第2章 王島

第6話

「ビオラ、ケーキ食べに行こうよーついでに、買い物付き合って?」

「ああ、今日は屋敷の料理人さんが新しいお菓子を作ってくれる約束なんだ。明日は?」

ビオラは、教科書を鞄にしまいながら答えた。

明日無理ーとエリスは、ぷうっと口を尖らせた。

その顔を見て、ビオラはくすっと笑った。


王島に来て、早5年。

ビオラは14才になった。実は明日が誕生日で15才になる。

ヘンリーの屋敷でお世話になりながら、今は魔法学園の普通科に通っている。

全寮制だが、王島に家がある人間は通っても良い事になっていた。

18才までこの学園に通うこととなる。

貴族の家から通っているが、使用人の子供ということになっていた。

そして、渦巻人ということも秘密である。

ごく一部の教師のみが知っている。


また明日ーと他の生徒にも挨拶をして、校門を出た。

王島の町はごちゃごちゃしているので、街中は鳥で飛ぶことを禁止されている。

飛ばなければ大丈夫なので、王島の街中は鳥はいるけど飛んでいない鳥ばかりだ。

というので、乗る鳥は…

「ごめんね、エリス。また今度。今日は帰るね」

ダチョウに乗ってビオラは友人に謝った。

「いいよ、都合の合うときにね。じゃまた明日」

エリスも自分のダチョウに乗ろうとしていたが、そこへ男の子が駆け込んできた。

「ごめん、エリス!送って行ってほしい!」

「なあに?ペタロ、また遅刻しそうなの?」

「すまん!頼む」

クラスメイトに縋り付いている彼は、ペタロ。

パン屋の息子だ。

店の手伝いをしているのだが、学校の帰りに寄り道をしていていつも遅くなり叱られている。

家が近いエリスにたまに、いや、いつも送って行ってもらっている。

ちなみに、エリスのご両親は服を縫う職人で、学校の一本違う道路にある洋服のお店専属だ。

「乗んなよ」

「ありがとう!助かる!」

「まったく調子の良い事ばっかり言って」

ほとんど諦めの口調だ。

「今日は寄り道していないのに、急ぐの?」

「そうなんだ、ビオラ。職人さんが一人休みでさ、手が足りないんだ」

「ペタロのお店のパン、美味しいものね」

「ありがとう、また買いに来てよ。じゃあね」

「また明日」

笑顔で二人を見送った。

「さて、私たちも帰りますか」

ぽんとダチョウを軽く叩いた。

「今日は城ですか?それとも教会かお屋敷ですか?」

「いや、今日は屋敷に戻ります。よろしくね、ポーカー」

はい、と言った途端にかなりのスピードを上げて走った。

おっと、とビオラは手綱を握りなおした。

最初に乗ったとき、振り落とされて危うくケガをするところだったのだ。

ヘンリーに、乗りなれないと王都内は不便だぞと言われ、少し特訓したくらいだ。

王都用に調教されたダチョウは、便利なもので信号を見極めるしある程度の道を覚えているから、先ほどのペタロのお店も知っていた。

もちろんしゃべるし意思疎通ができるから、通学の際、一旦ダチョウだけ家に帰るという使い道もあった。


当初、王都に来た時に教会で暮らすことにほぼ決まっていた。

魔法学園に飛び級で入学、そのまま魔力を磨くという流れだったのだ。

だが、ビオラにはまったく魔力がなかった。

魔石に反応はするので、やはり女神の加護は受けているというのは確かだった。

9才と幼いこともあり、ヘンリー預かりとなる。

かなり揉めて、最後は「王族預かり」という禁じ手を使ったようだ。

「連中を黙らせるには、国王の叔父という立場は便利だ」

はっはっはっとヘンリーは笑っていた。

だが、目は笑っていない。

相当、腹立たしいやり取りをしてきたようだ。

「前から思っていたけど、ヘンリー様って腹黒いよね」

ぽつりとこぼした言葉に、ポーカーは反応した。

「策略家だとご自分でおっしゃってましたよ?」

ぶはっ!とビオラは吹き出して笑った。


「おかえり、ビオラ。ポーカーも」

屋敷に帰ると、トトが迎えた。

「相変わらず口が治りませんね。そこはおかえりなさい、ビオラ、ポーカーですよ?」

