第2話

それから、ビオラは朝早く起き、家畜小屋の掃除、畑の収穫を手伝った。

 その後は、町の教会横の学校で授業。

 たまに教会で島主のジョージに会ったりする。

 授業は子供向けで、教会の人間や商人のおじいさんや、貴族の老婦人など、多彩な教師がいる。

 この国出身ではないビオラに転生した人間にとってはとても興味深く、吸収も早かった。

 楽しくすごしているうちに、この世界へきてから半年がたっていた。

 家族との違和感はまだぬぐえないが、トトとは仲良くなり、それなりに生活している。

 食事の支度を手伝ったらびっくりされ、サイズの合わない服を変えるため裁縫道具をお願いしたら、またまた驚かれた。

 できたらおかしいの?


 授業は紙は貴重なため、板に石で書いては消すを繰り返している。

「うーん、紙を作れればいいのにな」

 紙や布など工業用品は、一つの島にまとめられ、ロウハ島で作られそのまま島内でお店に出される。

 ただし、鉄関連のみ王島で作成、管理されている。

 武器を作らないようにしているらしい。

 同様に、薬として使われる草やハーブも教会が栽培管理、販売している。

 腕組をしながら学校への道をとぼとぼ歩いていた。

 体力をつけるため、ビオラは歩いて学校へ行くようにしている。

 監視はついているから、迷子になることもないし、トトは妹のリリィだけを載せて飛ぶようにしてあげた。

 コウノトリがいいと、かなり駄々をこねていたが、最後には泣きながらトトに乗せられていた。

 ペリカンもコウノトリも大型の鳥なので、大人でも乗れる。

 ただ水辺に着陸するときは優雅だが、地上だとバタバタと着陸するので見栄えが良くないとペリカンは敬遠される。

 逆に海上島はペリカンだらけだそうだ。

 それにペリカンは安く手に入る。

 コウノトリは少し高いのだ。

 だから、ビオラの家のようにあまり裕福ではない家は、コウノトリよりもペリカンを飼うことが多い。

 だが、見栄っ張りな父親は自分だけでなく、シャーロットに続き、最近トーマスまでもコウノトリを与えた。トーマスの元のペリカンは、末っ子のベン用にされた。

 次女のビオラには最初からペリカンを与えたのだ。

「まあ、下の兄弟ってお下がりが多いものね。でも」

<< 何か気になることでも?

 監視役としてヘンリーから預かっている、ミミズク。

 家を出た時からビオラの肩にとまっている。

 ジルという名前の彼は、疑問を投げかけた。

 家族は監視役が鳥とは知らない。学校へ歩いていくと言い出したのも、ジルと話をするためだ。

 学校では兄弟たちがいるし、トトは…

「信用しきれないんだよね」

<< トトですか?

