第5話 爺さん、女を浄化する 改

料理を運んできたイザベラが給仕をすると言い出す。

テーブルに料理を並べ終えると正面に立ちニッコリとほほ笑んだ。


「私からのお願いなのだがご一緒していただけませんか?」


とても一人分には見えない量を察してイザベラに提案すると、パアァと顔を輝かせた。


「はい!喜んで!」


待ってましたと言わんばかりに椅子に腰かけナプキンを胸元にかける。

そしてワインのボトルを持ちグラスに注いだ。


「イザベラさんとの出会いを祝して。」


口に含むと芳醇な香りが口一杯に広がる。

前世でもこれほどの白ワインは滅多にお目に掛かれない。

充分に味わいながら一口目を飲み干す。


そして改めてテーブルに目をやると、なるほど白ワインにマッチした料理が並んでいた。


肉料理にナイフを入れると程よく火の通った断面が見える。

ミディアムレアに焼き上げた肉は柔らかくソースとの相性が抜群である。

そして白ワインがまたよく合う。


「たいへん美味しいですな。

もしかしてイザベラさんがお作りになったのでは?」


戍亥が食べる姿を熱心に眺めていたイザベラの顔が真っ赤になる。

イザベラは目を見開きブンブンと頷いた。


「賢くて料理も上手!

そのうえ可愛らしい顔立ちと抜群のスタイル!

非の打ち所がありません!

