第3話 爺さん、少年たちと出会う 改

彼方に見える山脈を目指し全速力で駆け抜ける。

草原地帯を抜け湖沼地帯に入ると、日が落ちる前に野営を決めた。


薪を集め終わる頃には辺りは闇の帳に覆われていた。


頭上を見ると現実世界で見た事のない満天の星空が広がる。


火の勢いが強くなり辺りが明るく照らされる。

暖を取り一息ついたところで聖餐せいさんを取り出した。


「さて次はどれに挑戦するかな。」


しばし考え、干し果物と神酒ソーマと書かれた白磁の壺を取り出す。

干し果物はどうやらリンゴであるらしい。

齧ってみるとやはり甘味は少なく酸っぱさが際立つ。

お残し厳禁を呟き一気に胃に納めた。


「これは美味い酒である事を祈ろう。」


神酒ソーマは人間であれば一口で虜になると本で読んだ記憶がある。

期待して口に含み味を確かめる。


「ううむっ・・・」


甘酒である。

アルコールは感じられない。

がっかりしながらそれでもチビリチビリ飲み続け空にした。


「現代の食べ物が美味すぎたのだろうな。」


空になった壺を懐に戻し、ゴロリと仰向けになる。

目を瞑ると不思議と心が沈静化し多幸感に包まれる。


「味はともかく神の奇跡に満ちた不思議な食べ物に感謝だ。」


再び目を開くことなく安らかな気持ちのまま眠りに落ちた。


▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽


「水の上を歩けないものか。」


翌日、広い湖を目の前に水上歩行を思いつく。

原理は簡単で片方の足が沈む前にもう片方を踏み出せばよい。

しかし、流石に身体能力が向上しているとは無理な試みであった。


「私は泳げなかった・・・」


岸から勢いをつけて駆け込んだもののあっという間に水に沈んだ。

慌ててアップアップしたが水は胸程で溺れることはなかった。


「身体能力強化をできんものか。」


物語では定番であるバフ能力であるが原理が思いつかない。


「筋肉は増やせん。増やしたところで重量が増し鈍重になる。

・・・ならば気の筋肉ならどうだ?」


戍亥は体の周りに薄い気の膜を張り巡らせる。

大気の圧力差をコントロールして体を動かすと目に見えて動きが早くなった。


「これではまだ不十分だな。真空圧力でならどうだろうか。」


念のため左腕のみ気の膜を張り巡らせ膜内大気を抜いていく。

これ以上抜けきれなくなった時点で圧力をコントロールし振ってみた。



「ぎょえええ!」


あまりの勢いで腕の関節が抜け筋肉がブチブチと音を立てる。

慌てて聖餐を頬張り一息つくと胡坐をかいて考え込んだ。

「効果てきめんだが体が持たないな。さてどう扱ったものか・・・」


聖餐片手に真空の度合いを変えて実験を行う。

何度か聖餐のお世話になりながら最適解を導き出した。


「体に気の皮膚を作り補強すればかなりの強化に耐えられるな。」


戍亥は気の出力方法を学び体中どこからでも気を放出する術を身に着けていた。

また量の調整も自在に行えるまでになっていた。


「よーいドン!」


戍亥が湖の上を猛烈な速度で駆けていく。

走り去った後に巨大な水飛沫を上げながら。


「ワハハハ!」


水上バイクのごとく湖上を疾走する戍亥を魚型の魔物が狙いをつける。

突如水面が大きく盛り上がり飲み込もうとする大きな口が現れた。


戍亥は無意識に足裏から気を放出して空中に飛び上がる。

放出された気が魔物の体を貫き爆散させ湖を赤く染めた。


「危機一髪とはこのことか。」


ふうと息を吐き落ち着きを取り戻す。

すると自分が空を飛んでいることに気付いた。


「おお?おおおおおっ!」


感動で言葉にならず叫び声を上げると急上昇をはじめた。


「いかん興奮しすぎた!」


勢いが止まらず空が黒く見える高度迄上昇し気の放出を止める。

