第7話 『怪獣出現』

メリジル 特区の路地裏


 正和が壁に背を預けながら、現在進行形で赤い眼が観察している南門の戦況報告を聞いていた。


「現状、騎士団が優勢であると言える。この世界の独自生物、モンスターという個体は動物よりも強力だが、騎士団のような慣れている人間に対してはあまり有効ではないようだ」


 正和はチッと舌打ちする。


「だから、言っただろ。ゲームや小説みたいな、ファンタジー世界なんだ。モンスターを相手し慣れている冒険者や騎士団なんてぞろぞろ居るに決まってる。俺が正しかったろ?」


 勝ち誇った顔を浮かべる正和に、彼の影に潜む赤い眼が答える。


「正和の言う通りだ。だが、知識を実証する事には意味がある」


「何だよ、宝の持ち腐れとでも言いたいのかよ?」


「我々が知り得ない魔法やモンスターについて学習が進行している。同時に、騎士団の戦力分析も順調だと言える。知識を実証する事で、別の知識も確かな物になっていくものだ」


 正和は忌々しそうに口を歪める。


「その知識とやらが実証された事で、本当に勝てるのかよ? 防衛線はモンスターだけで突破するんだろ? 怪獣到着前に負けたら意味ねえんだぞ?」


「その通りだ。騎士団以外が壁に施した術を調べたいので、怪獣はそちらに注力させる。よって、モンスターだけで騎士団を突破しよう」


 赤い眼の声が正和の耳元で囁く。


「安心するといい、正和。全く問題はない」


 だが、正和は不満を噴出させる。


「どこか安心できるよ!? 伝令が持ってた手紙だって、何で気付かなかった? 本当なら防衛線を構築してる途中でモンスター共が到着する予定だったのに。お前、順調だって言ったよな?」


「順調だとも。推移する状況に適応すればいいだけだ。何を不安に感じている?」


「うるせえな、さっさと成功させろよ。お前は俺の力なんだろうが」


 正和はそう返すが、心の不安が消えそうにない。

 もっと簡単だと思っていた。

 自分だけが怪獣を知り、この赤い眼の協力があれば、この世界の人間なんて簡単に破滅させられる筈だった。

 モーフォードは上手くいった。エイヒルも。

 なのに、メリジルだけ上手くいかない。ここが一番重要なのに。

 思ったよりも事が上手くいかず、意味の無い不安が噴出しそうだった。

 心にしまっていたカリマ・ザザだった頃の惨めな想いがそうさせる。

 失敗したくない。魔法に負けたくない。

 その想いが彼に手汗をかかせ、唇の乾きをもたらす。

 正和は癖っ毛の髪を掻きむしる。


「クソクソ、上手くいく上手くいく。なあ、そうだよな? お前は俺の力で、こんな世界をぶっ壊してくれるんだよな?!」


「ああ。そう言っている」


「その事務的なのがムカつくんだよッ。畜生、畜生。俺は力がある、怪獣を従えてるんだ。絶対上手くいく、絶対……ああクソ! もっと徹底的にしないとダメだ!」


「徹底的とは?」


「魔法が効かないって思い知らせろって事だよ! 魔法が使えるからって調子乗ってるこの世界の連中を、道端の石ころみたいな俺の力が踏みにじらなきゃいけないんだよ! そうじゃなくちゃ、俺の人生は始まらないんだ!」


「具体的な作戦がわからない。もっと感情抜きに話してくれ」


 正和が不機嫌そうな顔を更に歪める。


「お前はいつもそうだ、面倒な理屈家め。さっさと怪獣を街に連れて来て、騎士団を滅茶苦茶にしろ!」


「計画を早めるという事か。了承した」


 気配が影から消えた。

 自分の望みを叶える為に動き出したと正和は推測する。

 いつも赤い眼は突然現れ、突然消える。

 一体どういう移動方法なのか、自分も知らない。いつか聞いてみてもいい。

 どこか冷静にそんな事を考えつつ、自分の力だと思っている赤い眼が怪獣を使って街を破壊する想像をして、引き笑いを上げる。


「ひ、ひひひひッ!」




同時刻 南門前の防衛線


 モンスターの大群とメリジル騎士団の戦いは既に安定の様相を見せる。

 突然、モンスターたちが一斉に動きを止めた。

 そして、後ろを振り返る。

 騎士たちも唐突に停止したモンスターにつられて、街道の果てを見る。

 第三層に居る団長が戦場の異変に気付き、眉根をしかめる。


「何だ? まさか……!?」


 すぐに望遠鏡を取り出し、前線の全ての存在が見る街道の果てへ向ける。

 団長の懸念が現実となる。

 モンスターの大群が狂乱する程の恐れの対象がやって来た。


 望遠鏡に、ボコリッと地面が盛り上がる瞬間が映る。



 ボガンッ!


