第25話
ヘンリーはビオラを抱え、薬師処に駆けこんだ。
モーガンは、陛下の所へ。
教皇は、教会に戻った。
レオンは、壁に残った矢を抜き怒りのままに竜宿舎のある駐屯地に戻った。
「何だと!?」
「今、ビオラ嬢は薬師の所へ行っております」
「ふん、魔法を否定しておるから、回復魔法師なぞ、いらんだろうなぁ?」
いやみたっぷりで、チャパティ長官がのたまう。
その場にいた全員が睨んだ。
「ひ、ひえ」
モーガンが、黒い矢を王島騎士団団長の前に差し出した。
「ルスレグ団長!最初狙われたのは、教皇様ですぞ!それをとっさにビオラがかばった!これがどういうことかお分かりか!」
バン!とテーブルに黒い矢を叩きつけた。
「王島のそれも王城にいる者が、狙われたのですぞ!騎士団として対処願いたい!」
モーガンはかなり興奮していた。
自分は、ヘンリーがかばってくれた。
それもさっき話していた、魔法で、だ。
「ルスレグ・ラインハルト団長」
「はっ」
「犯人を至急さがしなさい」
「御意」
静かに命令を下すのは王妃。
「わたくしの大切な真珠に矢を打ち込むなど、もってのほかです」
かなりご立腹のようだった。
「ここへ、生き死には関係なく引きずり出してきなさい!」
バキッ!と扇を真っ二つにへし折った。
騎士団はざわめいた。
「それで、ビオラ殿は?」
「わからん。左肩を打たれたらしい」
それだけを聞いて、騎士は駆けて行った。
回廊を左から打ち抜くということは、場所がかなり限られるからだ。
ルスレグは、薬師のところに足を運んだ。
何やら、大声が聞こえる。
「じっとしてろ!」
「いいですから、抜いてください!」
「馬鹿言わないの!」
揉めている部屋の入口にいる、若い薬師に声をかける。
「どうしたのだ?」
「ラインハルト団長!ビオラが矢に打たれて」
「ああ、知っている。今犯人を捜しているところだ。どうしたのだ?」
「ヘンリー様が回復魔法を使うと言ったら、ビオラが使うなと叫んで揉めているんです。早くしないと毒矢だったら大変なことに…あっ」
ルスレグは、有無を言わさず中へ入った。
ベッドに座り、背側左肩にぶっすりと矢が刺さったままだ。
とめどもなく血が流れている。
ビオラの顔は真っ青だ。
着ている聖女の服は血だらけで、脂汗をかいている。
動く彼女をマーシャと若い薬師が押さえていた。
ヘンリーが、低い声で、呪文を唱える。
「魔法は使ってはダメ!」
「しかし!」
「どけ、ヘンリー卿」
ビオラの前にルスレグは、しゃがんで目を合わせた。
「ら、ラインハルト団長、お願いが」
「わかった、全部は言うな。少し我慢しろよ。布を用意しろ」
「ルスレグ殿!」
「時間がない!いいか、抜くぞ!」
深く刺さった矢をルスレグは、抜いた。
血が飛び散る。
きゃあああっ!と悲鳴を上げるビオラ。
血だらけの肩に布を当てて、ルスレグは、ビオラを横にさせた。
「あ、あり…ありがとうございます。さすがにお力が強い」
真っ青な顔をして、少し笑って礼を述べた。
血だらけの矢を持ったまま、ルスレグは、部屋を出た。
「団長、こちらでしたか。矢を打った場所は特定できましたが、目撃者がおらず難航しそうです」
…だ。
聞こえず、騎士は聞き返した。
「必ず捕まえるぞ。必ずだ!」
「団長…それは」
血だらけの手と矢を見た。
先ほどの会議の後だ。
ここで回復魔法を使い、魔法は大切ですと言わせたいのだろう。
だから、彼女は魔法を使うなと言ったんだ。
使えば、魔法省の思うツボになる。
だが、彼女の性格からして、使わないと知っていた可能性がある。
「ふざけおって!きっと魔法を使わないと分かっていて傷つけたな!」
彼女の方が正常な精神を持っている!
腐った連中め!!
「皆に伝えよ、この長さを打ち込む弓は恐らく、ボウガンだ。簡単に解体できないタイプのもの。荷物を徹底的に調べろ!」
「はっ!」
「なっ!」
「すまんルーク。ビオラを守り切れなかった」
「今どこに?」
「マーシャの所だ」
ルークは、そのままの格好で駆けだしていた。
ああ、ビオラ、ビオラ!!
