職場で誰にも迷惑かけずに育児できるサービスが登場したですって? 利用するしかない!

!~よたみてい書

第1話

「本当にこれで職場から育児ができるの……?」


 思わず疑問が声に出てしまった。


 私はゲームパッドを握り締めながら眼前の画面を見つめる。


 サービスを提供している会社、えっと名前は……そう、ワーキンムさん。


 ワーキンムさんが私の会社に話をつけてくれてはいるけれど、今の私の状況を客観的に見たら、仕事中にサボってゲームをしているようにしか見えないでしょう。


 そんな不安を抱いていると案の定、私の隣の席に座っていた同僚の彼女が声をかけてきた。


「あれ、芽依めいさん!? 仕事中にゲームですか? サボり?」


 あぁ、そんな目で見ないで。


 私はただ子供の様子を見たいだけなの。


 でも、自分でもよく分からない状況なのに、他人に理解してもらえる方がおかしいよね。


 なんて思っているだけじゃ本当に誤解されてしまう。


 私は彼女に照れ笑いを向ける。


「あー、なんか最新技術をつかったサービスを使ってうちの子の面倒見ようかなぁと」


「え、なんですそれ?」


「私も先週契約したばかりだからよく分からないんですけど、遠隔操作でヒューマンロイド? っていう機械を動かして色々できるんですって」


 って説明しても分からないよね。


 現にその「この人なに言ってるんだろう、難しい」みたいな顔されてるもん。


 あぁ、こんなことになるんだったらタッチ操作やキーボード操作にしとくべきだったかな。


 ゲームパッドじゃゲームで遊んでるようにしか見えないでしょ。


 ワーキンムさんからゲームパッドが操作しやすいからオススメされたし、私ゲームそこそこ触れてるから扱いやすいと思ったから選んだけど、間違いだっただろうか。


 なんて思考を巡らせていると、横の席の彼女は困惑しながら微笑む。


「うーん……それは会社側は把握してるんですか? もちろんこっち側の」


「はい。しっかり就職先の会社に説明してくれるサービスも充実してるみたいです」


「ふーん、そうなんだ」


「ははは。というわけで、私は子供の面倒見させてもらいますね」


「はい。あ、あとで使ってみた感想聞かせてくださいね」


「えぇ、それはもちろん」


 私は軽く頭を下げて、視線を前方に戻す。


 ふぅ、なんとかやり過ごせた。


 ワーキンムさんから会社に説明が行ってるとはいえ、知らされていない同僚からの奇異の目はやはり避けられないか。


 しかしたった今、一人理解者を得れたので今後は流れ作業的に説明していけるはず。


 そんなことより、早く私の子供の面倒を見ないと!


 仕事用のモニターではなく、手前に作り出された映像に視線を向ける。


 これは私のペンダント型端末、フォンダントが宙に作り上げた画面。


 そこに映っているのは見慣れた光景。


 つまり我が家のリビング。


 ヒューマンロイドに内蔵されたカメラとアバムというアプリケーションを通して映し出された聖域自宅の映像。


 それで、私の子は一体どこに居るのだろうか?


 疑問を抱いていると、画面にスーパーデフォルメ、可愛らしく丸みを帯びた猫のキャラクターが現れる。


『こんにちは、芽依さん』


「うわぁっ!」


 でた、友美ともみ


 ワーキンムさんに説明されたAI。


 驚く必要は無いのだけれど、突然だったので体が反応してしまった。


 友美は体の近くに文章を表示しつつ、小声でささやきかけてくる。


『どうかされましたか?』


「いえ、なんでもないですよ」


『芽依さんが操作していない間、こちらでお子さんのお世話をさせていただきました』


「あ、はい。ありがとうございます」


『当然のことです。お昼の授乳とおむつの取り換えは済ませています』


「すごい……そんなことまでしてくれてるのね」


『それがワタシの役割ですので』


「うちの子は泣きませんでしたか? 大丈夫でした?」


『泣いておられました。なので音声を分析して、お子さんの状態に対処しました。すると無事に泣き止みました。ちなみに、それが授乳とおむつの取り換えです』


「本当にありがとうございます。それで、うちの子はどこに居るのでしょうか?」


『眠っておられますよ。ワタシの胸の中で』


「え?」


『ゲームパッドの接続を確認。……芽依さん、右スティックを下に倒してください。視線が下に向きます』


「あ、了解です」


 私はとても優秀な友美に言われた通り、ゲームパッドを操作していく。

 

 すると、目の前の映像が上に流れていき、下から愛しい私の子の姿が浮かんできた。


 眠っている我が子を、抱きかかえている。


 私の宝物。


「友美が寝かしつけてくれたの?」


『抱きかかえていたら、いつの間にかお眠りになられました』


 友美の活躍は称賛されるべきだ。


 しかし、それはそれで私の存在意義を問われているようで、複雑な気持ちを抱いてしまう。


 ダメダメ。


 友美はちゃんと面倒を見てくれてるのだから。


 でも。


「友美、しっかり面倒見てくれてありがとう。でも、授乳くらいは私がやりたいなぁって思っているんだけど、それは可能なのかな?」


『無論、可能です。ワタシではなく、芽依が直接操作してお子さんにミルクを与えてください』


「本当に!? ありがとう! って、私の操作でそんなことできるのかな?」 


『それもご心配なく。ワタシがしっかりサポートします』


「あー、うーん。それは嬉しいしありがたいんだけど、それって友美がミルク与えてることにならないかな?」


『まるで芽依さん本人が与えているような感覚になるよう、計算してサポートします。まずは一度お試しください』


 友美がなんだか複雑だけどとてもすごいことを言っている気がする。


 とても頼もしく、信頼できる仲間、いえ相棒を手に入れた感覚に浸りながら、私は引き続き仕事に戻っていった。






 そんなこんなで、職場で仕事をこなしながら、適度にアバムを通して家にいる私の子の面倒を見るという、奇妙な生活が半月も続いた。


 そして給料日当日。


 私は目を疑ってしまう。


 給与明細におにぎり3000個が振り込まれていた。


 少し前の時代の計算だと、30万円。


 職場で育児している時間は決して少なくなかった。


 それなのにもかかわらず、月収をこんなにもらえてしまった。


 ワーキンムさん最高! アバム素敵!


 育児と仕事が両立できる。


 こんな素晴らしいサービスを提供してくれてありがとう。


 私はワーキンムさんがどこに建てられているかは分からないけど、遠方に両手を合わせて拝んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

職場で誰にも迷惑かけずに育児できるサービスが登場したですって? 利用するしかない! !~よたみてい書 @kaitemitayo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