 最初に、地面が大きく揺れた。

 地中で何かが動いて揺れた。

 次第に揺れが大きくなりながら、その感覚も短くなる。

 何かが地表に近付いている。

 街道に亀裂が走り、地面が割れる。

 更に亀裂が広がり、盛り上がる。

 何かが起き上がろうとして土がめくれている。

 

 バギギギッ!


 山のような背中が見え、背中に乗っかる土や街道の残骸が零れ落ちる。

 緩慢とした動きでありながら、その大きさ故に少しの動きで大地が悲鳴を上げる。

 次第に全貌が明らかになっていく。

 誰もが見上げ、地中から未だ上半身しか現れていないその巨大生物に息を呑む。

 月明かりが生き物の顔を照らし出す。

 頭に三つの角を生やし、首の周りに扇のように広がる襟を持つ。この世界の人間は知らないが、恐竜のトリケラトプスのような顔をしていた。

 角一本の太さが大木もかくやという大きさで、肩にはより太い角が対になるよう生えている。

 巨大生物が片腕を地中から引き抜き、地面に手を付いた。

 その衝撃で大地が揺れ、腕が振り下ろされて発生した風が、離れている筈の南門の防衛線まで届いた。

 



怪獣から80m離れた防衛線


 防衛線では全ての存在が、眼を疑う存在の登場に意識を吞まれていた。

 最初に意識を取り戻したのは、奇しくもモンスターたちだった。

 彼らの生存本能が出力を最大にして、とにかく己の身体を動かした。

 モンスターたちは今まで戦っていた事も忘れ、もはや直進する事にもこだわらずにその場を逃げ出し始める。

 その喧噪にオーガスタス・ウーランドが正気を取り戻した。

 

「ッ!? すぅー……」


 半分も状況を理解できていないが、とにかく大きく息を吸い込む。

 そして、身体の空気を全て使い切るつもりで特大の大声を張り上げる。


「敵だああ!!!」


 普段から訓練で鍛え上げられている騎士団の団員たち。

 彼らは例え眠っていたとしても、敵襲を告げる声には即座に反応できるように身体が出来ている。

 なので、団長の声が身体を震わせた瞬間、意識が覚醒する。

 

「応ッ!!!」


 団長を含むメリジルの騎士団は怪獣の大きさに慄きながら、それを使命感で意識の外に追いやって戦意を高揚させる。

 団長が更に檄を飛ばす。


「敵は地中から出現した巨大生物! 今はまだ上半身だけだ、これ以上奴を這いあがらせるな! あのデカい顔面にありったけの魔法を叩き込めえ!!」


「応ッ!!」


 もはや陣形などない。

 思いおもいに魔法を怪獣に向かって放つ。

 あまりに大きすぎる為、射程距離さえ届くなら狙いを付けなくとも必ず命中する。

 火球、氷柱、岩石、雷、かまいたち。

 あらゆる魔法が怪獣の身体に命中する。

 しかし、大きさの違いがありすぎるせいで、岩石は小石、火球はボヤ程度の威力しか与えていない。

 誰かが叫ぶ。


「ダメだ、この程度じゃビクともしない」


「マナを溜めて威力を高めろ!」


 騎士団の魔導士たちが最大火力を出す為に、協力して長い呪文を詠唱しながらマナを溜める。

 彼らの頭上に大きな火球や氷柱が形成されてゆく。

 他の団員たちは弓を持ち出し、火矢を放つ。

 だが、表皮が硬すぎて矢が通らずに跳ね返される。

 

「クソ! 矢が通らない!」


「弓矢のスキルがある者だけ弓を使え! 貫通させれる技を探れ!」


 近接戦を得意とする騎士たちが武器を構えて駆け出す。


「少しでも奴の気を惹くぞ!」


 騎士たちは怪獣の手に到達した。

 四本指の手はその厚みが騎士たちの身長よりも分厚い肉の塊だった。

 一目見て己の攻撃が通じないだろうと悟ってしまうが、それでも戦意を奮わせる。


「最大の技を使え! 後の事など考えるな!」


 自分たちの持てる技の中で、最大火力のスキルばかりを巨大な手に叩き込む。

 中でも特大武器による攻撃は表皮を抉り、わずかに血を流させる程度は出来た。

 だが、他の攻撃ではビクともしないし、通じた攻撃でも本体が反応を見せる事さえなかった。

 やがては武器の方が持たなくなり、燃費を考えない連続使用でスタミナも切れてしまう。 

 すると、魔導士たちの溜めた大魔法が発動可能になった。

 

「離れろお!!」


 頭上に浮かぶ火球は直径十メートルほど、氷柱もバリスタの矢ほどの大きさだ。

 維持するだけでも複数人分のマナが必要となるほどの無茶な魔法だった。この二つを発動するだけでやっとの想いだ。

 一発限りの正真正銘、全力の一撃。

 近接戦を仕掛けていた騎士たちが怪獣から離れる。

 魔導士たちは大魔法を放つ。

 大火球と大氷柱は一直線に怪獣に向かっていく。

 大火球が怪獣の顔面に命中する。

 爆発が起き、黒煙が巻き上がって怪獣の顔が隠れる。

 大氷柱は怪獣の腹部に突き刺さる。

 氷柱の鋭い先端が厚い表皮を突き抜け、赤い血を吹き出させる。

 騎士団から歓声が上がる。


「よし、よし!」


「やった!」


 だが、――


――ガアアア!!