途端に重力に引かれ落下がはじまった。


「あれが聖域か。奇妙な場所だな。」


眼下に山脈に囲まれた円形の緑地が見える。

中心に向かうほど明るい緑のグラデーションで彩られていた。


周りの山脈はいずれも高峰であり外側の大地がかなり下に見える。

聖域自体が高台であることがわかった。


山脈周りにはかなりの数の飛行体が見える。

山脈上空に進路を変え近づくとドラゴンだと分かる。

色、形、大きさが様々だが物語で見るドラゴンそのものだった。


「余計な接触は避けるに限る。」


戍亥は山脈のかなり上空で聖域からの離脱コースを選択する。

山頂を覆う雲海の遥か上空を進み、雲の切れ目に濃い緑を見る。

樹海と言って差し支えない密林が地平の彼方まで続いていた。


徐々に緑色が薄くなり森から平地に変わろうとする頃、空は黄昏時を迎えようとしていた。


眼下は既に闇に包まれ目視での確認はできない。

そろそろ着地を考えていた時、派手な光の明滅を発見する。

近づくと巨大な生物の戦闘に遭遇した。


生物は二足歩行をする巨大生物で極彩色の体表と大きな甲羅、体中に鋭い突起がいくつも見える。


「あれは亀?ガメラか?」


戍亥の目には怪獣映画に登場する怪獣そのものに見える。

怪獣は火球を吐き出し4人の人影に攻撃をしていた。


火球は人影の前方で爆発し透明な壁を破壊する。

徐々に間近で爆発し人影側を追い込んでいた。



爆炎に紛れひとり飛び出してくると上段から剣を振るう。

すると光の斬撃が放たれ怪獣の腹を深く切り裂いた。


「ギャオオオオオン!」

腹から体液を撒き散らしながら咆哮を上げる。

怒り狂う怪獣は連続で火球を放ち障壁を全て破壊する。

そして最後の1発で1人を火達磨に変えた。


陣形が崩れたのを察知した怪獣はとどめの一撃とばかり大きく息を吸う。

残った3人は倒れた1人の救助に気を取られ怪獣の対応が遅れていた。


「むっ!不味い!」


考えるより早く体が動き怪獣目掛けて気弾を放つ。

火炎を吐きだそうとしている口内に着弾すると下顎を残して爆散、炎が垂直に立ち上り空を焼いた。


炎の放出が止まると怪獣は仰向けに倒れ絶命した。


人影の元に着地した戌亥は彼らが子供であることに気付く。

暗闇ではっきりと姿が見えないが背が低く雰囲気に幼さを感じた。


「あれを殺したはあなたですか?」


やはり子供特有の声が聞こえ確信した。


「いかにも。危ないと思い手を貸した。」


「あ、ありがとうございます!」


「仲間は残念だったな。加勢が遅れてすまん。」


子供は何かを言いかけたが喉が詰まり言葉にならない。

そして声を出して泣きはじめた。


子供は泣きながら2人の元へ向かう。

暗闇の中で3人の泣き声が聞こえる。

しばらくすると泣き声が聞こえなくなり、確認すると身を寄せ合い寝息を立てていた。


戌亥は子供達の脇に腰を降ろすと寝ずの番をはじめる。

やがて空が青みがかってくると仮眠をとった。


日が昇り切った頃少年達に体を揺さぶられ目を覚ます。

太陽に照らされる子供達の姿を見て目を見張った。


「女の子だったのか!てっきり男かと思っていたぞ。」


「え?男ですよ。よく間違われますがチンチンが付いてます!」


少年達は少女とも見て取れる中性的で魅力に溢れた顔立ちをしている。

三者三様の美形でありこの世界に芸能があるならば大成功を収めることは間違いない。

3人は自分の自己紹介をはじめた。


「マクシミリアンです。聖騎士見習いです。」


泥とススで汚れているが肌は白く、金色の髪は緩くウェーブを描いている。

大きな青い瞳と長い睫毛の二重の目尻は少し下がり、通った鼻筋と小鼻の下の赤い唇が口角を上げている。

身長は150cm位だろうか銀色の全身鎧に包まれていた。


「・・・ゴ、ゴリアテです。・・・騎士見習いです。」


