。
これが秋葉原の爺さんと言っていた、高木の爺だ。
「長くはいられない」
言いながら、俺はアイテムボックスからアリルンを取り出して横抱きにすると、居間の隣にある作業部屋に入っていく。
高木の爺は廃品となったロボットを引き取り、修復して世に送り出すのを生業としている。
そのため、ロボットのパーツはこの20畳はある作業部屋に細かく整理されて置かれていた。
ちなみに、ここに入りきらないものは、地下の倉庫に保管されているはずだ。
「ここでいいか」
「OKですわ」
俺は作業台の上に、アリルンをそっと寝かせた。
彼女は起動しなくなった時と変わらず、安らかな表情のまま冷たくなっている。
「アリルンっていうんだ。正式名称はZOX8000シリーズ A‐RiLN/MM3 SHII28」
最初はこんなの覚えられるわけがないと思っていたが、今はすんなり出てくる。
「A-type のRiLNで、MM3なら一番積んでおるアンドロイドじゃ。そもそも……」
爺さんが何かうんちくを教えてくれていたが、俺は片手を上げて遮った。
「話は後で聞く。しゃべらせてくれ」
今は時間がない。
警察が来る前にここを出ないと、爺さんたちを巻き込む結果になってしまう。
「私に教えてくださいませ」
穏やかな笑みを浮かべたベルサイユがアリルンの頭を撫でながら言った。
だが、ベルサイユはすぐにそこにある傷に気づき、厳しい表情になる。
「最初から話す」
アリルンが12年前に製造され、欠陥品とされ、刑務所に来たところから説明した。
アリルンがどう変化していったかも、ひとつひとつ詳細に話した。
どのパーツが劣化したかを推測するためである。
アンドロイドのベルサイユ相手だったから問題なかったものの、相当早口になってしまっていたのは、どうしようもなかった。
最後に頭部の殴られた傷から海水が侵入し、壊れる直前に放電して白煙が上がったことも話すと、ベルサイユの表情が一気に曇った。
「全身から煙が出ましたか」
「ああ。全身だ」
「………」
ベルサイユが口をつぐむ。
「厳しいのか」
「調べてみないとなんとも……ただ、壊れ方を聞きますと……」
言いながら、ベルサイユが爺――高木あきら――を見る。
高木の爺も、かつてないほどに真剣な表情を浮かべていた。
「……よくて植物状態じゃろう。記憶はまず期待できん」
「俺の嫁だ。金はいくらでも払う」
言いながら俺はありったけの宝石を作業台の上に並べると、その場に畏まって土下座した。
「頼む。直してくれ」
あきら爺は並んだ宝石をちらりとみると、「小僧、あのな」と言葉を重ねてきた。
「可能性は0.1%もないぞ。億という金がムダ金になる。新品を買い直した方が――」
「――頼む! 彼女は俺のすべてなんだ!」
涙声になりながら、俺は再び額を絨毯にこすりつけた。
「金はいくらでも払う。ムダ金なんかじゃない。0.1%でも、俺にとって一番幸せな使い道なんだ」
室内がシーン、と静まり返る。
そのまま、どれぐらい時間が経っただろう。
「……期待はするでないぞ」
あきら爺が承諾してくれた。
「爺さんの手にかかって、直らないロボットなんていないんだろ」
「今まではそうじゃったというだけじゃ。こいつは壊れ具合が尋常ではない」
「どれくらいで目処が立つ?」
高木の爺がため息をついた。
「わしが無理というくらいじゃぞ。3ヶ月は待て。その間は支援してやるから、隠れていろ」
そこへすっとベルサイユが寄り添ってくる。
「喬様。全力で修復作業をお手伝いいたしますわ」
ベルサイユが俺を支えて、立たせてくれた。
「ありがとう。ではその頃に知らせてくれ。暇をつぶしてる」
「あ、待ってくださいませ」
ベルサイユがまたパタパタとスリッパを鳴らして奥の部屋に行くと、両手にずっしりとした買い物袋を下げて戻ってきた。
買い置きしてくれていたらしい、缶詰や水などの食糧らしかった。
「感謝するぞ、爺さん、ベルサイユ」
俺はそれをアイテムボックスに放り込む。
だが俺はもう、逃げ続けるつもりはなかった。
「連絡するまで捕まるでないぞ」
「後は気長に待つさ」
俺は小さく笑って、爺さんの家を後にした。
その後、俺が秋葉原を離れ、江東区の湾岸警察署に出頭したのは、3時間後のことだった。
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