”も”の部分が気に入らなかったポーカーが口を開いた。

「はあ?ビオラを呼び捨てにするような奴におかえりを言うだけマシになっただろう?」

売り言葉に買い言葉で、トトが怒りながら答える。

この二人は仲が悪い。

「ふん、街中を飛べなくて学校の行き返りを送れないからって当たり散らすのはよしてほしいですな」

「誰が当たり散らすって?」

「本当のことじゃないですか。自分の不甲斐なさを人にぶつけないでいただきたい」

「なあにー!」

とうとう取っ組み合いのケンカになってしまった。

ギャオギャオ叫びながら、お互いくちばしで相手の羽根をむしるものだから、辺りが羽だらけになってきた。

「やめ…」

ビオラが止めようとしたとき、すっと横切る影が。

「何をしている!二人とも!」

二羽と言わない所がビオラは大好きだ。

ちゃんと人と対等な扱いをしてくれている。

だからこそ、振る舞いも家畜や動物と違うことを求められるのであって。

トトはポーカーに踏まれたまま、そのポーカーもトトに羽をがばっと嚙まれている。

「グレイソンさん…」

ヘンリー邸の執事、グレイソンだった。


「まったく、この忙しい時に。自分たちが散らかした羽はきちんと片づけるように。いいですね」

はあーいと渋々くちばしでつまんで片づけ始めた。

「おかえりなさいませ、ビオラ様。ヘンリー様よりお話がございます」

「はい?」

グレイソンさん直々ってことは何かあった?

制服を着替え、ヘンリーの執務室のドアをノックした。

中から返事があったので入ると、そこには王都騎士団の副団長アラン・クロムブロスが座っていた。

「アラン副団長さん、お久しぶりです」

「やあ、元気そうで良かった」


王島にきてからも、ビオラは渦巻人としての仕事をしている。

ヘンリーはきちっとした役職はもってはいなかった。

が、総務省、農産省、工業省のすべてに顔がきいていた。

魔力持ちなので、魔法省は特別に偉い役職のようだ。

なにか悩み事相談事があれば、ヘンリーが聞いてビオラも交えて話をすると言うことが多々あった。

小さな制服を作ってもらったこともある。

一番顔を何度も出しているのが、総務省だが。

その中で、ビオラは竜宿舎には毎日のように通っていた。

竜に会いたかったというのもあるのだが、体術の訓練も兼ねていた。

色々な噂があり、竜騎士の中ではビオラを知らない者はいなかった。

そして、竜騎士団長のことを兄のように慕っている。

そのことを知っている騎士団もたまにビオラを訓練に誘っていたのだ。

騎士団にも知り合いが多くなってきていた。


ヘンリーも座り、グレイソンがお茶を入れて退出した途端、笑顔が消えた。

実は、と副団長が話し始めた。

5年前から、牧場があるエライン島と布や服日用品を作っているロウハ島の高度がどんどん下がってきていた。

魔石の力が弱くなっているらしいのだが、新しい魔石の交換にはまだ4年先になる。

昨日、とうとう島の一番下の部分が海についたらしい。

「今後このまま海上に浮かぶとなると、色々問題が起きると思われる」

「何が起きると思う?ビオラ」

「そうですね。高度が変わると、天候や気温の変化が予想されます。牧草が枯れる心配がありますね。気温変化による体調不良といったところでしょうか。後は気圧の変化、その結果…」

あっけに取られている副団長と隣に座っているヘンリーはなぜかニヤニヤしながらビオラを見ていた。

しまった思いっきり大人の意見を言ってしまったと思ってビオラは顔が真っ赤になった。

「いいよ、続けて」

「はあ。動物も同様に気温に左右されると思います。」

後、何だ。思いつくのは…

「また、海上の波の影響で、島全体が削られる恐れもあります。それは結界によりますが。後は、島が着水した時、津波が起きる心配があります。海水面の上昇もあります」

「…」

「着水、となると島が動くのか、そのまま海底に固定されるのかでまたお話は変わります。その点は海上島の方が詳しいかと。海流の変化、それによる漁業への影響も考えられますね」

