第3章 海上島
第8話
「そろそろ、空中島の騎士団が到着します。ダイヤ島に誘導します」
「うむ。確かに魔物は多くなっている。まあ、せいぜい空中島の連中に頑張ってもらおうか」
ダイヤ島はマーレ島とは微妙に地続きで、間に岩場がある。
岩場を挟んで端に、マーレ島の騎士団が野営のテントを張っていた。
褐色の海鳴りは、すでにテントの中にいた。
「来ました!」
雲一つない青空に、光る一団が見えた。
黒い塊は、近づくにつれ、一つ一つがはっきりと見えるようになってきた。
空中島の精鋭。
竜に乗り魔物と戦う強き騎士たち。
ヴォーンと重低音の羽ばたきが聞こえてくる。
さすがにこの数十頭の竜を目の当たりにしたマーレ島の騎士は、たじろいだ。
「すごい…」
「この距離なのに羽ばたきが聞こえるなんて」
「怯むな、みっともない」
一喝した。
――例年よりも数が多い。本気で魔物を攻め滅ぼすつもりか?
綺麗に隊列を組み、順序良く島に降りていく。
「ん?」
目を細めて、シシィは空を見た。
ペガサスの馬車とペリカンに乗った少女が降りてくるのを確認した。
馬車は、貴族と回復魔法の使い手だろう。
あの少女もか?
「第一部隊、点呼!第二部隊、点呼!」
人々の緊張感ある声が響く。
「団長、点呼が終わり次第、13部隊ロウハ島、14部隊はエライン島に向かいます」
「わかった。気を付けていけよ。あ、薬も積んだか?」
「はい、食料と共に持っていく分は積み込んであります」
テントが張られ、早速、食事部隊が昼ご飯を作る。
この部隊の代表はヘンリーになっている。
王島の竜騎士団をすべて連れてきていた。
そして、各島の竜騎士も何機か呼び寄せていてこの島で合流することになっている。
すべての竜の数、58頭。
ダイヤ島も広いのだが、結構みっしりと人と竜で埋め尽くされていた。
「わあ、トムにミア。久しぶり」
「ああ、ビオラちゃんか。大変だな、きたのか」
「ビオラ、きてたんだ?」
「魔石のことで呼ばれました。ミアちょっとやせた?」
ああ、そいつねーと話が止まらない。
怖がることもなく、竜にペタペタ触りながら、側にいる騎士にも声をかけていく。
何年も竜騎士団に顔を出しているため、結構な数の知り合いがいる。
王島騎士団はもちろん、違う島の竜騎士とも顔なじみだ。
ひええとトトはビビりながらビオラの後を歩いていた。
一飲みにされそうで怖いっ!
何で、ビオラは平気なんだよ!
羽の下はまさに鳥肌が立っていた。
「ミア、お母さんになったの!?凄いね!」
卵を産んで、すぐにこの遠征に参加したから、まだ子供に会えていない。
「帰るころには生まれているかな?」
「だといいんだがな」
「
「いや。この遠征がどのくらいかわからんからね」
「ああ、確かに」
「大きな魔石ができたら終了じゃないんですか?」
「うーん、それがなあ」
こそっと小声になった。
「何か変なんだよな。魔物島と戦争でもやんのかと思えるような数の竜騎士だし、今回は冒険者を一人も連れていないんだよ」
「いつもはいるんですか?」
「ああ、海上島の方から何十人も参加するんだ。今回はこっちからやめてくれって言ったらしい」
「緊急だからかね?」
――違う。私がいるからだ。
魔石をまとめて一つにするって、ちょっと普通じゃないから。
外部に漏れないようにするためね。
ヘンリー様は最後まで、私に魔石を集めることに反対をしていたらしい。
私の体に負荷がかかりすぎるから。
教会も魔石を貯めすぎたら何が起こるかわからないから、反対をしていた。
でも魔法省が譲らなくて、宰相大臣を動かして国王の名のもとに私に依頼をした。
最後には、魔石を体に貯めない、回復魔法の最高ランクの人を連れていくことを条件に、教会が許可をしてくれた。
「教皇様ったら」
くすっとビオラは笑った。
教会の最高権力者の教皇は、ビオラと仲が良い。
高齢で、色々と辛酸をなめてきているからか、教皇の話は落ち着きがあった。
中身が大人のビオラにはそれが心地よかった。
国王は魔石を貯めた体だから、魔法も使うと危ないかもといって、大量な薬草と薬師も連れて行くようにと言ったらしい。
