第24話 つながる電話


 3人を殺し、服役中でありました凶悪犯です。

 凶器を持っている可能性がありますので、十分ご注意ください。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 しかし店員は気にした様子もなく、相変わらずキャハー! と、金属のような声で高笑いしているのが聞こえた。


「………」


 電話中の店員へ、無言で山盛りの買い物かごを差し出す。

 レジにいたのは、ガングロでよれた銀髪の、全体的に腫れぼったい顔をした女だった。


 世間のことに疎そうな人だったことに、この時ばかりは感謝した。


「……ずいぶん買うね」


 女はめんどくさそうな表情を浮かべると、帽子をかぶった俺の顔を見る。


「はい、お願いします」


 俺は女に顔を見られることは構わず、帽子のつばでカメラには顔が写り込まないようにする。


 女はため息をつきながら電話を置くと、商品をひとつひとつ手に取り、会計を始める。


「980円1点……ぷっ」


 途中、籠の中の風俗新聞を見つけて、にやっと笑う。

 おい、笑うな。


 店員は、そのまましばらくにやにやしていた。


「つか、寒そうだね……あたためる?」


 俺の顔色の悪さにでも気づいたのか、500ccのパック牛乳を指さして、言う女。

 いや、温めるわけないだろ、と突っ込みたくなったが、思い直して『はい』と答えた。


 この地域ではこれが普通なのかもしれない、と思ったからだ。


「あ、はい」


「ありがとうございました~」


 ぼこぼこ言うほど沸騰させたりしないだろうなとひやひやしたが、案外に適温で渡してくれた。

 開けて飲んでみると、冷えていた体が温まる。


「なんだよ……」


 なんか知らないが、じわっときてしまった。


 あいつ、実はいい奴だった。

 刑務官ばかり相手にしていたから、小さな優しさがずいぶんと沁みてしまう。




 ◇◆◇◆◇◆◇




 ガラケーを取り出し、モバイルバッテリーと接続して充電を開始する。

 爺さんのところへ1秒でも早く連絡したい思いをぐっとこらえ、そのまま仕舞う。


 この電話番号は、警察にわれている。

 いざという時しか、使えない。


 ひとけのない、目立たない街灯のそばに腰を下ろし、パンを口にする。

 ハムマヨパンというもので、なかなかに美味しかった。


 刑務所の食事は、味気なくて、冷たくて、残念なものばかりと思っている人が多いと思うが、なかなかどうしてそうでもない。

 正月などはかなり腕をふるった料理が出たこともあるから、このパンが美味しくても、大きな感動があったわけではなかった。


「ふぅ、ごちそうさま」


 そのまま、手袋を履いた手で風俗新聞を開く。

 めくっていくと、予想通りこのあたりの地図が見つかった。


 手探りで歩いてきただけに、ありがたいことこの上ない。

 ここが間違いなく福島であることも確認できて、ほっと安堵する。


(よし)


 俺の望んでいた場所は、案外にそばに見つかった。


「ここから2kmくらいか」


 そう、行き先はラブホテルだ。



 ◇◆◇◆◇◆◇




 街中に、それはいくつか存在していた。


「アリルン、なんにもしないからな」


 俺は俯いたまま、ひとりでそこに入る。


 一応説明しておくと、ラブホテルは入るのに何の呈示も求められない。

 金も現金で払える。


 そして、俺が求めるのは、そこに設置されている電話だ。

 ここから外に電話すれば、少なくとも今すぐ居場所が割れることはない。


 幸い空きがあって、狭くたばこ臭い部屋だが入ることができた。


「ゆっくりしていてくれな。今コーヒーを淹れる」


 料金を前清算して、アリルンをハート形のピンクなベッドにそっと寝かせる。

 湯船に湯をはりながら、俺は夜更けにもかかわらず、さっそく爺さんに電話をかけた。


 トゥルルル……トゥルルル……。


 鳴る、ということは、生きているということで大丈夫だろう。

 いや、そうとも限らないのか。


 トゥルルル……トゥルルル……


 爺さん……頼む、出てくれ。


 トゥルつっ。


 お。


「……なんじゃコラ」


 第一声は、まあそれだよな。

 こんな時間だし。


「爺さん、俺なんだが」


「こんな時間にオレオレ詐欺か」


「安心したよ。しっかりしてるじゃないか」


 俺の言葉に、爺さんがくっくっくと笑う。


「脱獄したと聞いて、挨拶の電話くらいはよこすだろうと予想はしておった」


「なら話は早いな。聞いてくれ」


「待て」


 話し始めようとした俺を、爺さんが止める。


「小僧、まさか、自分の電話からかけておらんだろうな」


 爺さんが真顔の声になる。


「ああ、これは俺のじゃない。ラブホテルからかけている」


「そうか……ならよかろう。用件はなんじゃ」


「実は」


 俺はアリルンのことを、型番から詳細に伝えた。


「ほう……まだ世にZOX8000シリーズがおったとは」


「そんなに貴重な存在か」


「倒産メーカーの骨董品じゃな……異常に内部パーツに金をかけたアンドロイドじゃ。今でも300万以上の値が付くじゃろう。目の利く者に見つかれば解体されるぞ」


「させるかよ。で、伝えた通りの状況なんだが、直せそうかな」


「無理じゃな」


 爺さんは即答すると、お手上げじゃよ、お手上げ、と言いながら、笑っているようだ。

 爺さんはいつもこんな感じでおどけて、なかなか話を聞いてくれない。


「……爺さん。あんたしかいないんだ。無理は承知で頼んでいる」


 俺は震えそうになった声を抑えて、言葉にする。


「ぬ?」


「なんとか直してくれないか。金はすぐには支払えないが、言い値でいい」


「言い値……そんなに大事な物か」


「物じゃない。人だ。俺の嫁になる」


「………」


 爺さんが閉口した。


「小僧、本気か」


「ああ。一生を共にする覚悟だ」


 爺さんが、やれやれ、とため息をついた。


「見てみぬとわからぬが、かなり厳しいぞ。状態次第では、データ復旧も確約はできぬ」


 爺さんはひねくれるのをやめたようだった。


「あんたにできないことなんて、ないだろが」


「……ほう。わかっておるではないか」


 あからさまに爺さんの機嫌がよくなった。


「ところで小僧、今どこにおる」


「今は福島のいわきだ」


「なんじゃと」


 さすがの爺さんも驚いたようだ。

 俺は脱獄後、船で北上したことを話す。


「ぬぅ……わけがわからん。だが警察もしばらくは掴めぬじゃろうな」


 爺さんがホッホ、と笑う。


「ついでにあんたの所まで行くための知恵を借りたいんだが」


「……ふむ」


 爺さんがなにか思案している。


「来やすいのはレンタカーじゃろうが、免許もクレジットカードも切れておろう?」


「その通りだ。手持ちは現金8万弱と宝石だな」


「換金先には行くな。そっちは警察の手がのびるのが早い。口座からも引き出すな」


 こんな真剣な爺さんは初めてだ。

 俺の言葉に共感してくれたのかもしれない。


 まあ、気持ちはわかるんだろうな。

 なんたって、爺さんもアンドロイドと暮らしているのだから。


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