第13話

翌日、王島へ遺体を運んだり、後片付けをしたりで、ダイヤ島は人と竜でいっぱいだった。

泣きはらした顔を回復魔法師ジュンに綺麗にしてもらって、ビオラはルークと共に朝食を取っていた。

そこへ、カイトも加わる。

「おはようございます、カイト様」

「おはようございます。父上は先にダイヤ島に行かれた」

決まりが悪そうに、ぼそっとカイトは答えた。

後で行かないとと二人は予定を話していた。

「あのっ」

二人はびっくりして、パンを手に持ったまま固まった。

「き、昨日はごめんなさい。二人を兵で襲うなんてとんでもないことを。本当にすみませんでした!」

頭を下げた。

ルークとビオラは顔を見合わせたが、くすっと笑って、カイトを座らせた。

「カイト、兵は個人で動かして良いものじゃない。民を守るために使うんだ。いいな?」

「はいっ」

「それと女性には優しくね」

「は、はいっ」

「カイト様に合う人はどんな方かしらね?」

「しっかり者じゃないと困るなー」

ええ、とカイトは苦笑いをした。

「可愛い人がいいです」



トトとランサーと共に、ダイヤ島入りをした。

ほぼ片付いていて、溶けていた岩も冷えて固まっていた。

「ほとんど、各島に戻りましたよ」

宰相のモーガンが二人に声をかけた。

「では今回の魔物狩りは終了ということでしょうか」

「残念ながらね。大きな石は全く取れなかったし、取れても治療に使ってしまったしね」

「だから、待っていたのですよビオラ殿」

「チャパティ殿」

「モーガン殿だって、こんな状態で帰れませんよね?爪の先ほどの小さなくず石ばかり。宮殿で王が何と言われるか」

やれやれと魔法省長官であるチャパティは手を上げた。

つまり、ここでビオラに石を統合して大きく作れと…

「おっしゃるのではあるまいな?長官どの?」

「シシィ殿」

「あ、おはようございます。シシィ様」

「兄貴、マーレ島側の被害は?」

「合計11名亡くなった。それでも炎を吐く化け物と対峙しておいて、少ない方なんだろう」

王島側よりも多い。

こちらがわがままを言ったのに。

「このまま炎の竜はマーレ島側でも探してみる。見つけ次第連絡をいれます」

「王島の急な討伐のために、申しわけありません」

「!!」

ビオラは謝罪を口にして頭を下げた。

「はあ?貴様何を言っているのか?なんで王島が謝らなければならないのか!勝手に言うな」

チャパティが、つばを飛ばしながらビオラに食って掛かった。

ビオラは、チャパティを見ていない。

シシィを見つめている。

ふっと笑って、小さくシシィはうなずいた。

亡くなった11名の命に向き合ってくれるんだな君は。

ありがとう。


「大体お前がさっさと石を結合していけばよかったんだ。それを伸ばしているから、こんな目にあうんだ。謝っている時間があるなら、今すぐ石をまとめろ!」

「ビオラ殿は疲れている。石を持って帰って、王島でゆっくりまとめればよいではないですか」

「はあ?モーガン殿は甘い。どうせ王島に帰ったら、国王陛下に王妃も、こいつをかばって薬師をつけろだのまた言うに決まっている!どんどん遅くなるだけだ!」

国王に王妃もビオラの味方か。

「教会だって、教皇様が腕のよい回復魔法師を連れていけとか言うし。王島で何かあったらどう責任をとるおつもりか聞いてみたいわい!」

回復魔法師は教皇様が連れていけと言ったのか。

なるほど、過剰なまでの手厚さは、みんなビオラを心配してつけてくれたのだな。

ビオラ、大丈夫だ。

これからもきっと、みんなが助けてくれるよ。

シシィは心の中でそう思った。

