第41話 おぞましい蛮行
地下牢に立ち入るなり、古川は狂乱した。
手当たり次第に暴れまわる彼を器用に取り押さえ、三國はここに来るまでの道々についてを手短に告げた。
「死体遺棄容疑で話をしてえと言ったら、わりに素直についてきやした。佐々木茜の遺体を吊り照明に乗せたのは自分で間違いねえと証言もとってます。ただ、ころしに関しては全面否認なんで、ここに連れてくりゃあすべて分かるとおもって来たんですが──」
想像以上でしたねェ、と三國は地下牢を見回す。
なおもしばらく手足をばたつかせる古川だったが、やがて消沈したかしずかになった。その手にはすでに三國の手錠がかけられている。
「ひとりでやったんか」
「所轄の高野に協力してもらいやした。あ、いま上で三橋さんといっしょに被害者たちの救急搬送準備を整えてます。応援もまもなく到着するかと」
「ほうか──せやったらさっさとあらかたゲロってもらわんとな」
と、森谷は愛河を見た。
ぎくりとした。彼女は、目をひん剥いて古川をにらみつけている。この世の憎悪をすべてその身に背負うかのごとく、その目は怒りに満ち満ちていた。
将臣はなるほど、と顎に手を当てる。
「コンサートホールでの死体遺棄は古川さんの独断だったのですか。男性不信なあなたが、この神聖な儀式のために男を使うとは意外でした」
「……女の子の斡旋にはもってこいだったのよ。彼、モテるようだから」
「サロンでさァ」
古川を引きずるように三國が近づいてきた。そのうしろには一花もいる。
裕子の顔に青筋が立った。
「サロン?」
と、将臣が首をかしげた。
「ええ。佐々木茜のSNSに、ピアノ系のサロンに行くってな書き込みが月に一度くらいの頻度でありましてね。不思議なことに毎度終了後のつぶやきはまったくねえんですが。古川がゲロッたんですよ。主催者は愛河先生で、その手伝いをしていたと。──アンタ美容系チャンネルの動画運営スタッフも兼任しているんだっけか。そっちづてで女の子を集めてまわってたわけだ」
「おっ……俺はただ──!」
「女の子たちが最終的にこうなるってことは知らなかった?」
将臣の声が尖った。
知らない、とさけんだが、そのうしろで恭太郎が「嘘つけ」と地団太を鳴らした。
「知っていたろ。いや、初めのひとりは知らなかったようだけど、二人目を紹介するときにはもう知っていたんだろうが。おかげで被害者はてんこもりだ。この色情魔。死んで償え!」
「ひっ……ち、ちが。俺、俺は脅されて……」
「脅されて? ハッ! 女の子たちに堕胎させてまわって、言うこと聞かなかった妊婦を階段から突き落として子を流して──それが職場にバレるのがこわかったってだけだろ。身から出た錆じゃないか。なにが脅されてだ、了見違いもはなはだしいッ」
「清々しいほどのドクズだなあ」
と、なぜか感心する将臣。
代わりに沢井が古川に詰め寄った。こちらは恭太郎以上に怒髪天状態のようで、その顔面は人をころせるほど凶悪にゆがむ。
「サロンでいったい何をした。被害女性たちがこうまで釣られるってなァおかしいだろう。知っていることをぜんぶ吐け」
「ちがう。お、俺は……」
「てめえの言い訳は署で聞くんだよ。いいから事実だけを話せと言ってるッ」
ガン、と鉄格子を蹴り飛ばす沢井。
音はしばらく響いたが、裕子はへらへらと微笑を崩さない。しかし古川はまだ正気らしく、がたがたと身体をふるわせて泣き出した。
「は……初めは歓楽街にひとりでいる子とか、家出少女なんかを誘ってこの家に連れてくるんだよ。連絡先は俺と交換する。だいたい二回目くらいまでは真嶋史織の宣伝茶会で終わるんだ。で、でも三回目は──愛河さんから指定された子だけに声をかける。選定基準は知らないけど……」
「なるほど。そこで処女選定をしていたわけか」
将臣は淡々とつぶやいた。
古川がつづける。
「家についたら、なんの薬か知らないけど錠剤を飲んでもらって──それだけ。あとは先生とバトンタッチして、俺の仕事はそこで終わりなんだ。で、でもある時、こ、ここの存在を知っちまって。俺、俺には意味がわからなくて」
「中田聡美と遺体処分をたのまれたのか」
