第26話

 

 ビオラは、脂汗をかきながら、痛み止めを飲み上着を着てまた席につく。

「でも、本当に仕事はいいのよ?休んだ方が」

「ええ、重要なものだけ。モーガン様に色々な意味でしかられそうだから」

「そうですよ!」

「わあっ!!」

 みんながびっくりした。

 長官モーガンが急に現れたのだ。

「長官、心臓に悪いです!」

「急にこないでください。御前会議は終わったのですか?」

「ああ、終わった。会議に出てきたぞ、君の名前が、ビオラ!」

「はいはい」

「返事は一つ!」

「はい、モーガン宰相!」

「…まあ、あの長官に一言いったのはスカッとしましたけどね」

 眼鏡をくいっとあげながら、モーガンは言った。

 わあっと周りも盛り上がる。

「重要なものだけ仕事をしたら戻ります」

「そうしてください。総務省は怪我人をこき使うとか噂されたらこまりますからね」

「あー次から誰も来てくれなくなりますね」

「やめてーただでさえ、忙しすぎでみんな辞めていくんだから」

「長官、人を増やしてくださいよ」

「そうは言っても簡単には増やせないですよっ!」

 ビオラは、サクサクと書類の山にサインをかきながら、何となく言った。

「卒業間近の学生を雇ってはいかがですか?もちろん授業に差しさわりのない範囲で」

「!!」

「賃金を出せば、家計が苦しい家の学生も便利では…ってなんでしょう?」

「よく言った!!」

「なるほど、それはいい考え!」

「そのまま総務省勤務とかいいわよね!」

「ちょっと待ってろ、今、陛下に許可をもらってくる!ビオラ、付き合え!」

「え?え?ちょっと!モーガン様!」

 護衛騎士も一緒に、陛下の元へ。


「なるほど、いい案だね。他に手が足りない省庁もそうするといい」

「はっ、ありがとうございます」

「ビオラは残ってくれるか?」

「はい、かしこまりました」

 モーガンだけ、戻り、ビオラと護衛騎士はそのまま残った。

「ヴォルフ、襲撃した犯人は捕まったか?」

「いえ、残念ながら逃亡したと思われます。不徳の致すところでございます」

「ふうむ」

「ビオラ、大丈夫なの?本当に?」

「王妃様、ありがとうございます。薬師様が良い薬を出していただいているので大丈夫でございます」

「…上着を脱いでみなさい」

 王妃の額に青筋が見える。

 笑顔だけど、引きつって見える。

 かなりお怒りだ。

 目線を合わせないようにする。

「大丈夫にございます」

「脱ぎなさい」

「お目汚しになります」

「お目汚しになるようなことになっているのね?」

「あー王妃様…」

 やられた!!引っかかってしまったよ!

「回復魔法をかけていないのか!?」

「恐れながら、魔法はなくなったりはいたしません。そう何度も会議の中で申し上げているのに理解いただけなかった様子」

「うむ、そなたは何度もそう申していたな」

「本来なら、回復魔法でなおして魔法はなくならない。必要だと叫ぶべきところ。ですが」

 区切った。

「そう言わせたいがために教皇様や皆様を襲うとはもってのほか。このビオラ、曲りなりとも渦巻人でございます。意地を張らせていただきました」

 ばさっと上着を脱ぐ。

 その場にいた全員が、陛下付きの護衛すらも息を飲んだ。

 左肩背中が血まみれだ。


「売られたケンカは買わねばなりません!」


 ぞくっとした。

 相手が誰であろうとも叩き落して見せると言う気概を感じた。


 いいぞ、ビオラ。

 それでこそ、シシィの餌だ。

 あいつをお前で釣ってやる!


