第5章 炎の竜
第21話
「まったく、竜騎士のみなさんはちょっとは遠慮というものを覚えてください」
モーガン宰相が、朝からお小言を垂れている。
広場には、エールの樽やらカップやらゴミがたくさん落ちていたのだ。
ゴミ拾いから今日はスタートだ。
「頭いてぇー」
「気持ち悪い~」
「何か朝さー上半身裸だったんだけど」
「ぎゃはは!なんじゃそりゃ?」
「起きたら、俺も」
「俺もなんだよー」
と片付けもうるさい連中だ。
そんな中、1頭の竜が降りてきた。
「おはよー」
「うっす、ルーク」
「なーんかむかつくなあ、その顔」
「え?何が?」
5~6人の騎士がジロリと睨む。
「あーあ、とうとうかあ」
「俺たちのビオラが奪われちゃったのかあ」
「レオン団長にこき使ってもらわないとな」
「な、なんですか、急に」
耳まで真っ赤になってルークはしどろもどろになった。
「見ろよ、こいつ首まで赤いぜ」
「そんなスッキリした顔されりゃなぁ、腹もたつぜ」
「念願の王島勤め良かったな」
ビオラとの仲はしれわたっていた。
10才くらいの頃から、騎士団と関わってきているから、王島の騎士たちはビオラを妹のように見ていた。
「彼女は毎週のように来ていたからな。成長をみてきているし。みんな妹みたいに思っているんだよ」
新人教育担当のダヤン・ストックが説明する。
「ダヤン班長、おはようございます。そうなんですね。ビオラは竜騎士の中で有名と聞いていたけど」
「まあ、渦巻人でお前さんの恋人っていうのもあったが、レオン団長の娘にも近い溺愛の仕方だったからな」
「あいつ無茶が多いしな」
ため息をつきながら、ルークはしみじみ言った。
その様子を見て、みんなはくすっと笑った。
その時だった。
腹の底から響くような悲鳴のような竜の泣き声がしたのは。
「!!」
ざああっ!
広場上空に、炎の竜が現れた。
「出た!」
「散開!」
「モーガン殿下がって!」
瞬間に竜騎士は戦闘態勢に入る。
何名かは、魔法省に走った。
「おいおい、炎だっていうのに、寒気がするぜ!」
「こいつか、ダイヤ島で仲間を殺したのは!」
竜というのに、全身を炎に包まれていた。
途切れることのない火。
体は黒いようなので、全体的に赤黒く見えていた。
「何だよ、この化け物をどうしろってんだよ!」
『化け物と呼ぶか』
「!」
低く頭に響くような声が聞こえた。
話せるのか。
『お前たちが化け物だ』
「?」
飛んだままの炎の竜は、息を吸った。
「くるぞ!」
全員乗機し飛び立った。
城から引き離さないと、みんな危険だ。
「氷結魔法!」
叫ぶや否や炎の竜は、氷漬けにされた。
「ヘンリー卿!」
「みなさん、大丈夫ですか?」
「こいつですか?ダイヤ島に現れたのは」
副団長が早口に聞く。
紛れもない、あの時の…
「ええ、間違いないですよ。下がっててください。後は魔法省の管轄です。シエロ!」
「緊縛魔法!」
銀色の鎖が、凍った竜をぐるぐる巻きにする。
「すげえ…」
氷漬けの竜は、羽がやはり四つあった。
「本当に四つ羽なんだな」
遠巻きにぐるぐると氷漬けの竜を中心に騎士たちは飛んでいた。
動けないかと思ったが、氷がミシミシと音を立てた。
「やはり、緊縛は無理か…」
「どうします?ヘンリー卿」
浄化するしかないが、効くかどうか。
「浄化魔法を。魔石を」
指の間に魔石を挟み、ヘンリーは呪文を唱えた。
シエロも同じことをする。
バキン!
魔法の鎖がちぎられる。
がごっ!
氷を砕き、竜が炎を吹き出した。
「ヘンリー卿!」
「シエロ殿!」
2人が炎に巻かれると思った瞬間だった。
「女神よ、炎をなぎ払え!」
綺麗に炎を切り裂く青い光。
「!!」
「あれは!」
「遅くなりました、ヘンリー様!シエロ様!」
「ビオラ!」
「ビオラちゃん!」
「ビオラ、危ないぞ!」
ここ暗いね。
――そうかな。私がいるじゃないか
誰?
――君たちを作ったものだよ
人間?
――いいや。殺し合いをする愚かな人間ではないよ
イーサンはどこ?
――愚かな人間に殺されていないよ
いないの?
――そうどこにもいないよ
ぐすん。イーサン。どこ?
