第7話
ビオラは
ただ、魔石に対してはかなりの力を発揮した。
魔石の魔力を一つに統合することができたのだ。
ビオラを連れていく理由、それはたくさんの小さな魔石を最後に大きな一つの魔石にすることを魔法省は考えたようだ。
それなら、緊急の魔物狩りで小さな石しか取れなくても島は浮かばせることができなくとも、結界は結べるくらいになるだろうと読んでいた。
「確かにいくつかの石に集中して力を貯められるけど、大きいのは作ったことがないのよ。そんなにうまくいくのかしら?」
「俺も魔石は飲み込んでいるけど、やっぱり島一つ浮かばせるのにはかなりの力が必要なんだろうな」
トトは、ビオラが渡すリンゴを良い音を立てながら食べていた。
「魔石を飲み込んでいるから、話せたり、長距離の島同士を飛べるのよね」
「各島の中央にある結界石は記録しているそうですよ」
ポーカーもサクサクと美味しそうに食べながら言った。
「石が記録って?」
「その島の出入りを結界の石が記録しているそうです。魔石は一つ一つ違いますから、誰がいつどの方角から入ってきたとか記録されるみたいですよ」
「みたいですよ、とかそうですよ、とか、はっきり言いきれよ」
苦々しい顔でトトは睨んだ。
「不確かなことははっきり申しません。わたくしは結界石を見たことがないのですから」
つん!と横を向きながらはっきりとポーカーは言い切った。
「海上、マーレ島について何か知ってる?」
「うーん、島全体が要塞のようになっているとしか聞いたことがないな。後、俺の仲間が多いとか」
トトは威張るように胸を張った。
「バーカ。本当にお前は頭が空っぽだな」
「はあ?何だと!」
はいはい、とビオラは二羽を引き離した。
ポーカーが言うには、海上島は島全体を城壁で囲んでいるらしい。
魔物からの攻撃にそなえているそうだ。
空に浮かんでいないため、結界で島を守ってはいない。
無人の島もいくつか側にあり、その一つを今回基地にするようだ。
塩が主な資源。後は魚を加工して空中島と取引している。
「島主はシシィ・ラブロフスカ。確か、サメと戦って片足は義足と聞いています。声は低くその風貌から褐色の海鳴と呼ばれているらしいです」
「うみなり、か」
「移動は小舟も使いますが、一部の人間はイルカやマンタを使用するらしいですよ」
「へえ!カッコイイ!」
俺の方が…とトトがブツブツ言っている。
「ポーカー色々ありがとう」
「どういたしまして」
翌日、ビオラは学園帰りに竜宿舎に寄った。
「こんにちは」
「おお、ビオラ、久しぶり」
「学校どう?進級したんでしょ?」
「ええ、昔からの友達に加えて友人が増えて楽しいです」
ビオラは学園の制服を着て竜に餌をあげている。
「ビオラちゃんは竜が怖くないんだね」
「ええ、だって何となく話がわかるじゃないですか。怖くないもんねー?」
ねーと竜も小首をかしげる。
何だよ、お前その可愛さは!俺の前でも出せよっ!と
竜は、けっ!とした顔をしている。
「怒鳴っちゃだめですよ。ね?」
優しく竜の頭を気持ちよさそうになでる。
その姿を見て、若い新人たちはポッと顔を赤らめた。
「こら!俺の妹に何、変な顔をしてんだよ!」
「うっ…」
3人のお腹に拳を入れたのは、竜騎士団長、レオン・スタンリーだった。
「レオン団長!」
「ビオラ、久しぶり。宿舎にあったの、差し入れか?ありがとうな」
「ええ、後でみなさんで食べてくださいな。ペタロのパン屋さんの新作です」
おおっ!といつも腹ペコの竜騎士は、目を輝かせた。
「そういや、あの中で変なのあったな?」
うふっとビオラは笑った。
2個ほど、不思議な形のパンがあったのだ。
小さなパンが12個くっついていて、リングの様になっている。
持ってきてもらった。
小さなパンを一つずつちぎって、竜騎士達が口に入れる。
もちろんビオラも、レオン団長も。
9人の騎士がもぐもぐとジャム入り美味しいねと言いながら食べていた。
一人を除いては。
「これが何か特別なの?ビオラちゃん?」
ビオラは、その一人を指した。
「おえええええ!!」
えっ、何?