 パン!と扇を閉じて、王妃は立ち上がった。

「ふふふ。それでこそ、我が真珠です、ビオラ!そしてそのケンカ、勝たねばなりません!よろしいですね?!」

 王妃の嬉しそうな顔に、ビオラもにやりとして答える。

「もちろん勝ちにいかせていただきます!」

「そなたはやりたいようにおやりなさい。わたくしが後ろ盾になりましょう。いくらでも手を貸しますよ」

「ありがとうございます、王妃様。できましたら、禁書を読ませていただきたいのですが」

「禁書?」

「ええ。最初の開祖神のお話をもう一度読みたいのです」

「そこに鍵があるのか?」

「いえ、陛下それはわかりません。ただ、不思議なことに私が知っている内容と、お話が違うのです」

「お話が違う?神話の内容が違うと言うのか?」

「はい。ボタニカル島で聞いた話と、マーレ島に伝わる話と王島に伝わる話が違うのです」

「それはまた奇妙な。神話など普通同じにするものだろう?」

「ええ、ですからそこに鍵があるかと思いまして」

「いいだろう。これ、図書館の館長に連絡を入れて、ビオラが自由に読めるように伝えておけ」

 陛下付きの護衛はすぐに部屋を出ていった。

「午後には入れるだろう」

「恐れ入ります」

「ビオラ」

 王妃は再び立ち上がった。

「必ず勝ちなさい!」

「はい!」

 王妃は護衛騎士と共に退出したビオラをいつまでも見つめていた。


 無理やり体を元に戻したと聞いたわ。

 眠れないと言っていたのに、あなたはあくまでも渦巻人の仕事を優先にして生きていくのね。

 そして、守られているだけではなく戦うのか。

 大した女性だわ。

 いつか、同じ大人として話をしたい。



「しかし、あなたは凄い人だな」

「しみじみ言わないでください。もしかして今のケンカのくだり、ルスレグ団長さんに言うんですか?」

「もちろんです!」

「くうー!ますます、私のおかしな噂が歩き出します」

「噂ではなく、本当のことではないですか」

「ヴォルフ様は意地悪です!」

 顔を真っ赤にして、ビオラは階段を下りていく。

 いいえ、本当に凄いと思っているんですよ。

 17才くらいですよね、確か。中は何才か知らないけど。

 それなのに、肩に矢を受けて抜いて!