「聞いているのか、ビオラ!」

呼び捨てにルークとヘンリーはムッとした。

「はいはい、わかりました」

ビオラは、苦笑いをしながらくず石が満載されている箱に近づいた。

「やりましょうか」

「無理だ!」

「やめろ」

「そうこないとな」

「反対だ」

色々な意見が出てきた。

苦笑いをしながら、ビオラはモーガンに話した。

大きいのは無理かもしれないが、細かく結界を結べるくらいのサイズは作れるだろうから。

それで、陛下に許してもらって欲しいと。


「どれ、やりますか」

「ビオラ」

こわばった表情のルークが呼び止めた。

また血を吐いたら。

「大丈夫よ。喉が渇くからお水だけ用意しておい…」

最後の言葉を言う前に、ルークはビオラを抱きしめた。

暖かい…このぬくもりだけでこちらへ帰ってこられるわ。

さっさとせんか、と口汚く罵るチャパティに全員殺意を抱いた。


両手にくず石を握り、深呼吸をする。

女神の呪文が延々とビオラの口から流れる。

体を青い光と渦が巻き込んでいくとひときわ両手が輝いた。

残っていた竜騎士も、マーレ島の兵も驚いてただ見ていた。

「ふう…」

「大丈夫か?ビオラ」

「ええ、大丈夫。小さめだけどできたわよ」

両手の平に、ちょこんと透明な青い石が乗っていた。

これを3度繰り返し、6個の小さい魔石ができた。

ビオラの瞳の色が青のまま戻っていない。

「小さいですなあ。ビオラさまの実力はこんなものじゃないですよね」

じゃらじゃらと懐の袋に詰めながら、チャパティは嫌味たっぷりに話した。

「もう無理だ。続きはまた今度にした方がいい」

ルークが体を心配して座り込んでいるビオラの体をさすった。

「大丈夫よ。結界を結ぶのにあの大きさではすぐ切れちゃうわね」

「しかし」

「島は浮かせられないから、せめて魔物から身を守るくらいの結界を結ばなくちゃね。みんなたいへんなことになるわ」

「ふん、渦巻人と持ち上げられて調子に乗っているからこんな小さいのしかできないのだろう」

「チャパティ殿」

「ヘンリー卿も甘やかすからだ」

はいはいとビオラは苦笑いをしながら、立ち上がる。

大の男5人が、15才の女性のすることを見守るだけなのか。

シシィはぎりっと歯噛みをした。

「ヘンリー様は悪くないのですから、チャパティ様はお静かに見ててください」


だからか。

だから、命を削ってみんなに尽くすのか。

誰かのために力を使うのか。

大切に静かに生きるのではなく、渦巻人の使命を全うするために命と心を削るのか。

シシィは、ようやく残酷な彼女の生き様を理解した。

こんな、魔石を統合なんて荒業を成し遂げて、こんなくだらない長官とやらのために!


バシッバシッと大きな音を立ててはじけるような稲妻が彼女の体を包む。

低いビオラの祈りの声だけが響く。

時折激しい風が彼女を包み、ぐらりと体が揺れる。

その度、足を踏み鳴らしてとどまっていた。

両手の光が大きく青くなった。

手のひらには、彼女のこぶし程もありそうな大きな魔石が両手にあった。

う、あっ…

激しく息を切らせてビオラは、膝に手をついた。

体から湯気があがる。

魔石が転がった。

「お、おっ」

魔法省のチャパティが、拾おうとしたが、モーガンとシシィに止められた。

『邪魔をするな』

射貫いぬき殺されそうな視線にびくっとなって、その場に座り込んだ。

転がった魔石を広い、ビオラはゆらりと立ち上がった。

髪の毛がぼさぼさなので、表情が見えない。


「チャパティ、もう少し待て」


「!!」

「だ、誰?」

声がビオラと違う。

誰だ?

誰が彼女の中にいる?!

