<3・嫌イナ少年。>

 そう、思っていたのだが。


――うっそだろぉ……!?


 初めて夢本屋に行ってから、一週間後。四冊目の本を購入するべくその場所に向かったところで、僕はあいつが夢本屋から出てくる姿を目撃してしまうのである。

 何故お前がいるのか、青海悠斗。

 成績でも運動神経でも、残念なことに顔面偏差値でも勝てないだろう相手。だから、この夢本屋のことを自分だけが知っている、というのが唯一のアドバンテージだと思っていたのに。


――しかも、めっちゃ本買ってたじゃん。ありえねー……!


 悠斗は、僕にはまったく気づかなかったようだった。夢本屋から出て、僕が来た方とは反対側、アーケードの奥の方へと歩き去っていく。その手には、夢本屋の茶色の袋がしっかりと抱えられていた。厚みから見て、二冊くらいは一緒に買っていそうだ。なんだか常連オーラも出していて、妙に腹が立ってしまう。

 最近は、新しい本を次々購入して好きな夢を好きなように見て、それはもう異世界転移気分を満喫していたというのに。正直悔しいったらなかった。お前が知らない面白いものを僕は知ってるんだぜ、なんてマウントも取れないではないか。


「はあ、サイアク……」

「おや?」


 入店してきた僕がずずん、とオドロ線を背負っていることに気づいたのだろう。店主のおじいさんが、目をまんまるにして僕を見る。


「どうしたんだい、大空君。今日はとってもテンションが低いみたいだけど。この間買った本、面白くなかったかな?」

「あ、いえ……そんなことはないんです、け、ど……」


 有りがたいことに、ここで買える“夢本”は非常に安い。どれくらい安いかというと、駄菓子レベルの値段だと言えばわかりやすいだろうか。二十円から六十円ばかりが相場であるらしい。おかげで小学生でもぽんぽんと連続して買いやすいのだ。普通の漫画やラノベなら、到底こんな値段で買えるものではない。

 本屋そのものも混んでいる様子がないし、一体どうやって経営しているのかまったく謎である。というか、この本達はどこから入荷しているのだろう。ここで見かけたレーベルの名前をいくつか検索してみたが、どれもネットでは引っかかってこなかった。まるで、現実世界には存在しませんと言わんばかり位に。

 最初に無料プレゼントされた“まるまるねこ、チェミーの冒険”が楽しかったので、僕は翌日からちょこちょことこの本屋に通い詰めるようになっていた。次の日には“カオスの騎士”を購入。その次の日には“輪廻のカサンドラ”を購入し、その次には“インスタント勇者、ルチル”を購入した。どれもこれも面白いものばかり、とくにインスタント勇者は“五分間だけ最強無敵の勇者になれる力を手にした少年が、知恵を絞って魔王と魔族と戦う”というのが非常に面白かったように思う。ただのチートスキル持ちより、欠陥があるスキルを創意工夫で役立てて敵と戦う方が戦略性もあって僕は好きなのだ。

 無料の本と合計するなら五冊目。自費で購入するのは四冊目。その新しい本をまた買いたくて、今日も友達の誘いを断り夢本屋へとやってきたわけであったのだが。


「……この本屋のこと、クラスで僕だけが知ってると思ってたのに。僕だけが面白いもの知ってるんだぞ、って自慢してやろうと思ってたのに。よりにもよって、僕が一番嫌いなクラスメートが本買ってるのを目撃しちゃって……サイアク」


 ついつい、僕は店主のおじいさんにぼやいてしまった。ぼやいてから、ばつが悪くなって視線を逸らした。僕にとっては悠斗はライバルであっても、おじいさんにとっては貴重なお客さんの一人であるはずである。こんな悪口を言われたところで、困ってしまうに決まっているはずなのに。


「さっきの子かい?青海悠斗君」

「なんで知って……ってよく考えたら魔法かける時に訊くんだっけ、名前」

「そうだね、購入者さんの本名を訊かないと魔法がかけられないからねえ」


 意外にもおじいさんは、さほど困惑した様子もなく話に乗ってきた。


「まあ、人間相性ってものはあるからね。恐らく君がこの夢本屋に魅かれている理由と、あの子が夢本屋に魅かれている理由は異なる。同じ趣味に対して違う楽しみ方をしているようなもの……そりゃ、気が合わなくても無理はないさ。ましてや、悠斗君はいろんな才能を持っている子だし、同じ男の子として反発したくなる気持ちもわからないではないよ。おじさんも、一応男だからね。若い頃は小学生やってたからね、想像はつくさ」


 はっはっは、と笑う彼は、もうおじさんというより立派なおじいさんの年齢なわけではあるが。

 なんだか少し不思議な気分になった。当たり前のことだが、目の前の老人にも小学生だった時があったのだ。白髪もない、その立派な髭もない、肌に皺もない。――残念ながら、彼の子供時代を想像するのは非常に難しかった。今の小学生とは、名前の付け方もファッションセンスも違うだろうから尚更に。


「ただ、一つだけ教えてあげよう。……君は長いことこの町に住んでいるのかい?」

「え?……まあ、ちっちゃな頃から住んでるけど」

「そうかい、そうかい。だったらこのアーケード商店街にも何度も足を運んでいるかな?それなら、自分でも不思議に思ったはずだ……この夢本屋、いつの間にここに出来たんだろう、ってね」

「!」


 それは、いつか僕からおじいさんに尋ねてみようと思っていたことだった。僕は思わずカウンターに身を乗り出していた。


「や、やっぱり!コンビニの隣、少なくとも本屋なんかじゃなかったのは覚えてるんだ。でも、コンビニと駄菓子屋の間に何があったのか全然覚えてないんだよ。ほんと、この間通りがかった時初めて本屋さんの建物ができてることに気づいて……!」


