48歳〜 支えられて
⚫︎2014年、右膝の状態がかなり悪くなって、整形外科を受診。
ヒアルロン酸注射、ステロイド注射、リハビリとか、とても熱心に治療を行って頂き、アジア大会銅メダルに繋げられたんだ。
この時、リハビリのS先生とU先生に出会えた事が大きかったな。
もう競技はムリかも? って思っていた時にS先生に救ってもらえた。
この時、俺のリハビリの概念が変わったんだ。
S先生のリハビリは単純に力を入れるような簡単な物ばかりだったけど、行う種目と回数がすげ〜多い。これを1日に出来れば2回とかになると、もう1日中リハビリやってる感じだ。
自転車に乗れずに腐りそうになっている俺にはありがたかった。何かに向かえてるって気持ちが大きかったし、これだけやれば何とかなるさって前向きに取り組めた。
S先生が移動になっちまって、U先生が引き継いでくれたんだけど、U先生は俺の目標に向かって一緒に頑張ってくれる先生だった。俺の右脚を一番たくさん触ってくれた先生だ。
沢山の支えをもらって俺は競技を続ける事が出来てるんだって事を身に沁みて感じていた。
⚫︎2015年、シーズン中に痛みや引っかかりが出てきて、7月に関節鏡にて遊離体除去手術。
この遊離体は、軟骨のカケラが遊離して関節内を自由に動きまわることから、「関節ネズミ」って呼ばれている。
悪さをしていたネズミを取り除いてもらって引っかかる事もなくなった。
ただこの時、軟骨がすり減ってしまっているので軟骨を形成を促す治療は出来なかったと言われた。
手術後、また競技に復帰出来た。
⚫︎2016年、またもやオフトレーニング期間に強い痛みが出て自転車に乗れなくなった。
思うようなトレーニングが出来ない事に限界を感じてMTBレースに区切りを付ける事にした。
この一番苦しかった時に昔からお世話になっていた2人の恩師に掛けて頂いた言葉がある。
「競技を続ける云々に関わらずどんな事があっても身体を良くする事を諦めてはいけない。」
「アスリートの役割は一人一人違う。」
俺の心の大きな支えになった。
⚫︎ここでまた1つの大きな出会いがあった。
俺と同じ変形性膝関節症でありながら世界を舞台に駆け回るトレールランナーとの出会い。
そしてそのトレーナーのE先生に心身をみて頂けるようになったんだ。
「本当にやりたい事は何か」
「人間の持つ可能性」
を常に植え込まれ、心身共に進化していく事が出来た。
治療とエクササイズを通して、再び自転車に楽しく乗れるようになった。
ここからは競技としてはヒルクライムレースを中心に行う事にした。
なんと、その年の10月には100kmのヒルクライム、台湾KOMを完走する事が出来たんだ。
(この時は脚が攣りまくって10キロ位は歩いちゃったから、俺の中では完走って思えないんだけどね)
⚫︎E先生に診て頂きながら、上手く右膝と付き合って、2021年までは出来る事も増えていった。
もうずっと諦めていたランニングとか八ヶ岳登山まで出来るようになったんだ。下りは慎重に、上りの2倍位の時間をかけたけどさ。
変形性膝関節症って膝自体が良くなる事はないんだ。悲しいけど。
だけど、上手く筋力強化して上手い身体の使い方を身に付けていく事で、痛みが出ないようになったり、出来る事が増えてくる。
変形性膝関節症に苦しみながらも、沢山の支えを頂いて、やりたい事を諦める事なく、ここまではかなり順調に進んでいた。
このまま極力これ以上膝を悪化させる事なく、より良く動く身体を目指せるって思っていたんだ。
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