 その上、何やら重たい試練をこなそうとしている。

 俺だったら、そんな重責耐えられないですよ。

「ん?」

「いえ、何でもないです」

「…逃げたくても逃げられないですからね。だったら前向きに、周りを巻き込んで進むしかないじゃないですか」

「!!」

「幸いにして、手を貸していただける人が多いので。幸せ者ですよ、私は」

 外の日差しを受けて、こちらを見ながら笑った。

 あの血だらけの肩で笑うのか。

 それでも幸せと言うのか。

「王島騎士団も頼りにしてくださいよ」

「!!」

 その時はお願いします、とビオラは笑った。


 そわそわしながら、ルークは、王宮入口にいた。

 総務省に言ったら、陛下に呼ばれていると聞いたからだ。

「ルーク?」

「あっ、ビオラ。謁見は終わったのか?」

「ええ。どうしたの?」

「ああ、いや。お昼でも一緒に食おうかと思ってさ」

 だから、制服着てるのね。

 いつもは汚れてもいいシャツにパンツ姿なのに。

 竜のお世話をするから、竜騎士はすぐ汚れてしまう。

 また、戦いには向かないので、滅多に着ることはなかった。

 省庁の中だから、きちっとしている。

 逆にレオン団長は行き来が激しいから、制服を着たままが多い。

「午後からは交代します。では、お昼休憩を取った後、またこちらでお会いしましょう」

「ありがとうございました。ヴォルフ様」

 一時間後に再び会う約束をして別れた。

 敬礼をしたルークを見て、ふふふ。とビオラは笑う。

「ルーク、竜騎士の制服とてもよく似合うわ。かっこいい」

「そ、そう?動きにくいんだけどね」

 真っ赤に照れるルークはかわいい。

「ビオラも総務の制服、似合うよ」

「そう?ありがとう」

「でも俺的には、教会の服が一番だなー」

「ああ、聖女風ドレスね。しばらくは着られないのよ」

「どうして?」

 矢を受けて血だらけとは言いにくい…

「サイズが合わなくなったから、作り直しなの。太ったのかしら?」

 ちらと見てから、ルークは抱きしめた。

「違うよ。ビオラが女性らしくなったってことだよ」

 そう言って、抱きしめてそっと口づけをした。

「もう、こんなところで。誰かに見られる…」

「いいよ、見せてやれ。ビオラは俺のものだから」

 そう。

 ますます、女性らしくなってきた。

 背が伸びて顔が近くなったし、髪も伸びて体も丸みを帯びてきたし…

 もう一度唇を重ねる。

「ルーク…」

「大好きだ」

 もう一度、と口を近づけようとした時、んんんーっと、大きなわざとらしい咳払いが聞こえた。

 モーガンだ。

 彼も顔が赤くなっている。

「一応、省庁の中ですから、ほどほどにしてくださいよ」

「ご、ごめんなさい」

 二人は真っ赤になった。


 そのまま、3人は昼休憩を取りに食堂へ行った。

 モーガン宰相の話は、先ほどの学生を臨時に雇う話はすぐに学園に持っていった。

 就職前の雰囲気がわかるし、お小遣いを稼ぎたい学生がすぐ集まるだろうと、学長が笑いながら、了解してくれたそうだ。

「これでうちもそうだが、他の手の足りない省庁も少しは助かるだろう。ありがとう、ビオラ。案を出してくれて。学生を使うなんて考えたこともなかったよ」

「いいえ、お役に立てて良かった」

「忙しいですよね、総務省は。人が足りないっていつも聞いています」

「竜騎士の募集はどうしているの?」

「毎年各島で募ったあと、竜王国に行くんだ。そこで試験がある」

 生き物と一緒になって行動するため、相性が大切となる。

「本物の竜にビビる奴とかいるしね。なりたいとなれるは違うからな」

「…」

 ルークを二人はじっと見つめた。

「な、何?」

「お前も真面目な事言えるんだな!」

「さすが、竜に関しては詳しいのね」

「~!」

 お前ら俺をなんだと思っているんだ。まったく。


 午後は、図書館で調べものをしてからそのまま屋敷に戻ることになった。

 モーガンとは別れる。

 先ほどの交代の場所で、騎士を待つことになった。

「ああ、いい風」

「あまり、廊下の外に立つなよ」

「はあい」

「痛むだろう?無理するな」

「ふふふ。午前中、凄い言葉言っちゃった」

「何を?」

 ルークはあまり力の入らないビオラをしっかり抱きしめて壁に寄り掛かっていた。

「竜騎士はこのくらいのケガは普通だって。いちいち回復魔法かけてないわよって言葉を投げつけてやった」

「誰に?」

「チャパティ長官」

 ぶはっ!とルークは笑った。

 よくやった、とビオラを抱きなおした。

 ビオラは、ルークの左腕に抱き着きながら、しゃべった。

「私、ヘンリー様の指輪をはめているの」

「ああ、無効魔法の指輪だろう?」

「ええ。だから、私に魔法は効かない。でもあの時の黒い矢は一斉に打たれていた」

「!!」

「一度にあれだけの矢を打ち込むなんてできる?たくさんの人間が必要よ。そんなの、城内部で目立ちすぎる。だから、あれは…」

「攻撃魔法の矢…でも、そうしたら、ビオラのは?」

「私だけ、ボウガンで撃たれている、恐らく」

「なぜ、そう思うんだ?」

「矢の高さと方向が違うわ」

「!!」

「他のは、背の高いヘンリー様やモーガン様の頭の上を飛んでいる。真ん中を歩いていたレオン団長も同じ。剣で撃ち落とした。先頭を歩いていた私と、教皇様は背が変わらない」

「二人を狙っていたということか」

「いいえ、恐らく私だけね。後ろの人たちには脅し。私の肩の矢は斜め上から刺さっていたわ」

 確かに、背の高さが全然違う。

 ビオラがとっさに教皇様をかばったから、左肩の背中側なんだ。

「上からか」

「ええ、他の矢は正面だった」

「違う人間がやったということか」

「そう、だから複数の人間がかかわっているわ。だからね、王妃様に宣言したのよ」

「なんて?」

 腕からビオラは離れた。

 顔色が悪い。

 上着を脱いで、先ほどと同じ威勢よく言葉をはいた。

「売られたケンカは買わねばなりません!」

「!!」

「そして王妃様はこうおっしゃった。『そのケンカ勝たねばなりませんよ』と」

「ビオラ…」

「ルーク、前に進まなければと思っていた。でも、今度は勝たなくてはいけなくなったわ」

 苦笑いをビオラはした。

「仕方ねぇな。戦の女神様のようだ」

 ルークはビオラの腰に手を回し、笑って軽く口にキスをした。

「ですって。ルスレグ団長」

「え?」

「さすがは、ビオラだな」

 柱の反対側から、ルスレグ団長が出てきた。

「攻撃魔法を使える奴を洗い出せ」

 側にいた騎士に命令を出す。

「確かに、売られたケンカは買わねばな!そして勝利は必ずだ」

「そこにいらしたのですね」

「気配を消すのも仕事のうちだ。よく気が付いたな、ルーク」

「これでも竜騎士ですから」

「午後は、私が付き添おう。図書館に行くと聞いたが」

「ええ」

「その前に、マーシャの所にいくぞ」

「え?」

「血だらけじゃないか!肩!」

「ああ、忘れてた」

「ビオラー」

「痛み止めを飲みすぎて、わかんないのよ」

 ヴォルフから、チャパティ長官や陛下と王妃の前での事を聞いていた。

『団長の言う通りでした。ちょっと惚れますね。かっこよかったですよ』

 あんな場所で、気炎を上げるとは。

 本当に大した女性だ。

 だからこそ、勝ちにいかないとな!

 しかし、シシィ。

 お前は本当にもったいないことをしたな。


「はっくしょん!!」

「旦那様、お風邪ですか?」

「父上、珍しいですね」

 シシィは大きなくしゃみをしていた。

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