<8・魔術師ノ掟。>
異次元の狭間に、自分達だけの特別な空間を作る。元々その魔法は、終焉の魔女が自分達の拠点を作る為に精製した魔法の一つであった。
ちなみに、異世界を自由に渡ることのできる魔女や魔術師たちはそれぞれ称号を持っている。力の性質により、一つか二つ。終焉の魔女が、同じく“創造”の二つ名を持っているのは、この魔女が元々は多くの世界を壊して暴れまわっていた異世界犯罪者であったからに他ならない。それが、ある一人の人間と出逢ったことで改心し、自分が壊した世界を文字通り“作り直して”回った。その結果、彼女は“終焉”と“創造”の二つの名を持つに至ったのである。
そんな終焉の魔女の魔法に、興味を持った者がいた。それが、刹那の魔術師、破幻の魔術師、忘却の魔女の三人である。彼等は異次元に作った空間を、人々を楽しませるために使うのはどうかと終焉の魔女に提案。基本的に面白いことが大好きな終焉の魔女は、三人の提案を快諾。四人で相談し、夢で自由に物語を体験できる“夢本”を作ることを検討するようになったのである。
この広い広い、数多とある世界には、自分の物語を表現したくてもできない作者がたくさん存在している。本を作るだけのお金がない者、いまいちデビューの機会に恵まれない者、作家になったはいいがなかなか売り出せない者。その中から、四人の魔女と魔術師たちは魔法の才能を持つものを見出してスカウトし、夢本を作る専用の出版社をいくつも設立していったのだ。
一人でも多くの者に世界を届けたい、そう願っていた創作者たちは喜んで企画に参加し、夢本作りに協力してくれた。その結果、四人が主導する元にいくつもの素晴らしい夢本が製作されることとなったのである。
作り出された夢本は、四人の魔女、魔術師たちの弟子たちが経営する特別な本屋に並べられることになる。夢本屋に気づくことができるのも、夢本を手にすることができるのもある程度魔法の素質を持った者のみ。これは、魔法文化を広めるためにも有効なやり方なのだった。夢本屋に足を運び、本を楽しむことができる者達がある程度成長したところでスカウトし、新たな魔法使いを生み出す。夢本屋の本が非常に安いのは、金銭を得るためではなく、魔法と魔法による世界を広げることが最大の目的だからなのである。
――だから、夢本屋に来る人達は……少しでも、幸せでいてほしいんだけどねえ。
私は一人、ため息をついた。
とある町の夢本屋の店主であり、名前は“
カウンターの上には、回収されたいくつもの本が並べられている。夢本は人々を楽しませる最高のツールであると同時に、魔法使いの秘密がぎゅっと詰まった特別なアイテムでもある。店主を任されている私達が魔法でロックを外さない限りはただの絵だけの本であるし、ロックを外しても契約者本人でない限り夢本として使うことはできない代物だが。それでも、異世界の魔法がかかった特別な品であるのは間違いない。契約者本人が使用不能になった場合は、売った店主=魔法使いの弟子たちが責任を持って回収する手はずとなっているのだった。
今回もそう。
持ち主である剣崎大空が、夢本を使うことができなくなったためひそかに回収してきたのだった。私は“まるまるねこ、チェミーの冒険”の表紙を撫でて二度目のため息をつく。これを渡した時の彼の眼は、本当にキラキラと輝いていた。好奇心旺盛、楽しい事が大好き、新しいことにいつも挑戦したい。そんな子供こそ、魔法使いの素質を強く秘めていることが少なくない。そうでなくても、夢本を楽しんでくれるだけでも店主としては嬉しいことなのだ。
自分はけして、彼が不幸になるのを望んでこの世界に招いたわけではない。
少しでも、彼が彼なりのやり方で、新しい扉を開いてくれることを願っていたというのに。
――子供の好奇心が、少々斜め上の方に飛んでいってしまった結果かね。
子供は無邪気で、愛らしく、それゆえに時に恐ろしいほど残酷だ。
他人の世界に無理に踏み込もうとしなければ。そして、それを強引に踏みにじろうなどと面白半分に考えなければ、このような悲しい結末を迎えることもなかっただろうに。
禁忌には、必ず理由があるのである。
悪戯程度の気持ちで百人の子供が一人一回同じ店で万引きをしたら、そのお店は潰れてしまうことだろう。本人達は、“悪気はなかった”“ゲームのつもりだった”と言うかもしれない。でも、なくなってしまったお店が戻ってくることはないし、場合によっては店主がショックで首を吊ってしまうこともあるだろう。面白半分だからといって、それで許されることは何もない。子供だろうと、自分の行動には責任を取らねばならず、そして犯した罪を背負って償う義務もまた発生するのだ。
例え、法律で裁かれない年齢であったとしても。
その愚かさは、必ず誰かが見ている。時に、世界という存在そのものが裁きにかかることもある。
幼ければ、誰も知らなければ許されるなんて、そんなことはけしてないのだ。
