第6話 『防衛線②』

 南門の内側にある臨時拠点に避難民たちは退避させられていた。 

 殿しんがりを務めたベナが南門に到着すると、先頭で避難民たちを案内していた筈の太ったトットが門前で彼女を待っていた。

 彼はどこからかくすねた瓶を口を付けて飲んでいる。

 トットに気付いたベナが声を掛ける。


「まだ居たんだ、おっさん」


「違う、水だ。けっ、騎士団の臨時台所じゃ酒も手に入らねえ」


「戦闘用の備品の中にアルコールなら入ってるよ。医療用だけど」


「そこまで落ちぶれちゃいねえよ。あんたを待ってたんだ」


「私?」


 トットは防衛線の方を指差し、険しい表情を浮かべる。

 

「大丈夫なのか? 騎士団であれに耐えられるのか?」


 モンスターの大移動の狂乱を目撃したトットは木組みの防衛線が頼りなく見えているのだ。

 対するベナは一切の不安も過信もなく、すぐに言葉を返した。


「大丈夫。父さ……オーガスタス団長のメリジル騎士団はそんな軟じゃない」


「どうしてそう言い切れる?」


「メリジルには冒険者ギルドが無い。それは騎士団がこの辺りのモンスターやダンジョンを管理しているから。つまり、ウチの騎士団はダンジョン攻略が出来るレベルの冒険者と同じ実力がある」


「それって……結構なレベルじゃねえか」


「うん。だから、モンスターは心配ない」


 トットはベナの言葉に安心するが、言葉に含みがある事には気付かなかった。

 ベナもモンスターに気を揉んではいない。自分の所属する騎士団はあの程度に負ける事はない。

 けれど、それを追っているだろう巨大生物の事、そして裏で糸を引いているだろう赤い眼の存在が頭から離れない。

 渋い顔を浮かべるベナにトットが声を掛ける。


「嬢ちゃんは参戦しないのか?」


「私は……処分中だし、何も言われてない。だから、参戦できないの」


「なのに生き残りの連中を助けに行ったのか? ホント、滅茶苦茶だな」


 トットが膨らんだ腹を抱えて笑う。

 ベナも自嘲気味に肩を竦めた。


「笑いたきゃ笑って。早く入りましょ、戦いの邪魔になる。私、他にもやらなきゃいけない事あるし」 


「なんだ、まだ働く気か? 若いのにやる気あるねえ、ウチの若い連中も見習ってほしいよ」


 二人は南門をくぐった。

 すると、重い音を立てて、外からの侵入を拒むように門が固く閉ざされた。

 堅い門の威圧感がこれから起きる戦いの緊張感を高めた。

 戦いが始まる。




 モンスターの大群にはもはや生物としての意思や防衛本能など無い。

 ベナが破壊して作った街道の抜け道には一切目もくれず、明確な障害である防衛線があるにも関わらず、ただ一直線にメリジルの南門に殺到するつもりだ。

 前進する。

 それだけに特化した全力の運動。

 移動の目的だとか危険を回避する恐怖だとか、そういった精神活動さえ置き去りにした全身全霊の直進行動をする群れに、モンスターたちは成り果てていた。

 最初は恐ろしい何かから逃げ出していたのかもしれない。

 だが、今は何の為に走っているのかさえ理解していないように思える程、モンスターが大挙して押し寄せるという光景が狂って見えた。

 狂乱するモンスターの大群が騎士団の構築した防衛線第一層の眼前に迫る。

 とてつもないスピードで迫る異様な威圧感と相対するメリジル騎士団。

 しかし、彼らの顔に動揺も恐れもない。

 実物を見たからこそ、街を守るという使命感が彼らの心に勇気を奮わせる。

 そして、第三層に控える団長の号令が勇気を力に変える。


「街を守れェ!! 一斉掃射!!」


 第二層の騎士たちが詠唱していた魔法を放つ。

 固有魔法は儀式や詠唱の過程を体内のマナの血管が担っているので、儀式の模様を描く必要や呪文を詠唱する必要もなく、マナの血管にマナを通すだけで魔法が発動できる。

 反対に通常魔法の発動には大げさな儀式や呪文の詠唱、そしてそれに見合った大量の魔力を必要とする。

 冒険者で言うところの魔導士は固有魔法以外の通常魔法を修めた者たちを指す。

 必然、儀式や呪文の豊富な知識、術式を安定させたり編纂する技術、優秀なマナの血管等の前提条件を揃えなければ魔導士にはなれない。

 なので、才能に左右される職種であった。

 第二層には、騎士団所属の魔導士が並べられていた。

 