「うん。話し相手になってくれたり、傍にいてくれるし、心強いのだけれども。ただ、最近なんだかな…」

<< 我々服従の鳥は、主にさからえません。トトもスコットリア夫妻に逆らえないのかもしれないですね。

「そうか」



 学校の門をくぐった。

 最近、授業は出なくてもよいと言われている。その代わりに島主のジョージやヘンリーと共に、この島やこの国で困ったことがないかを精査している。

 渦巻人の知恵が役に立たないか色々お試し中という感じだ。

 先日は、畑の肥料の新しいものを開発した。


 ボタニカル島は町を中心に畑が広がっている。

 ビオラたちがいるのは東西南北でいうところの、西側にあたる。

 他の土地には違う作物が植えてあって、それそれ工夫された肥料が与えられていた。

 北側の土地が少しやせてきたので、新しい肥料が欲しいと農家の訴えがあったらしい。

 ジョージから聞いたビオラは、ぼんやりと思い出した。

 植物の成長に欠かせないもの、窒素、リン、カリウムだ。

 前世で、とある現場で一緒になったおっちゃんの実家が農家で、よく肥料を自分好みに作ると言っていた。

 確か池の藻を乾燥させ、灰と土を混ぜ、少し寝かせてから、畑に撒いていた。

 それを伝えたところ、さっそくため池の藻をさらい、乾燥させてかまどの灰と混ぜたお試し肥料を作った。

 それがかなり好評で、肥料としてもよくできていた。

 また、ため池の浄化としても役に立った。

 現在は、他の畑で使えるか実験中だ。

 それぞれの畑で結果が出たら、王島に報告して他島でも試してもらう予定だ。


 次にビオラたちが考えていたのが、紙と塩。

 どちらも高級品で、紙はごくわずかしか作られていない。

 書籍と重要な文書のみ紙を使用している。

 もっと気軽に使える紙は試作品をビオラが作っていた。

 まだまだ改良が必要な段階である。

 そして、こちらの食事は味が薄い。

 塩はかなり貴重で、海上島との取引じゃないと手に入らないらしい。

「味付けをなんとかならないかな」

 図書室でこの国の調べものをしていたら、シャーロットとその友人たちを見かけた。

 来年王島の学園に留学する年上の人間ばかりだ。

 かしましい彼女たちは少し苦手だ。

 ビオラは見つからないようにそっと本棚に隠れた。

「いい男いるかな?」

「あはは、いるに決まっているじゃない。各島々からくるのよ?」

「すごい人数だよね。きっと」

「その中から相手を探すのって難しそうー」

「どうする?貴族から声かけられたら?」

「身分差の恋っていいよね。なんか燃える」

「ええー?私違う島の次男くらいでいいかなー」

 ―-中々えぐい話をしているな。そんなギラギラしていたら、男は怯えて逃げちゃうぞ。

「んっ?」

 植物図鑑を見ているときに、目に留まる花があった。

「これ、確か…」

 次に島の地図を探していたら、ちょうど男性が取ってくれた。

「あ、ありがとうございます」

「ちょっと届かなかったですね」

 ウインクしながら、地図を渡してくれた。

 忘れてた、この人も美男だった!!

