第26話 新幹線内
今の時刻を確認する。朝の5時45分だ。
徒歩で郡山駅に入る。
『さて、繰り返しお伝えしているニュースです……』
駅構内で放送されるテレビニュースでは、俺の顔が常時映し出されていて、特別番組まで組まれているようだ。
アリルンの姿も、図書係の姿で全身像が映し出されている。
「……」
それとなくあたりを窺った。
幸い、テレビに見入っている人は皆無だ。
月曜の早朝、多忙な出勤時間帯だし、もうみんな飽きるほどに聞いたニュースなのだろう。
すれ違う人たちは、自身の仕事のことで頭がいっぱいなのか、全く俺に目を向ける様子がない。
俺は人の流れに従って歩きながら、新幹線の切符売り場に並ぶ。
帽子を深く被り、俯いて順番をひたすら待つ。
「東京までね。一番早くて……6時13分のですね」
よし。これなら爺さんの家に九時には着くだろう。
今は目立つことよりも速さ重視だ。
「指定席をオススメします」
「指定?」
「昨晩はクリスマスイブでしたからね。今朝は混んでます」
駅員は苦笑いした。
「はい、それでお願いします」
「じゃ11790円です。ありがとうございます。はい、次の方~」
俺は切符を受け取り、改札の方へと進む。
おそらく今のやり取りで、俺は福島にいることが捜査側にばれた。
窓口では2つの方向からカメラが当たっており、両方の角度から顔を映らないようにできたか、自信がもてない。
ただ、このカメラはJR側が事故防止のためにつけているものだろう。
警察に直結しているものではない。
この映像から俺を見つけるには、それなりの時間がかかる。
「………」
構内を歩く。
カメラを探すのに気は一時も休む間もなく、汗ばかりが流れていく。
何かから逃げ続けるというのは常に心臓を掴まれているようなものだ、と何かの本で主人公が言っていた。
まさにその通りだ。
いつ握りつぶされても、おかしくない。
俺は逮捕された時も逃亡しなかったから、逃げるというのは初めてのことだ。
こういうことは本当に得意じゃないな、とつくづく思う。
そんな中、ふと、駅弁を売っている出店を見つけた。
ずっと以前にアリルンが駅弁が食べたいと言っていたことがあったのを思い出し、殺伐としてきた心が、ほっと緩んだ。
すべてを忘れ、並んで弁当を買う。
人気のようで、俺の前には8人並んでいる。
「ありがとう」
「あぃ、毎度あり」
二人分を買い、改札を抜け、そのまま3階に上がっていく大量の人たちに紛れて、進む。
ラッシュアワーがこんなに頼もしいものに感じたのは、初めてだ。
今の時刻は6時すぎ。
改札に並んだ時から、すでに30分が過ぎている。
ここに留まるよりは、福島から離れてしまう方が捜索は難航するはずだ。
(しかし思った以上に多いな)
改札を抜けてからすでに6つ目の監視カメラだ。
俺はできるだけ俯いて、顔が映らぬようにそこを通り過ぎた。
プラットホームに向かう通路に冬風が冷酷に吹き込んで、肌を突き刺した。
プラットホームに降り立つと、カメラは前後の2ヶ所。
俺はそれに映らないように自動販売機の陰に立ち、乗降口の列に並んだ。
◇◆◇◆◇◆◇
列車がやってくるまでの時間が、永劫にも感じられた。
5分後の俺はどうなっているのだろう、と下らぬことを考えてしまう。
そんな心配を他所に、やってきた新幹線には問題なく乗れて、座席にも座れた。
横並びの隣のシートにはスーツ姿の男が二人座り、二人ともタブレットやパソコンを取り出して操作を始めた。
「今日も新幹線をご利用いただき、ありがとうございます。この電車は『なすの258号』、東京行きです。まもなくドアが閉まりますのでご注意ください……」
ぷしゅー、という音とともにドアが閉まり、新幹線が動き出すと、やっとなにか安心した気がする。
膝の上で弁当を広げた。
「アリルン。約束の駅弁だぞ」
俺は小さくつぶやいた。
二段重ねのお弁当で、海老天や焼鮭、鶏の酒粕みそ焼、なめこそばの実あえや豆みそが入っている。
贅沢な品だ。
「食べたことないものばっかだろ。実は俺もなんだ」
異世界に行く前までは、俺はただの貧乏学生だった。
駅弁なんか、買ったことはない。
「ありがたすぎて食べられないな。後で一緒に食べような」
苦笑する。
広げたはいいが、俺自身まったく食欲がなかった。
「失礼いたします」
仕舞おうとしたところに、車掌が切符の確認にやってくる。
俺より一回り年上の男だ。
まぶたが垂れ下がり、眠気が残っているような顔をしている。
「ありがとうございました」
そんな車掌は吐く息が酒臭く、切符しか見ずに機械的に済ませていった。
◇◆◇◆◇◆◇
30分ほどが過ぎた。
あれから幾度となく、車掌がきょろきょろしながら、俺の横を通り過ぎていった。
誰かを探しているようだった。
俺は帽子を深くかぶり、俯いて寝たふりをしていた。
なお、ダウンコートは脱いで仕舞い、帽子は駅に居た時とは全く違うものを被っている。
「間もなく、宇都宮に停車いたします。お降りの方は……」
宇都宮。
上野まで約半分のところまで来た。
駅に滑り込むたび、乗車しようとプラットホームに並んでいる人たちを瞬きもせずに観察する。
さっきの新白河駅は、それらしい奴らはいなかった。
(……いないか)
ここもスーツ姿の男女ばかりで、違和感を感じる雰囲気はないように感じた。
「………」
しかし新白河よりも、停車時間がやけに長い。
特に放送もなく、ただ長かった。
そこに、なんらかの意図があるのではないかと思えるほど。
(時刻は7時02分……)
郡山駅でカメラに写ってから、すでに1時間以上が過ぎた。
見つかっていたら、警察が俺の動きを察知するには十分な時間か。
「………」
まだ発車しない。
「なかなか動きませんな」
窓側の席にすわっていたお爺さんが穏和な笑みを浮かべて俺に語りかけてくる。
髪は頭の半分まで後退し、残る白髪はオールバックにされている。
笑い方はとても優しいもので、初対面でも親しみが湧いた。
「そうですね」
「孫に会いにいくたびこれに乗るんですがね。こんなのは初めてのことですな」
「はい」
適当に頷きながら、俺は腕を組む。
背中を汗が流れていく。
なかなか出発せず、周りの人たちもきょろきょろし始めた時、やっと発車した。
いつもの「まもなく発車します」というアナウンスはなかった。
「どちらまで行かれるのですかな」
「上野です」
しかし発車したということは、今すぐ手出しはしてこないということだろうか。
しばらく、車両内の人の気配の変化を窺う。
「おお、同じですな。私も動物園で孫と待ち合わせをしておるのですよ」
俺が乗っているのは16両目。
扉が開き閉まりする音は前後から聞こえるが、乗ってきた人たちは全く俺の方など見ずに通り過ぎていく。
「それは喜びそうですね」
「今年になって3回目ですじゃ。孫は飽きもせずに行きたがるもので、本当に可愛くての。フォッフォ」
そうやって隣のお爺さんと話している間に、宇都宮を出てから10分が過ぎていた。
結局、何も起こっていなかった。
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