②アカウント名:デスク上の空論
「俺は
JR宇都宮駅近くの
綿貫のデスク席の
宇都宮支局は、記者やアルバイト、スタッフを合わせれば総勢二十名を誇る中規模支局である。しかし、夕刊が終わったこの時間帯は数名の記者がいるだけだ。その数名の記者全員が、響き渡る怒声が聞こえないかのように、せっせと自分の業務に取り組んでいる。
「中央も、
きっかけは、前日十九時に起きたオリオン通り商店街の中華料理店の火災。店舗兼住宅は全焼。二階に住んでいた一家五人のうち、逃げ遅れた小学二年生の男児が犠牲になった。放火の線が強いらしい。雁首とは、被害者の写真のことで、この場合は亡くなった少年の顔写真である。
尋木はその新聞掲載用の雁首を取ってこれなかった。それに綿貫は烈火の如く怒っている。いや、その表現は正確でない。
「私……遺族の心情を考えたら……インターホンなんて押せませんでした」
そう言って、暗に仕事すら放棄したことをほのめかしたからだ。
写真を取れなかったことではなく、新人記者がトライすることもなく帰ってきた。そのことに綿貫は激怒している。
「バッカやろう! それでウチだけ朝刊にツラが載らなかったらどうすんだよ! 良いか尋木? 泣くのは遺族の仕事で、テメェの仕事じゃねぇ! それが辛えなら辞めちまえ!」
そう言って、今朝の日の出タイムス朝刊を尋木に向かって突き出す。
「この朝刊の県版に死んだガキが載ってんのはなぁ、
綿貫はバンと机を叩いて、勢いそのままに席を立つ。支局の隅にある喫煙ルームに消えていった。
「尋木、あの……もし、まだだったらだけどさ……ランチでも行くか?」
その視線に屈して森藤は聞く。
一時間後。ツイッターでは、一つの匿名記者アカウントの投稿が物議を醸していた。
デスク上の空論@desk-kuuron
一時間ほど新人記者を叱りました。私が怒ったのは彼女に期待しているからです。私も新人の頃、デスクから良く怒鳴られました。あの経験があったからこそ今があります。彼女は最終的に悔し涙を流しており、僕の思いは通じたのだと思っています。今後の彼女に期待です。
14:44 2022/08/17 Twitter for iPhone
「俺はあいつに期待しているから怒ったんだ」
財布を忘れて支局に戻った森藤に、綿貫が言った言葉がそのまま投稿されていた。
だが、ツイッターでの反応は賛否両論。いや圧倒的な否。立派な炎上である。
〈悔し涙ってホント? 自分勝手に解釈しすぎじゃない?〉
〈新人が涙を流すほど叱るって、完全にパワハラじゃん。〉
〈時代錯誤感が半端ない。あなたの新人時代とは違う。〉
〈自分もやられたからやるって……本当に変わらなきゃなのは、あんたの方でしょ笑〉
現実世界とは違う世界がツイッターには広がっていた。
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