「うむ…」

初めてヘンリーが唸った。


「降りた地点の海上島や魔物島との距離は?」

「2島とも、どちらかと言うと海上島に近いかな。魔物島は海上島のその先にある感じだね」

「では、魔物の攻撃は受けないですね?」

気になっていたことを直接聞いてみた。

それなんだよね、と副団長はこぼした。

「結界が切れているんだ」

「やはりそうですか」

「ビオラもそう思ったのか?」

「島の高度は島中央にある魔石によるもの、同時に島全体を包む結界を張っていると聞いていますから」

「高度が下がってきている時から、何匹かの魔物の攻撃を受けていたんだ。島にいる竜騎士がそのたびに退けてきたのだが、家畜が何頭も食われている」

「それは、味を覚えたということですか?」

「そうだ」

真顔のヘンリーがうなずいた。


ビオラの全身を寒気が駆け抜ける。

家畜の次は人が狙われる。

そして、すべての島に肉が届かなくなる。

次は、布工場の人々が狙われ…

「…」

真っ青になってビオラは手で口をふさいだ。


「竜騎士を追加で送っているが、数が増えてきているらしい。早々に結界を結びなおさないといけない」

そう、魔物の数は多い。

退治するにもキリがない。

ならば、再び結界を結びなおす方が早い。

「2カ月後、大規模な魔物狩りをすることになった」

「!」

王都騎士団の副団長がいる理由がわかった。

「王島がからになるくらいに竜騎士が出撃するのですか?」

「そうだ」

「他の島の竜騎士もほぼ出撃する。その間、王島騎士団が島を守護するんだ」

「私は戦闘に向かないですよ?」

「知っている。君には魔石を結んでほしい」

ふーっとビオラは息を吐いて、ソファに深く座りなおした。



”三日月の魔物狩り”と呼ばれている大規模な魔物狩りは、すべての島、合同で行われる。

普段は仲の悪い、海上島(マーレ島というらしい)も人を出して、魔物島へ渡る。

それは、月が3個夜に浮かぶ年に行われ、大体10年周期だった。

魔物島に上陸し、ひたすら魔物を狩り魔石を貯める。

その中で、一番大きい魔石を島の浮遊のために使用するのだ。

同じように魔石が必要なマーレ島なのだが、いつも一番大きい石は空中島に持っていかれるため、あまり快く思っていない。

また、足掛かりとなる島も海上島が用意しているため、負担がかなり多い。

今回は、緊急の魔物狩り。

アルバルニア王国が、3年分の小麦を無償提供をして、やっとマーレ島が納得した。

再来月末、海上島の端にある島から魔物狩りのために出撃する。


「ずっと反対しているんだ、君が行くのに」

「どうしてです?小さな魔石も統合できますから、便利ではないですか」

「ううむ、まあな。君の身体が持たない気がするんだ。負担が大きすぎる」

「そのための渦巻人でしょう?大丈夫ですよ」

「王妃様も反対されていて…」

「うふっ、光栄の極みですね」

ビオラは笑った。

王妃様とは、王島に来た頃から頻繁にお茶会に誘われている。

前世の話が面白いらしく、女性が働くのが普通という所が気に入っているらしい。

「学園帰りに、魔法省でしばらく訓練をしたいのですが、ヘンリー様お話をしておいていただけますか?」

「いいんだぞ、そんなに頑張らなくても」

ヘンリーが心配をする。

「こういう時のためにきっと私はここへ来たのですよ。大丈夫、ヘンリーお父様」

「うっ」

ビオラはニコニコした。

独身のヘンリーには家族がいない。

2年前に兄である、先代王が亡くなられて一人になってしまった。

『ヘンリー様とボタニカル島のジョージ様は、私の父替わりです。娘になってはいけませんか?』

ただの保護者だと思っていた。

そうだな、小さいころから見ているんだ、父親とはこういうものなのだろうな。

中身は大人だけど、な。

複雑な顔をしたと思う。

でも彼女なりの慰めだったと今でも感じる。


「では、無理はしないこと。いいね?」

「はい、もちろんです」

「海上島にどれくらいいるのかわからないから、再来月は学園を休学にするよ。お友達には私の別荘に行くと言っておいてね」

「はい、わかりました」

エリスと早めに買い物に行かなくちゃ!

