第19話

 竜騎士試合は、練習を重ねないと難しいのて、日にちを決めて王島に集まって練習をすることになった。

 元々王島に詰めている竜騎士達は、模範試合をすることになっていた。

 格の違いを見せつけるぜ!と王島組は鼻息が荒い。

 各島の竜騎士は新人もいるので、力量は雲泥の差がある。

 今回は、王島に勤務したい者のみ参加を許されている。


 場所はお城の裏にある広場である。

 お祭りにするため、広場の周りは屋台の場所だらけだ。

 一般の人も見られるようになっている。

 招待客も多く、マーレ島にはカイト宛てに招待状が届いていた。

「叔父上も参加するみたいですね。応援してきますね」

「楽しんで来い」

 王島。

 それも王城の広場で。

 彼女も見るんだろうな。

 俺も見に行きたいが…

 会ったら連れて帰ってしまいそうだ。



「ええーこんな格好でみるんですか?」

「一応教会側に座っていただきますね」

 薄水色の教会用のドレスにビオラは着替えていた。

 首から、頭まですっぽり覆う衣装だった。

 頭とスカートにベールがついていて、きらきらと輝いている。

 今日は衣装合わせである。

「確かに、王族の席には座れないし、騎士の所は邪魔になるし、魔法省の所はいやだし。教会が一番よいのかしら」

「おお、似合うの」

「教皇様。当日もこの格好ですって」

「聖女様のドレスです」

 聖女。どきんとした。

 シシィ様の婚約者は、聖女候補だった。

 胸が苦しい。

「ビオラ?」

「大丈夫です。聖女なんて柄ではないからちょっと緊張しちゃいました」

「…どれ練習でも見に行こうかの」

 教皇とビオラは数人の司祭を連れて、竜騎士が練習をしているところへ見に来た。

 気づいた騎士が整列をしようとしたが、教皇が止めた。

「時間がもったいない。続けなさい」

「はい…え?!」

 日の光に照らされて、ビオラに着けていた小さな宝石が光った。

 風が吹くたび、さらさらとベールとスカートが揺れる。

 あまりの美しさに竜騎士は見とれていた。

「ビオラちゃん?」

「うおーかわいい!」

「ケガしないでくださいね!」

 ビオラが叫ぶ。

「大丈夫ー!」

「がんばるよ!」

「いや、ケガして下に降りようかな?」

 ニヤニヤしながら、皆、手を振る。

 レオンが怒って練習は厳しくなっていった。


 その中の一機が急旋回をしてこちらに向かってきた。

 トトが怯える。

 物凄い風を巻き起こし、目の前に降り立った。

 騎士も飛び降り、風をよけるため腕で顔をガードしていたビオラの前にひざまずいた。

「どうぞあなたの騎士に名誉を」

「え。ルーク!」

 にこっと微笑んで右手を差し出している。

 ビオラは左手を出した。

 ルークは軽くキスをすると、その手を取ったまま立ち上がった。

「やあ、ビオラ。とてもよく似合っている。教会の服だよね」

「ほっほっほっ。遠目でもビオラとわかったかの?ルーク」

「そりゃもちもんですよ。ビオラはどこにいてもわかります」

「愛の力は凄いのー」

「教皇様には感謝しております」

 うんうんと何故だかうなずいていた。

「何が?」

「ないしょ」

「ないしょじゃあ」

 ずるいーとビオラはふくれた。

「今度は前夜にくるよ」


 その後の練習で、ルークにばかりボールがぶつけられたのは言うまでもない。

「何、てめえ、ビオラの手を取ってんだよ!」

「俺たちだって行きたいのを我慢してるんだぞ!」

「いいじゃないですか!忠誠を誓っている仲なんですから!」

「良くない!」

「うるせえ!イカレ野郎!くらえ!」

 練習になってないぞ、お前ら…

 ランサーがかわいそうだなと思いながらレオン団長は見ていた。




「たぶん、いやきっと兄貴のことが好きなんですよ」

「ルーク」

 ルークは、薬師処のマーシャを訪ねていた。

 明日から竜騎士試合だ。

 ビオラが回復薬を毎日のように飲んでいるらしい。

 顔色は良くなってはいるが、眠れないらしい。

 特に月明かりの日は眠れないと聞いたのだ。

「月明かりの夜に何かあったのね」

「…兄貴にね。ちょっと」

 多くを語らないルークに、子持ち結婚歴15年のマーシャはピンときた。

