第4章 竜騎士試合

第18話

 ビオラはやっと王島に帰ってこられた。

 最初の魔物討伐も含め、3か月近く滞在していたことになる。

 魔王に体を乗っ取られた話は、先に帰島していたモーガンやヘンリーから国王陛下に通達されていた。

 また、魔法省の方で本当に魔王が残っていないか調べることになった。

「ふん、また盾にされては困るわ!」

 魔法省の長官、チャパティ・ヘンドリックスは嫌味をぶつけてきた。

「ということで、副長官のシエロ・エアンストです。ビオラさんよろしくお願いいたします」

「帰島早々すみません」

「いいえ、こちらこそ魔石の関係で忙しい中、申しわけありません」

 相変わらず腰が低いなあと長官と比べる者が多かった。

「ビオラさん!」

「ああ、回復魔法師のジュンさん!お久しぶりです。お体は大丈夫ですか?」

「もう、私のことよりもビオラさんの方が心配なんです」

「マーレ島でゆっくりさせていただいたから、大丈夫よ」

「検査ってどんなこと?」

「体に魔石を順々に当てて行って反応がないかを調べるんです」

「へえ、それでわかるの?」

「わかるんですよ、大体」

 検査をしたところ、ビオラには魔物の反応はなかった。

「よかったですー」

「陛下にお会いできますよ」

「国王陛下が?」


 シエロが言うには、ダイヤ島の惨事を聞いて、真っ先にビオラを心配したらしい。

 しばらくマーレ島にいるように指示をしたのも陛下だ。

「ご心配をおかけしました。無事に帰島することができました」

「本当に良かった。それにすまなかった、無理をさせて」

「いいえ、お役に立てたようで安心いたしました」

「陛下の爪にも満たないくず石ばかりでございます。もう少し大きく結合できたはずなのですがね」

「チャパティ、そういうな。たくさん持ち帰ってくれたそうじゃないか。それで良しとしよう」

「王妃様にもご心配をおかけしました」

「薬師はかなりがんばったそうですね」

「はい、たくさん助けていただきました」

「報告は色々もらっているが、ビオラから何かあるかな?」

 しばらく考えていたが。

「では陛下お一つ。マーレ島は港や船の建設に長けております。2島が着水した今、港の建設は必須。その手配でマーレ島はかなり人不足でごさいます。どうか王島の人員を配置してはいただけないでしょうか」