頭の中で、計画を立てるビオラを見てヘンリーはほっとした。


見た目は15才の少女だけど、中は34才の女性だ。

学校なんて合うのだろうかと思っていたが、杞憂だったな。

いや、卒なくこなすのは大人ならではか。

屋敷の人間にも当たり障りなく話す。

王妃様とのお茶会も、護衛の女性騎士も巻き込んで話をしているらしい。

教会の教皇様以下もみなビオラを気に入っている。

想定外の娘だな。

だからなのか、王妃様は特別ビオラを可愛がっている。

今回の出撃も未だに反対されておられる。

私とて同じだ。

魔石を結合なんて。

それもビオラ自身を使ってなんて。

「酷い話だ」

ヘンリーは、ソファに深く腰を掛けて、天を仰いだ。




「こんにちは」

「ああ、ビオラちゃん、訓練だって?」

「ちいっす、ビオラさん。準備できてますよ?」

「ごめんなさい、魔物狩りの準備で忙しい中をお邪魔して」

いいんだよーと魔法省の役人たちは、ほんわかしていた。

「ほら、本人がやる気なのに、いつまで反対されるのかなあ!」

でかい声で、ビオラに聞こえよがしに叫ぶのは、魔法省長官、チャパティだった。

「こんにちは、チャパティ長官。お邪魔いたします」

きちんと挨拶をするが、素人と見ているので、ふん!と言っただけだった。

「教皇様がどうしても、というので回復魔法師一人だけつけてやるわい。ありがたく思えよ、小娘!」

「わあ、回復魔法師さんですか。そんな貴重な方を出張させていただいてありがとうございます。竜騎士様達も心強くなりましょう。チャパティ長官の懐の深さに感激です。きっと魔石もたくさん取れましょう。頑張りますね」

ビオラは、わざと丁寧に言葉数を増やしてしゃべった。

「う、うむ」

グイグイ話したので、嫌味を言ったチャパティも少し押されていた。

「と、とにかく、魔石をたくさん持ってこい。いいな!」

返事をせず、にっこりとビオラはお辞儀をした。

取り巻きを連れて、長官は長い廊下を歩いて行ってしまった。

「ビオラちゃん、あんな事言わなくてもいいのに」

「グイグイ話したから、ちょっと引いてましたね」

といって、ビオラはくすっと笑った。

「ビオラさんの嫌がらせって嫌がらせになってないですよ?」

「ええーそう?」

ビオラは恥ずかしくて、顔が真っ赤になった。

あれ、嫌がらせだったの?と魔法師たちは笑った。

うなずくビオラ。

ビオラと魔法師たちは仲が良い。

魔法に興味はあるが、まったく魔力を持っていないので、単純に面白いと思っている。

また、魔法師たちは、簡単な魔法でも目を輝かせて話を真剣に聞いたり質問をしたりするから、好ましく思っていた。

それと。

「ビオラが教えてくれたホットケーキ、最高ー!」

「ハチミツ掛けすぎ位が美味しいね」

「えー俺、ソーセージとチーズがいいな」

訓練の合間に、ホットケーキを目の前で作ってみんなで食べたのだ。

忙しくて殺伐とした魔法省に癒しの効果があったようだ。

「チーズとハチミツの組み合わせも美味しいですよ?」

ビオラはまた一つ提案した。

「作ってくる!」

2名ほど、台所に走っていった。


「では、やりますか」

魔石は魔物によって大きさが変わる。

見た目が小さい魔物でも、魔力が大きければ魔石も大きい。

訓練で使う魔石は爪の先ほどの小さなものだ。

これを粘土のようにくっつけて大きくしていく。

普通は一粒ずつなのだが、ビオラは一度に10粒ほど結合できた。

魔法省の特別室。

頑丈な結界が張られていて、魔法が暴走しても大丈夫なようにできている。

魔法陣の上に立ち、小さな魔石を握る。

ビオラは魔法が使えない。

だから、唱えるのは女神の呪文だ。

「おお」

ビオラが手を開くと、クルミほどの大きさの魔石ができていた。

透明で青く輝いている。

「これが大きくなると島が浮かせることができるんですね」

「そう。凄いなビオラちゃん」

「いくつか作ってもいいですか?」

「おお、お願いしたいくらいだよ」

魔石は魔法を使う時に必要だ。

回復魔法師がケガを治す時や、魔物と戦う時、攻撃魔法を打つ時に必要だ。

ビオラは、結合の訓練も兼ねてたくさんの魔石を作った。


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