「みんな心配性だなあ」
ばさっと自分にもらった小さなテントに戻った。
大人が3人寝れるかなというくらいのサイズだ。
「昼食べたか?ビオラ」
「あ、レオン団長。これからです」
「いっしょに食うか?」
「ぜひ」
満面の笑みで竜騎士団団長レオン・スタンリーのお誘いに乗った。
9才で王島に住んでから、付き合いが長い人の一人だ。
ビオラは兄のように慕っている。
といっても、はたから見れば親子ほどの年齢差だが。
中身が34才のビオラには、兄くらいの差だと思っている。
レオンもそれを知っていて兄のように接してくれていた。
炊事場に行くと各自食事を受け取り、散っていく。
「凄い人ですね」
「まあな、短期決戦で行きたいからな。集中して仕事にあたりたいんだ」
「…」
「食ったら午後は作戦会議だ。ビオラも参加してくれ」
「はい」
トトに食事を上げているときに、奥に子供が一瞬見えた。
「ん?」
「どうした?」
「子供が一瞬見えた気が」
その時、一頭の竜が叫び声をあげた。
「敵襲か?」
「何事だ!」
「確認します!」
一気に緊張感が走る。
叫び声を上げた竜の側から、騎士に腕をつかまれて、子供が連れてこられた。
「痛い痛い!離してくれよ!」
「坊主、何のためにここに来た?」
竜騎士に囲まれ、なおかつひげ面の最高に怖い男レオンににらまれ、男の子は完全に話せなくなっていた。
ふう、とため息をついて、ビオラはしゃがんで男の子の背中をさすった。
「そんな怖い顔で囲まれたら、話せないですよ。ね?」
「!」
その瞬間、ビオラの髪を掴み、首にナイフを突き立てた。
「動くな!こ、この女がどうなってもいいのか、あっ?」
ナイフの手首を掴まれた男の子はびっくりしていた。
力が、強い!
「…ほらほら、どうしたの?この女がどうなっても、その先は何かな?」
手首を掴んだまま、ビオラは立ち上がった。
背から見てビオラより4~5才ほど年下だろうか。
竜騎士が動こうとしたのをレオンが制した。
「い、いた…」
最早ナイフなど持っていられず、掴んでいた髪の毛からも手を離していた。
男の子の手が段々紫色になってきた。
「どうしたの?さっきの勢いは?誰も助けてくれないわよ?だって」
ビオラは男の子の目を見た。
「動くなって、あなた言ったじゃない?」
「…!」
怖い怖いこの女の人怖い!
う、うわーん!と大声で泣き始めた。ついでに、下も漏らして彼は水分を全部出してしまった。
「相変わらずお前は怖いな」
レオン団長がシチューをガツガツ食べながら言った。
「失礼な。15才の淑女に言う言葉じゃないですよ」
むすっとして、ビオラは固いパンを歯で引きちぎってシチューに放り込んだ。
「淑女は歯でパンをちぎらない」
「はいはい」
「はい、は一つだろ?」
「はーい」
怒りを面に出したまま、食事を平らげた。
さっきの男の子は、騎士に連れられ、着替えと手当と食事を与えられたようだ。
「馬鹿だなあお前。ビオラに向かって何しているんだか」
トトが慰めていた。
「まったく、手首折れてるからな。しばらく使えないぞ」
「ぐずっ。はい。ごめんなさい」
「謝る相手が違う。それ食ったら、団長んとこ行くぞ」
竜騎士のみなも笑ってやり取りを聞いていた。
お腹が空いていたらしく、あっという間に平らげた。
「ほら」
せかされて、席を立った男の子は歩いて行こうとした。
トトは頭を羽ではたいた。
「飯もらって、服借りて手当してもらったんだろ?何か言うことあるだろう?」
「あ、ありがとうございました」
よしよしと騎士のみんなは、二人の後姿を見送った。
「しかし、ビオラの教えは怖えな」
「トトもひどかったらしいが、ビオラにしつけられたってよ」
「気を付けよう」
ぶるっっと身震いをした。
「よお、着替えたか」
「あ、あの」
「子供には茶はダメか」
がんっ!とコップが乱暴にテーブルに置かれた。
レオンも男の子もびっくりして、体が後ろに引いていた。
「飲みなさい」
ビオラ自身も暖かい飲み物を飲んでいた。
男の子は涙目というか、涙をこぼしながら暖かい液体を喉に流し込んでいく。
やっぱりこの人、こ、怖い!
