第12話 爺さん、魔女と語る 改
魔女は大騒ぎした後、切断された鱗を手に取り観察を始めた。
「切断面が綺麗すぎるね。熱を加えた様子もない・・・」
ブツブツと何か考え始めたのか大人しくなる。
「おじいさん、お話は終わりましたか?」
「どうしたロッタ?」
「今日、魔法の練習をしますか?」
ここ一ヶ月、魔法の練習が就寝前の日課だった。
「あんた魔法を使えるのかい?!」
「ただの生活魔法だ。おかしくあるまい。」
魔女のクワッと見開いた目が生活魔法と聞き半目になった。
「おかしくないね。人間誰しも微量の魔力を持っているからね。」
「そういうことだ、ロッタ、私に洗浄魔法を唱えてくれ。」
「はい!では、洗浄!」
戌亥の体が綺麗に洗浄される。
「ちょっとお待ち!小娘の魔力の色、薄すぎないかい!」
ロッタが驚き戍亥の影に隠れた。
「魔力の色が見えるのか?便利だな。」
「茶化すんじゃないよ、あんた小娘に何をしたんだい?!」
食卓に身を乗り出し戍亥に詰め寄った。
「何もした覚えがないが。」
「嘘を言い!あんな薄い精霊力では発動しても効果が発揮されないよ!なのに効果が発揮している。
状況からして神の力が混ざり込んでいるのは明らかだね!」
いちいち興奮しなきゃ話せないのかと戍亥は思った。
「何か神の力に関係するものを触媒にしていないかい?」
「特にないぞ。」
「おばあさん、もしかして不思議なお食事のこと?」
ロッタが恐る恐る口を挟んだ。
「なんじゃ、こむ、いやロッタ、このばばに教えてくれんか?」
ロッタの目が戍亥に判断を求めている。
戍亥はコクリと頷いた。
「おじいさんから貰う食事はお腹が一杯になるまで無くならないの。
それに疲れが取れてとっても楽しい気分になるの。
不思議でしょう?」
「
魂が抜けたようにロッタを見つめる魔女。
怯えるロッタ。
「おまえ、さん、は、何て、もの、を人、に、与えるん、だい・・・」
「別に毒ではないぞ、一ヶ月以上食しているが健康に害は見られん。」
魔女は白目を剥いて気を失う。
意識を取り戻した時、ロッタは就寝していた。
「のう、私の名はカリエンテ。おまえさんの名を教えておくれ。」
「戍亥 仁だ。」
「頼みがある。イヌイの魔法を見せてくれんか?」
戍亥は片手を上げ、手のひらをカリエンテに向ける。
「洗浄」
戍亥の波動が魔女を包むと魔女の顔の造形が変わっていく。
肌からシミとイボが消えて
斜視が治り目の形が左右同じ大きさになる。
大きな鉤鼻が小鼻になり、デキモノが消える。
薄い口元から乱杭歯が見えなくなる。
極めて十人並の年相応の顔に変化した。
その変化は余計面倒になりそうなので黙った。
「たしかに魔法だが、これはイヌイ独自の魔法になっておる。」
「街娘に教えてもらったんだがな。」
「感覚だけ覚えて自分なりの概念で発動したのではないか?」
思い返すと確かにそうだなと納得した。
「とんでもない奴よの、新たに魔法を作りおった。」
溜息をして鼻を触ろうとした指が空振る。
途端、自分の顔を触り確認すると手鏡を空中か取り出す。
手鏡を覗き込んだ魔女が絶句した後、戍亥を凝視した。
「これは奇跡か?イヌイの仕業か?」
そう言うと涙をボロボロ流し、静かに号泣した。
「長い年月、色々と無茶をした。
結果、呪いに侵されてしまいこの様よ。
何を試しても解呪できんので諦めておった。
それを洗浄するとはの。」
ひとしきり泣いた後、ぽつぽつの身の上を語りだした。
「わたしは魔法学院で教師をしておった。
神の力の一端に触れて以来、研究に人生を捧げてきた。
真理の探究に憑りつかれたのさ。
文献に神龍を見つけてからは聖域により近い樹海に移り住み、一人探究を続けておった。
そして街に買い出しに来て看板に偶然出会った。
いや、お導きかもしれないと今なら信じられる。」
一旦区切り、大きく息を吸って吐く。
「イヌイ!わたしに其方を研究させてくれ!
いや間違えた、私の伴侶になっておくれ。」
「断る。」
本音を先に漏らすあたり、実に世間知らずの研究者らしかった。
「頼みます!イヌイ殿は働かずともよい。
その少しばかり家事をしてくれるだけでよい。
三食昼寝付の破格の条件ぞ!」
土下座しそうな勢いだ。
「私は男妾になるつもりは無い。」
「若いだけの子持ちの女より、年が近い処女の方が気安くないか?!」
とんでもない爆弾発言を聞いた。
「私とあの親子はお前の考えているような関係ではない。」
「お願いします!イヌイ様!もう一人は寂しいんです!
このまま一人何も残せず朽ち果てるのが怖いのです!
男を知らずに死ぬなんてイヤー!」
カリエンテが戍亥に抱き着いてきた。
「一人が嫌ならロッタ親子と一緒に暮らすのはどうだ?」
エグエグ泣くカリエンテの背中を摩りながら戍亥が提案する。
ロッタ親子の事情を説明する間も優しく愛撫を続ける戍亥。
泣きやんだカリエンテは惚けた顔でうんうんと頷いていた。
「提案を受け入れてくれれば鱗をもう二つ与えよう。
聖餐も持っていくがよい、ロッタは魔法の才能がある。
カリエンテの知識を後世に残してくれるはずだ。
悪い話ではなかろう。」
鱗と聖餐の話が出たとき現実に引き戻されたカリエンテは即決した。
「かしこまりましたイヌイ様!鱗と聖餐の件をお忘れなく!」
カリエンテは根っからの研究者だった。
すでに朝である。
一晩中カリエンテに付き合わされていた。
起きてきたロッタ親子が魔女の顔を見て驚く。
朝食に聖餐を用意した。
「これが聖餐ですか?あまり美味しくありませんね。」
ありがたそうに聖餐を食するカリエンテ。
戍亥はロッタ親子に経緯を説明した。
「おじいさんとお別れするの嫌だ!」
ロッタは激しく反対をする。
「このままお母さんが一生外に出れなくてもいいのか?」
「それは嫌!」
ロッタは泣きべそをかき始めた。
「ロッタ、お母さんは賛成よ。
お母さんも外でお日様を浴びて散歩したいわ。
でもこの街ではできないの。」
ベアトリーチェはロッタを手を握り困った顔をする。
「お母さんを困らしてはいけないのよね。」
戍亥は頷いた。
「わかりました。おばあさんと暮らします。」
そう決意すると無理に笑顔を作った。
「イヌイ様、屋敷で準備があるので2日後また迎えにきます。
ロッタちゃん、ばあばと先に行ってお手伝いしてね。」
「はい、おばあ、ちゃん。」
2人とも覚悟が決まると打ち解けるのが早い。
カリエンテは自分のことをおばあちゃんと呼ばせることにした。
「行ってきます!おじいちゃん!お母さん待っててね!」
カリエンテとロッタが箒に跨り、ミミを紐で吊って飛び去っていく。
魔女の様式を徹底しているなと感心する戍亥だった。
「イヌイさん、お話があります。」
二人の姿が見えなくなるとベアトリーチェが話しかけてくる。
「イヌイさんにお礼をさせてください。」
ベアトリーチェが戍亥の背中に抱き着いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます