第20話

いやだいやだ。

 独りは嫌だ。

 もうあんな寂しい思いはしたくない。

 こんな長い命、これから独りで生きていくのかな。嫌だ。

 サルビアは、イーサン亡き後さまよい続けた。

 イーサンを倒した人間たちが、今度は自分を亡き者にするのかと思うと、羽の辺りがチリチリと焼けるように痛んだ。

「羽を切られて殺される」

 最早、迷う時はなかった。

 魔王島を出なければ。

 でも、どこへ行く?

 竜王国島に?今さら助けてもらえるとは思えない。

 どうしよう、どうしよう。

『こっちにこい』

 誰?

 イーサンを殺した連中が憎くないか。

 竜騎士が、人間が憎くないか?

「うん、憎い…」

 サルビアは、そのまま声のする方へ。赤黒い世界に染まっていった。



 2日目。

 昨日の勝ち残ったチームでまたトーナメントが行われ、上位4チームになった時点で一斉に試合をすることになっていた。

 魔法省は、色々な意味でピリピリしていた。

『この試合は、炎の竜を呼ぶための餌』

 まことしやかに噂されていたからだ。

「サラマンダーの石など多くないから困ったものだ」

 シエロがため息をついた。

 国王陛下の側にはチャパティ長官が火炎の石を持っていた。

 教皇様の側には、ビオラが持っている。

 だが彼女は魔法が使えない。

 長官も意地悪だ。

 誰か一人つければよいものを。

 貴族側は、ヘンリー卿がいるからいいとして。

 観客をどうするか。

 はあ、とため息をついた。


「試合は面白いが、面白みにかけるな」

「どういう意味ですか?」

「餌に食いつかんなと思ってな」

「炎の竜ですか?」

「うむ」

 違うことをおっしゃってるの?

 それは何?


 わあっ!と歓声が上がった。

 決勝戦だ。

 ルークもちゃんと勝ち残っている。

 今日は赤のチームだ。

 優勝すれば王島の竜騎士になれるとあって、4チームともギラギラしている。

「何か殺気が凄いわ」

「王島の竜騎士には中々なれないからの。確かに、この試合で技量はわかるの」

「ルーク、頑張って」

 思わず手を組んでしまう。

「ふむ、ルークのチームはバランスが良いの。他は、自分が前に出ることばかり考えておる。あれでは難しかろう」

 試合が始まった。

 教皇は、一人の司祭を呼び寄せ、隣に座らせた。

 青がゴールを決め、赤も一つゴールをする。

 赤と青が点を重ねていた。

 残り時間最後で、ランサーが軽く蹴ったボールを味方が打ち込んで点を取った。

「きゃあ!!」

「うおっ!」

 ビオラも教皇もトトも同時に叫んだ。

「優勝は赤チーム!」

 案内されると割れんばかりの拍手と歓声が上がった。

 そのまま、国王陛下より王島竜騎士の証をもらう。

「良かったー」

 薬師のマーシャも救護室で見ていたが、泣いていた。

「これで無事結婚できるわね、ビオラー!」


 決勝戦に残った騎士たちは、祝賀会に突入した。

 元々いる王島竜騎士たちも加わり、広場は、竜と騎士たちでごった返していた。

 みんな酔っぱらっている。

 松明がたかれ、夜と言えど煌々としていた。

「シエロ様!」

「ビオラ嬢、お疲れ様でしたな」

「シエロ様こそ。緊張の連続で、胃が痛くありませんか?」

 苦笑いをしながらビオラは、気を使った。

「まだ、緊張していますよ。これだけの竜が集まっているんですから」

「そうですよね。これ、お返ししますね」

「まだ持っていてください」

「え、でも」

「明日、各島に竜が解散したらにしようかと思っています」

「そうですね、その方がいいのかも」

「教皇様はお戻りに?」

「ええ、かなり興奮されていたから、倒れるかと思いました」

 お付きの司祭は、笑った。

「ビオラ様を城に送った後、私どもも戻ります」

「本当はルークに会いたいのですが、ちょっとあの中に入るには勇気がいります」

 ビオラが指した先には、泥酔に近い男たちの集まりである。

 何が楽しいのか、一言言っては笑い、エールをがぶ飲みしてまた笑う。

 これこそが酔っ払いという集団だった。

「ああー危ないですね」

 シエロは冷静に答えた。

「なぜかトトが加わっているんですけどね」

「おや、本当だ」

「朝になったら、頭が痛いって言うんだろうな」

 やれやれとビオラが呆れていた。

「ははは。でも最近こういう楽しい事がなかったから良かったですよ」

「そうですね、嫌なことばかりで」

 しばらく4名は黙って泥酔男たちを遠目に見ていた。

「では、これで」

「お疲れ様でした」

 ビオラについていた2名の司祭は、部屋まで送ると教会に帰っていった。



 どくん。

 心臓が激しくなった。

 月明かりの部屋に一人だ。

「大丈夫。昨夜乗り越えたじゃない」

 体が震える。

 とにかく体をお風呂で温める。

 部屋は昨日と違ってがらんとしている。

 どうしよう、震えが止まらない。

 やっぱり月明かりが怖い!

 窓を閉める。

 それでも月明かりはテラスから強烈に入ってきた。

 月を楽しむために作られているテラスだ。

 どうしてもあの腕と熱を思い出す。

 あの夜は夢と現実がごちゃごちゃになっていた。

 シシィ様の体の熱、触れられた所、抱きしめる力そして耳元でささやく熱い吐息。

 思い出しても身体がゾクッとする。

 両手で腕をさする。

 どうして、会えないの?!