「はあ?王島の人間をか?こちらの人間が足りなくなったらどうする?経済が回らなくなるわ!」

 中央貴族の一人が声を上げた。

 海上島を嫌う一派だ。

「モーガン、この意見どうだろうか?」

「そうですね、ダイヤ島の一件もありましたし、マーレ島に少し派遣しても大丈夫かと」

「では人選はまかせる」

「かしこまりました」

 ビオラはほっとした。

『俺一人では海上島は広すぎる』

 ごめんなさい、こんな形で貴方の負担が軽くなるかしら。

 考え込んでいるビオラを見て、国王はふうんと思った。


 謁見後、陛下の私室に隠密が入ってきた。

「どうだった?」

「シシィ様の弱点となりましょう。かなりビオラ様に心を奪われています」

「そうか。これで海上島は思うように動かせる。やっとだな」

 中々内部がわからないマーレ島。

 そのためにビオラを休養という形で滞在させた。

 その間、王島とのやり取りをしていても不思議ではなく、出入りの人間の中に隠密が紛れていた。

 地図を広げた。

 海上の地図だ。新しく降りた2つの島も書き込まれていた。

「シシィ。お前の弱点、存分に使わせてもらうぞ。そして新しい鍵もな」



 ビオラは今度は薬剤所に足を運んだ。

「ビオラ!」

「マーシャ様、良かったお元気だわ」

「何を言っているんですか!散々倒れた人が!はいこっち!」

 手を引っ張られて、ビオラは治療の部屋に連れてこられた。

 途中の部屋の前を通った時だった。

「ビオラ?!」

「ルーク…」

「マーレ島から帰ってきたんだ。良かった、物凄く気になっていて、何度もジョージ様に帰島したか聞いたよ」

「昨日帰ってきました」

「俺が帰ってからもとどめていたのか、兄貴の奴」

「はい、これ飲んで」

 マーシャが間を割るように飲み薬を出した。

「相変わらず変な色…」

「味と色は変だけど、効果は抜群って自分でいつも言ってるくせに」

「薬も調合しているのか?ビオラは」

「がるい”も”の”だげね”」

「物凄い声になっているぞ」

「ルークはどうしてここへ?」

「ボタニカル島の薬がなくなりそうでね。取りに来たんだ。良かった、来て」

 そっとビオラを抱きしめた。

 んんっとマーシャは咳ばらいをした。

 真っ赤になってパッと離れる二人。

 若くていいわーと2人の子持ちのマーシャはにやけて言った。

「ねえ、何度か薬を飲んだって言ってたけどどんな薬?」

 書き留めるため黒板を持って興味津々に聞いてくる。

「うーん、眠り薬かな?強烈な」

「そんなに強力なの?」

 ビオラは難しい顔をしてうなずいた。

「そうですか…」

「飲まされたのはいつも海上島のお城だけ。たぶん、秘密の作り方だと思うわ。即効性が高いし」

「味は?」

「うーん、何度も飲まされているけど、特にないかな」

「そんなに飲まされているのか?」

 ルークがびっくりしてビオラに聞いた。

「えーと最初は、テントで痛み止めって言われて飲んだらもう覚えていないし。カイいわく、侍女さんに肩に担がれていたみたい」

「侍女に!?」

「鳥みたいに担がれていたみたい」

「誰だろう?マーガレットかな?城の侍女は力が強いんだよ。強い海上風が吹く中、紐を引いたりするから」

「それが初めて。二回目は…」

 シシィに口移しで飲まされたことを思い出したビオラは、顔が真っ赤になった。

「どうしたの?」

「…兄貴に何かされたな?」

「えっ!!」

 かなりの動揺を隠しきれない正直者のビオラは、口ごもった。

 真っ赤になりながら、違う違うと手を振った。

「お、お茶に入ってたからわからないわ。あと、次は…」

「また飲まされたの?」

 はっ!!

 と今度こそ墓場まで持っていかないといけないことを思い出した。

「覚えていない日がある…」

 とだけ答えた。

「兄貴を締め上げてくる…」

「ルーク、待って。何もなかったから大丈夫だから」

「とても何もなかったとは思えないわよ?」

 マーシャとルークに、じーっと見られてしまった。

 思わず目をそらしてしまう。

「話せ」

 一言ルークが言う。

 腕を組んでこういう時はかなり怒っている時だ。

「あの、最後のは本当に覚えていないの。その2回目は…」

「いつだ」

「あの、魔王に乗っ取られた時」

「ああ!あの時か。ああ、そうだ。兄貴がビオラに話があるっていって…」

 ルークは思わず剣を握った。

「あの後何されたんだ?」

 思い出すたび、ビオラの顔が真っ赤になる。

「ええと、ベッドで少し話をして…押し倒されて…」

 きゃあーっと薬師が声を上げた。

 その声にビオラは真っ赤になる。

「その…口移しで薬茶を…飲まされて…」

「ーー!!」

 ルークは怒りで顔が真っ赤になった。

 マーシャはニヤニヤしながら叫ぶ。

「やだあ、シシィ様やるぅー!」

「だからか、お前たち口づけもしてないのかって言ってたのは!」

 ――なんだビオラに執着しているのに口づけもしていなかったのか?

 思い出した。あの勝ち誇った顔は!

「ぶった切ってやる!」

 まあまあ、と薬師はくすっと笑った。

「それにしても、ビオラ、あんたも警戒して飲みなさいよ」

「だって、そんなの入っていると思わないでしょ?」

 警戒心なさずぎ、とマーシャに説教される。

「はあ…」

「とにかく、今日はゆっくりしなさいよ」

 レモン水を置いて退出した。


 ルークは怒っている。

「落ち着いてよ、ルーク」

「これが落ち着いていられるか。兄貴の奴!」

「あの時は、ほら、体が疲れていて気を使ってくれたのよ、きっと。ね?」

 レモン水を注ぎながら、ビオラはごまかしていた。

 いや、絶対に他に何かしている。

 その全く覚えていない日が怪しい。

 ルークはペタペタとビオラの体を触った。

「な、何するの?」

「兄貴に他に何もされてないな?」

 ――だめ。墓場まで持っていかないと。

 顔をそらしながら、目線は床を見ていた。

「ええ」

「君は嘘をつくのがへたくそだ。そんなんで俺の追及を逃れると思うなよ、これでも竜騎士だ」

「違うの。本当に」

 ビオラは、床を見ながら答えた。

「本当に覚えていないの」

 がばっと覆うように抱きつかれた。

「る…」

「何も言わなくていい。もうわかった」

『それは忠誠だ。愛じゃない』

 この感情が愛なのか?