 左腕で、ビオラを抱きかかえ、右手に地図を持ったルークに、先ほどの女子が悲鳴を上げる。

「ビオラ!あんた何してんの!竜騎士様に何させてんのよ!」

「いえ、地図を取っていただいたところです」

 見つかったか、と彼女は観念した。

 まるで父親に抱っこされているように片腕で抱えられていた。

 そっと床に降ろしてくれるところも、紳士、というかやっぱり騎士だなぁ。

 島に駐屯している竜騎士の、ルーク・バレンタイン。

 島主館を中心に、学校、図書館、教会、竜騎士駐屯地が囲んでいる。

 島の取り締まりは町にいる自警団が行うが、魔物や空てい海賊などの襲撃に備えて竜騎士が各島々に駐屯している。

 結界が張ってあるため、めったに魔物に襲われることはないのだが、念のために3~5名ほど住み込みで王島から派遣されている。

 ルークは、新人で一番若いということもあり、学校の中でも町でも一番人気だ。

 加えて鍛えた体と、褐色の肌、無造作に結わえた漆黒の髪、笑うと八重歯が見えるところが可愛いと評判だ。

 この島、ヘンリー様といい、美男多し。

 若くはないが、島主のジョージ様もきっと若いころはかなりの美男だったと思う。

 かなり鍛えた体をしていて、引き締まっている。

 今は、渋い大人の男性の魅力炸裂かな。

「重たいのにごめんなさい」

「地図をどうするのです?」

「ちょうどよかった、ルーク様、お聞きしたいことが」

「ビオラ!いい加減にしなさいよ!」

 シャーロットが甲高い声で叫んだ瞬間、授業の鐘がなった。

「そこ!図書室でうるさいですよ!教室にいきなさい!」

 教師がかしましい軍団を一掃した。

 ビオラに小さく手を上げていいのよと合図をした教師は、そのまま抵抗する女子を連れていった。

 とたんに静かになる。

 はあ、とため息を二人ともしてしまった。くすっと笑う。

「で、何をお聞きになりたいと?」

 ルークは、地図を広げながら聞いた。

「この花を島のどこかで見た記憶はありませんか?」

 先ほど図鑑に載っていた花と葉の絵だ。

 うーんと腕組をしていたルークは、小声で、どこかで見た気がする…と言って考え込んだ。

「ごめんなさい、小さい花だから上からだと分かりにくいと思うんです。見かけたら、でいいのです」

「隊長にも聞いてみましょう。時にお昼はすませましたか?」

「ええ、軽く。隊長さんはいらっしゃるのかしら?」

 にっこり笑って図書館の扉を開けてくれた。紳士…

 八重歯輝く騎士だわーもう心臓バクバク。

 イケメンはビオラに癒しの光を注いでいた。


「ルーク、昼はとったのか?」

「これからです、隊長。ビオラさんがお聞きしたいことがあるそうです」

 竜宿舎で竜たちを撫でていたビオラのところへ竜騎士ボタニカル島隊長がやってきた。

「すみません、訓練中に」

 もう一人の竜騎士ジョンと剣の稽古の最中だったようだ。

 ビオラが説明すると、隊長ことジュドー・ラッサムはもう一人も呼んだ。

 ルークがパンに色々はさんだものをほおばりながら一緒に地図を見る。

「どこかで見た気がする…」

「先輩、俺がその言葉さっき言いました」

「島の端あたりだと思うんです、生えているとすれば」

「何になるんだ?」

 地図と図鑑をしまいながら、ビオラは良く聞いてくれましたとばかりに答えた。

「この植物、そのまま食べると塩味なんです」

「へっ!?」

「だからこの植物から塩が取れないかなと。できなくても、一緒に食べるだけで塩味ですから食事がかなりおいしくなります」

 ビオラは、ルークがほおばっているパンを指さした。

「そんな草があるんだ。知らなかったな」

「塩高いですもんね。島で取れたらいいなあ。肉にたくさんかけてみたい」

「前の世界ではアイスプランツって呼ばれていて、花だったり葉っぱに水滴がついていたり色々な形の植物として生息していましたよ」

 へぇーさすが物知りだと竜騎士の4人は感心した。

 島の重要人物は、ビオラが渦巻人だと知っている。

「ジョージ様にも聞いてみます」

「あ、ジョージ様はヘンリー様と一緒にお出かけされるらしいぞ。聞くなら早めがいい」

「ありがとうございます。では」

 手を振ってビオラは走っていった。

 見送る竜騎士たちはほのぼのとした気持ちになっていた。

 実はビオラは竜騎士とともに、剣の稽古をしている。

 また、前の世界でなぎなたを会得していたので、それを槍に変えて教えている。

 体力をつけるのが、最近のビオラの課題だ。

「9才にしてあの才女か。ヘンリー様たちが手離さない理由がわかったよ」

「未だに王島から引き渡しの話が?」

「なにせ、久々の渦巻人だからな。先日、この前の肥料が王島で騒動になったらしい」

「騒動ですか?」

「野菜の業者が王島の貴族に話し、試作品も持っていたらしく、王島で捕縛された。それで、おとといジョージ様が王島に呼ばれた」

「どこから漏れたんでしょう?北の農家以外は知らないはずなのに」

 隊長は何か考えていた。

「隊長?」

「ここだけの話だ。先週、ジョージ様のお屋敷に泥棒が入った」

「え?」

「何も聞いていませんが」

「何を取られたのかわからなかったらしい。窓が壊されただけなんだ」

「それは…」

「ああ、恐らく肥料のお試し品だな。それと、ビオラ嬢だが、家族によく思われていない」

「!」

「まさか?」

 ルークは先ほどのやり取りを思い出した。

 隊長に報告すると、うんとうなずいた。

「今、ヘンリー様が調べているらしい。もしかしたら我々も動くかもしれん。気に留めておくように」

「はっ」

 ルークは手にしていたサンドイッチもどきを口に突っ込んだ。

 確かに塩味が足りないなと、にやっと笑った。

 渦巻人は国の宝だ。だから代々王家や教会が保護してきた。

 それをないがしろにするとは。

 大体、知らない世界にきて、体も年も小さくなったのにこの国に溶け込もうとしている。それも前の知識を惜しげもなく教えてくれて。

 どれほどの絶望と不安だったろう。

 でも彼女は、前向きにこの生活を受け入れようとしている。

「納得するには時間が必要だよなあ」

 もし自分なら。

 竜騎士になるまで気が遠くなるような訓練をしてきた。

 自分の体格があと少し大きければ、と何度も自分を恨んだし、竜の風圧に負けそうになったり。

 それが、ある日突然違う世界に放り込まれる…

 ルークは想像して、ぶるっと身震いした。

『中身は大人ですからね。諦めることは慣れていますよ』

 少し悲しい目をして、彼女は笑ってそう言った。

 そして、前の世界の話をよくしてくれていた。


 それに、先日国からの支度金をあちこちの借金返済に充てていたじゃないか。

 ビオラにお願いされ、ルークは2~3日、暇を見つけて付き添っていた。

 町の酒場や衣服屋、スコットリア家のお隣の夫妻にまで支払いをしていた。

 毎月ジョージ様の元に取りに来ている養育費は何のために使っているんだ?