再び女神の呪文を唱え始め、魔石を持ったままの両手を合わせようとした。

だが、石同士が反発をして中々両手を組めない。

「うあぁぁぁ!」

青白い炎が上がった。

両手がついたと思った瞬間だった。

全身を炎に巻かれていた。

だが、すぐに収まり、ビオラは正座したまま大きな呼吸をしていた。

また体から湯気があがる。

「…お待たせしました」

ゆっくりと立ち上がって、チャパティに差し出す。

喜んで手を出すチャパティの手に載せた瞬間、腕を掴んだ。

「ひい!」

「ビオラ?」


「お前も力を使え」


「!!」

やっぱり、声が違う。

ヘンリーもその場に居るもの全員が違和感を覚えていた。

ルークは剣を抜いていた。

ヘンリーは、モーガンの盾となるべく前に立ちはだかった。そして問うた。

「誰だ、お前は。ビオラの中になぜいる?」

チャパティの両腕を握ったまま盾にしているビオラは、ヘンリーを見てにやりと笑った。


「!!」


寒気がするということはこういう事か。

圧倒的な悪意とは、こういう感じか。


いつものビオラとは似ても似つかないその顔、その空気。

先ほどまで青い瞳をしていたのに、白目まで黒く染まっている。

魔物に近い顔だ。

小柄なチャパティの首に腕を回していた。

爪が喉元に刺さる。


「さあ、残りのくず石も立派な魔石にしようじゃないか。大きいのは空中島に持っていくとして。小さいのはお駄賃として海上島が取ればいい。なあ、シシィ?」

冷たい水をかけられたように、体が硬くなった。

「気安く名前を呼ぶな、魔物め。ビオラから出ていけ」

シシィは、剣を抜いてビオラのそれに向けた。

「ふふふ。いいね。さすがだ、海鳴り。その足はもう痛まないのか?」

「!!」

ビュッ!とシシィは剣をふるった。

「ひいっ!」

チャパティの身体を盾に、ビオラの姿をした者は素早く動いた。

そして、わらった。


「アハハ!いいぞ、シシィ!私が誰だかわかったな?だが、まだだ。ビオラの準備がまだできていない」


「何だと?ビオラの準備?」

「とにかく魔石を作って持っていけ。またな」

切り殺されないようにチャパティを突き飛ばし、ビオラの皮をかぶった奴は、笑って去っていった。

「どういうことだ、魔王!!」

シシィは意外な名前を叫んだ。




「大丈夫か?」

「はい、すみません、記憶がまったくなくて」

一旦、魔石作りは休止ということにして、ビオラは再び城に連れてこられていた。

体を乗っ取られていたのは、一番大きい魔石を作り終えた後かららしい。

倒れたビオラを抱えて離さなかったのは、ルークではなく、シシィだった。

ベッドの横にもずっと張り付いて、離れようとしない。

ルークがイライラしている。

「兄貴、みんなが説明してほしいと言っている。テーブルについてくれ」

「先に行っててくれ。私は、ビオラに話がある」

いつの間にか呼び捨てにしていることにも、ルークはイライラしていた。

「早く来てくれよ!」

バタン!と子供じみたすね方をした。

くすっと二人は笑った。

「私の足が不自由なのは知ってるな?」

「ええ、サメと戦ったとか」

「実は違うんだ」

昔、魔石が欲しくて勝手に魔王島に行った。

その時に、出会ったのだ。

魔王に。

その時に足を取られ。

部下もみな死んでしまった。

「私の身勝手な考えで、失うものが多かった」

「必要だったのでしょう?その時にどうしても魔石が」

「ああ、どうしてもな」

「足を無くされても部下の方を連れて戻ってこられたのでしょう?とても大変だったはず。きっとその後も」

「…」

「シシィ様がご無事に戻られて良かったと思います」

ビオラは微笑んだ。

「…君は優しいな」

もう少し出会うのが弟よりも早かったら。

「なにか?」

「いや」

シシィは、近くの茶を口に含んだ。

「!!」

押し倒すように口移しで、ビオラにお茶を飲ませた。

「な…」

「いつぞやの眠り薬だ。眠れ、ビオラ」

至近距離で、お互いの目を見た。

海の色…

朝焼けの紫色だな…

真っ赤になって抵抗しようとしたが、強力なこの薬のため、目が自然と閉じてしまった。

「今からでも、いいか」

そっと髪を整えて頬をなでた。

そうだ、本当の歳は近いしな。

渦巻人を妻に迎えられたら最高だ。

何よりもビオラに興味がある。

魔王に魅入られた君に。

シシィは、再度ビオラにキスをした。


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