「心の底で忘れたくないと思っているんだ」

「…」

「だから、月明かりを恐れているんじゃない」

「ルーク、それはもう私たちにできることはないわよ?」

 マーシャがしみじみ言った。

 カップから湯気がゆっくりと上がる。

「本人が振り切れるまで待つしかない。できる?」

「マーシャさん、8才の頃からあいつの側にいたんですよ?今まで待てたんですから、大丈夫っす」

「そう」

 マーシャは、ある意味聞いてはいけないことをわざと聞いた。

「ビオラが、もしもお兄さんを選んだらどうするの?」

「小さい頃から忠誠を誓っているので、今さら他の奴に取られたくないっす。決闘ですかね?」

「…ちょっと重たい愛かなー」

「竜騎士の中では、有名ですからね。小さい渦巻人に忠誠を押し付けるイカレた奴って」

「…うん、重たいな」

「兄貴に言われたんだ。一介の竜騎士と島主ではどちらが渦巻人を保護するのに適しているんだって」

「…」

「あいつを堂々と守れる地位が欲しい。今度の試合は負けるわけにはいかないのです」

「王島の竜騎士になったら結婚申し込むの?」

「そのつもりです。バカ貴族に持っていかれたらたまったものじゃない」

「根回ししときなさいよ?まあ、ヘンリー様と教皇様はいいとして」

「後、誰かな。モーガン殿かな?」

「最強の味方がいるじゃない?」

 マーシャはウインクをした。

「王妃様が」

「!!」

「お茶会で、ビオラがお茶を飲んでは戻すんですって。以前はそんなことなかったのに。警護の女性騎士が心配して相談にきたの。何かの病気じゃないかって」

「それは…」

 ルークは青ざめた。

 王妃のお茶を疑うような行動を取れば、ビオラの立場が危うい。

「だから、この前の話を思い出して…」

「記憶がない時のお茶ですか…」

「たぶんね。それで飲めなくなったんだと思うのよ」

「それ言ったんですか?」

「病気ではないからね、一応伝えたわ。お茶会で、お茶を戻すなんて行為、王妃様に対する反逆罪と取られたら困るし。後は王妃様がどうされるか」

「王妃様はビオラを可愛がっておられるから…」

「最悪、お兄さん。しゅっ!」

 といってマーシャは手で首を切るしぐさをした。

 つまり逆鱗に触れて、処刑だ。

「まさか。でも王妃様御気性激しいからな」

「竜王国の姫君ですからねえ」

 ふう。とルークはため息をついた。

「マーシャさん、あいつの相談相手になってくれませんか?女性同士の方が話せることもあるだろうし」

「もちろん!思いつめるっぽいからまかせておいて!中身も近い年齢だし!」

 あんたは頑張りなさいよ!と背中をバン!と叩かれ、発破をかけられた。



 月明かりの明るい夜だった。

 ビオラは城の一室に泊まっていた。

 明日から竜騎士大会が始まる。

 小さなテラスに出ると、騎士たちの笑い声が聞こえる。

「…」

 月明かりをみると胸が苦しく体が震える。

 この痛みはあの人も感じているのかしら。

 ばさっっと羽音がした。

「ルーク!どうしたの?」

「ちょうど交代の時間だったからね。のぞきに来た」

 ランサーから飛び降りるのに、ちょっと手間を取った。

 えいっと飛び降りた。

 足元がふらついている。

「ルーク、お酒飲んでるの?」

「少しね。少しだけ酔ってる」

 ビオラを抱きしめて、良かったとつぶやいた。

「なぜ?」

「また一人で泣いてるかと思って心配になったから」

 この人はこういうところは鋭い。

「泣いてないわ」

「でも声が震えている」

 いつもビオラを抱きしめる時は優しい。

 壊れないように消えないように。

 お願いだから、違う人の事を考えている時に優しくしないで。

「ほら、泣いてた」

「い、いま…」

「大丈夫だ、ビオラ。俺はどこにもいかない。お前を一人にしない」

「ルーク…」

「すべてを含めてだ。前のビオラも今のビオラもすみれという女性も。一人にしない」

「!!」

 初めてこの世界で前の名前を呼ばれた。

 今までバラバラだった3人が一つになった気がした。

「でもビオラと呼ぶよ。ビオラ」

「はい」

「愛しているよ」

 とても優しいキスをした。

「ルーク…」

「返事なんていい。君の気持が落ち着いてからでいいんだ」

「!!」

 知ってるの?

