第23話 まだ終わっていない




 俺は北に向けていた進路を西に変えた。

 一秒でも早く、秋葉原の爺さんのところへ、アリルンを連れていくのだ。


「まだ終わってない」


 もちろん危険など百も承知だ。

 だが急がなければ、アリルンの内部で部品の腐食がさらに進んでしまう。


 彼女が助からないのなら、俺は生きる意味などない。


「待ってろよ、アリルン」


 ベッドで温かくして休んでもらっているアリルンに視線を向ける。

 ふと、彼女のへそのところにある、起動ボタンのことを思い出す。


(いや、だめだ)


 海水が入った状態で再起動リブートすれば、何が起こるかわからない。

 それにアリルンが言っていた通りなら、再起動リブートで彼女の記憶は同時に消去されてしまう。


(いこう)


 俺は彼女に背を向けた。


 最初にやるべきことは決まっている。

 公衆電話から電話し、アリルンを助ける方法をある人に仰ぐのだ。


 問題はあの爺さんがこの5年で他界したりしていないかだ。


「爺さん、頼むぜ」


 しぶとい性格だったから生きていてほしい。




 ◇◆◇◆◇◆◇




 しばらくして、陸地が見えてきた。

 警戒されているだろう千葉県ではないことは地形で推測がついたが、それ以上はわからない。


 だが、上陸して進むしかない。


 時刻は午前1時。

 遠目では、海岸で警察がたむろしている様子はない。


 俺は青のジャケットにジーンズのパンツ、その上に黒のロングダウンコートを着る。

 夏用の帽子だが、被って顔を隠す。


「アリルン、我慢してくれな」


 アリルンには替えで置かれていたいつもの深緑の服を着せた後、嫌だったが俺のアイテムボックスに入ってもらった。


 二度と海水を浴びさせるわけにはいかない。


 帆船の甲板上に出ると、再び冷たい海風が俺たちに吹きつけ、髪が横になびいた。

 月明かりは雲に遮られることなく、俺たちを照らしている。


 浅瀬に入る前に小舟に乗り換え、帆船を仕舞うと、ひとりオールを漕いで岸を目指した。




 ◇◆◇◆◇◆◇




 深さが膝下程度になったあたりで舟をしまい、陸に上がる。


 そこは乗り込んだ浜辺と同じ、砂浜だった。


 街灯で照らされており、どうやら海浜公園になっているようだ。


 幸い、人影はない。

 雪も積もっていなかった。


「陸に着いたぞ、アリルン。どこだかわからないけどな」


 木々が植えられ、アスファルトが敷かれた公園内に入ると、すぐにベンチでいちゃいちゃするカップルが一組見えた。


 地域の情報が欲しかったが、話しかけるのはやめた。

 足を止めずにあたりを見渡し、海浜公園の名前の記載を探すが、見当たらなかった。


 海浜公園を越えるとすぐに道路があった。

 国道らしく『382』と書いてある。


 車は1分に一回くらいで通り過ぎていく。

 車のナンバーで地域を確認しようかとも思ったが、ドライブレコーダーに映りこむ可能性に気づき、やめた。


 そのまま歩いていくと、道路の看板で海浜公園の名前を見つけることができた。

「新舞子浜」というそうだ。


 しかし、それだけではどの県なのかわからなかった。


 その先には料亭や民家が立ち並び、それなりに栄えた地域のようだ。

 できるだけ人目につかぬよう、細く街灯の明かりが入らない通りを選んで進んでいく。


 二人とすれ違ったが、俺の人相を見ていく人はいなかった。


(まずアクセスすべきは)


 公衆電話。

 そのほとんどが撤去されているらしいが、俺にはそれしかない。

 それから、地図もほしいところだ。


 身分証明やクレジットカードを求められない場所が、俺の行ける場所になる。


 やがて、遠くにホテルのようなものが見えてきた。

 通り沿いに建てられた看板。



 かんぽの宿いわき

 すぐ右折 その先500m



 と書いてある。


「いわき……福島か」


 福島県。

 航海時間から推測しても、妥当な場所だろう。

 おそらく警察も、この時間で俺が福島まで移動しているとは思っていないだろう。


 明日になれば、捜査範囲を広げてくるかもしれないが。


(福島なら)


 東京まで三時間くらいか。

 手持ちが多少あるので、ここからタクシーに乗ってしまう手もあるかもしれない。


(いや、焦りすぎか)


 秋葉原の爺さんが他界していたら、完全に詰んでしまう。


 爺さんがだめなら、メーカーに大金を積む手もなくはない。

 予定通り、先に連絡を取る方向で動くことにしよう。


 そうやって大きな通りに沿うように歩くこと、1km以上。


 やがて青と白の見慣れた看板が目に入った。

 ローソンだ。


 残念ながら、公衆電話は付属していない。


(いくか)


 俺は覚悟を決める。

 さっきまでは暗がりで、すれ違う人も俺の顔などはっきり見えなかったに違いない。


 だがここは違う。

 店内の防犯カメラにも映る。


 だが時間が経てば経つほど、脱獄した俺の情報がメディアに流れ、顔なども認知されてくるだろう。


 福島ならまだそれほど警戒されていないはず。

 やるならさっさと済ますべきだ。


「アリルン、コンビニ入るからな」


 俺は聞き慣れた入場音とともに、明るい店内に入った。

 いらっしゃいませー、という女店員の声が聞こえる。


 客は俺一人のようだ。


 俺は店員に目を合わせず、かごを持つと、必要になりそうなものと次々と放り込んだ。


 万単位での買い物はどうしても目立ってしまうが、店に寄れるのはここが最初で最後。

 アイテムボックスに入れておけるから、ごっそり買っておこう。


 多くの日用品から、ハサミなどの文房具、カイロなど。

 自分の携帯電話は使わない予定だが、念のためにモバイルバッテリーを2つ買う。


 それから俺用に黒の帽子。

 少し期待していた長袖の肌着は売り切れだった。


 売れ残っていたパン、ミルク、アリルンに食べさせたかったチョコレートなんかも籠に入れる。

 最後に風俗新聞。


 俺が買い物している間、女の店員はどこかに電話しているらしく、「ちょ、マジありえなくない?」などという言葉がレジ側から聞こえてきた。

 こちらを気にしている様子は全くない。


 しかし安堵したのもつかの間。

 ローソン内で流れるニュース。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 繰り返しお伝えしております通り、千葉の花咲刑務所から、囚人が一名脱走しました。


 囚人は神酒坂(みきさか)喬(きょう)、28歳男。

 170cmほどの普通体形で、女のアンドロイドを連れている模様です。

 3人を殺し、服役中でありました凶悪犯です。


 凶器を持っている可能性がありますので、十分ご注意ください。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



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