③アカウント名:新人記者ヌー子

何故か記者たちは動物に転生する。無論、転生すると言ってもツイッターのアイコンの話である。犬、猫、鳥、牛、馬、羊、猿、ライオン、ペンギン、ダチョウ、チーター、ワニ、ゾウ、キリン……。いつからツイッターはサファリパーク化したのだろうか?

 ヌー子も例外ではない。哺乳綱鯨偶蹄目ほにゅうこうくじらぐうていもくウシ科。ヌーのアイコンを使った新人記者のアカウントである。特段、ヌーという動物に愛着があってアイコンにしたわけではない。選んだ理由は、検索した限り他に誰も使っていなかったから。ただ、それだけだ。


 新人記者ヌー子@KisyaGnuko

 そりゃ私だって、インターホン鳴らすのが仕事だって分かってるよ。だけどさ、取材される側の気持ちを考えたら、それができなかったの。手が震えて、涙が出てきたの。それって、そんなにも悪いことなのかな?

 14:49 2022/08/17 Twitter for iPhone


「昨夜は森藤もりとうさんに大変ご迷惑をおかけしました」

 先ほどから眼前の尋木は何度も頭を下げている。支局近くの喫茶店。昭和のレトロ感漂う店内で、遅めのランチにした。

「そんな気にすんなって。昔は俺もできなかったし……」

 そう言って森藤は微笑み、サンドイッチを頬張る。

「えっ、森藤さんもですか?」

 尋木の表情は、どことなく嬉しそうでもあった。

「うん。遺族の家の前に行くと、インターホンを押さない理由ばかりを考えていたかな。『この時間は遅いから、逆に迷惑なんじゃないか?』とか、『そっとしておくことこそ、遺族のためなんじゃないのか?』とか、やっぱり考えるよね」

「えっ⁉︎ それ、私も昨日、ずっと同じことを考えていました」

 尋木の顔がパァッと明るくなる。

「今だにさ『新聞紙面の中に、笑顔の○○君を載せたいんです』とか、『多くの読者に◯◯君が生きていたということを知ってほしいんです』とか言って、何とか写真を貰おうとする時には、これって自分の本心なのかなって思うよ。胸が痛むよね」

「昨日も……その……胸は痛みましたか?」

 尋木は節目がちに森藤に尋ねる。

「いや、どうかな……俺、昨日は他社の記者に相乗りする形で、雁首を取ってきたから。さきがけの記者で、こういうのが上手い奴がいてさ、何かそいつと一緒にガイシャの祖母の家に行って、取ってきたんだよね。ツラ写真をもらえた時、『これで降版に間に合う。ウチだけが抜け落ちることはないな』っていう安堵感しかなかったかな」

「そうなんですね……」

 尋木の表情に影が差す。明らかな失望の色が広がっていた。森藤は慌てて言葉を付け加える。

「あっ、だからって尋木には、そういう……なんて言うか……仕事のためだけに行動して欲しくないかな。遺族取材で、揺れ動く気持ちって、凄く大事だと思うから。それは記者である前に、人間として、絶対忘れてはいけない部分だと、俺は思うんだよね」

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