「一番側にいるのは俺だ。それだけは忘れないでいてほしい」

「ルーク、待って」

 行こうとしたルークにビオラは後ろから抱き着いた。

 冷たい手。

 どのくらいテラスにいたんだろう?

 何を、いや誰を考えて…

 震えている。

「ごめんなさい…」

 何に謝っているのか大体の予想はついている。

 それでも俺は譲るわけにはいかない。

 あいつを君の中からたたき出したいが、完全にはそれも難しいということも知っている。

 ちくしょう…!

 くるっと振り返ってビオラをしっかりと抱きしめ、激しくキスをした。

「ん…」

 激しさにビオラは錯覚を起こしそうになった。

 目を開けるとそこには目をつむったルークがいる。

 違う、この激しさはあの人じゃない。

 バラバラになりそうなくらいの激しさは、あの人しかいない。

 激しさも痛みも愛され方もすべてあの人しか…

「は…」

 唇を離した時、お互いの視線がカチッと合った。

 何かを言いたげな目。

 何かを懇願する目。

 もう一度軽く唇を重ねた。

 そして何も言わずにルークはランサーに乗って見回りに戻った。

「…」

 ビオラは、テラスの窓を閉めて寄り掛かって泣いた。

 私は一体誰を求めているんだろう?




 初日。

 青と白、赤と緑が戦うことになった。

 3機ずつ出て、相手の色水の入った球をつぶして多い方の勝ち。

 空中戦で、同時に二試合を行うため、観客はどこに座っても見えるようになっている。

 大きな竜が落ちてこないように、魔法省も柵を作っている。

「騎士が落ちても大丈夫なように」

 地面にはクッションが張ってあるが、振り落とされると勢いがあるのでとても危険だ。

 魔法師たちはハラハラしながら試合を見ている。

 マーシャ達、薬師も大量の薬を用意して待っている。

「ま、一杯くらいならいいわよね?」

 と言いつつ、エールの大きな樽が置いてあった。

「ルークぅ!負けたら承知しないわよっ!」

 試合が始まる前に、マーシャは赤い顔をして、ヤジを飛ばしていた。 


「盛り上がってきたー!」

 肉屋は大忙し。

 ペタロのパン屋も飛ぶように売れていく。

 各島から招待客も来ているから、大盛況だ。

 ビオラ考案の簡易望遠鏡も売り切れだ。

 水晶を削って、木枠にはめ込んだものだ。

 2島が着水した時から売り出してかなり売れている。

「持ってきたよー」

 トトが大量の焼き鳥を持ってきた。

 エールの樽は、早くに持ってきてもらっていた。

「さっ、始めるかの」

「まったくもう。飲みすぎないでくださいよ」

「大丈夫じゃ」

 グーサインを出して教皇様はご機嫌だった。

「はあーうまいのー焼き鳥最高じゃ」

「初めて聞いてから8年!念願の焼き鳥とエール!ひゃほー!」

 二人はバクバク食べている。

「まったくお腹壊しても知らないわよ。ペタロのサンドイッチはいらないの?」

「食べる!」

 二人同時に答えた。

 ぷっと御付きの司祭の人たちも大笑いした。

 教会の席は、特別に足場を組んである舞台にあった。

 試合の広場を挟み、反対側に招待客と王族、貴族と並んでいる。

 両側に一般人の席、屋台と続く。

 試合会場の裏側に、竜騎士達の控え場所があった。


「凄い観客だな」

「身震いするぜ」

 竜騎士達も待っている時は緊張しているようだ。

 ――こいつらは別にライバルじゃないんだ。雑魚だな。

 ――やっぱり兄貴か。

「ちくしょーライバルが兄貴ってなんだよ」

 13才離れている腹違いの兄は、何でも優れた人物だった。

 頭もいい。剣も強い、性格もいいし、政治も向いてる。

 父がつきっきりで色々叩き込んでいた。

 誰もが、男でさえ憧れる存在だ。

 だから、マーレ島はうまく収められている。

 島民が兄貴に心酔しているから。

 それが、恋のライバルですか、ああ、そうですか。

 完璧主義の兄貴が、ビオラのような少女を好きになると思わなかった。

 いや、あれはおそらく中身のビオラを好きになっている。

 そして、絶対にお屋敷全体で応援しているな、あれは。

 島主夫人として欲しいんだろう。

 きっと俺が帰った後に、執事や侍女があーだこーだ手を尽くしたんだろう。

 問い詰めても全体でかわされる。

 カイトくらいか、知らないのは。

『本当に覚えていないの』

 眠り薬を飲ませて、それから…

「あーっ!もう!」

 許せん、兄貴!卑怯者め!

