第8話 贖罪の涙
「晶子、目を覚ませ」
球磨の呼びかけに応じて晶子が目を開き、驚いたような表情で球磨を見つめた。
「マスター球磨。私は……どうしたのでしょうか?」
「機能停止していた。ここ、咲の寝室でな」
「そのような事は……ありえないのですが」
「そうだな。しかし、これが使用されていた」
球磨が長さ10センチほどの細長いプラグを見せた。
「これは……緊急停止プラグですか?」
「そうだ。アンドロイドを安全に停止させるための緊急用ツールだ。咲が使ったのだろう」
「そんな? 咲様はどうされたんですか」
「凍死した。そこのベッドの上でな」
「まさか?」
晶子は目を見開き体を硬直させている。その、あまりにも人間的な行動に多中は信じられない様子でしきりに首を振っていた。
「この部屋の窓が開け放されていたんだ。開けたのはお前だな」
「はい。私です。外気温が低かったのですぐに閉めようとしたのですが……その後のデータはありません」
「だろうな」
晶子は体を震わせ涙を流していた。その様をじっと見つめる球磨。しかし、納得できない多中は球磨を問い詰める。
「どうした。何があったんだ」
「どうしたもこうしたもない。咲は晶子に窓を開けさせた後、緊急停止プラグを使って晶子を停止させた。それだけだ」
「自殺なのか」
「そうかもな。しかし、咲としては晶子に殺して欲しかったのだと思う」
「何故だ?」
「事故、もしくは自殺で処理するなら話してやろう」
「事情を知っていたのか」
「大体は」
「……わかった。事故で処理する」
多中の言葉に頷きつつ球磨が話し始めた。
「咲には双子の妹がいた。名は
黙って球磨の話を聞く多中だった。球磨は話を続ける。
「二人は恐らく、同性愛で近親相姦の関係だった。その関係が発覚した事を苦に晶は自殺した。この屋敷の三階部分から飛び降りてな。その時の映像データは工房にある。後で取りに来い」
「わかった」
「それから咲の、後悔の人生が始まったんだ。妹が目指していた女優になるという夢を叶えるために」
「そうなのか?」
「恐らく。咲が女優を目指すのはあの事故の後だ」
「なるほど」
「そして彼女は晶の夢を叶え女優として成功した。しかし、晶の命を奪った自分に対し自責の念が消えることは無かった」
「確かに不幸だが、彼女が全て悪い訳ではないだろう」
「そうだ。しかし、咲は晶の手で殺される事を望んだ」
「それでお前はあのアンドロイドを晶そっくりに改造したのか?」
「ああ」
「自殺するのがわかっていてそうしたのか」
「死への願望がある事は分かってた。しかし、こんな手を使うとは想定外だったよ。晶子にはかなり人間的で感情的な行動を取るように工夫したが、主人に暴力を振るうようなことは絶対にない。むしろ、不慮の事故から主人を守るよう特別に配慮したつもりだ」
「事情はわかった。工房まで送ろう。ところでこのアンドロイドはどうする? このままでは使い物にならないのではないか?」
「そうだな。とりあえず工房へ連れて帰ろう」
「再調整するのか」
「私にその権限はない。どうするかは所有者に任せる」
球磨とアンドロイドの晶子、そして多中が屋敷の外へ出る。そこへ一人の若い男が走り寄ってきた。
「この、人殺し。祖母を返せ! 裁判で必ず有罪にしてやる。多額の賠償請求も覚悟しておけ!」
血眼で球磨を睨みつけ叫んでいる。更に近寄ってきたのだが数名の警官がその男の前に立ちふさがった。
「彼女は無関係だ」
多中が冷徹な言葉を浴びせ、一行はその場から離れた。
「あれは?」
「咲の身内だ。詳しい事は知らない」
「なるほど。相続権のある人物は一人しかいなかったな。それがあいつか」
「イケメンだけど残念な男だよ。お金の事しか考えてない」
「そうだな」
球磨はタバコに火をつける。彼女の吐き出す紫煙と白い息は、火星の凍てついた大気に溶け込んでいった。
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