(あ、ちょっと甘い)
「痛み止めが入ったお茶だから全部飲みなさい」
ぶっきらぼうにビオラは説明した。
「んで、なんでこっち側にきたんだ?坊主、マーレ島の人間だろ?」
マーレ島特有の褐色の肌に藍色にも見える髪の毛の色は特別だ。
「きれいだったから」
「何が?」
「空を飛ぶ竜騎士の列が凄くきれいで、迫力があって。近くで竜を見たくて」
はあーとレオンはため息をついた。
このくらいの年頃の、特に男の子は竜騎士に憧れる。
大きな竜にまたがり、装備を身に着け、大空を剣を光らせながら飛ぶのだ。
今いる竜騎士もみな幼いころに見た竜騎士に憧れて入団している。
そして、近くで見たくて竜の宿舎に忍び込み、騒動を起こすというパターンが多い。
今回も他の島に来てまで騒動が起きたので、竜騎士団長は頭を抱えていた。
「みんな考えることは一緒なのね」
「笑いごとじゃねえ!あちこち行ってはこんな騒動起こされてみろ。毎回始末書書かされるのは俺なんだぞ!」
「ああ、宰相様はお怒りになるわねー」
「ネチネチ嫌味を言われてみろ。あいつはしつこいんだ」
「でもどうしましょうか。もう会議始まるし」
「まあ、この屋根の下にいろ。後で誰かに送らせるから。始まるぞ」
「はい。トト、行くわよ。ああ、名前は?」
「カイです」
「いい名前だ。大人しく待ってろ。いいな、今度は動くなよ」
ダイヤ島とマーレ島は、岩場が間にある。
移動が面倒なので、ヘンリーや薬師たちはマーレ島側にテントを張っていた。
竜騎士やビオラは移動がそんなに苦ではないので、ダイヤ島に駐屯している。
「ああ、ビオラ。何かもめ事があったって?」
ヘンリーが笑いながら聞く。
内容を知っているのにわざと、だ。
「怖いって言われるから言いませんっ」
唇をとがらせてビオラはむくれた。
マーレ島側の本部はかなり広い場所に設置されていた。
少し離れたところに城壁が見えた。
あの向こうに町と城がある。
「本当に城壁が島をぐるりと囲んでいるのね」
「そうだよ、空中島のお嬢さん。マーレ島は初めてかい?」
側で、弓の手入れをしている兵士が声をかけてきた。
「ええ、初めて。でも…」
「でも?」
「海の風に乗ってくる香りがいい香り!」
手を広げて思いっきり深呼吸した。
どこまでも広がる青い空。
ところどころに浮かぶ雲。
海風に髪とスカートをなびかせて、ビオラは微笑んだ。
彼女をちょっと頬を赤らめて兵士は見つめた。
「かわいいなあ。名前は何て言うの?薬師?それとも回復魔法師?」
「え?え?」
「客人になんという無礼を働いてる。持ち場につかんか」
「ひえっ!」
「失礼をした。海上の島、マーレ島にようこそ」
からかう兵士を一喝したのは。
「シシィ・ラブロフスカです」
30代後半くらいの男盛りの男性だった。
褐色の肌と藍色の髪。
がっしりした体躯と海風に、はためく衣服。
そして、深い深海のような青い瞳。
ビオラの右手の甲に挨拶のキスをする。
誰かに、似ている。
会ったことがある?