「よう、ルーク、気合入ってんな」

「おう!絶対に負けないぜ!」

 わあっ!と歓声が上がる。

 始まったな。

 むかむかを吹き飛ばしてやる!


「右!右じゃあ!なにしとる!ああっ!」

 ひときわでかい声を張り上げているのは教皇様だった。

 ビオラと司祭たちはちょっと冷静になっていた。

「さっさと旋回じゃ!落とすぞ!」

 立ち上がり、拳を振り上げながら絶叫していた。

「そこじゃあ、打てぃ!」

 青の布を巻いた竜が、下降しながらボールを蹴った。

 勢いよく回転しながら、水玉にぶつかる。

 白い水がきらめきながら飛び散った。

 わあっ!と歓声があがる。

 違う試合も続いているので、今度は赤い水がきらめいた。

 ああっ!と声があがる。

 ビオラも思わず声が出た。

「よしっ!」

 教皇様は両手で握りこぶしを作っていた。

 やっと席に着く。

「お好きみたいで良かった」

「これか、好きそうなものを持っていくと言っていたのは」

「はい、それと焼き鳥ね」

「大好きじゃ。騎士の剣大会も大好きじゃ」

 血が騒ぐのーといいながら、オレンジジュースを飲んだ。

 これもうまいのと言っている。

 今日は色んな屋台が出ているので、珍しいフルーツのジュースもある。

 他の司祭たちはのんびりと試合を見ている。

「血の気が多い聖職者だなあ。普通司祭とか大人しい人が多いんじゃないのか?」

「偏見じゃい」

 ふふふっっとビオラは笑った。

「ああ、良かったの」

「え?」

「ルークと何があったかわからんが、ケンカするほど仲が良いというしな」

 顔が真っ赤になった。

「いつの間にルークと仲良くなったんですか?」

「ビオラが海上島に閉じ込められておる時にな。色々話をしたわい、鏡でな。よい男ではないか」

「ええ。もったいないくらいです」

「お前さんは笑顔が一番じゃ。あいつの方は心配いらない。安心してルークについていけ」

 しみじみ教皇様は、広場を見ながら話した。

「もしかして、何もかもご存じなのですか」

「陛下もな」

「え?」

「気をつけろ。陛下は隠密という影で動く人間をもっておる。シシィもそのたぐいの人間をもっておるが、陛下の方が一枚上手じゃ。海上島の内部は筒抜けになっておる」

「…では」

「海上島、マーレ島が欲しいのだろう」

「やはりそうなのですね」

 と言った瞬間にビオラは口を手でふさいだ。

「ビオラ、そなたはシシィの弱点となる。行動に気を付けよ。あいつの足を引っ張ることになる」

「どうしよう、私」

 真っ青になった。

「陛下に、マーレ島が忙しくなるから、王島から人を派遣してくれって頼んでしまいました」

「あちゃーやってしもうたな」

「ど、どうしましょう」

「言ってしまったものはしかたあるまい。これで堂々と王島の隠密が城を闊歩するわけか。ビオラの名前を出したら、シシィも断れまいて」

「もう、私のバカ。すっかり陛下の笑顔に騙されていたわ」

「国を治めるということは人をまとめることじゃ。いい人間もおれば悪に染まる奴もおる。国王とはその人間をいかに活用して明日を作るかだ」

「明日を作る…」

「まあ、ルークは大丈夫じゃ。真っ正直でお前さんのことをわかっておる。シシィの場合は島主夫人として動くのはよいが、それは仕事じゃ」

 くるりとビオラを見て真顔で答えた。

「愛ではない」

 どきんと心臓が震えた。

「確かに、そう言われました。『海上島は一人では広すぎる。一緒に収めてくれ、そばにいてくれ』と」

 ははっと教皇様は笑った。

「シシィらしい口説き方じゃの。何と答えた?」

「お仕事ならしますよ、と答えました」

 あははっ!と声を出して笑った。

「ほらな、仕事じゃ」

「ではあの夜も愛ではないのでしょうか?」

「!!」

 くるりと振り返った教皇は大粒の涙を流して泣くビオラを見た。

 よしよしと教皇は試合そっちのけでビオラを慰める。

「体を重ねたか。納得したうえでか?」