イザベラと結婚する男が羨ましい!」


程よく酔いが回り口が少し軽くなるとお世辞を恥ずかし気もなく口にする。

更には意識的にイザベラと呼び捨て反応を見ていた。


「そんなに褒めてもらうのは初めてです!嬉しい!」


イザベラは酔いと気恥ずかしさで体が火照り鼓動が早くなるのを感じる。

戍亥はそんなイザベラの反応が楽しく徹底的に褒めちぎった。


ノックする音が聞こえ、母親らしき中年女が食器を下げに現れる。

名残り惜しそうに食器をワゴンに片づけるイザベラ。

それを横目で見ながら母親がワゴンを押して部屋を出た。


「それでは失礼いたします。よい夢を。」


「夢よ行かないでおくれ。」


背を向けたイザベラを抱きしめ耳元で囁いた。


「今宵お伺いいたします。」


かろうじてそれだけ言い残し部屋を出て行った。


戍亥はかなり酔っていた。

酔うと気分が良くなり思っていない事を無意識に口にする。

当然のように一晩寝ると忘れてしまう性質の悪い癖があった。


酔いで浮かれた戍亥はイザベラが来るまでの間、空の散歩を楽しむことに決める。

窓から飛び出すと繁華街上空で人々を見下ろした。


街の喧騒の中に人々の喜怒哀楽の声が聞こえてくる。

そして時折混じる助けを呼ぶ声に耳を傾けた。


女、子供が圧倒的に多い。

全てを助けたい気持ちに駆られるが、助けたところで一生面倒をみてやれるわけではない。

助けの声を拾っているうちに何時の間にか城壁脇の街外れへと流れていた。


幾つもの助けの声を切り捨て部屋へ戻ろうとした時、大音量のノイズのような激しい怒りと悲しみの声が頭に突然鳴り響いた。


「いっ、今のはかなりビビったぞ!」


ドッドッドッと早打ちをする心臓押さえ足元の商家を見る。

家全体が得体の知れない黒い霞に包まれていた。


「霊能力は持っていなかったよな。今なら見えるのか?」


湧きだした好奇心を止める術を戍亥は持ち合わせていなかった。


▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽


その頃、誰もいない部屋にイザベラが訪れる。

そっと扉を開き音を立てないように閉めると、羽織っていた外衣ガウンを脱ぎ捨てた。


透けて見える寝間着姿で寝室に向かい寝台を見ると姿が見えない。

部屋中を隈なく探したが見つからなかった。


「どこへ行ったのかしら?外へ出てはいないはずなのに?」


そう呟き寝台に腰を下ろした。


▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽


戍亥は空中から2階窓を覗くがカーテンが邪魔して何も見えない。

1窓は店の玄関扉と脇の小さな窓のみで中が見えない。

流石に不法侵入までは考えず立ち去ろうとすると、男の助けを呼ぶ声が微かに聞こえた。


玄関扉を力づくでこじ開け中に入ると床下から断末魔が聞こえる。

地下室への階段を見つけると飛び降りた。


男は倒れていたが首だけが天井のランプで照らされている。

顔は恐怖と苦痛で歪んでいた。


落ち着いて目を凝らすと男の上に黒い影が覆い被さっている。

6つの小さい影と1つの大きな影が振り向いた。


「ああ、あなたぁ・・・呪縛を・・・解いてぇ・・・」


黒い影は女の姿になり這い寄って来た。


「じゅ、呪縛?そんなものは解けんぞ!」


逃げようかと考えるがもう一方で話を聞きたい自分もいた。


「う、ウソよぉ、か、神ぃさまの御手がぁ見ぃえるのぉ。」


女の手が足を掴んだ。


「お、願いぃよぉぉ。たすけてぇぇ。」


女は血の涙を流して懇願した。


「どうしたらいいんだ?」


「御手でぇ私ぃを癒してぇぇ。」


取りあえず戍亥は女を抱きしめると背中を擦る。

それはそれは情を込めて擦った。


「あっ!くっ!ふっ!・・・あああっ!」」


女から艶っぽい声が漏れてくるが構わず擦る。

すると女はガクガクと体を痙攣させ膝から崩れ落ちた。


女から黒い影が消えて若く美しい女体が現れる。

小さな影が集まり乳首に吸い付こうとするが影が邪魔をしていた。


「お前たちは赤子か。可哀そうにな。」


やはり情を込めて擦ると可愛らしい赤ん坊に変わり我先に乳首に吸い付いた。


「これこれ乳首はふたつしかないのだ。順番にな。

この爺が30数えたら交代だ、よいか、いーち、にー・・・」


戍亥は乳首待ちの赤ん坊を抱きかかえ順番に撫でた。


「女の子6人か。おお、よしよし。」


すっかり好々爺と化した戍亥は女が目覚めるまであやし続けた。


▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽


「それで呪縛とはなにかな?」


目覚めた女は赤ん坊を見ると抱き締めたまましばらく号泣する。

気が晴れたのか戍亥にしきりに礼を述べる。

戍亥は呪縛について話を聞くことにした。


「長くなるけどいいかなぁ?」


「構わんぞ、夜はこれからオールナイトだ。」


「私の名前はソフィアです。ねえあんたの名前は?」


「私は戍亥 仁だ。」


「異国の名前なんだね!ジンさんでいいかな?」


「よいぞ。」


ソフィアはニコニコ笑いながら自身の壮絶な一生を語りだした。


とある村に家が隣同士の男と女の幼馴染がいました。


二人はとても仲が良くいずれ結婚するものと全ての村民は思っていました。


ある日、豪商の末の息子が村に行商に来ると女に一目惚れしました。


女は嫌がりましたが都でしか手に入らない衣服やアクセサリーを貢がれ、一回だけならと食事の誘いを受けました。


末の息子は料理に薬を盛り、発情状態になった女を自慢の息子で堕とし自分の女にしてしまいました。


末の息子は女を村から連れ出し城塞都市で商売を始めました。


商売は軌道に乗り一時は大通りに店を構えるほどでした。