 兄貴が憎らしいと思い、何かされたんだろうビオラをより一層守りたい愛おしいと思うのは。

「ビオラ」

 初めて二人は口づけをした。



 ビオラが海上島から帰ってきて1か月ほどたった頃、竜騎士団長レオン・スタンリーから呼び出しがかかった。

「変なものを運ばせたなぁ。何だこりゃ?」

 牛の皮で出来ている風船のようなものだ。

「本当は海上島の海で網をぶら下げるための浮き玉なんです」

 ニコニコしながら、ビオラは話した。

「チップ、これ蹴れる?」

 側にいたレオンの竜にビオラは聞いた。

 パコンと上に蹴飛ばすと、竜は楽しかったらしく、飛び立って再び蹴った。

 何?何してるの?と他の竜も、勝手に飛び立ち、ボールのように蹴っている。

「ははあ、竜のサッカーか」

「え?サッカーがあるんですか?この国!」

「昔、渦巻人がはやらせようとしたんだが、根づかなかったと聞く。一応ルールは知ってるぞ?」

「そう!まさに竜でやるサッカーを思いついたんです。これなら訓練にもなるでしょ?」

「…ちょっと待て。あれに俺たちを乗せるつもりか?!」

「だって、騎手がいなくちゃゲームにならないでしょう?」

「おまっ、あのなあ!」

 レオンが指さす竜たちは、上へ下へと回転したり急降下したりしている。

「振り落とされるわい!」

「それを竜と共にやるのが楽しいんじゃないですかー」

「お前は俺たちを殺す気か!」

「変なことを言わないでください」

 うふふと笑って、ビオラは竜たちの動きを見に、近くに寄って行った。


「まったく…」

「何か、ビオラちゃん変わりましたね」

「うん?そうか?」

「今までは、何か義務で色々こなしていたけど、最近は自分から積極的になりましたよね」

「ああ、そうかもな。マーレ島で色々あったからな」

「四つ羽の竜ですか?まだ探索中です」

「たぶん、ビオラはこれを試合形式にして、あの竜をおびき出すつもりじゃないかと思うんだ」

「炎の竜をですか?」

「ビオラならそう思うだろうな」

 それにあの言葉。

『まだだ。ビオラの準備ができていない』

 何の準備だ?

 魔王はビオラに何をさせようとしてるんだ?


「それにちょっと…」

 竜騎士がビオラを見つめて少し赤くなった。

「色っぽくなったというか。女性らしくなりましたよね」

「てめえ、俺の妹分に変な目をするんじゃねえ!」

 腹に一発、拳を入れてレオンも竜たちに向かって歩く。

 まあ、な。15才だし。そろそろ色気も出てくるな。

「護衛つけないといかんか?」

 ルークはまだ王島竜騎士に受からないし。次の試験は来年かあ。

「来年…」

 竜が楽しそうにボールを蹴飛ばしているのを見て、いいことを思いついたらしい。

「ん?」

「ほらー乗れますよ?」

 いつの間にか、レオンのチップに乗ってボールを蹴っていた。

「今、乗ってたのか!」

「バランスよく乗れば振り落とされないですよ?飛べ!」

 ビオラの指示通り飛んで高く上がったボールを足でキャッチした。

 ほぉー

 城詰めの竜騎士達は、口が開いている。

 横にぐるんと回転したが、器用にビオラは乗りこなして地上に降りた。

「チップ、貴方凄いわね!試合にしたら優勝できるわ」

 ビオラがべた褒めして、ぽんぽんと竜をさわった。

 すると、他の竜がやきもちを焼いて、ビオラになでて?と頭を差し出した。

 もうーとこまりながらビオラは順番に愛おしそうになでていく。


「凄い子だね、ビオラは」

「国王陛下!」

 ざっ!と皆がひれ伏す。

 御年37才。正妃との間に子供が3人いる。

「これはアルバン王子!このようなところへおめずらしい」

 長男で第一王子のアルバン。15才になる。

「城の窓から、面白いものが見れたから近くで見てみたくて。邪魔をする」

「いえ、とんでもないことです。どうぞごゆっくりご覧になってください」

 ビオラが、竜をなだめてからこちらへ駆け寄ってきた。

「やあ、ビオラ。この前はお疲れ様だったね」

「陛下におかれましてはご機嫌麗しゅうございます」

 丁寧に挨拶をした。

「面白い事をしているね。新しい訓練かい?」

「はい。竜騎士団長様にお伺いをしてから陛下に進言をと思っておりました」

「試合形式なら面白いだろね。ビオラが乗れるんだから、レオンも大丈夫だよね?」

「うっ…は、はい」

 この人はたまににこやかに残酷なことを言う!