「あ、ああ──中田さんは軽トラに乗せて、棄てた。でもきっとあんな状態じゃ身元も分からなけりゃ、あの人まで足はつかないだろうとおもったんだ。だ、だからほかにも遺体が発見されたらいいとおもって、……こ、このイカレ女がはやく捕まりますようにって……!」
「イカレ具合ならどっちもどっちだ。バカタレ」
沢井は吐き捨てた。
が、将臣が眉をしかめる。
「薬って?」
「ハルシオン」
恭太郎がぼそりと言った。
「自分に処方されていた薬だ」
と、視線を裕子に向ける。どうやら意を決して、ふたたび彼女の声を聴くことにしたらしい。薬の名を聞いた三國が「ああ」とうなずいた。
「睡眠薬だ」
「ベンゾジアゼピン系の睡眠導入剤やな。前向性健忘の特性を生かしたわけや──睡眠薬飲ませて、なにしたんです」
と、森谷が裕子のとなりにしゃがむ。
しかし裕子は見向きもせず、恭太郎を見てうっそりとほほえんだ。どうやら恭太郎の体質が分かったらしい。あえて聞かせている──のか。恭太郎はみるみる顔色をわるくして、
「うるさいだまれッ」
と耳をふさいだ。
「うふふゥ。あはは、あは……そう。それからここに連れてくるの。みんなを集めたら曲をかけて──たのしむんだ」
「……曲?」
「♪────────♪」
裕子が口ずさんだのはあの旋律だった。
儀式の合図よ、と彼女は破顔する。
「この曲を聴きながら、夢うつつのなかでたくさん快楽を与えてあげるの。目が覚めたらあの子たちに夢のひと時の記憶はなくなるけれど、それを幾度か繰り返したら、あの子たちはあの曲を聴いただけで濡れるようになる。からだは覚えているのね」
「おい」
沢井がうなだれた。
「わかったもういい。そういう話なら署でじっくり」
「いいえまだよ! やがてあの子たちは無意識にここへやってくる。自ら、からだを差し出すの。ひととおりそのからだを嬲ってあげるとよろこぶんだわ。それで」
「もういいと言ってる! 俺ァそういう、女が食いもんにされる話がいっちゃん癪に障るんだ。……」
「刑事さん」
裕子がわらった。
「刑務所って、美容液はあるの?」
その一言に、その場の全員が固まる。
「私いやだわ。綺麗じゃなくなるなら、今ここで死ぬ方がいい」
「き、貴様──」
沢井の肩がふるえた。
すかさず森谷がその体躯をおさえる。
「さっき中田聡美を棄てた理由に、『口をきいたから』言うたやろ。あれはいったいどういうことや。だれと口をきいたんや?」
「…………」
とたんに裕子は口をつぐんだ。
あれほど狂喜に満ちた笑みを浮かべていた顔も、一気に無表情へともどっている。これ以上恭太郎から聞き出すのも酷だろう。いったいなにを聞かされたのか、彼はいまにも吐きそうなほど顔面を蒼くしているのである。
将臣がゆっくりとまばたきをした。
「……それじゃあ今度はあなたの話をしましょう。先生。あなたの、恋物語です」
ハッと息を呑む音がした。裕子である。
旦那に不倫され、娘は事故で死んだ。
その事故は決して故意ではなかった。いや、もしかしたらすこしは故意だったのかもしれぬ。すべては憎き男の血を受け継いでいるという八つ当たりのため。
けれど裕子も母親だった。
娘が死んでから、すべてのことに手がつかなくなってしまった。あまりの憔悴ぶりに、月に一度来るピアノ調律師の職人が「病院に行った方がいい」と助言してくれた。その送迎を買って出てくれたのが、当時まだ見習いだった岩渕竹生。
彼は調律の仕事をするかたわら、献身的に裕子の世話をした。
とはいえ月に数度の訪問、負担という負担もなかっただろうが、裕子はたいへんな感謝をした。極度の男性不信に陥らなかったのも、きっと彼のおかげかもしれない。
ある日──真嶋由紀子から、子どもの講師をしてほしいと言われた。
それが史織との出会いだった。
彼女はとても腕が良かった。
歳も、生きていたら娘とそう変わらないし、よく話を聞いてみると母親が嫌いだと言ってなにかと懐く。頻度は週五日なのでいっしょにいる時間はもはや親よりも長い。
娘を亡くしたばかりの裕子にとって、彼女が『本当の娘』みたくおもえてきたのは至極当然のことだったのかもしれない。
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