「犯人は?」
「王島騎士団が徹底的に探すそうだ」
「俺達でも探しましょう!」
「だめだ、王城の内部は騎士団の管轄だ。手を出すな」
「でも」
「だって、団長!俺たちのビオラが傷つけられたのに!」
「動くな!!」
みんな、びくっとなった。
稲妻の竜騎士の一喝。
腹に響く声が通る。
「いいな、絶対に動くな!恐らく竜騎士にも何か仕掛けてくるだろう。先日の密偵もそうだ。いいな、うかつに動けば、相手の思うつツボだ。わかったな!」
「はい…」
眠っているビオラの髪を触った。
汗で濡れている。
こんなケガをしているんだ、熱も出る。
ルークは額に濡れたタオルを乗せた。
「っ、あっ!」
一言叫んだかと思ったら、ビオラはがばっと上体を起こした。
「うっ!」
「ビオラ!」
左肩を押さえる。
「は、ル、ルーク」
「俺だ。大丈夫抱きしめている」
「良かった、ルーク。ケガしていない?」
「何言ってんだよ、お前だろう」
「うん、竜騎士団に矢が打ち込まれる夢を見たの。良かった、無事で」
「ばかやろう…」
なんでいつも俺の心配なんだよ。
今、傷ついているのはお前じゃないか。
「ちくしょう、どいつもこいつもお前を傷つける奴ばかりだ!」
「ルーク」
「許せねえ!」
「いつも心配をかけてごめんなさい」
「いいんだ」
静かに口づけをかわす。
「あ、そうだ。ラインハルト団長さんにお礼を言っておいて欲しいの」
「矢を抜いたんだって?」
「ええ、ヘンリー様ったら傷が残るから駄目だの一点張りなんだもの。ちょうど団長さんが来てくださって、お願いしたの」
「だって、そりゃあ傷が残るじゃないか」
「何を今さら。子供の頃のビオラの傷跡が背中に残っているわ。一つや二つ増えたって」
「だめ、そういう考えは」
ルークが静かに諭す。
こういう時は本気の時だ。
「はい」
しゅん。と枯れて小さくなったようにビオラがなる。
ルークは可愛いと思って、頭をくしゃっとした。
「わかればよし」
ビオラは真っ赤になった。
コンコンと壁をノックする音が聞こえた。
「いいかな?」
「ラインハルト団長!」
ルークは立ち上がって敬礼をする。
それもそのはず。
王島騎士団団長といえば、すべての騎士の一番上に立つ人間だ。
事実上の将軍と言った方がわかりやすいだろう。
「団長さん、先ほどはありがとうございました」
「どういたしまして。女性があの傷に耐えられるとは思わなかったよ」
「助かりました。魔法を使うわけにはいかなかったので」
「そうだと思った。だが、限界はある。命が危ない時は魔法を使うことになる」
「はい」
「そのあたりを見極めないととんでもないことになるぞ」
「ご忠告ありがたくいただきます」
「大した女性だな」
「それは、誉め言葉と受け止めさせていただきますわ」
ウインクをしてビオラは笑った。
顔色は真っ青だ。
それでも笑えるような会話に持っていくのか。
深刻にならないように。
なるほど、渦巻人か。
見た目は16、7才だったか。
本当の年齢は、確か私の5才下。35才か。
機微にとんでいて、話はしやすいな。
加えて、このいい度胸だ。
シシィが惚れるのはわかる気がする。
偶然捕まえた密偵が持っていた手紙の内容が、シシィに関することだった。
口を封じ、俺だけの情報にしている。
学園時代同級生だった。
マーレ島時期島主として、すでに風格があった。
成績も剣も魔法もいつも上位。
あいつは努力しているところを見せない奴だった。
そういや、国王陛下といつも比べられていたっけ。
いつも緊張感のある生活、気の緩みのできない立場。
彼女は、マーレ島の惨劇の後、しばらく島にいたらしい。
これでは、心を寄せたくもなるな。
もったいない、手元に置いておけばよかったものを。
この女性となら海上島はますます繁栄しただろうに。
「ビオラを助けていただきありがとうございました」
いや、この婚約者がいたか。
弟が婚約者とは。また。
世の中上手くいかないものだな。
「大丈夫だ、問題はない。それよりも大切にしろよ、ビオラを」
あまり会話をしたことがない、王島騎士団の団長に呼び捨てにされてビオラは真っ赤に照れた。
「はいっ!」
緊張して声が裏返っているルークを見て、くすっと笑った。
「城内の見回りは騎士団の務めだ。君は安心して職務に戻りたまえ。若いのを一人、薬師処につけておくから」
「ありがとうございます」
「ああ、そいつは薬師が彼女だから安心しろ」
「!!」
二人は顔が真っ赤になった。
翌日、ビオラは薬師たちが反対するにもかかわらず、今日は総務省の仕事におもむいた。
痛み止めを何錠も飲んでいる。
魔法省のバカ長官に見せてやる!私を甘く見るなって!