「いえ、寝る前にお茶を飲んだら、夢なのか現実なのかわからない状態でした」

「忘れてよし!!!」

 めちゃくちゃ大きな声で叫んだ。

「そんなもの夢じゃあ。忘れろ!」

「教皇様、怒ってます?」

「当たり前じゃあ。正面から口説けばよいものを、一服盛るとは!男の風上にも置けん!」

 くすっと泣きながらビオラは笑った。

「忘れろ忘れろ。あいつにゃ他の女をあてがう予定じゃ。その女の方がお似合いじゃ」

「そうなんですか?」

「ああ、だからほっとけ。きっと城全体でお前さんをはめたんだろう。侍女も執事も共犯者じゃ。もうほっとけ。陛下の隠密がどうしようともう知らんわい」

 ひらひらと手を教皇は振った。

 あらー手のひら返しが早い、とビオラは複雑だった。

 ふうと一息ついた。

 きっと私は誰かに聞いて欲しかったんだろうな。

 誰にも言えなくて…

「教皇様」

「うん?」

「話を聞いていただいてありがとうございます」

「良かったの。ルークとの結婚式はわしが仕切るぞい」

「まだ先ですがよろしくお願いします」

「さっ飲め飲め!」

 びおらーとトトは酔っぱらっている。

 その時、ばさあっ!と頭の上を飛ぶ竜がいた。

 緑の布を巻いたランサーだった。

 ランサーはビオラたちの席の上空をゆっくり旋回した。

 ルークがビオラをとらえる。

 立ち上がって、ビオラはお祈りのように両手を握りしめていた。

「ケガをしないで」

 聞こえたようには見えなかったが、ルークは微笑んでうなずいた。

「どれ、応援しようかの」



 ランサーの活躍で、ルークのチームが勝った。

 ルークは退場する際に再び旋回をして控えの広場に降りて行った。

 まだ中盤で、後半にはルークは出場しない。

 迎えに行ってくるといって、ビオラは階段を下りて行った。

 一人司祭が付き添いについてくれた。

「広ーいですね。探せるかしら?」

「チームに分かれているはずですよ?緑は左の方ですね。行きましょう」

 竜の隙間を歩いて、途中知り合いに声をかけて、声をかけられて。

「このあたりですね、緑は」

「ランサー、ルーク!」

 竜の足が見えたり座っていたり、騎士の控えのテントがあったりで先がさっぱり見えない。

 ビオラは叫んでみた。

「やあ、ビオラ。あいつらはもうちょっと奥だよ。今日凄い可愛いね」

「ありがとうございます」

『私が来て良かったです。いなかったらきっとビオラさん口説かれまくりですよ』

 司祭がぼそぼそ耳打ちした。

 確かにそうかも。さっきから声をかけられっぱなしで、先に中々進めない。

「ビオラ!」

「ルーク!」

「なんだわざわざ迎えにきてくれたのか、おっ」

「一勝おめでとう!」

 ビオラはルークに抱きついた。

「汚れるよ。ここは泥だらけだし俺は埃まみれだから」

「大丈夫よ。洗えばいいもの」

 こういうところが大好きだ。

 貴族女とかはこんなことはきっと言わないだろう。

「大好きだ」

 抱きついたビオラを抱きしめて耳元でささやく。

 そして口づけをした。

 ごっほん!とわざとらしい咳払いが聞こえて二人は離れた。

「ご、ごめんなさい司祭様」

「ああ、支度していきます」

 ランサーに水と餌を与えて、ハーネスを杭に繋いでから離れた。

 手をつないで、席に戻る。

 はあ、やれやれと司祭があてられましたと笑った。

 のろけられても困るのだろう。

 ごめんなさいとビオラは小声で謝った。

 ルークは、腕まくりをして、席に座った。

「おお、トトできあがってるなあ。どれ、俺も飲むか。教皇様つきあってくださいね」

「ビオラとつきあってるのに、今さらいわれてもなあ」

 ぶほっとエールを吹き出した。

「教皇さまーおもしろくないっ!」

「トト!失礼でしょ!ルーク、これで拭いて」

 教会の座る席はがやがやとにぎやかになった。

 それを望遠鏡で観察する人間が、何方向もあったことをビオラもルークもまだ知らなかった。