 


「ファイアボム!」


「アイスランス!」


「ロックロック!」


 火球や氷柱や岩石などが中空に魔力で形成され、モンスターの大群の先鋒へ向けて次々と射出されていく。

 わざわざ発動の容易な固有魔法ではなく通常魔法を使う利点は、状況に合わせた選択が取れる事とより高位の魔法を使える所にある。

 また、周辺環境の魔力を使って発動できるのも通常魔法の利点ではあるが、時間が掛かり過ぎる為に戦場ではあまり使われない使用方法だった。

 彼らが発動したのは実戦向きの火力が高い広範囲魔法。

 先制攻撃でモンスターの大群の先陣に大きな損傷を与えるつもりで次々と放つ。

 モンスターたちは恐れを感じないのか、それとも攻撃に気付いていないのか。

 まったく臆する事なく、魔法の爆撃に自ら突っ込んで来る。

 バァァン!

 モンスターと正面衝突した魔法が爆ぜる。

 余波に巻き込まれ、後続のモンスターにも被害が出る。

 しかし、それでも大移動が止まる事はない。

 何度も同じような展開を繰り返すも、尽きる事のない川の水のように奥から次々と新手のモンスターが押し寄せる。

 だが、多少なりとも魔法の先制攻撃の成果は出ていた。

 死したモンスターの亡骸や魔法による地形の変形により、モンスターの行進速度が少し緩まった。

 

「マナ切れです!」


「こっちも!」


 第二層の魔導士たちが口々に己のマナが切れた事を報告する。

 通常魔法はマナの消費が激しく、連発しているとすぐにマナが底をつく。

 いずれはこうなると団長も想定している。

 すぐに第三層から次の指示が飛ぶ。

 

「第二層はポーションで回復に努めよ! 第一層、槍構えぇ!」


「応ッ!」


 団長の声に呼応して、第一層の騎士たちが槍を持って溝から身を出す。

 そして、尖った上部を外向きにして立つ柵に槍を乗せ、身体の前に盾を構えて備える。

 第一層の騎士たちは冒険者で言う所の戦士クラス。しかも、全員が何度も実戦を経験している熟練者。

 そんな近接戦のエキスパートたちによる即席の攻撃的密集陣形の完成である。

 遠距離攻撃が無くなった事で勢いを取り戻したモンスターの大群が第一層目掛けて突撃する。

 第一層の騎士たちが声を上げる。


「根性!!」


 気合を入れた騎士たちが脇に力を込めて、槍と盾をしっかりと支える。

 次の瞬間、モンスターの大群が次々と頭から槍の穂先に突き刺さり、柵の棘に突き刺さる。

 モンスターの血が飛び散り、盾に付着する。

 騎士たちは衝突の衝撃を身体で受け止め、槍の石突を地面に立てる事で辛うじて持ちこたえる。

 次々と止めどなく衝突が続き、槍が大きくしなる。柵も真っ赤に染まっている。

 しかし、槍は事前に魔導士が補助魔法を掛けているお陰で耐久性が向上しており、竹のような粘り強さがある。

 耐久度の問題はなくとも、数の限界がある。

 一点を狙う槍では、隙間なく押し寄せるモンスター全てを捉える事が出来ない。

 柵もその点は同じだし槍よりも短い為に、既にモンスターが満杯に詰まっている。

 一匹の犬型モンスターが槍の切っ先に喉を裂かれながらも、頭をねじ込んできた。

 更には、柵に溜まったモンスターの死骸が壁となり足場となった。

 後続のモンスターたちはそこを上り、遂に第一層の柵を乗り越える。


 第一層の瓦解。


 それが始まった。

 次々と第一層の内側に侵入したモンスターたち。

 しかし、遂に崩壊かと思われた次の瞬間には、モンスターたちは四方から突き刺された剣により針のむしろのような姿になった。

 侵入したモンスターを始末したのは、槍と盾を構える騎士たちの後ろに控えていた騎士たち。

 壁役の騎士が浅い溝から出た後、防衛線の横――団員が移動できるように作られている隙間――から第一層に援護の騎士たちが侵入していた。

 彼らの役目は、柵や槍を越えてきたモンスターを始末する事。

 短めの剣を振るい、誤って壁役の騎士を攻撃しないように立ち回る。

 死体の壁を上るモンスターは柵よりも上に位置取る関係で、マナを回復した第二層の魔導士たちにより狙われて、魔法攻撃の集中砲火を受ける。

 既に第二層にも、魔法攻撃に頼らない弓を使う騎士たちの準備が整い、モンスターたちを狙っていた。

 夜の闇であろうと、第一層まで接近している相手であれば弓矢も有効だ。

 強力なモンスターであろうと、錯乱状態にあれば騎士数人で囲めば簡単に倒せる。

 第一層と第二層の連携が上手くはまり、後続の大群は果てが見えない程だが、前線はある程度の安定を見せ始める。

 