 ひょっとして、空き地だったのかもしれない。

 いずれにせよ、空き地に建物を建てるのであれば相応の時間がかかるのは当然なのだ。それなのに、自分はその“ビルが建築されている”過程を一切見た記憶がないのである。ある日突然、完成されたビル(それも妙に古めかしい)が出現したような印象だったのだ。それも、どこか古びた印象の本屋として。


「やっぱり、このお店そのものが魔法にかかってるのかな!?」


 さっきまでの、少し落ち込んだ気持ちも吹き飛んでいた。興奮して尋ねる僕に、店主のおじいさんは。


「そうだね。夢本は、魔法使いの中でも特別な資格を持った人間しか扱ってはいけない決まりになっているから。この店そのものに、しっかりと結界が張られているんだよ」

「ひょっとして……」

「そう。このお店が、夢を見る本が、必要な人間だけ。その中でもさらに、夢本との相性が良い一部の人にだけしかこの本屋は見えない。そして立ち入ることもできない。そういう意味では、君と悠斗君は選ばれた存在だと言うことができるかもしれないねえ……」

「……!」


 選ばれた存在。

 あの青海悠斗と同列というのはやや癪だが、それでも。


――な、なんかかっこいい……!


 僕の自尊心をくすぐるには、充分な響きであったのである。


「ていうか、おじいさんはやっぱり魔法使いなんだ」


 同時に、いろいろと納得させられたのだった。魔法で特別な結界を張っていたなら、この店が突然出現したように見えたのも道理というものである。


「ねえ、魔法使いって何?漫画であったみたいに、魔法使いの同盟みたいなのがあったりする?箒で空飛んだり、黒猫連れてたりするのかな?ていうか、僕も魔法使いになれる?」

「はっはっは。残念ながらそれは企業秘密だ」

「えええ」

「でも、この本屋に入れたということは、君は少なからず魔法との親和性があるということ。……夢本を使うたびに、素質が目覚めていく可能性も充分にある。……君が本当に魔法使いになれそうな時は、私から声をかけようとも。仲間になったら、秘密を全部話すよ。魔法使いのことも、魔法のことも、私達の“セカイ”のこともね」

「ほ、ほんと!?」


 よっしゃあ!と僕は思わず万歳をした。僕には魔法使いの素質があるかもしれない。そんなの、想像しただけでわくわくするではないか。それこそ、僕が望む、僕の為だけの夢本だって作れるようになるかもしれない。考えれば考えただけドキドキが止まらない。

 そうと来れば、今日も早速購入したい本を選ばなければ。夢本を使うだけで面白いのに、それが魔法使いの素質を開花させるかもしれないと聞いては買わない手はないのである。小学生のお小遣い(月に千円)は結構厳しいものがあるが、他の漫画を買うために残しておいたお金も使えば暫くは夢本を買い続けることができるだろう。

 まあ、どうしてもかさばるのは事実なので、本棚の整理をしないといけないのが難点ではあるが。


「……よし」


 そして、僕はとある一冊の本を選んで、棚から抜いたのだった。


「おじいさん!今日は僕、これ買ってもいいかな!」




 ***




 今まで買った夢本は全て、ファンタジーか現代ファンタジーだった。しかし、元々僕は結構漫画も文庫も読む方であるし、ジャンルもかなりいろいろ読むタイプだという自負がある。読まないのは、特に不思議な出来事が起きることもない恋愛系青春系の小説くらいだ(あれはどうしても退屈な気がして水が合わない)。

 ゆえに、今日挑戦したのはホラー小説だった。子供でも読める、そこまでグロテスクではないホラーがあるよとおじいさんにお勧めして貰った一冊があったのである。それが、“山小屋の怪”だ。ある小学生の男の子が、学校の遠足でとある山へ行く。しかし、途中で友達とはぐれてしまい、奇妙な山小屋に辿りつくという話である。そこから先はネタバレになってしまって面白くないから秘密ね、とのこと。

 多分その山小屋で幽霊が出たり、奇怪な事件に巻き込まれたりするのだろう。

 主人公が僕と同じ普通の小学生なのは味気ないが、それはそれ、共感しやすくてロールプレイしやすい立場と思えばそう悪い事ではない。


「お願いします、今から本を開きます」


 お母さんお父さんと同じ部屋で寝ていなくて良かった、と思うこの頃。

 僕はいつも通り呪文を唱えると、その本を布団の中に入れて電気を消し、就寝したのだった。不思議なことに、夢本を布団に入れている時はすぐに眠れるような気がしている。実は安眠効果もあったりするのだろうか。


――幽霊や妖怪って、現実にも本当にいるのかな。いたら面白いけど、僕は遭遇できなさそう。


 つらつらと考えながら、遠ざかっていく意識。


――まあ、いなくてもいいか。僕には、夢本屋さんがついてるんだから。


 ふっと思った時にはもう、僕の魂は体を離れて、ふよふよと本の世界に入り込んでいるのである。

 期待と共に目を開けば、そこはもう自分の部屋ではない。眩しい太陽の下、どこかの山の頂上の広場だ。子供達と先生が、レジャーシートの上でお弁当を広げている。今回はここからスタートする物語ということらしい。


「エンヤー!何ぼんやりしてるんだよ、早く弁当食べようぜ!」

「あ、うん」


 僕はわくわくしながらも、友達ポジションと思しき少年に腕を引っ張られ、シートの上に座ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る