「ゴールはどのようなものがよろしいでしょうか、アルバン王子」

 ビオラは、側にいた王太子に聞いてみた。

「ええ、僕が考えてもいいの?」

 ぱあっと笑顔をみせて喜んだ。

 やっぱり男の子は竜騎士が好きなのね。

 王国には、竜騎士のほかに城を守る騎士団がいる。

 王島騎士団だ。

 こちらも人気がある。

「ううーん、そうだな。やっぱり空中に何か浮いていて、その中に入れるか、打ち破るか」

 ふむ。と国王は考えていたが、突如魔法を使った。

 ボールと同じサイズの水玉だ。

「これならどうかな?危なくないし」

「いいですね!チップ!」

 ビオラはさっそく竜に飛び乗り、他の竜とお手玉のようにあちらへこちらへとボールを渡し、最後にチップに水玉めがけてボールを蹴りこませた。

 ばしゃーーん!

 水玉は飛び散り綺麗な虹を作る霧になった。

 わあっ!と歓声が上がる。

「決まりだ!」

 国王が一言言った。

 楽しいー!と叫びながら降りてきたビオラは、レオンにこってり説教をくらうことになるが。



「へえ、竜騎士大会?」

 全竜騎士に通達が届いたのは、あれから2週間とかなり早めに届けられた。

「何をするんです?」

 ルークは剣を磨きながら聞いた。

 皮に書かれた重要な内容そうな手紙は、ボタニカル島隊長ジュドー・ラッサムの手により全文が読まれた。

「先だっての竜騎士襲撃など今後も敵襲来に備える必要がある。機敏に動けるように訓練の一環として再来月樹木の月に王島にて竜騎士大会を行う」

 うへえと先輩のジョンが嫌な顔をした。

 なんでわざわざーと文句たらたらだ。

「この前のあれは酷かったからな…」

 ジュドーがぽつりとつぶやいた。

 炎の竜の惨劇は、それぞれの竜騎士に深い思いを植え付けた。

 ジュドーとジョンもう一人は、ダイヤ島に着いた早々、ロウハ島に出ていたのだ。

緊急事態発生を聞き、急ぎ戻ると地獄のような事態になっていた。

今でも鼻を付く異臭が忘れられない。


「形式は竜騎士同士による空中サッカーである。空中サッカー?」

「何ですか、それ?」

「さあな。来週より練習のため、交代で王島にくるように。…ボタニカル島は10と15が付く日だとよ」

「ええー面倒だな」

「ジョンは、やらなくてもいいぞー優勝したら自動的に王国竜騎士に昇格だとよ」

「やります!!」

 ルークは鼻息荒く手を上げた。

「まあ、お前はな。優勝したいな」

 竜騎士の中で、ボタニカル島のルークは渦巻人のビオラート・スコットリアと恋仲だと知れ渡っていた。

 だが、年頃になってきたビオラを狙っている竜騎士は多く、隙あらば手柄を上げたら告白しようと思っている輩は多数いるのだ。

 それを蹴散らしているのが、竜騎士団長レオン・スタンリー、稲妻の竜騎士の異名を持つ男である。

 ビオラが9才の頃から師事している兄と慕う人だ。

「へっくしょーん!」

「あら、大変。レオン様どうぞ」

 ビオラは、持っていたタオルを渡した。

「この試合の練習は、びしょびしょになるのが不満だな」

「風邪をひかないでくださいね」

 お、おう…

 首を少しかしげながら、ビオラは他の竜騎士にもタオルを渡す。

 妹分とはいえ、確かに色気が出てきたな。

「あ、ねえ、ビオラちゃん、街に美味しいサンドイッチを売る店ができたんだよ。良かったらこの後行かない?」

「ずるいぞ、俺も一緒に行く!」

「ええと。困ったな。私もこの後、街に行く予定があって」

 とビオラが断ろうとすると、護衛する!と手を上げる始末だ。

 助けを求めてレオンを見る。

 仕方ないなと2名だけを選んで、ビオラの護衛につけた。

 やったー!と絶叫する2名。

 ちくしょーっと行きたかった連中は悔しがった。



「あら、今日は人が多いですね」

「時間が時間ですもんね。ちょうど休憩の時間なのでしょう」

「どちらまで?」

「友人のパン屋と洋服屋と向こうの角にある肉屋まで」

「肉屋?」

 2人の護衛は首を傾げた。

 ペタロの店に行き、エリスの店に顔を出し最後に肉屋に行った。