政務官の制服に身を包み、省庁の廊下を闊歩した。
襲撃を受けてケガをしたことは、知れ渡っていた。
他の省庁の知り合いからも心配の声をもらう。
「来週は、農産省にお手伝いにいきますね」
「無理すんなよ?でも助かる」
あははっと笑って役人たちと別れる。
廊下の角に王島騎士団が警備に立っている。
「ビオラ!大丈夫なのか!?」
「みなさん、ありがとうございます。重たい荷物だけ持てないですー」
「何を言ってるのよ!そんなもの、いつも持たせなさいよ!」
「あはは。お仕事山積みですもの。今日もがんばりましょう!」
「ビオラがいると確かに仕事はかどるんだけど、昨日の今日でしょ?犯人捕まってないし」
「すみません、なので、護衛付きなんです」
「騎士団のヴォルフです。みなさんお気になさらずに」
って、そんなガタイのいい奴がいたら気になるわ!!
とみなが思っていたのも数分で、あっという間に忙殺されていた。
「これ確認よろしく」
「あの件は…」
「工業省に荷物届かないって」
「これ持っていて」
「農産省に連絡して!」
「確認終わりました。次は?」
総務省の仕事は大変だな。
各島とのやり取り、出荷物の確認、各省庁との連携…
書類の山、確認と魔法鏡でのやり取り。
はあ…
護衛が驚いて、見つめていた。
その中でビオラもテキパキと仕事を片付けていく。
「これ承認お願いします」
「あ、こっちも」
「!!」
護衛官が、とっさに剣に手をかけた。
魔法省チャパティ長官が書類を持ってわざわざきたのだ。
「これをお願いしたいのだが」
「はい、そこにおいてください」
みな、忙しくかまっていられない。
長官自ら来たのに無視をするから、腹を立てたらしい。
「何だかんだ言って、結局は魔法で治しておるではないか!口ほどにもない!」
ビオラに聞こえよがしに言っていたが、ビオラは打ち合わせをしている。
「こらあ!聞かんか!」
…聞いて欲しいのね。と心の中でみんながつぶやいた。
「え?ああ、お疲れさまです。書類ですか?」
他の役人にうながされ、ビオラは仕方ないなあと言わんばかりに直接受け取りに入口まで来た。
「ふん、偉そうに言って、結局回復魔法を使ったんじゃろう?ヘンリーがお得意だからな!」
「いいえ?それに魔法はなくならないって言ってるじゃないですか。もう、長官よく聞いてくださいよ」
子供を諭すように、ビオラはやれやれと言った。
「もう動いておるではないか。矢を受けたと聞いたぞ?それなのに仕事をしておるなんて…」
「これの事ですか?」
ビオラは制服の上着を脱いで、長官に左肩を見せた。
「!!」
「ひっ!」
「ビ、ビオラ…」
白いワイシャツの下は包帯が巻いてあるのだが、血がにじんで赤く染まっていた。
「おや、また傷口が開いちゃった」
「お、おまえ、そんな肩で…」
チャパティ長官は指さしながら、口をパクパクさせていた。
「これしきのケガ、竜騎士ならいつもの事ですよ?彼らは、毎回、回復魔法使ってますか?毎回は使わないですよね!?」
がしゃんと椅子に片足を載せて、膝に肘をついた。
「総務省は忙しいんです!役人と仕事をなめてもらっちゃ困りますな!」
長官に顔を近づけて、自信たっぷりにビオラは叫んだ。
「あ、あっ…」
「書類は受け取りましたから、どうぞお戻りください」
こやつ、こやつ、矢の傷をそのままにしているのか!
顔色が悪いではないか!よく動ける…
「ふ、ふん、見栄の張りすぎで命を縮めるぞ!」
捨てセリフを吐いて、そそくさに魔法省に戻っていった。
その背中に騎士のヴォルフは、べーと舌を出していた。
「ビオラさん、凄いですね…って大丈夫ですか?」
真っ青になって、肩を押さえているビオラがいた。
笑いながら、言った。
「だ、大丈夫。あのクソ長官に一言かみついてやりたかったから」
『見た目の女性じゃないぞ。さすがは渦巻人だ』
ラインハルト団長、確かに凄いですよ、この人!
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