第5話 トラ、意気消沈

 僕が着ぐるみを着る時間に合わせて、奥さんと娘も会場にやってきました。

 

 狭い視界から覗きます。

 抱っこされた娘がいました。

 2歳くらいだったかな…

 怖そうに僕、つまりトラの着ぐるみを見ています。


「ねえ、パパ…?」

 妻が訊いてきます。

 着ぐるみの外からじゃ誰だかわからないもんね…。


 うなずくトラの着ぐるみ。

 でも頭が重いのであまりうなずけません。

「パパなの…?」

 うんうん…

 着ぐるみがしゃべるのもどうかと思うので…

 一生懸命うなずきます。


「りほ、パパだって!」

 その幼児に手を振るトラの着ぐるみ。


 まだ難しい顔をしているりほ。

 ほっぺを撫でてあげるトラの着ぐるみ。


「え…奥さんなんですか…」

 サポートの女性の声がします。


 うなずく着ぐるみのトラさん。

「いつもお世話になっています…」

 奥さんとサポートの女性がほぼ同時に挨拶しています。


 トラさん、つまり父親の僕から目を離さない娘。

 すっごく難しい顔をしています。


 トラさん、がんばって手を振ってあげています。

 重いのに、汗だくなのに…


 娘の難しい顔がだんだんと悲しい顔になっていきました。

「うっ…うっ…」

 これは…えっ…泣くか…


 トラさんから目を離し、妻の胸に顔をうずめる娘。

 叫ぶとゆうより昔からさめざめとね…泣くのです、この子は。

「泣いちゃった…」

 娘をあやす妻。

「トラさんね…パパなんだよ…」

 トラ、つまり僕をまた見る娘。


 今度はすぐに目をそらし妻に密着しました。

「わからないもんね…」

 サポートの女性が笑っています。

 わからないよね…

 し○じろうじゃないけれど、見た目はトラだもんね。


「またあとでね…」


 愛する娘と妻はトラから離れていきました。

 トラさん、娘に喜んでもらえると思ったのに

 重いのにがんばって着ていたのに意気消沈です。


 でも仕事はきちんとやります。

 そのあとも愛想をふりまき交代です。


 妻の勤める薬局からもらったファブリーズを着ぐるみ内に散布して。


 でもね、あの遊園地のネズミさんその彼女やら子供に人気のある赤いリボンの双子の猫さんたちってすごいです。


 フジテレビの緑の恐竜は、他のお話でも書きましたがスキーもインストラクターくらい上手ですしね。


 よく動くしダンスまでね…


 ちがうな…


 彼らの中は

「夢と希望」や

「愛と勇気」が入っているのでした。


 だからだね、だから動きが全然違うのです。

 三十代のおっさんではないのです。


 ファミリーセール、着ぐるみの中に入ったお話でした。


        了

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着ぐるみの中 @J2130

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