と皆が驚く。
「何これ!何!」
竜にあげるはずの水をがぶ飲みする騎士が一人。
ビオラが涙を流して笑っている。
「何食べさせんだよ、お前は!」
あはあはっと、泣き笑いしながらお味はいかが?と聞いた。
「まずいわ!!辛くて苦くて、何とも言えない味だ!」
食べさせられた竜騎士は、カンカンに怒っている。
「あー、ごめんなさい。パーティー用のパンなんです。12個の中で、一つだけ凄くまずいのが入っているんですよ」
「何でそんなもの作るんだよ?!」
「だって、盛り上がるじゃないですか。竜騎士のみなさんの場合、いつも何かの当番でもめているでしょ?これで当たった人がお当番っていいかなと思って」
「ええー嫌だよ、これ食って、掃除当番とかさ」
「意外と売れているんですよ?盛り上がるんですって」
「どうせお前の入れ知恵だろ?」
「ばれました?」
笑いながら、ビオラは頭をかいた。
そこへ他の島から帰ってきた竜が降りてきた。
何か変だ。
「おい、水!それと薬師呼んでこい!」
レオンが素早く対応する。
竜も傷ついている。
乗っている騎士も血だらけだ。
「降ろせ!」
「甲冑を外してやれ!」
「チーターはこっちへ!」
怒鳴り声が飛び交う。
「っ…」
「しゃべるな。後で聞く」
手早く傷ついた騎士を身軽にさせる。
乗っていた竜も興奮状態だ。
少し暴れている。
「危ないから離れておけ!」
副団長が手綱を引っ張っれている騎士に叫んだ。
ぐるる!
威嚇する仕草までするようになった。
「!!」
「大丈夫!もう平気よ!お友達もいるでしょ?もう大丈夫!」
「ビオラ、危ない!」
しーっと騎士に言う。
「怖かったよね?こんなに血だらけになって。痛いね?後で治してもらおうね。もう大丈夫よ」
竜は、きゅうーと小さく鳴いた。
「珍しい、チーターが鳴いた」
慰められたのがわかるのか、竜はビオラにすり寄るように鳴いた。
ぽんぽんとビオラは竜を叩いた。
回復魔法師が走ってくる。
騎士と竜の傷も治してもらった。
「一体何が?」
話によると、エライン島からの帰りに魔物に襲われたらしい。
普段から一機で移動しているため、今回も一機で移動していたが、複数の魔物に襲われた。
「…」
「そんなに魔物が飛んでいるのか」
「エライン島の竜騎士たちも、自警団も疲れています。結界が一番ですが、無理なら王島騎士団を向かわせて欲しいと言っています」
「やはり急がないといけないのか!」
レオン団長が呻いた。
「陛下に謁見してくる。王島騎士団にお願いしよう。一人ついてこい」
はいっと若い一人がレオンについて走っていった。
「…私も、これで」
「ああ、ビオラも気を付けて帰れよ」
ビオラは、にこやかに手を振って竜宿舎を出た。
ダメだ!
