第13話 爺さん、素描をする 改

「イヌイさんの望むことならば何でもします。」


背に顔を当て小さな声で語りかける。

クックックッと笑い声が聞こえた。


「何でもすると言ったな。撤回は許さんぞ。」


「覚悟はできています。」


戌亥はプルプルと震えるベアトリーチェを置いて1階に降りる。

そして椅子を2脚運び入れ、窓側と扉側に配置した。


「あのそれは何に使うのですか?」


「これから其方にはモデルになってもらう。そちらの椅子に座りなさい。」


言われた通りに椅子に座り、戌亥が窓の長布を引き、部屋の魔法灯を灯すのを見ていた。


「ではポージングをするぞ。触ってよいか?」


「はい。ご自由に。」


許可を出した途端、戌亥の手が体のあちらこちらに触れてきた。


「ふむ、違うな。こうかな?いやこうか。」


ぶつぶつ呟きながら頭の向きや手の位置を変えられた。


「顔の角度はここだ。

手の位置はここだ。

微笑んでくれ。

違う!笑うな微笑むんだ!

そうだ、目線はここに表情を崩すな。

良し!そのまま許可を出す迄動くな!」


いつもと様子が違う戌亥にベアトリーチェは困惑する。

ポージングに満足した戌亥は扉側の椅子に座り、画板と黒鉛を手に取った。


(私は何をしているの?

いや、されてるの?

こんな事で恩を返せるの?

こんな楽な事でいいの?

ただ座っているだけよ?

もっと生々しい事を要求されると思っていたのに。


イヌイさん、おじいちゃんの割に逞しい体してるし男前なのよね。

私、少し期待してたのに。

ロッタを産んでから育てるのに必死で男と縁が無かったし、久しぶりに楽しめるかなって。)


シャッシャッと何かが擦れる音が聞こえてくる。

興味が湧きチラリと戌亥の方を見た。


「動くな!」


戌亥の厳しい声で慌てて目線を戻す。


(何か怖い雰囲気・・・)


額から冷や汗が一筋流れ落ちた。


「汗をかくな!」


(ええっ!無理!)


静まりかえる部屋の中で素描の音だけが聞こえた。


どのくらいの時間が過ぎただろうか。

ベアトリーチェの体に限界がきていた。


(もう無理!背中と腰が痛い!

なんで座っているだけなのにこんなに辛いの?!

顔が引き攣る!腕がプルプルする!

それに、おしっこがしたい!)


依然として戌亥は素描に没頭していた。


「もうダメェ!我慢できない!お願い!イかせてぇぇ!」


「うむ、仕上がった。動いてよいぞ。」


言い終わる前に脱兎のごとくトイレに駆け込む。

ベアトリーチェの尊厳は守られた。


トイレから戻ると戍亥が椅子の向きを調整していた。


「次だ。」


「えっ?!終わったのでは?」


じりっと後退あとずさるベアトリーチェ。


「なんでもすると聞いたが、聞き間違いか?」


「聞き間違いではありません。

やります!やりますけど、少し休ませてください。

体がもちません。」


聖餐せいさんを取り出すとベアトリーチェに差し出す。


「これを食べて回復するのがよい。すぐに始めるぞ時間がない。」


「はい・・・」


(時間が無い?まだ1日と半日あるんですが?)


その後、戌亥の日課である孤児院稽古まで休む時間も無く拘束された。


「今日はこれで終了する。明日も頼んだぞ、ベアトリーチェ。」


ベアトリーチェに洗浄を唱えた後、聖餐せいさんを置き孤児院へ出かけた。


ベアトリーチェは食卓の上の聖餐せいさんを恨めしそうに見つめた。


稽古を終え家に帰り窓側の部屋を覗くと、魔法灯が一つだけ灯っている。

ベアトリーチェの寝息が聞こえてくる。

足音を立てずに布団の側に腰を下ろすと画板を構えると、口が半開きで今にも涎が流れ落ちそうな無垢な寝顔の素描をはじめた。


▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽


「今日は裸体の素描をする、服を全部脱げ。」


突然の破廉恥宣言に息を飲むベアトリーチェ。


「あの、全部ですか?下着もですか?」


「私は裸体と言った。」


逡巡したが覚悟を決めて全て脱ぎ捨てる。

体は小さいが体形には自信がある。

小振りながら張りのある乳房、腰は括れお尻は垂れていない。

下腹の控え目なぽっこりが玉に瑕ではあるが、年相応と言える程度である。

仁王立ちになり、自分の裸体を誇らしげに晒した。


(どうよ!私の体に欲情しなさい!)