 


防衛線 第三層


 団長は前線の状況を見つつ、適宜中継役の部下に指示を出す。


「第二層の矢の補給を滞らせるな、魔法のインターバルは彼らが繋いでいる。第一層の命運は彼らにかかっていると言っても過言ではない。それと、長槍も支給してやれ。最悪、柵の隙間から突き出して届く長さの奴をな」


 中継役が指示を伝える為に離れていく。

 入れ替わりに副団長がやってきた。


「団長、補給部隊と交代要員を編成しておきました。確認をお願いします」


 手に持つリストを団長に渡す。

 それに目を通し、軽く頷く。


「……問題ない。ただ、補給の頻度を上げろ。万が一が無いようにな」


「承知しました。変わらず新人は後方支援で?」


「ああ。門の外には出すな、不安要素になる」


 副団長は前線の方を見やり、口を開く。


「安定し始めていますね。強力なモンスターと言えど、あの状態ではそこらの雑魚よりも脆い」


 その言葉に団長が苦言を呈する。


「だが、ああなった原因がある。あれは恐怖だ、命を投げうつほど恐れる何かがあって、ただがむしゃらになっている」


「ですが、その分弱体しているのでは?」


「まだ恐怖の根源が近くに居ないからだろう。それが来れば、苛烈さが増すだろう」


「それが……巨大生物ですか」


 団長が頷く。


「ああ。そして、我々が最も警戒すべき相手だ。山ほどもある巨体、どう切り崩すか。考えもつかん」


 吐き捨てるように言った団長の顔は渋い。

 本当に対処法が思いつかないで、問題を先送りにしているせいだ。

 団長は話題を変え、副団長に話しを振った。


「救援要請の件はどうなった?」


 今度は副団長が渋い表情で首を振る。


「領主の騎士団だと時間が掛かるので、西の森を越えた先の街レオランドにある冒険者ギルドにも支援を求めております。しかし、流石に朝までに到着するとは思えません。明日の朝方、あるいは昼になるかも」


「仕方ない。あそこの冒険者は頼りになる。持ちこたえる希望が見えただけで十分だとしよう」


「ええ。住民の避難の方は?」


「……朝が来るまでは出さん。メリジルの人口は千を越え、他所の地域でも夜はモンスターが活性化している。安全が保証できん以上、無暗に街から出す方が危険だ」


「ですね」


 相槌を打つ副団長に団長が街の城壁について尋ねる。


「壁の結界はどうだ?」


「教会の神官に協力してもらい、南門付近の壁には結界が張れています。ただ、全部を覆うのは数日では不可能です」


「だろうな。むしろ、あの業突く張りの破戒爺はかいじじいがよく受け入れたものだ」


「彼は特区から甘い汁を吸っていますから。そこが脅かされるのが嫌なのでしょう」


 彼らは共通の人物を思い浮かべて、その下卑た笑い声を思い出してしまう。

 団長が壁の方をチラリと確認する。

 見た目に変化は無いが、報告通りならそこには神官の協力で施された結界が張られている。

 結界というのは、神官などの神職が扱う神聖魔法の一種。

 神聖魔法はアンデット系に対して極めて強力な効果を発揮する魔法や加護と呼ばれる身を守る事に特化した魔法が多い。

 神聖魔法は通常魔法と違い、祈祷と呼ばれる特殊な技法で発動するらしいが、その辺りの事をオーガスタスは詳しく知らない。

 彼が今回協力を仰いだのは、守る事に関しては神聖魔法の結界が一番強力だから。

 対巨大生物を想定して、無理を通して南方面の守りを固めている。

 だが、団長の心から緊張が消えない。

 それを察して、副団長が声を掛ける。


「どうかされましたか?」

  

「……いや、何でもない。前例の無い事態を前に、少し気が張っているだけだ」


 そう言うと、団長は前線に視線を戻す。

 懸念を頭の隅に追いやり、命を張る部下たちの健闘を観察する。

 団長が現場指揮に戻った事を悟り、副団長は静かにその場を後にした。


____


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

好評価等よろしくお願いします。

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