「こんにちは」
聞きなれた声と、自動ドアを開く音に私は顔を上げた。店に入ってきたのは、どこか浮かない表情の眼鏡の少年だ。青海悠斗。この夢本屋の、すっかり常連となった小学生である。
「おや、いらっしゃい悠斗君。……何やら浮かない顔だね」
「ああ、いえ……」
彼は視線を彷徨わせた。その様子で、ピンとくる。
「何か相談したいことがあるなら言って御覧。私でよければ、話くらいは聴くとも」
多分今日の彼は、新しい本を買いに来たわけではない。どうしても尋ねたいことがあって、我慢できずに自分の元を訪れた、といったところだろう。そしてその内容には心当たりがあった。私はそれとなく、カウンターに出していた本を片づける。まあ、悠斗少年は、剣崎大空がどんな本を買っていたかなんて知る由もないだろうが。
「……実は、一昨日……久し振りに、初めて買った“平和の行進”の夢を見ていたんですが」
悠斗はおずおずと口を開いた。
「物語が、滅茶苦茶になっていたんです」
「ほう?どんなふうに?」
「あの物語は、序盤のシーンで……主人公であり、王族でありながら勇者になることを選んだ青年・ギルバートが王様に謁見して、魔族との和平交渉をするようにとお願いするところがありますよね。魔族たちも、何も戦争がしたくて侵攻してきているわけじゃない。だから彼等にも国民と同じ人権と永住権を保証すれば、和睦の道も開けるはずだ、と」
「うん、そうだね」
「でも、その王様との謁見シーンで……何故か、俺達は魔族の襲撃を受けたみたいなんです」
彼は困ったように、眉を八の字にした。
「このシーン、実は魔族の偵察兵が様子を見ていたことがあとでわかるんですけど。その偵察兵が何故だか強力な魔導書を盗んでいて、それでいきなり王様と勇者である俺を攻撃してきたみたいで。……こんなイベント、実際の物語にはなかったはず。それに、王様が死んでしまったらもう物語は軌道修正がきかなくなってしまう……だって王様は、ラストシーンで大きな見せ場があるんだから。夢本って、主人公が多少おかしな行動をしても、物語が自動で軌道修正されるようになっているはずですよね。それなのに、修正しようもない、ありえないイベントが起きるなんて……」
それでやむなく、その夜は夢本の世界から撤退したのだ、と彼は言った。どうやらその現象が何故起きたのか、バグだったのか仕様なのかを知りたいということらしかった。
「……恐らくそれは、外部から侵入者があったからだろうね」
説明に、さほど時間はかからないだろう。何故なら悠斗少年には、既に“禁止領域”の話をしてあるのだから。大空少年と違って、彼は忠実に私の言いつけを守ってロープには近づかないようにしていたようだが。
「夢本の魔法は、あくまで夢本を購入して契約した者にのみ正しく作用される。裏を返せば、契約もしていないのに侵入してきた者には働かないんだ。だから、その侵入者が何か物語をめちゃくちゃにするような行動をしても、夢本の修正機能が効かなかったんだろうね」
「……あの、禁止領域を誰かが踏み越えてきたってことですか?」
「そうなるね。……まあ、その人物はがもし、君が本を閉じた時にもまだ本の世界に残っていたなら……ろくなことにはならなかっただろうけど」
「…………」
私の言葉に、悠斗は何を思っただろう。バッグを抱えて、淋しそうに俯いた。
「……クラスメートの、剣崎君が。昨日の朝から、ずっと昏睡状態らしいんです。何をやっても、眼が醒めないんだって。何か悪夢でも見ているように魘され続けているって。……僕が見た、滅茶苦茶な物語と侵入者と。大空君は何か関係があるんでしょうか」
そして、ぽつりと呟く。
「せっかく夢本仲間ができて、友達になれるかと思ったのに……」
なんとも、皮肉な話である。剣崎大空は才能にあふれた青海悠斗に随分嫉妬していたようだが。実際、青海悠斗本人は、まったくといっていいほど大空を嫌ってはいなかったのである。ただちょっとコミュ障気味で、そっけない態度を取ってしまいがちというだけのこと。
本当は友達になりたいと思っていた、なんて。大空がもし今知ったら何を思っただろうか。少しは己の行いを反省しただろうか。
まあ、夢の世界に閉じ込められて二度と目覚めないであろう彼に、もはや出来ることなど何もありはしないが。
「早く、眼が醒めてくれるといいねえ」
私は何も知らないフリで、心にもないことを言うのだ。
「そしたら、君も友達が増えて楽しいだろうに」
「……そう、ですね。本当にそうです」
魔女と魔術師、その弟子。魔法に関わる者の多くが人間に寛容で、とても親切だ。
しかし、同時に掟を破った者には非常に厳しいのである。
その存在を、あっさり切り捨て、奈落の底へ落としてしまうほどには。
夢本屋と絶対禁止領域 はじめアキラ @last_eden
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