第6話 トリックスター



「あれ……どこ行っちゃったかなぁ」


 あくる日、図書館を訪れると、アリルンが四つん這いになってなにかごそごそとやっていた。

 お尻をこちらに向けているから、白い三角がちらちらと見えている。


「アリルン……露出狂みたいになってるぞ」


「え!? きゃっ!」


 顔だけをこちらに向けた後、俺にお尻を向けていたことに気づき、慌てて立ち上がるアリルン。


「み、見えました!?」


「ミエテナイ」


「……ほんとに? ほんとに見えてませんでした!?」


「ほんとだよ。見える前に注意した」


 アリルンがほっ、と脱力した顔になる。

 本当にアンドロイドなのか、疑わしい瞬間だった。


「それはともかく、なにか探していたみたいだったが?」


 俺は話を変える。


「あ、そうなんです! この応募用紙に切り取ったものを貼らなきゃいけないのですが、のりがどこかに行ってしまって」


「そりゃまずいな」


 糊だからまだいいものの、物の紛失は刑務所においては大事件である。


 紛失者は可及的速やかに事態を報告し、状況や物によっては全刑務官が業務を止めて一斉に捜索にあたるのだ。

 もちろん紛失側にも相応の責任が問われる。


 今回は、俺が一番に疑われることになろう。

 それがわかっていて、アリルンも慌てているのだ。


「しかもこの応募用紙、もうすぐ刑務官さんが取りに来るんです……どうしよう」


 アリルンが青ざめた表情になっている。


「どれ、どこに糊を塗ればいいの」


「ここなんですが」


 アリルンがクリアパネルの向こうで、その紙を見せてくれる。


「ほうほう」


 俺は手元が頭上のカメラに映らないことを確認すると、懐から糊を取り出し、キャップを外してその紙に塗ったくった。


「……え!?」


 アリルンが驚愕する。


「あ、これ俺のだから。じゃあ次はアリルンのを探そう」


 俺は糊を懐に仕舞いながら、目を凝らしてクリアパネル越しに探す。


「……なんだ、そこにあるぞ」


 糊のお尻の部分が、本と本の間から小さく見えている。

 誰かみたいだ。


「えっ、あ、ほんとだ!」


 アリルンが慌てて回収する。

 よかったよかった、万事解決。


 ……でもなかった。

 アリルンが、俺をじっと見ている。


「……トリスさん、どうして糊を持ってるんですか」


「俺、奇術師トリックスターだから」


「意味わかんないですよ!」


 早々の突込みが来る。

 もちろんわかっている。アリルンが心から心配してくれていることを。


 たかが糊でも俺が認可されていない物を持ち歩いていることが知れたら、懲罰房行きは確実だ。


「俺な、ちょっと変わってるんだ」


 いろいろ、こっそり持ち歩ける体質なんだ、と説明してみる。


「わ、私が預かります。ずっと隠しておきますから」


 アリルンが出してください、と手を差し出す。

 優しいことを言ってくれるアンドロイドもいたもんだ。


「心配いらない。俺は持っていても見つからないからな。それに、この能力を悪用するつもりもないぜ」


 だから模範囚でいられるのだ。


「でも、万が一見つかったらどうするんですか」


「万が一にも、見つからないのさ」


 俺は肩をすくめて笑って見せる。

 いくら調べても、CTやMRIという画像検査ですら俺の隠し場所は写し出せない。


 ここに入る前、望まぬ旅に出てからこの『アイテムボックス』なる能力を俺は手に入れていた。




 ◇◆◇◆◇◆◇




 昼食が終わり、まどろみがやってくる午後。

 窓からは、あまたのカラスに遮られながらも強い陽光が差し込んでいる。


 俺とアリルンは、竹取物語のかぐや姫の話で盛り上がっていた。


「トリスさん、かぐや姫がどうして結婚しなかったか、知っていますか」


「いや、わからない」


 言われてみれば、あれは幼心にも少々不思議に感じていた。


 かぐや姫は自分を見出してくれた老夫婦を金持ちにしただけで、数多の縁談をひたすら断り、そのまま一人で空に帰っていってしまう。

 童話なのに、ハッピーではないあの終わり方が謎だった。


「平安時代の思想なんですよ。当時は人と神のような存在が結婚して共存できる、というのは異端な考え方だったんです」


「へぇぇ……」


 そんな話をつくったからといって、神様を軽んじてるなんて、思わないけど。


「そういやもうすぐ七夕だな」


「あ、ほんとですね」


 そんなアリルンを見て、俺は軽く首をひねる。

 毎日カレンダーを見ているから、わかっていると思ったが。


「あはは、ごめんなさい。イベントとか疎くって」


 アリルンが顔を赤らめながら、言い訳している。


「きっと祝ったことがないから、記憶に残らないんだろ。アリルンが悪いんじゃない」


 アンドロイドだからというより、こんな寂しい生活をさせているからいけないのだ。


「トリスさん、七夕って……本当に本に書いてあるようなことをするんですか」


 アリルンが純粋な目をして、俺に訊ねてくる。


「ああ。笹の葉に短冊をかけて願い事するのが一般的なんだけどな。俺、小さい頃は函館にいたから、家々をまわってお菓子を貰い歩いたなぁ」


「えっ、もしかして『ローソクもらい』ですか」


「さすが、よく知ってる」


 その地方に住んでいないとわからないような風習を知っているとは、アンドロイド恐るべし。


「ローソクもらい」の日は、夕方から提灯をぶら下げ、人の家の玄関を勝手に開けて、同級生たちと七夕恒例の歌を歌う。


 ローソク出ーせー出ーせーよー 出ーさーないとー かっちゃくぞー おーまーけーにー噛み付くぞー。


 と歌うのだ。


 すると奥から家の人が出てきて、お菓子をくれると言うわけだ。

 歌通り、本当にろうそくをくれると、子供だから閉口する。


 俺は家の中に案内されて、手作りのババロアをごちそうしてもらったりしたこともある。


 俺の最高記録は83件。

 小学5年のときに夜10時まで歩いた。


 もちろん、クラスで一位だった。

 あの時の一位が刑務所に入ってるとか衝撃だろうな。


 囚人の俺が言うのもなんだが、今は物騒になって、夜に子供だけでねり歩くとか、かなり難しくなっているそうだ。


「うわぁ……楽しそう! 子供にお菓子とかあげてみたいです!」


 アリルンは随分と興味深そうにして聞いていた。


「北海道の函館あたりに住めば、いやっつーほど来るぜ。ガキどもが」


「函館……夜景のきれいな街だそうですね」


「そうそう。海鮮もうまい。一緒に行こうか」


「はい、行きたいです!」


 笑い合う俺たちには、無理な話だとわかっていた。

 それでも、互いにそうは言わない。


 あそこにいったらああしてみよう、あの場所で本の中のようにこうしてみたいね、と話す俺たちは、時を忘れて夢中で話していた。





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