『イーサン、どこ?』
「!!」
「探しているのか、イーサンを」
「ビオラ、今のは」
「教会にある浄化された石をはめています」
マーレ島に行く前に、短槍の切っ先の下に浄化された石をはめていたが、帰島した後に大きくしてもらったのだ。
淡く青く光っている。
「トトが飲みすぎでまだ起きられなくって。部屋から走ってきたので遅くなりました」
笑ってビオラは、ヘンリー達の前に立ちはだかった。
昨日と同じ聖女の衣装だ。
ベールだけ被っていない。
「大会の時、会えなかったから言えなかったけど、その衣装良く似合っているよ」
「な、こんな時にそういう事言わないでください」
真っ赤に照れるビオラを見て、ヘンリーは。
「おかげさまで緊張が取れましたよ」
再び両手のそれぞれの指の間に魔石を挟み、浄化魔法を唱える。
白い霧のような風が起こる。
赤黒い竜の身体を巻き付けるようにぐるぐると囲んだ。
『イーサン、どこ?』
「イーサンは死んだ」
「なっ、ビオラさん」
『愚かな人間に殺された。もういないの?』
「サルビア、あなたの名前をつけてくれたのはイーサンでしょう?あなたの中にイーサンはいるのよ」
『ぼくはサルビアじゃない。化け物だ』
「いいえ、あなたの名前を付けてくれた騎士がいたでしょう?」
『もういない。いないんだ!』
「その人はあなたに何て言った?」
――気にするなサルビア。言いたい奴には言わせておけ。お前の側には俺がいるから。
ガアアアア!
相棒の騎士がいたことを思い出し、四つ羽の竜は叫び声を上げた。
炎も吹き出す。
竜騎士達は、飛んで炎をよけていた。
体にまとわりつく魔力の浄化はほとんど終わっていた。
全身の炎が消えていた。
黒い鱗をまとった四つ羽の竜がそこにいた。
残るは記憶の浄化のみ。
「女神よ、迷える魂を導き給え」
ビオラは槍の柄で、竜の足を叩いた。
「!!」
青い光が足を捕縛するように形を作り、バランスを崩して、のけぞって地面に竜が倒れこむ。
周りの騎士たちは、あっけに取られていた。
だが、次の瞬間、四つ羽の竜が怒り狂うのではと、武器を身構えた。
竜がゆっくりと顔を上げた。
ビオラは、目を合わせこう言った。
「気にするなって言われなかった?」
イーサン・ダグラスは正直な騎士だった。
きっと姿が他と違うことなど気にしなかったはずだ。
むしろ。
「4枚の羽は、早く飛べると言われなかった?」
相棒を褒めただろう。
――サルビア、お前がこの騎士団の中で一番に速く飛べるぞ。
笑顔のイーサンをはっきりと思い出した。
どうして忘れていたんだろう。あんなに毎日一緒にいたのに。
――たくさん食えよ。
たくさんの餌と寝床の干し草をいつも汗だくで世話をしてくれていたのに。
「胸を張れ、前を向いて生きろ。そう言われなかった?」
――下を向くな。聖なる竜なんだから。前を見ろ。上を向け。堂々と胸を張って生きろ。
ああ、イーサン。
あなたは。
――お前はお前らしく生きろ。ただし、竜の
「いつまでもあなたらしく生きて」
ここにいたんだね。
ゆっくりと羽ばたいて、少し空に浮かんだ四つ羽の竜は、綺麗な青空を見上げた。
悲しみを振り切るように、真上に炎を吹き上げた。
そして、キューゥンと悲しく鳴いた。
そうだ、もうイーサンはいない。
思い出した。
ああ、でも、イーサンの魂はここにいる。
ポロポロ涙をこぼしながら、赤黒い四つ羽の竜は炎を吐き出していた。
驚いたことに涙は、地上に落ちると、透き通る真っ青な宝石のような石になっていた。
そして、体から次々と赤黒い鱗が落ちていく。
地面に落ちるとすっと消えていった。
「ああ、綺麗な竜ね、あなたは」
ビオラは、微笑みながら手を差し伸べた。
赤い宝石のような光り輝く鱗のような体が現れた。
先ほどと違い静かな四つ羽の竜は、彼女にすり寄った。
「ビオラ…」
「ヘンリー様、記憶の浄化も無事に終わったみたいです。イーサンを思い出したようですし」
「凄いな、あなたは!」
シエロは驚いて、魔石をしまった。
「ちょっと子供?若い竜みたいですね。イーサンをなくして迷子になっていたのでしょう」
「なるほどな。もう平気なのか?」
「レオン団長。おそらくは。ただ、竜騎士に少し反応していますね」
竜騎士に威嚇しているのだ。