 怪獣が雄叫びを上げる。

 声だけで木々が震え、騎士団の面々は鼓膜が破れそうな痛みを覚えて耳を押さえる。

 声の余波で、怪獣の顔を覆っていた黒煙が晴れる。

 大火球の爆発を食らったにも関わらず、無傷の顔がそこにあった。

 怪獣は顔を動かし、己の腹に刺さっている大氷柱を睨む。

 四本指の手で掴み、それを引き抜く。

 先端が赤く濡れた大氷柱を怪獣が己の口に持っていき、氷菓子を食べるように大氷柱を噛み砕いていく。

 魔導士たちの一発限りの大魔法も、氷系魔法だけしか効いていなかった。

 それも有効であるというだけで、致命傷には遠く及ばない。

 騎士たちにある想いが湧く。

 手も足も出ない絶望感。

 騎士団全体に、目の前の怪獣に敵わないという諦めが蔓延しかかった時、団長が人間大の大きさの大弓から大矢を放つ。

 空気を引き裂く甲高い音と共に大矢は大氷柱が付けた傷口に命中する。


――ガアアア!?


 氷柱を味わっていた怪獣が悲鳴を上げた。

 団長が部下たちに向かって檄を飛ばす。

 

「諦めるな、騎士たちよ! 諸君らの健闘は無駄ではない! 見ろ! 魔導士が付けた傷には攻撃が効く! 我々はまだ負けていない! 守るべきメリジルがある事を思い出せ!!」


「お、応!!」


 信頼する団長の姿と声に、騎士たちの戦意が戻って来た。




怪獣と騎士団の上空


 夜空に浮かぶ雲の影に赤い眼が浮かぶ。

 真下で繰り広げられている怪獣と騎士団の戦いを観察していた。


「やはり魔法は厄介だ。戦車や兵器に頼らず、人間が自然現象のような物を起こして、怪獣に有効な攻撃をしてくる」


 その推察に答えるように更に赤い眼が増える。


「科学と違い、魔法が解明できない以上、対処不能と判断する」


 その結論に答えるようにもっと赤い眼が増える。


「で、あれば作戦は一つ」


 全ての赤い眼が声を揃える。



 赤い眼の一つが消えた。

 残った赤い眼たちが声を揃えて言葉を紡ぐ。


「怪獣に対する魔法の有効性は把握した。メリジルはこの世界での怪獣の脅威性を図る、良い実証ケースとなるだろう」




地上 


 団長に鼓舞された騎士団が再度怪獣への攻撃を開始しようとした。

 その時、怪獣の顔の傍に赤い眼が現れ、すぐに怪獣の耳の穴に侵入した。

 騎士団の中でそれに気付いた者は誰も居ない。

 すると、次の瞬間、怪獣が地表に現れている片腕を上げ、掌を騎士団に向ける。

 怪獣の掌の中央には、穴がぽっかりと開いていた。

 団長がその穴に気付き、ゾワッと背筋が冷えるのを感じた。

 部下たちに向かって叫ぶ。


「左右に逃げろ!!」


――ブシュッ!!


 団長の叫びと同時に、怪獣の掌の穴から、音と共に長い棒が射出された。

 飛行する棒は向かってくる騎士団の居る地点に突き刺さり、その質量と速度が相まって、爆撃のような衝撃を生む。

 爆撃により生じた砂塵と風圧で騎士団の面々は吹き飛ばされる。


「くッ!?」


 辛うじて、団長は大弓を地面に突き立てて、その場にとどまった。

 土煙が晴れてきて団長の目に飛び込んできたのは、怪獣の頭や肩に生えているのと同じ角が地面に深々と突き刺さっている光景。

 そして、角の射撃によって弾け飛んだ部下たちの残骸。

 

「……」


 流石のオーガスタスもあまりの呆気なさに呆然とする。

 だが、視界の端に映る怪獣に次の動きがあった事で正気に戻る。

 怪獣の方を見ると、今度は掌を南門に向けていた。


「よ、よせ……」


 今の射撃が街に向けられたら。その想像をするだけで、団長の肝が冷え切った。

 無駄だと分かっていても、無様な声を上げるしか手がない。

 

「よしてくれ」


 無情にも、また角が射出される。


______


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

好評価等、よろしくお願いします。

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