 使い込みか?

 それなのに守るべき家族が虐げるだと?

 もし本当なら許せない。

 そういえば、スコットリアのジョージは酒癖が悪くて、何度も騒ぎをおこしていたな。

「…」

 ビオラを守ろうとルークは心に誓った。


 一方ビオラはやはり二人に会えなかった。

 そして、屋敷も何やらバタバタしている。

 ビオラは、屋敷にとどまるように言われた。

 何か話があるらしく、王島に出かけていて何時に戻るかわからないため待っていてほしいと伝言があったそうだ。

 だが、まだ帰ってくる様子もないため、教会へ足を運んだ。

 司祭様に預けていた箱を受け取る。

 中身は?と聞かれたので、しぶしぶ笑いながら見せた。

 シャーロットのお下がり服をほどき、自分サイズに仕立てなおしていたのだ。下着も一緒に。

 なので、見せるのはごく一部のみにした。箱もトウモロコシの葉を編んだものだ。

「新しい服を買ってもらえないのですか?」

「兄弟多いですからね。来年シャーロットが王島にいきますし。それに最近成長していて、サイズが微妙に合わなくなってきているんです。意外とうまく直せるものですよ」

「確かに昔よりかは顔色が良くなりましたね。背も高くなったし」

 司祭は、7歳の頃のビオラートを思い出した。

 痩せこけて髪はぼさぼさ、着ている服はいつもボロボロだった。

 だが、姉のシャーロットはいつも着飾り、兄のトーマスも新しいシャツを着ていた。

 ひどいのは最近の二人の服装で、かなり目立っている。

 新しい靴や髪飾りや帽子など服ではないものにお金をかけていた。

 そう、渦巻人が来てから。

 確か、国から支度金が与えているはず。でも、ビオラ様の格好は。

「…食事はとれていますか?」

「ええ、手伝いをしていますよ。この国はジャガイモとパンがおいしいですね」

 満面の笑みで、司祭に昨日の晩ごはんのメニューを説明していた。

 司祭は心配な顔をする。

「…少なくとも今は大丈夫です、司祭様」

 心配顔の司祭に気を使って、ビオラは現状を伝えた。

「そうですか。何かあったらすぐに知らせてください。ヘンリー様もジョージ様もすぐに解決していただけると思いますよ」

「一つお聞きしても?この傷はいつできたのでしょう?」

 ビオラは前髪をあげて左眉の端にある親指ほどの傷跡を見せた。

「ああ、それは」

 酔った父親が、コップを投げたのだ。

 この世界にはまだガラスがない。

 だから、ワインは樽で買うし、飲むためのコップも木製だ。

 当たり所が悪ければ、失明するところだ。

 ちょうど入学するときにケガをしたらしい。

 竜騎士のジョンから、酒場で問題を起こすと聞いていた。

 警察の役目の警護団もいるが、牢は教会の地下にあるので、何度も地下牢のお世話になっているらしい。

「恥ずかしい…」

 血がつながっているけど、父親ではない人間の酒癖の悪さを聞かかせれると無性に腹が立つ。

「いい年してすることじゃない」

 酒は飲んでも飲まれるな酒を造った人に失礼だ。

 職人のおっちゃんがよく言ってたな。

「そういえば、全部払ったんですって?」

「ああ、まあ」

 支度金が出ることは知っていたので、実は全額をスコットリア家に渡していない。

 ほとんどジョージ様に預けて、後はあちこちにたまっていた借金を支払っていた。

 付き合ってもらったルーク様は人が良すぎると怒っていたが。

 酒場の店主ももらいすぎですよ、と言う位の金額を渡した。

 迷惑料だとビオラは笑ってあちこち払って歩いた。


「よしっ、できた」

 ビオラは器用に作り直したワンピースを体に当てた。

 家でやると明かりが必要だし、日中は自分の時間がないし。

 成長痛が最近凄いんだよね、と肩を回した。

 食事をちゃんと取っているからかな。

 ビオラート、あなたは家族に大切にされていなかったようね?