「ご丁寧にありがとうございます。ビオラート・スコットリアです」
丁寧に作法通りのお辞儀を返した。
普通ならば絶対に出会わなかったシシィとビオラ。
今後、見えない強風に2人は
「シシィ殿、始めましょう」
ヘンリーが、会議テーブルに呼び寄せた。
ビオラは、席に着くことなく、後ろからトトを抱え立ったまま参加していた。
マーレ島からは、島主のシシィ、海上騎士団の団長と、医療班の班長が席についた。
王島側は、総責任者のヘンリー、竜騎士団長、各班長8名が席についた。
どこから上陸して、どのあたりを駆除するのかを魔物島の地図を細かく分割して打ち合わせが行われた。
ケガ人はどこへ運び、どう治療していくのかも話し合われた。
ビオラは、うんうんとうなずいて話を聞くだけだ。
シシィは気になって仕方ない。
「では、明朝から作戦開始ということでよろしくお願いいたします」
「あ」
シシィは話しかけようとしたが、他の人間に邪魔をされてタイミングを失ってしまった。
その内、トトに乗ってダイヤ島に戻ってしまったのだ。
「歓迎会をと思っていたのだが」
「いえ、今回は緊急のことだったので、ご遠慮いたします」
ヘンリーは丁寧にお断りをした。
そうかと、彼女が飛んで行った方を眺めていた。
翌朝はとても良い天気だった。
海上島特有の霧がダイヤ島を包み、朝焼けが霧に反射してとても美しい。
薄紫色からだんだん白く明るくなっていく。
「トト、綺麗ね」
「ふぁ?なんかぼんやりしてねえ?」
起きてないだけでしょ?とビオラはトトの羽根をぼさぼさにした。
いつものおふざけだ。
何しやがる、もうーと言いながら、丁寧に羽繕いを始めた。
その横でビオラは、日課の短槍の稽古をする。
こちらの世界に来てから、かなり上達し体つきも筋肉がついてきた。
「よお、ビオラ。早いな」
「あ、おはようございます。気持ちの良い朝ですね」
俺もぐるっと走ってきた、と他の騎士が汗を拭きながら笑った。
「そうだな、とても魔王島に近い島と思えないな」
みなで振り返ると、肉眼でわかる近さに黒い島が見える。
そこの上空だけ、赤黒い雲が漂っていた。
時々、魔王島の山が噴火をして、マグマが流れ魔物が発生するそうだ。
「これが普通っていうんだから、異常だなぁ」
しみじみ誰かが言った。
「気合い入れていかないとな」
魔物は弱いものからかなり強敵もいる。
ビオラは狩りに行かない。
「あの、本当に気をつけてケガしないようにしてくださいね」
ビオラは心配になって、側にいた竜騎士たちに声をかけた。
嬉しいねーと喜ぶ奴もいれば、真っ赤になるだけのものもいる。
「だが、ケガをしないでっていうのは難しいな。魔物狩りはケガ必須だから」
「ええ、そうなんですか?では、ええと」
ビオラはうーんと考えているうちに、朝食の声がかかった。
「では、第一陣行ってまります」
軍備を整えた竜騎士がヘンリーに挨拶をしに本部まできた。
すでに何機かは、空を飛んでいる。
「気を付けて。あまり深追いはしないように」
「はっ」
「みなさん、お気をつけて!ええと」
ビオラはさっきの続きを言おうと思っていたが、上手く言葉が出てこない。
「死なないで帰ってきてください!」
ぶはっ!と聞こえた竜騎士達は吹き出した。
「わかった、なるべく死なないようにするよ」
「大きいのを仕留めてくるよ。待っててね」
「ビオラのためだ、おー!」
笑いながら竜騎士達は魔王島に向かっていった。
変なことを言ったとビオラは顔が真っ赤だ。
「彼らも緊張していたから、ちょうどほぐれて良かったさ」
すみません、と小声でビオラは謝った。
魔物は日が落ちてから活発に動き、日中は眠っていることが多い。
仕留めやすいのだが、逆に居場所がわかりにくい。
今回は、小大物も問わず狩ることになっているため、かなりの量が出ると思われていた。
残っているヘンリー達は、幕を張り、その中に魔法陣を描いた。
「多少の目隠しにはなるだろう。まあ、空は抜けてるけど」
布の壁ができているだけで、天井はなしだ。
魔力が暴走したとき、天井がない方がいいと特級魔法師にアドバイスをもらっていたのだ。
何度か教会内部や、魔法省で練習を積んでいるが、できたての魔石を扱うのは初めてだった。
「帰ってきた!」
「早いね」
お昼過ぎくらいに、二頭の竜が戻ってきた。
途中報告も兼ねている。
今の所、重症なけが人はなし、魔石は小物が多いという話だった。
出会えた騎士の分だけだと言って、袋を置いてまた島に戻っていった。
「どれどれ」
ヘンリーは、袋を開けた。
爪の先ほどの青い石がエールの樽ほどに、ぎっしりと詰まっていた。
「大きいのは、ないな」
奥にまで手を突っ込んでかき混ぜるように確認をしたが、この袋にはなかった。
もう一つの袋を開けると。
「ああ、さすがだな」
ヘンリーの手のひら半分ほどの大きな魔石が出てきた。
「ジュン、箱を」
ヘンリーは回復魔法師に箱を持ってくるように指示した。
大切に大きな魔石はしまわれる。
大きな魔石はこれ一つだった。
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