「あとこれを明日もやるのかー」

「お疲れ様。結構振り落とされちゃう人が多かったわね」

「そうだな、魔法でクッションを出してもらわなかったら危ないのもあったな」

「見回りいいの?」

「同じチームの奴が代わってくれた」

「ねえ、寝泊まりはテントなんでしょ?この部屋のお風呂入っていく?」

「!」

 ルークはランサーを下に待たせて、またビオラの部屋にきていた。

 さすがに疲れていたので、ソファの上でぐったりしている。

「え、それは」

 と答えようとした時にはビオラが先に入っていた。

 埃だらけだったのが我慢できなかったらしい。

「~っ」

 ルークは顔が真っ赤になっていた。

「ああ、さっぱりした。お湯ためたわよ。ざっと入ったら?」

「!」

 濡髪のビオラが吹きながら出てきた。

 じゃあとルークも浴びる。

 ルークは風呂桶の中で膝を抱えながら、色々考えを巡らせていた。

「確かにさっぱりするね」

「ね。結構、埃が凄かったのね」

「おお、涼しい」

 窓を開けると心地よい夜風が入ってきた。

 レモン水をゆっくり飲み干した。

 はあ。と二人は床に座って一息ついた。

 月を見る横顔を見てルークはほっとした。

 昨夜とは別人だ。

 教皇様ありがとうございます。

 実は、練習の時に相談をしていた。

『ビオラがどうやら、兄貴に何かをされたらしいが本人が覚えていない』

『わかった。ないしょに調べてみようかの』

 結果、無理やりされたらしくてはらわたが煮えくり返りそうだった。

 それも薬を盛ってぼんやりしたまま。

 加えて侍女も全員共犯者。

 腹が立つから、実家には帰らない。

 一人で悩んでいたんだろうな。

 俺には話せないし。

 席を立って、ルークは部屋の明かりを消した。

「ルーク?」

「月明かりだけでも明るいなと思ってさ」

 心臓がドクンと騒いだ。

「ルーク、私は月明かりが怖いの」

「…」

 顔色が悪い。

 それ以上は言わなかった。

 ルークは窓をぱたんと閉めて、抱き上げてベッドまで運んだ。

 そっと優しく降ろす。

 ああ、やっぱり違う。

 この人は優しい。

 傷つけたくない。

「ビオラ、嫌なら目をつぶれ。無理な事はしない」

「貴方を傷つけたくない」

 つい本音が出てしまった。

「大丈夫、昔からあいつに傷つけられっぱなしだから、今さらだ」

 がばっと起き上がろうとしたところをルークに抱きしめられた。

 ルークが上になり耳元でささやく。

「夢だ、ビオラ。全部夢だったんだよ」

 涙があふれて仕方がなかった。

 ルークに知られてしまった。

 一番知られたくない人に。

「ご、ごめんなさい」

「謝るのは違う。お屋敷全員で君をだましたんだ。君は被害者だよ?」

「でも」

「薬をもらないと女性を口説けないなんて、つまらない男だ。わが兄貴ながらヘドがでる」

「教皇様と同じことを言うのね」

「あーじじいと同じか。まあ、それもいいか」

 くすっと笑ってルークは腕枕をした。

「あービオラを腕まくらするなんて夢のようだ」

「私のどこが良かったの?子供のころから言ってたし」

「容姿じゃないな。言動や振る舞いかな。ああ、だからきっと今35才の君を好きなんだと思う。納得した?」

「ええ。ねえ、そっち落っこちない?ベッド」

「うお、ほんとだ。ビオラもう少し詰めて」

「頑張って月明かりを慣れるようにするわ」

「そうか。でもいつか兄貴をボコボコに殴る」

 ふふっと笑った。

「辛いことがあったら話してくれ。全部はわかることはできないかもしれないけど、全力で心を守るから」

 こくりとうなずいた。

「さっ、寝よう。きっと早くにランサーに起こされるんだ」

「大変だわ」

「おやすみ、ビオラ」

「おやすみなさい、ルーク」

 二人は固く手を繋いで眠った。


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