緊張をしているのか小さな声で嚙みながら喋べる。

青いストレートのおかっぱ頭と白い肌。

アーモンド型の二重とフサフサした睫毛、目は緑色をしている。

通った鼻筋と少し上を向いた小鼻。

プルンとした小さな口はへの字を書いている。

身長は140cmほどで上半身にプレートアーマーを装備していた。


「はじめまして、フランチェスコと申します。神官見習いです。」


一番背が高く、顔つきもしっかりしていることから最年長と見当をつける。

浅黒い肌と長い黒髪をひとつに束ね、白い法衣を身に着けている。

切れ長の二重と長い睫毛、金色の瞳。

身長が160cmを超えていそうだ。


戌亥は苗字だけを名乗り、遠い国から旅をしていると告げる。

子供達はそれ以上情報を聞こうとせず、しきりに「イヌイ」と呟いていた。


自己紹介を済ませた後に聖餐を与えて朝食を摂る。

日帰り予定で食料を持っていないことからたいそう喜ばれた。


「ボク達は街に帰ります。戍亥様も一緒に行きませんか?」


マクシミリアンの期待を込めた青い瞳が真っ直ぐに戍亥の目を見る。

不安なのか何か思惑があるのか不明であるが悪意は感じなかった。


「よかろう、街まで案内してくれ。」


「ありがとうございます!」


勢いよく頭を下げた後、3人で仲間の遺体を担ぎ歩きはじめた。


「私が運ぶぞ?」


「いいえ、友達はボク達で連れて帰ります。」


戍亥は心情を考えそれ以上の関与を止める。

少年達は額に汗を流し黙々と友達を担ぎ歩き続けた。


道中敵意を持った生物に会うこともなく日が沈む前に街に到着した。


▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽


テラの独り言


さてあの爺さん何をしているかしら。


急に動きが早くなりましたね。


あら飛んだわ!


妖精の力を借りずに空を飛ぶの?


んんっ?!子供達がケンカしている!


・・・もう見慣れた光景ね。


どっちもがんばれー!


人族が不利かしら。


数が多いからあれくらいならいいか。


あっ!爺さん!子供のケンカに大人が出しゃばるのはだめよ。


ほら!人族が勝ったじゃない。


人?まだ覚醒していない何か?


なんか見ているとなんかゾワゾワするわ。


起こしてしまわないようにしなくては!


はい、子供達!聞いてくださーい!


あの集団の見える範囲に近づかないように!


お母さんとの約束よ!絶対よ!


▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽


「おねえさん、今時間ありますかー。」


「僕たちと一杯お付き合いしてくれませんかー。」


(お?ナンパかし!アーシもまだイケてるし!

でも、なんか軽い感じするし、ここはパスだし。)


「悪いけどタイプじゃないし、ゴメンだし。」


女は手を振って脇をすり抜けようとした。


「えー、そんな事言ってるとチャンスを逃しちゃうよ。」


「おねえさん、旦那さんを困らしたいんでしょう。僕らが力になるよー。」


(なんでこいつらアーシが旦那持ちだと分かるし?旦那の配下かかし?)


女は逃げ出そうとするが男達に捕まった。


(なんで掴まれたし?!こいつら人間じゃないし?!)


「ダメだよ逃げちゃ、折角知り合いになれたんだからさ。

ね、一杯だけ付き合ってよ」


「悪いようにはしないからさ、ね、ね!」


女は観念して「分かったし」と答えた。


「じゃあさ、あそこの酒場に行こう。」


「奢るからさ心配しなでいいよー。」


男達は女を引き摺り酒場に入った。


1時間もしないうちにテーブルの上に空の酒瓶が2本転がる。

女は3本目をラッパ飲みしながら愚痴をこぼしていた。


「最初はいい人って思ってたし!

