第3話 図書係の一日



 図書係初日。


 朝は他の囚人と一緒に起き、朝食をとる。

 朝食は食堂のこともあるが、たいていはトレーに乗って部屋にやってくるので、自室で食べる。


 俺はこの後薬を飲んで、出室する。


「両手を挙げろ」


 凶器を持っていないことを確認するために刑務官の前で衣服を脱ぎ、パンツ一丁で身体検査を済ます。


 その後、刑務作業場へ向かう囚人の列を離れ、図書館へ向かう。


 ちなみに、この刑務所には普通の刑務官のほかに、仮面と防具を身にまとい、電流の流れる警棒と銃を装備した「処罰型刑務官」が配置されている。


 彼らは囚人の好ましくない行為を積極的に咎める役割を担う。


 囚人の恨みを買うことが多くて、向こうも大変なのだろう。

 刑務官の中で輪番制で行われ、当番の日は顔がわからぬよう仮面をつけるのだ。


「おはようございます」


 無感情に挨拶しながら、俺は処罰型刑務官の横を通り過ぎる。


「腕の振りが小さいぞ!」


 処罰型刑務官が、ぱちぱちと青い電気が散る警棒をちらつかせながら言った。


「はっ」


「サッサと歩け!」


「はっ」


 前にも言ったが、刑務官に逆らうことは許されない。

 どんなに理不尽なことをされ、挑発されようとも、軽くスルーが正解だ。




 ◇◆◇◆◇◆◇




「おはよう」


 図書館にやってくると、昨日と全く同じ、深緑の服を着たアリルンが図書館の窓口に座り、俺に横顔を向けていた。


「あ、トリスさんおはようございます!」


 振り向いてニコッと笑うあたり、本当によくできたアンドロイドだと感心する。


「アリルンは毎日同じ服なのか」


 本来、刑務作業中は私語は禁止だ。

 しかし昨日確認した感じでは、ここには刑務官は常駐しておらず、頭上に体温センサー付きカメラがあるだけ。


 これに音声を拾う機能はないことを、俺は経験上知っている。


 話しながらでも、クリアパネルの下の隙間から一冊ずつ渡していれば、問題ないだろう。


「発汗機能がないので、汚れなければ変えるのは下着ぐらいですよ。一応予備は持っていますけれど」


 へぇ。

 汗かかないんだ。

 まぁ、アンドロイドならそんな機能はいらないか。


「でもその色、似合っていると思う」


「あは。製作担当の方たちが12種類の衣服から、これを選んでくださったんですよ」


 満面の笑顔になるアリルン。


「アリルンにしたら親みたいな人のことだな」


「はい!」


 そんな話をしながら、彼女のデスクの前に、日めくりカレンダーがあることに気付く。


(図書館の定番だよな)