この前作ったあのくらいの魔石ではとても回復魔法師の役に立たない。
もっと大きくなくてはだめだ。
ビオラの足は、魔法省に向いていた。
「あと一か月しかないから、ちょっと特訓してもいいですか?」
「いいけど、大丈夫なのか?」
「ええ、さっき竜宿舎で治療師さんに治していただいたんですけど、魔石はもう少し大きくしないとだめですよね」
「無理すんなよ?」
魔法師たちは、ハラハラしていた。
ビオラはいつも片手で魔石を結合していたが、今日は両手に握った。
深呼吸をする。
落ち着け。
石を感じろ。
一つになる形を想像しろ。
ビオラの口から低く女神の呪文が唱えられる。
魔法陣の部屋の中で風が吹く。
ビオラの手の辺りが青く光り始めた。
手が熱い。
もう少し、もう少し。
手の中で、一つになる感覚があった。
そっと両手を開く。
青く透明に輝く魔石が乗っていた。
「大丈夫か?ビオラ?」
「無理するなよ?」
「ええ、体調は…大丈夫みたいです」
「でも、目。目が」
「え?」
鏡を見ると、いつもは薄い紫色だが、青くそれも透き通るような目になっていた。
「ありゃ、変わった。あ、でも少しづつ戻ってきていますよ」
「昨日もそうだったんだよ。大丈夫かい?本当に」
「平気です!よし、たくさん作ろう!」
ビオラは、特訓も兼ねて子供の手のひら大まで結合することができた。
「ビオラ、これを」
「ネックレスですか?」
「一応魔法がかかっている。君は魔法が使えないからね。もしも魔物が来た時身を守れないから」
「ありがとうございます。大切にします」
緑色をしたしずく型の石が紐に通されていた。
色々な方向から見ると薄っすらピンク色にも見えるその石は、少し重くビオラの首からかけるとちょうどよい大きさだった。
「うん、似合うね」
「ありがとうございます。ネックレスは嬉しいです」
とても喜ぶ姿をみて、ヘンリーは。
「そんなに宝飾品が欲しかったのかい?言ってくれればたくさん買ってあげるのに」
「いいえ、いらないですよ!つけてどこかへ行くわけじゃないし」
「女性は宝石が好きなんだろう?」
「あーそういう方もいらっしゃいますが、私はいらないですね。指輪とか、短槍持つのに不便だし」
「珍しいね。前からかい?」
大人の私に聞いているのか…
「ええ、前からですね。室内で大人しくしている仕事ではなかったから。すぐ汚れてしまいますし」
「そうか。他に欲しいものあるかい?」
ビオラは考えたが思い浮かばない。
服は用意してもらっているもので十分だし、普段は学園の制服だ。
お小遣いもいただいているが、何に使うわけでなく…
うーんとまだ考えているビオラを見て、ヘンリーは微笑んだ。
本当に欲がないな。
普通の女性なら、ドレスだの宝石だの言うもんだよ。
後は室内の飾りを増やせとか美味しいものを食べたいとか。
現状で満足しているんだろうか。
遠慮しているのでは?
『大人でしたからね、諦め慣れています』
ビオラの口癖だ。
最近は言わなくなったが、12才くらいまでは良く言っていた。
その時の中身は31才か。
納得させるために自分に言い聞かせているのか。
ヘンリーは女性と言うと貴族の女性しか見たことがないので、不思議に思っていた。
お屋敷で働いている侍女と変わらない。
だが、ビオラは満足しているのだ。
「あ、そうだ。それでは2つほど」
「なんだい?」
「短槍に浄化した石をはめて欲しいのです。魔物に会わないと思うのですが、念のために」
「ああ、そうだね。教会にお願いして石を取り寄せよう。後は?」
「明後日、エリスとお買い物にいくので少しだけお小遣いをください」
「あははは!少しと言わず、たくさんあげるよ」
「す、少しでいいんです!学生なんですから!」
「しばらくお友達と会えないかもしれないから、たくさん遊んで話しておいで。気分転換になる」
嬉しそうに笑った顔は、15才の女性だった。
「えー?しばらく会えないの?」
「そうなのよ、ヘンリー様についていかないといけないから」
「別荘ってどこにあるの?」
「知らないのよ。まあ、ついていくだけだしね」
「ねえ、ビオラってさ」
「な、なに?」
どきっとした。
たまにエリスは鋭い事を言う。
「ヘンリー様の事好きなの?」
ぶへっ!とジュースを吹いた。
「だって、ビオラの事、街の学校の時から知ってるけど、ヘンリー様にぴったりくっついているじゃない?」
「違う違う。ヘンリー様は保護者なの。親がいない私の、まあ、父親がわりね」
「あんな若くてカッコイイ父親いたらびっくりでしょ!」
「まあ、そうだけどさ」
「じゃあ、ビオラは好きな人いないの?」
「好きな人?エリスはいるの?」
「い、いないわよ!」
と言いながら真っ赤だし。
「え。ペタロ?」
「違うわよ!あんな奴じゃないわよ!もっと大人よ!」
「ほーほー大人の男性が側にいてエリスにとっちゃあ、魅力的な人がいるわけだ」
「何、冷静に分析してくれてんのよ!」
「だってエリスがかわいい女の子の顔してるんだもん」
ビオラはにやにやしながら答えた。
「ごめん、からかいすぎたね。で、どんな人?」
「…うちに布を卸してくれる業者さん。ロウハ島の人なの」
横を向きながら真っ赤になって、もごもご話す。
「話をしているのはほとんど親なんだけど、たまに話をしたりして。色々な事を知っていて。この前初めてプレゼントをくれて」
「ええ、何もらったの?」
「まだ学生だよね、って筆箱をもらったの。特注の」
「ええ?特注ってそれはもう…」
「年は離れているの13も上なんだけどね、でも一緒にいると楽しいのよ」
「年は関係ないと思うよ?好きになったらそれだけでいいじゃない?」
「そうだよね。よかった、ビオラに話して」
とても嬉しそうにでもはにかみながらエリイは話した。
かわいいなー
年ごろの子ってこんな感じだっけ?