ですが妻となった女が商売敵の息子と恋愛関係となり、店の秘伝を漏洩してしまいました。


当然店は没落し規模を縮小してこの場所で再出発を計りました。


妻は当たり前のように捨てられ、おめおめと裏切った夫の元へ帰ってきました。


しかし妻が張本人だと知らない夫は「落ちぶれた自分の元に帰ってきた」と大層喜び不自由をさせませんでした。


しかし不幸は直ぐに訪れました。


女は妊娠していたのです。


勿論夫の子ではありません。以前の交際相手の子でした。


いくら鈍い夫でも半年以上関係がなかったのでばれました。

夫は怒り狂い妻を地下に閉じ込め薬漬けにして毎晩犯しました。


子供は夫の憎しみを込めた突きで流れてしまい、以降何度も妊娠流産を繰り返しました。


6人目が流れた時点で出血多量で妻は死にました。


しかし夫の恨みは妻の死で晴れることはありませんでした。


妻の死体に反魂と防腐の魔術を掛け毎晩死体を犯したのです。


いくら魔術と言えど少しづつ肉体は腐敗していきます。


妻は生きながら動けず腐敗する恐怖で狂い怨霊と化しました。


そして夫を呪い殺しましたと・・・。


「私って最低最悪な女ですよね。

何人もの人を不幸にして恨まれて殺されて。本当にバカよ・・・」


ソフィアは後悔の涙を流し続けた。


「反省しているのか。よい心がけだな。それで呪縛というのは?」


「えへっ実はもう解けています。」


「んんっ?」


「ほら、黒くないでしょ!もういつでも輪廻に戻れます。

転生できるかわかりませんけど。」


「随分詳しいな。」


「教会の教えよ。みんな輪廻転生を信じているわ。

次の転生でよりよい魂となっていずれ神様になるの。

人生はその為の修行の場なのよ。」


「そうか、そうなのか。良い事を教えて貰った。ありがとう。」


戍亥が礼を述べ頭を下げるとソフィアは照れてモジモジと体を動かした。


「転生ができないかもしれないと言っていたがどういう事だ?」


「人生で人を殺したり騙したり裏切ったりすると地獄に堕ちるんです。

もう全部やっちゃったから確定ですよ。なんであんなことしたんだろう。

頭が狂ってたとしか言いようがないわ。」


「ふむ、定番なセリフありがとうございます。」


「?」


「ここで知り合ったのも何かの縁だな。

子供達と引き離されるのも辛かろう。ひとつお願いをしてみるか。」


戍亥は目を閉じ神に祈る。

不幸な親子が共に転生できるようにと。


「ふむ、そうなのか。承知した。」


独り言が済むとソフィアの目を見つめはじめる。

その眼光に全てを見透かされるようで、逸らそうとするができなかった。


「よし、審査終了だ。最後に神に祈りなさい。

全身全霊を込めて真実の誓いを立てなさい。」


「はい!神様ごめんなさい!来世ではいっぱいいいことをします。

絶対に人を裏切りません!本気で愛しぬきます!

だから、だから許してください!

あかちゃんと一緒にいさせてください!

おねがいします!おねがいします!!)


「願いを聞き入れた!その誓い決して忘れるでないぞ!」


荘厳な鐘の音と共に神の宣告が下る。

ソフィア親子は天井から差し込む柔らかな光に包まれた。


「あ!神様ちょっとだけ待ってください!」


鐘の音と光の揺らめきがぴたりと止まった。


「ジンさん、あんたいい男だね!惚れちゃったよ!

生まれ変わったらジンさんと結婚したい!ねっ!いいでしょう!」


慈母の顔から一転して女の顔に変わったソフィアが抱き着いた。


「嬉しい提案だがその頃の私はもっと爺さんだぞ。」


「ははは!ジンさん、ありがとう!」


戍亥とそれはそれは長い口付けを交わす。

離れた唇の間に涎が糸を引き光に反射してキラキラと輝いた。


「またねジンさん!愛してる!」


鐘の音が再開すると光が強く揺らめく。

ソフィア親子の姿が光の中に消えていった。


「何とも惚れやすい女だ。恋愛体質とかいうやつだな。」


呆れ顔になりながら呟くと床に倒れる哀れな男を見る。

戍亥は男の死体を玄関前に運び、扉を開け放したままで宿に帰った。


部屋に戻り盛り上がった上掛けを捲ると、イザベラがすやすやと寝息を立てている。

起こさないようにそっと隣に潜り込みイザベラの体を抱きしめる。

生きた女の匂いと体温がとても心地よくすぐに眠りに落ちた。


▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽


神の独り言


戌亥の声が聞こえ、話を聞いたが何とも面白い。


そこで儂自ら審判を下すことに決めた。


女の過去や心情を読み取り、浮気性な点を除けばかなり信仰心の篤い信者だと分かった。


そこで言質を取るために反省を言わせてみた。


まあ、難あり案件ではあるが転生を許可した。


しかし戍亥との別れの場面は減点である。


何しろ子供を放って口付けに没頭しておった。


子供達がオロオロとしておったしな。


しかしながら戍亥との約束を破る訳にもいかん。


さりとて転生させてもまた同じ事を繰り返すであろう。


ふぅむ、今の記憶を持ったままなら良い母になるかもしれんな。


いっそのこと肉体を与えて転移させてみるか。


戍亥に息子がおったな。


戍亥の身内ならば無下に扱うことはなかろう。


よし!そうしよう!そう決めた!


「ソフィアよ!お主に天命を与える!

これより子供達と共に戍亥の息子を探し出し生涯連れ添うのだ!」


「ええ!ジンさんに息子さんがいるの?!」


「そうだ!戍亥とよく似た息子だ!」


「行く!行く!」


「よし!では行け!」


ソフィア親子の姿がかき消え、辺りは元の静寂に包まれた。

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