 図書館の受付には、今日の日付と、返却日の日付が明示されているのが普通だ。

 あれで確認するのだろう。


「さて」


 俺はその場を離れると、アリルンが昨日くれた『お仕事一覧』の通りにあちらこちらにある返却台に向かい、本を回収する。


「はい、これで返却は漏れなしです。トリスさん早いですね」


 返却台は8箇所あるが、回収だけなら20分とかからず終わる仕事だ。


「じゃあ受取りとやらにも行ってくる」


「はい。いってらっしゃいませ」


 本の返却が終わると、次は新しく仲間入りする図書の受け取りだ。


 カートを押して、刑務官たちがたむろする「バビロン」と呼ばれるフロアに行き、寄贈された新規の本を受け取る。


 図書係になると、こんなところまで手錠無しで堂々と来れてしまうからすごい。

 まぁ、それはともかく今日は八冊あった。


 持ち帰った図書を新規登録するのはアリルンの仕事で、彼女はそれを一冊一冊、慣れた様子でこなしている。


「トリスさん、そろそろですか」


「ああ。じゃ、飯いってくる」


「はい、いってらっしゃいませ」


 12時に間に合うよう食堂に行き、その後12時30分から再び図書係の仕事に戻る。


 言うまでもないが、囚人は食事回りの時間も一分の遅れなく済まさなければならない。


 が、五年も過ごした俺にはもう慣れたものだ。

 体が覚えていてなんのストレスもない。


 午後、アリルンは痛んだ本の修理をして、俺は刑務官が読み終わった新聞や雑誌の回収やとりまとめをする。


 その後は、カートにアリルンが選んだ本を積んで押して回る、メインといってよい作業が待っている。


 が、それ自体は15時からなので1時間以上、空きがあった。


「なぁアリルン」


 カートに本を載せながら、クリアパネルの向こうでパソコンに向かっているその澄んだ横顔に、声をかける。


「はい?」


「どうしてアリルンは奉仕型アンドロイドなのに、ここにいるんだ?」


 アリルンがキーボードに打つ手を止める。


「……やっぱり、気になりますか」


 アリルンが息を吐くようにして、笑う。


「嫌じゃなければ教えてくれないか」


 前にも言ったが、奉仕型アンドロイドなら、ここにいられるわけがない。

 医療の場で奪い合いになるほど重宝されるはずなのだ。


「実は私、CPUに致命的な欠陥があるそうなんです」


 アリルンは振り向くと、笑顔で告げた。


「……なぬ」


 知っての通り、CPUはアンドロイドの中枢となる部位だ。

 ここは10年以上前からパーツが決まっていて、ほとんど変化していない部分である。


 アンドロイドの使用サイクルはワンオーナーで概して8年前後。


 飽きられて中古品として引き取られると、たいてい外観変更や性格変更などのモデルチェンジがなされるが、コアの部分(CPU)は変更しないのが普通だ。


 つまりCPUに欠陥があるアンドロイドはリユースできず、製品としての価値が著しく下がる。


「私はあまり人間と関わらない単純作業がいいって言われまして」


「具体的にどんな欠陥なんだ?」


「……大きすぎて、メーカーの方以外にはお話しできないんです」


 アリルンは苦笑いをしながら、今度は視線を手元に落とした。


「……そうか」


 気になったが、これ以上聞くのは無粋というものだ。


「メンテは受けてるんだよな」


「もちろん受けていますよ。だからCPU以外は大丈夫です!」


 両手でぐっとこぶしを作って、笑って見せるアリルン。

 アンドロイドなのに、そのあまりの可愛らしさに目を奪われている俺がいた。




 ◇◆◇◆◇◆◇




 15時。

 カートを押して、囚人たちのいる舎房に行く。


 この時間はまだ工場で働いている囚人も多く、閑散としているが、懲役のない禁固刑の者や、疾患持ちの囚人が舎房に残っているので、そこを中心にまわる。


 さて、ここの刑務所の房は『五翼放射状平屋舎房』というつくりになっている。


 難しい名前だが、何も恐れることはない。

 ただ、星形というだけだ。


 刑務官のいる中央見張りを起点に5つの棟が放射状に建てられており、少ない人数ですべての獄舎が監視できるようになっているのだ。


 それぞれの棟は2階建てになっていて、満床になれば各棟に160人が収容される計算になる。

 それが5つあるわけだから、最大収容800人。


 世が平和なのか、今はそこまでの人数はないが。


「本はいらんかね」


 その星型をなぞるようにカートを回し、声をかけて回る。

 大半の囚人はこちらに背を向けて横になっている。


「本はいらんかね」


「失せろ」


「はいはい……本はいらんかね」


「お、新入りかい」


 爺さんが声をかけてくる。

 この人は白爺と呼ばれており、笑うと顔がくしゃくしゃになる爺さんだ。

 同い年の奥さんの介護疲れで3年前にやってきた。


「昨日からでね」


「ほほう。世界地図の載った本はあるかい」


 そうやって貸し出した本は5冊だ。


 17時から夕食。

 夕食後は、多くの囚人がテレビを見ることのできる比較的穏やかな時間になる。


 が、皆が刑務作業を終えた中でも、俺はカートを押してまわる。

 さっき居なかった奴らの相手もしないとならない。


「ふぃー」


 終了は19時50分だった。


「トリスさんお疲れさまでした!」


 図書館に戻ると、アリルンがクリアパネルの奥から、ねぎらいの声をかけてくれる。

 その笑顔が眩しい。


「おう、アリルンもな」


 また明日、と言って彼女と別れる。


 俺は自分の独居房に戻ると、冷水でじゃぶじゃぶと顔を洗い、水を飲んだ。

 そしていつもの薬を飲む。


「ふぅ……なんだろな、これ」


 不思議な爽快感とともに、いつにない、温かさみたいなものが心に宿っていた。

 この感じ、なにかとても久しぶりだ。


 考えてみて、その理由に気付く。

 あのアンドロイド女と会話したせいだ。


 他人との心の交流に、俺の心は喜んでいる。

 まるで本物の人と分かり合ったかのように。


「……アンドロイドなんかに癒されるとはな」


 それほどに、自分はカラカラに乾いた孤独だったのかもしれない。

 自嘲しながら、俺は眠りについた。




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