下手すると娘って言ってもいいくらいだものね。
19才離れているし。
…こんな私を好きになる人なんているんだろうか。
中身が大人なんて。
理解するのに時間がかかるだろうし。
私は…この世界で一人なんだろうか。
ボタニカル島の竜騎士、ルーク・バレンタインはことあるごとにビオラに忠誠を誓うと言っていた。
騎士の忠誠の誓いは一生に一度の事、こんな子供に恐れ多いといつもビオラが断っていた。
ビオラが王島にきた後、たまたま王島へきていたルークからまた忠誠を誓われそうになったことがあった。
その日以来、『ボタニカル島のルーク・バレンタインは小さな渦巻人に誓いを押し付けるイカレた奴』という不名誉な名前をもらうことになる。
2年前の王島竜騎士試験の時も、誓いをたてそうになり、ビオラが「試験に受かったら」という条件を出した。
そして、奮発して頑張ったが、見事に落ちた。
みんなの慰めがかなり可哀想にみえた。
ルーク様は、見た目の年齢で話しているのがわかる。
『中身は29才だろう?』
いいえ、そういいながらあなたは10才のビオラを見ている。
そうじゃないのよ、私が求めているのは。
きっと彼にはわからないだろう。
「ビオラ?」
「あ、ごめん。聞いてなかった」
「別荘から帰ってきたらまた話そうねって言ったのよ。どうしたの?」
「ああ、ううん。また、その人のこと教えてね」
「もちろん!」
エリイの周りには、幸せなお花が飛び散っているように見えた。
2週間後、ビオラは動きやすい服装にマントを羽織っていた。
いらないというのに、グレイソンさんがすべて特注で作ってくれた。
予備の服やブーツも。
そして、特注の槍も。
「それ、持っていくのか?」
「うん、駐屯地で何が起こるかわからないしね。敵は魔物だけじゃないのよ」
ウインクしてトトに話した。
すぐに気が付いたトトは、俺が側にいて守るさ!と胸を張った。
「ビオラ、本当に乗らないのか?」
ヘンリーが馬車に招いた。
「荷物だけお願いします。トトが海上島まで連れて行ってくれるというので」
「列を離れないようにね。まかせたぞ、トト」
ヘンリーは、トトを意味深に見つめた。
その視線の意味をトトはすぐに理解した。
初めて王島に来た時、竜騎士団に死にもの狂いで追いついたあの時の気持ちを忘れるなってことだろ?
「わかっている。まかせろ」
ビオラは、トトも成長しているんだと実感した。
「いってきます」
「お気をつけて」
「トト、ビオラを頼むぞ」
ポーカーが心配そうに声をかけた。
長距離を飛ぶ覚悟を決めたトトは、しっかりとした声で答えた。
「大丈夫だ。いってくる」
ばさあっざばあっ!と大きな風の音を立てて、竜騎士とヘンリーの馬車が飛び立った。
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