「ふむ。竜王国に預けて教育してもらったほうがいいかもな。モーガン殿、竜王国に至急連絡をお願いします」
「わかった」
モーガンは、省庁へ走った。
『またどこかへ閉じ込めるの?』
「ううん、他の竜がたくさんいるところよ。覚えてるんじゃない?ルールを覚えるところよ」
『怖くない?』
「大丈夫よ。お勉強したら戻ってきて?」
『うん』
ふうーとサルビアが息をはいたら、少し炎が出た。
「きゃ!」
「わわわ」
すぐに消し止める。
「危ないな、お前は。ため息をつくのに気をつけろ」
いつの間にかルークが横に立っていた。
サルビアが少し怒る。
『竜騎士は、嫌い』
「サルビア、この人は私の大切な人なの。サルビアがイーサンを大切と思っているように、私もこの竜騎士がとても大切なのよ」
『ふうん』
この時、何人かの竜騎士がちくしょうーと涙を流していた。
「ドレスこげちゃったわ。気に入ってたんだけど」
『…』
「そういう時はごめんなさいっていうの」
『ごめんなさい』
「はい、よろしい」
にこにこしながら、ビオラは、赤い頭をなでなでした。
他の騎士たちも地面に降りていた。
炎の竜を手なずけ、しつけまでしているビオラをみて、みな複雑な気分だった。
「やっぱりビオラ怖え」
「マナーは守らんと怒られるな」
竜王国の手配を頼んだから、すぐに迎えが来るだろう。
その前に、とビオラがレオン団長にお願いをした。
「わかった。全員、その場で待機!帰島するものはすぐに戻れるように荷物をまとめるように!」
「ヘンリー様、シエロ様、これお返ししますね」
火炎の石だった。
「しばらくはいらないですね」
「魔法省に戻りますか。あの石も回収して。報告書を書かないと。ヘンリー卿お付き合いください」
「もちろん。ビオラはどうするのです?」
「サルビアを連れて、イーサンのお墓にいってきます」
「ああ、それはいいですね。お別れさせてあげてください」
「サルビア、行きましょう」
チップに乗り、先導する形で地面を蹴った。
聖女の格好をしたまま、竜に乗ったので、スカートや後ろのベールが風にたなびく。
「ルーク、いってきますね」
レオン団長の腕の中から、笑顔で手を振った。
「おう」
竜の女神だな。
ああ、あんな美しいものが今朝、俺の腕にいたのか。
「…にやにやしてんじゃねーよ」
「王島に正式所属になったら、こってり絞ってやるからな」
「え?」
ルークの王島勤務は激務になりそうだった。
「竜騎士の墓は、全員一緒なんだ。墓石がたっている」
『イーサンはこの下にいるの?』
「ああ、他の騎士と共に眠っている」
城が見える島の端に共同墓地があった。
その一角に竜騎士の墓がある。
「去年、お前が燃やした騎士もこの中にいる」
「レオン団長…」
「俺はサルビア、お前を許すことはできない。部下を焼かれたからな。だが、教育を受けて悪いことをしたと思えた時、俺はお前を許せるんだろう」
「そうね、ミアも卵を置いたまま死んでしまったし」
『ごめんなさい』
「ちゃんと教育を受けてから反省しろ」
ビオラはサルビアをなでた。
「その内、自分のしたことに気が付くわ。その時、あなたがどう乗り越えるかで評価が決まると思うわ」
『難しい…何を言っているのかわからない』
「そうね、難しいわね。だから竜王国に行くのよ」
鏡魔法で呼ばれた、竜王国の使者は、まさに飛んできた。
そして、サルビアに魔法の手綱をつけた。
「さようなら、ビオラ」
「ええ、さようなら、サルビア」
「困ったことがあったら、僕を呼んでね。いつでも駆けつけるから」
「うふふ。そうね、すぐサルビアを呼ぶわ」
顔をすりすりとして、サルビアは竜王国に旅立った。
「心配だわ」
飛んで行った方を眺めながら、ビオラはつぶやいた。
「うん?」
「自分のしたことに気が付いたとき、混乱するんじゃないかと思って。なんてことをしたんだろうって」
「…そうだな」
「自分の怒りの炎で中から燃えなければよいのだけれど」
ルークは後ろからビオラを抱きしめた。
ビオラ自身のことを言っているのだろう。
「その時はビオラが導いてやれ。お前を教皇様が導いたように」
「ルーク…」
「お前の心は俺がいつも守ってやる」
髪にキスをした。
ビオラはそっとうなずいた。
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