戌亥は無言でベアトリーチェの体を見つめる。


(えっ?!やだ!そんなに見つめないで!恥ずかしい!だめ!立ってられない!)


戌亥の視線に毛穴の一つ一つまで視姦されている錯覚を感じた途端、羞恥心に苛まれ腰が抜け尻もちをついてしまう。


(イヤァ!私の恥ずかしいトコロが!見ないでぇ見ないでぇぇぇ!)


「よし、構図は決まった。はじめるぞ。」


絵の素材という名目の調教が開始される。

腰が抜けて動けないベアトリーチェを抱き上げ布団の上におろす。

治癒を施すと遠慮せず体に触れ姿勢を整えていく。

戌亥の手が触れる度に体がピクリと反応した。


(ああ、の暖かい手、気持ちいい。

ダメです、感じすぎます、そこはもっとダメです。)


息も荒く、体が紅潮し発汗している。

股間がたいへんな事になっている自覚がある。

ベアトリーチェは羞恥と快感で意識朦朧となった。


「よし、この姿勢を維持してくれ、頼むぞベアトリーチェ。」


背を愛撫しながら告げるとベアトリーチェの体が痙攣し脱力する。


(らめぇぇ!イっちゃう!イくぅぅぅ!!)


布団を派手に濡らしたことにも気付かずに果てた。


「・・・」


口をへの字にした戍亥は清浄と治癒を唱えると、聖餐ネクターを口移しで飲ませる。

ほどなくしてベアトリーチェは覚醒した。


「飲んで気を静めろ。落ち着いたら先ほどの姿勢を取りなさい。」


聖餐ネクターをクピクピと飲み干し、姿勢を取り直すと素描がはじまった。


その後、何度か絶頂失神を繰り返し1日が終了した。


▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽


翌日、上機嫌のカリエンテが訪れた。


「イヌイ様、おはようございます。」


「おはよう。やはり若返ったか。しかしこれは・・・」


若返りは自身の身で実証している。

おそらくはと予想はしていたがダメージ修復を伴わない若返りが、どの程度であるかは不明であった。


解呪後の姿から実年齢は40歳後半だと推測していたが、地味顔を詐欺メイクで盛りまくり30才前半の美女に劇的変化を遂げていた。


「いかがですか?ロッタに手伝ってもらい初めて化粧をいたしました。」


「うむ、よく化けておる。感心したぞ。」


「化けるなんて酷いです!訂正してください!」


プウと頬を膨らまし可愛らしい仕草を見せるが化粧にヒビが入る。

戍亥は懐から手鏡を取り出しカリエンテを映した。


「あらいけない!ロッタに不用意に表情を崩すなと注意されたのに!」


手鏡をひったくると後を振り向くと化粧直しをはじめた。


「ベアトリーチェ、荷造りは済んでいるか?」


「はい、いつでも出発できます。」


2階から返事があり、荷物をもったベアトリーチェが降りてきた。


「カリエンテ様、おはようございます。

今日からお世話になります。よろしくお願いします。」


衣服だけを持っての引っ越しなので荷物はさほど大きくない。


「イヌイ様、今後の話となりますが樹海を離れて隣村へ越そうと考えております。

樹海の住まいは神龍目的でしたが、この街に神の力があるならば拘る必要はありません。

何しろ樹海は危険ですのでおちおち外出もできませんからね。」


若返った影響かカリエンテの言葉使いが変化していた。


「これは鱗と聖餐だ。研究に役立てて欲しい。」


「イヌイ様、ご配慮とても嬉しく思います。」


布ごと戌亥の手を握りしめるカリエンテに既視感を覚えた。


「イヌイ様、親子共々たいへんお世話になりました。

ありがとう、本当はずっとここに居たい。

イヌイ様を看取りたいけど私の心を先に治さなくちゃですよね。

治ったら必ずイヌイ様の元へ戻ります。」


ベアトリーチェは戌亥とカリエンテの間に割って入り抱き着くと告白する。

それに対抗心を燃やしたのかカリエンテも抱き着いてきた。


争いになるかと思われたがベアトリーチェが半身ずらしてカリエンテの場所を空けた。


「仕方がないな。」


戌亥は呆れながらも二人を抱き締め、背中を愛撫し続けた。


二人が去っていったあと、他人の気配が無い生活空間を味わうのは久しぶりだった。


食卓の上には3人分の食器が積まれている。

2人分を収納しようと思い、手を伸ばしかけてやめた。


「今日は絵具を見てくるか。」


誰に聞かれるともなく呟いた。

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