でも、結婚したらチョー束縛するし嫉妬深いし!

そのくせエッチは淡泊だし!

いいモノ持ってるんだからもっと妻を喜ばせるべきだし!」


最初のうちは警戒していたが、親身になって話を聞いてくれ高い酒も躊躇なく奢ってくれる男達に気を許し本音をぶちまけていた。


「酷い旦那さんだね。こんな可愛い奥さんならもっと大切しないとね。」


「大切だと思っていないから酷い事を平気で出来るんだよ。」


「別にダーサンは酷くないし!アーシを愛しすぎているだけだし!」


旦那の事を悪く言われ少しカチンときて反論した。


「でも不満があるんだよね、それを聞いてもらいたいよね。」


「聞きたくないんだよ、そんな不満をなんて。」


「ねえ、何が不満なの?」


「不満なんてあるの?」


男達の顔が段々ぼやけて曖昧になる一方で、爛々と輝く金色の目がはっきりと見えてきた。


「アーシの不満、なにが不満だし?

エッチをもっとしたいし。

街に出てお酒飲んだり、美味しいモノ食べて騒ぎたいし。

ピクニックとか旅行とかしたいし。

でも、ダーサンと一緒じゃなきゃやだし。

もっと、ダーサンにかまって貰いたいし。

でも、ダーサン仕事で忙しいし。」


酔いだけではない思考操作で、ただ思いついた事を自白させられていた。


「君は旦那さんにもっとかまって欲しいんだね。」


「旦那さんは君をかまいたくないんじゃないのかな。」


「ダーサンはアーシをかまいたくない?」


金色の目が満月のように丸く開いた。


「じゃあさ、どうしたらかまいたくなるのかな?」


「悪い子はかまいたくなるよね?」


「悪い子になる?」


「そう、旦那さんが一番嫌がる事をいっぱいしてみる。」


「旦那さんが一番嫌がる事は何かな?」


「ダーサンが一番嫌がる事、アーシが他の男と仲良くすること。」


「じゃあさ、旦那さん以外の男といっぱい仲良くなろうよ。」


「男といっぱい遊んで、旦那さんを困らせてかまってもらおうよ。」


「ダーサンを困らせる。男といっぱい遊ぶ。かまってもらう。」


口に出した途端に女の心が漆黒に染まる。

漆黒は金銅石のような色鮮やかな万色を光らせながら自我を封印した。


「堕ちたね。」


「堕ちたな。」


金色の目が三日月のような笑みを浮かべる。


「この街の地下迷宮の最下層に行ってごらん。

そこで悪いことをたくさんして力を貯めるんだ。

そうすれば旦那さんが迎えにきてくれるよ。」


「さあ、行け。」


女に命じると男達の姿はかき消えた。


女は迷宮に潜り込むと瞬く間に最下層に達する。

そして最後の部屋でたむろする悪魔達を行動不能にした。


「安心しろ、お前達は殺さない。」


女は全裸になると萎縮したそれを口に含み強引に立たせる。

悪魔は何が起きたのか理解できずに混乱していた。


女が上で腰を振ると悪魔はあっと言う間に果てる。

チッと舌打ちをすると呆然とした悪魔達に近づき言い放った。


「次はお前だ。アーシが満足するまで続ける。」


しばらくは悪魔達の歓喜の声が聞こえていた。


やがて苦痛の悲鳴にそして助けを求める弱弱しい声に変わる。

それでも女は止めることをしなかった。


▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽


アルクトゥールスの光を浴びながら男達は満足げに笑っていた。


「案外ちょろいもんだね、同じ神を名乗っていても大違いだ。」


「後は思惑通り生命エネルギーを採取してくれればね。

あそこの祭壇はまだ機能しているかな?」


「別にどうでもいいよ、混沌が増えればいいだけだし。」


「それもそうか。人や神もどきが自滅するさまを見るだけで心が晴れる。

ああ、私達に心があったかな。」


双子の邪神は愉快愉快と騒ぎながら太陽風に乗り踊っていた。

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