 トトは上機嫌だ。

 こんにちはーと元気よく扉を開けてビオラは店内に入った。

「おう!ビオラちゃん、よくきたね」

「そちらは護衛?ずいぶんゴツイねー竜騎士の人?」

「ええ、試作品と最終確認に。こちらのお二人にも出してもらっていいですか?」

 店主はもちろん!と言って、店の奥に入っていった。

 しばらくすると、とても香ばしい匂いが漂ってきた。

「うわー何の匂い?」

「初めて嗅ぐのに絶対美味しいとわかるー」

 その反応をみて、肉屋の店員とグータッチをした。

「いいね、その反応!」

 そう言って、店主が2人の護衛に差し出したもの。

「何ですか?これ」

「焼き鳥さ!」

 長さ30㎝程の串に一口大の肉がささり、こんがりと焼けている。

 そして、タレがたくさんかかっていた。

「いただきます」

 不思議そうにパクっと一口食べた。

「~~!!」

「う、うめえ!!」

 どれ、とビオラも一口食べた。

「あーこれこれ!完璧よ!」

 前回食べた時は、甘みが足りなかったのだ。

「エール飲みたくなるっ!」

「え?」

「ビオラちゃん飲めるの?」

「たしなむ程度に、ね」

「おお、じゃあ今度行こうよ!飲みに!」

 下心丸出しの2人に店主がゲンコツを頭の上にかました。

「こら、団長さんに言いつけるぞ」

「ひえ、それは勘弁を」

「団長もこちらを知ってるんですか?」

「最初に来た時、団長さんと一緒だったんだ。お祭りに屋台を出して欲しいってね」

「ああ、竜騎士大会の?」

「陛下にお願いしたら承諾をいただいたの。ならば、各島の名産も出して、屋台もたくさん出して楽しくしようとおっしゃって」

「あーこれならみんな買うー!」

 あっという間に平らげた。

 ビオラが持っていた串はいつの間にかトトが食べていた。

 この前も食べたでしょ?とビオラが言うとまだ食べられるーと笑っていた。

「他の肉屋さんにもよろしくお伝えくださいね」

「おう!本当に…ありがとうな」

 店主は帽子を取って深々とお辞儀をした。

「な、いいんですよ、やめてください」

「肉全体が高くなって、ここんところ、売り上げが上がらなくて。店を閉めようかと思っているときに、ビオラさんの提案があって…肉屋全員感謝しています」

「いいえ。当日物凄く忙しくなりますよ?教皇様がそれは楽しみにしていますから」

「がんばりますよ!」

 じゃあと言って店を出た。


「肉が高いのは…」

 海に落ち、運ぶ距離が遠くなり手間がかかるからだ。

 服なども同じような価格高騰をしている。

 だから、エリスの店をのぞいたのだ。

 ちなみにお祭り当日に、パンも大量に売る予定だ。

 ペタロのお店に寄ったのは、打ち合わせのためだ。

 街の中を歩いて、店がつぶれているところなども確認する。

「そういう一般の人が困らないようにするのが、私のお役目だからね」

 ウインクをしてビオラは歩いた。


「…!」

 見た目は可愛い女性だけど、中身は経済の事まで考えていて。

 この前のダイヤ島も、燃やされた遺体を見ても怯えもしなかったらしい。

 むしろ、その場で魔石を増産したそうだ。

 俺はその時、王島へ連絡に行っていた。

「ビオラ、君は凄いな」

 一人の護衛がつぶやいた。

 悲しい目をしたまま、笑った。

 やめることのできない立場。

 突然こちらに来て、何もかも違うのに、受け入れて見ず知らずの国民を助ける。


『簡単に彼女に同情するな』

 ダイヤ島で久しぶりにルークに会った。

 俺は王島の竜騎士団になったと自慢してやろうと思っていたが、あいつは焦っていなかった。

 ビオラにつきっきりで。

 そうだ、あの時魔石を統合して、魔王に取りつかれた。

 気を失って運ばれる時に、大変だな彼女もと軽く言ったんだ。

 そうしたら、今まで見たこともない厳しい顔のルークに言われたんだ。

 簡単に…そうだな。

 知った気になっているけど、まだまだ知らないことだらけだ。

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