 また強く抱きしめて欲しいのに。

「…っ」

 涙が止まらない。

 いつまでこうやって月明かりを怖がらないといけないんだろう?


 ――陛下は海上島を欲しがっている。

 それは海上島にいた時から、いや、王島にいる時から薄々気が付いていた。

 難癖をつけては、海上島へ嫌がらせのような事をしていた。

 その度に、海上島はうまくかわしているように見えた。


『シシィの弱点となる。気をつけよ』


「弱点ですって。笑えるわ」

 愛している男の弱点となる女。

 もう二度と会えないだろう。

 いや、会わない方がいい。

 夢にさせるほどだ。

 シシィ様も会わないつもりだ、きっと。

 逃げられるように夢の中の事にしたんだ。

 お互い尋問されてもかわせるように。


 …やっぱり諦めないとだめね。

 ため息をついて、水を飲もうとした。

 気づくとワインがある。

『もう一ついかがかな?島のワインだ』

「っ!」

 カップにワインを注ぎ、一気に飲み干す。

 何をしても思い出す。

 ただのワインですら。

 泣きながら、飲み干す。



 突然ガタン!と大きい音がした。

 きゃあっと思わず声が出る。

 テラスでガタゴト音がするので、そっと窓を開ける。

 そこにはぐったりしているルークと空中で飛んでいるランサーがいた。

「ランサー、ルーク!」

 ルークはもう、酩酊状態だ。

「連れてきてくれたの?」

 うんうんとうなずくランサー。

 こんなせまいテラスに放り込むの難しかっただろうに。

「ありがとう。また明日迎えにきて。少し遅めにね」

 何で?と首をかしげる。

「朝一だと、きっと頭が痛くてあなたに乗れない気がするから」

 グーサインを出したかはわからないが、納得してランサーは降りて行った。

 もう外は静かだった。

「え、ルークを運ぶわけ?」

 さすがに甲冑はつけていないが、大人の男性である。

 16才なりたてのビオラに運べるか…

 ましてや、少しお酒が入っている。

「さすがに引きずりました。無理です、持つのは。もう、酔いがさめたわ」

 ベッドにはさすがに持ち上がらない。

「ルーク、一瞬でいいから立って」

「んーん」

「ええと、何て言ってたっけ。そうだ。隊列整え!」

 一瞬がばっと立ち上がった隙を逃さずにベッドに突き飛ばした。

「ああ、もう、せっかくお風呂入ったのに埃まみれだわ」

 ルークが埃まみれ…

 仕方がないので、ルークの服やブーツを脱がせ、上半身裸にブランケットをかける。

 手が止まった。

 私は…意識がなかったわけじゃない…

 でも、一緒にはなれない。

「っ!」

 だめ、泣いたらルークが起きる。

「仕方がないよね」

 だって、この世界で生きていかないといけないんだもの。

「諦め慣れているじゃない…!」

 この世界にきてもそれは持続するのね。

 口を押え声を殺してビオラは泣いた。


「…」

 やはり兄貴のことが好きなのか。

『私たちにできることはないわよ。本人が吹っ切れないと。待てる?』

 待てないかも。

 今すぐ無理やりに叩き出したい!

『もしお兄さんを選んだら?』

 あいつを殺す!


 ルークは寝たふりをしていたが、だんだん腹が立ってきた。

 気が付かないビオラは、やっと泣き止んで、ため息をつきながら冗談半分でつぶやいた。

「ルーク、早く私の身体を書き換えて」

「いつでもいいぞ」

「え!起きてるの?」

「…うん」

 むくっと上半身を起こして、ビオラを抱きしめてぱたんと横になった。

 目は閉じている。

「寝ぼけているの?」

「今でもいいんだぞ」

「…明日になって覚えていないとか言わないでよ?」

 泣きながらビオラはルークの手を取った。

「大丈夫だ。俺は兄貴と違う」

 ちょっと怒りを帯びたはっきりとした声でルークは答えた。

「!!泥酔していたんじゃないの?」

 びっくりしてビオラは起き上がる。

「ランサーに担がれたらそりゃ目が覚めるさ」

「ひどいわ、重たくて引きずったのよ?おかしなことも言っちゃったし」

「隊列整え?」

 ぶっと二人は笑った。

「レオン団長がいつもいってるもんな」

「今度からレオン様の下になるのね」

「おう、念願の王島竜騎士だよ」

 ビオラの髪をなでた。

「ずっとそばにいられる」

「…」

「また一人で泣いていると思ったから、ろれつの回らない口でランサーを呼んだ」

「ランサーは賢いわね」

「ランサーも心配しているんだよ、ビオラの事」

「ごめんなさい、みんなに迷惑ばっかりかけてる」

「迷惑じゃないよ。いいんだ、君はもう少し俺に甘えろ」

 ルークも起き上がる。

「本当に今から」

 抱きしめる。

「書き換えるぞ。いいのか?」

 ビオラはうなずいた。

 あいつをお前の中から叩き出してやる…!

「強く…抱きしめて」

「わかった。目を開けてろ。俺だと分かるように」

 新しい腕と熱を刻み込んで欲しい。

 これは夢じゃない。

 優しく時に強く朝までルークはビオラを愛した。

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