 額のケガといい、栄養の足りない体。

 今は食事の支度を手伝い、きちんと食事をとれるように気を付けている。

 初めて食卓で食事を取る時、ビオラートの椅子と食器がなかった。

 その時からビオラは、疑っていた。


 ――スコットリア家によるビオラートの虐待を。


 部屋も違うのでは?

 服も本当は一着もきちんとしたものはなかったのではないだろうか。

 だから、取り繕うためシャーロットの部屋に寝かせた。

 合わない服、落ち着かない部屋。

 監視が付くといった時の驚きと焦り。

 虐待がばれると思ったのだろうか。

「愚か者はどこの世界でもいるんだなぁ」

 ため息をつきながら、荷物をかばんにしまった。

「そういう言葉を言うところが、やっぱり渦巻人なんだなぁと思いますよ」

 司祭様は楽しそうに笑った。

 そのまま、またジョージ様のお屋敷に戻る。

 だが、夕方になっても二人は戻ってこなかった。

「仕方ない、家に戻ります」

「暗くなりますから、泊って行ってください」

 この半年でお屋敷の人たちとも仲良くなった。

 使い勝手のよい庭ボウキの開発をしたり、前の世界のお菓子を一緒に作ってみたりと楽しく過ごしていたからだ。

 中でも一番のヒットは、「マヨネーズ」だった。

 今では、ポテトサラダはジョージ様の、レタスと鳥のハムのサンドイッチはヘンリー様の好物になった。

 もちろん、鳥のハムもビオラが教えたものだ。

 ハムとマヨネーズの作り方は、まだ王島に知らせていない。

 格段に食事がおいしくなったと、屋敷中のみなが口をそろえていう。



「また明日きます。このままだと、家の人たちが怒るだろうし」

 ビオラは、先ほどの話が気になっていた。

 昨日、肥料のことで先日呼ばれたばかりなのに、またなぜ王島にいくのか屋敷の者はみな不思議がっていたのだ。

 ―-肥料のことで呼ばれた?

 ―-ええ、王島に試作品の肥料が届けられたとか。

 ―-いつの話ですか?

 ―-3日前王島へ。そして昨日戻られたのですが、今朝早くまた王島へ行かれました。

 ―-お屋敷に泥棒が入りませんでしたか?

 ―-ええ、先週入りました。端の小さな窓が壊されていて。でも何を取られたかわからなくて。

 肥料だ。

 ジョージ様のお部屋を借りて、色々試作品を作っていた。

 島主館だから、盗られることはないだろうと思っていた。

 わざわざ忍び込んで泥棒までするとは!

 犯人は一人しか思い浮かばない。

 ビオラの父親だ。

 なんと見下げ果てた奴だ。

 ビオラは下唇をかんだ。

 おそらく酒場で、王島へ野菜を運ぶ人間に情報を売ったんだろう。

 だが、証拠がない。

 誰が、ビオラがジョージのところで何かを作っていたということを教えたか。

 そして会話を盗み聞きできたのは、学校に来ていて、授業を受けず、プラプラ歩いていても気にならない奴だけ。

「あいつ…」

 毎日たわいもない会話をして、お屋敷や教会からもらったお菓子を内緒で一緒に食べて。

 畑でも話をして、帰り道の夕焼けに二人で感動したときもあった。

 家族の中で一番話をして、お互いにどんなことを考えているのか気にするくらいの間にはなったのに。

 怒りで体の中から炎が出そうだった。

 同時に裏切られたことにがっかりしている自分がいた。

 何を期待していたんだか。


 屋敷で明かりを借りて、歩いている間は何も考えなかった。

 明日家を出よう。

 もう、ここにいることもない。

 ジルには、ヘンリーへの言付けをお願いした。

 家には一人で帰った。

「ただいま」

「どこへ行ってたんだ!畑もやらないで」

「こんな時間まで、支度も手伝わないでさ!」

 戸を開けたとたんに文句が飛んできた。

 ぶつぶつ言って、シャーロットが食卓へスープを運ぶ。

「ごめんなさい、ジョージ様に呼ばれていたので屋敷に寄っていました」

 ランプの灯を消し、外套を脱ごうとした時だった。

 前から物凄い衝撃を受けた。

 目の前が真っ赤になる。

 あっ、と思った時には、床に倒れていた。

「つ…」

 熱い額に手をやると、ぬるりとした。

 血だ。

 額を切った。

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