第10話
「今回は、これが目的なのか?」
人払いをして、シシィはヘンリーに問うた。
下唇を噛んだまま、ヘンリーはうなずいた。
「あんな、まだ少女ではないか。命を削るような役目をなぜさせる?王島のやり方に口は出さないつもりだったが、あまりにも非道だ!」
『ビオラ嬢に魔石が必要』
このことかっ!
「2つの島が着水しているのはご存じですよね?」
「あの魔石の大きさでは、島は浮かないぞ。まさか大きい魔石を作らせるつもりではなかろうな?それだったら、協力はできんぞ!」
怒りのあまり立ち上がったシシィはまさに海鳴りのような恐ろしさだった。
「私もこの方法に最後まで反対していました。命令した連中は、今のを見ても平気でやれと言うのですよ」
「愚か者の集まりか!」
「さすがに、今回ばかりは、王島落ちてしまえ!と思っています」
「!」
口を歪めながら自虐めいた言葉を吐いたヘンリーに、シシィは黙った。
「結界を結べるだけの魔石を持って帰る予定です。海上に降りた2つの島は、魔物に対しての防御ができていない」
「他の島も、結界を結ぶための魔石が欲しいということか?」
しばらく黙っていたがヘンリーは静かにうなずいた。
つまり、まだビオラの身と命を縮める魔石作りが行われるということ。
「我が海上島は、結界など張っておらん!城壁をこしらえ、軍を整備し、住民にも訓練をさせている。この島で出来て、空中島の皆にできないことはなかろうが!」
「ええ、その通りです」
「なぜ、それを言わない?そなたも愚か者だ!」
「時間がありません!」
シシィは止まった。
吐き捨てるようにヘンリーは叫んだ。
「先ほども申し上げたように、先に落ちた2つの島が最優先なのです!城壁をこしらえ、住民にも訓練をさせる時間がない!今は、竜騎士と騎士団が防御しています。ですが、それもずっとは持たない!」
海上島は、最初から魔物に対して日常と考えている。
だが、今まで空に浮かび結界に守られていた島は、そうはいかない。
一番の問題は、住民の心構えなのだ。
「…平和ボケした連中のために、彼女の命を引き換えるのか」
「そのための回復魔法師と薬師です」
絞るようにヘンリーは答え、静かにテントを出た。
くそったれが!とシシィは悪態をついた。
確かに訓練には時間がかかる。
わかる、わかりすぎるくらいだ。
マーレ島もそうだった。
城壁も年季の入った古いものから、最新のものまである。
何百年も魔物と戦ってきた跡があちらこちらに残っている。
それを急にやれと言われても難しいのは確かだ。
「ん…?」
ビオラはうっすらと目を開けた。
回復魔法師ジュンが、ヘンリーを呼びに行く。
泣きそうな顔に無理やり笑顔を作ろうとしているから、ヘンリーの顔が変な表情になっていた。
「何ですか、その顔は」
うっすらとビオラは笑って起き上がろうとした。
「そのままでいいよ」
「いえ、薬師の人がにがーい薬を飲めっていうから」
うなずきながら、涙目の薬師が小さなカップを持って側に立っていた。
「無茶しすぎですよ、ビオラ」
「うう、相変わらず苦い」
「あなたも作成にかかわったでしょ?」
王島にいる時に、薬師のマーシャとはずっと薬の研究で一緒に過ごしていた。
今回は、国王の命で一緒についてきていた。
「ありがとうございます。楽になりました」
「そのために来ているんですよ。ビオラさんに何かあったら、教皇さまに殺されます」
真顔で回復魔法師は説いた。
「本当に申し訳ない。あんなに激しい痛みになるとは思ってもみなかった」
ヘンリーは頭をさげた。
サラサラの髪が地面につきそうだ。
「大丈夫ですよ。ヘンリー様、顔を上げてください」
「しかしっ」
「話がしにくいですよ」
すまん、と小さな声で謝った。
「魔法省で幾度か実験しているとはいえ、さすがに出来立ての魔石同士の反発は凄かったです」
「そうなのか」
「私の中でバッチバチ!ですよ」
「そ、そうなんだ」
3人は、うなずくしかできない。
「でも、やり方というかコツをつかんだので、次は大丈夫だと思います」
「しかし、ビオラ」
そこへシシィから痛みによく聞くお茶が運ばれてきた。
また、食事の用意ができたから、ヘンリー達も取るように言われた。
侍女の格好をした女性2名が残り、薬師も含めヘンリー達は夕食を取りにテントを出た。
「すみません、わざわざ来ていただいて。いい香りですね」
「いいえ。シシィ様も心配されていました」
「はあ、本当に申し訳ないことです。ああ、美味しいですね、さっぱりしていてちょっと甘い…」
最後の言葉を何と言ったか、ビオラは覚えていなかった。
「兄ちゃん、どうしよう」
「取り合えず、後をつけよう」
カイと兄は、また忍び込んでいた。
今回は兄と謝るために。
だが、偶然見てしまったのだ。
ビオラが侍女の背中に担がれて、テントを出るのを。
月のない暗い夜だった。
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