不登校でも入れる生徒会はありますか?

赤崎弥生(新アカウント「桜木潮」に移行)

不登校に生徒会は務まらない1

 この世に不可能は多々あれど、不登校の生徒が生徒会選挙に勝つ以上に不可能と思しきことは、そうそうない。光速を超えるだとか生身のまま空を飛ぶだとか、物理的に絶対に起こり得ないものは除外して、かつ一介の高校生に検証可能という条件をつけてやれば、そのあり得なさ加減は確実に五本の指に入賞してくるはずだ。少なくとも私はそう思う。

 生徒会という組織が具体的にどんな業務をこなすのかは知らないけれど、学校に来ていない生徒に務まるものじゃないことくらい、想像がつく。そもそも私が有権者だったとして、不登校の生徒に学校行事や部活動の運営を取りまとめて欲しいとは思わない。よって無理。QED。

 この結論に異議のある人って、いる? モノローグで問いかけてみたところで、私は脳内に別人格を飼っていたりはしないから誰かの意見を聞くことはできないのだけど、まあ、多分いないでしょ。雑に結論づけて話を次に進めると、これで私の理性が至って正常であることが証明された。つまり頭のネジがぶっ飛んでるのは、少女らしいあどけなさと少女らしからぬクールビューティーさを絶妙な比率で混ぜ合わせたような、すこぶる整った顔面をしながらも、先程から世迷い言を吐いてやまない黒髪ロングのセーラー服女子の方だってことになる。

「夢先輩、私と一緒に生徒会選挙に出ましょう。そして勝ちましょう。この差別と不平等の横行する腐りきった高校に、二人で革命の嵐を巻き起こしましょう」

「それは私が不登校だと知った上での発言なわけ?」

「当たり前じゃないですか。なに寝ぼけたこと言ってるんですか」

 寝ぼけてるのはどっちじゃ、という反論をすんでのところで飲み込む。今現在、私と蓮の間には喫茶店の店員とその客という関係性が成立している。乱暴な言葉づかいは慎むべきだ。

 店員という立場を鑑みるのなら、業務時間中にも拘わらずカウンター越しに客とお喋りをしてる時点でどうなのって話ではある。しかし、幸いと言うべきか生憎と言うべきか、現在の店内の人口は店長が一名、バイトが一名、客が一名という限界集落もかくやという過疎っぷりを見せていた。唯一のお客さんたる蓮がこの状況を受け入れている以上、というか自らの意志で招いてみせた以上、接客マナーの問題は皆無と言えた。経営上の問題は知らない。

「大体、なんで私に頼むわけ? そんなに革命を起こしたければ、自分で出ればいいじゃん」

「一年は規約で立候補できないことになってるんです。でも先輩は二年だからいけますよね」

「二年である以前に不登校だよ」

「不登校の生徒は立候補してはいけない、という規定が存在しないことは確認済みです」

「そりゃそうでしょ。端から想定されてないケースなんだから」

「そう、問題はそこなんです。不登校の生徒も学校の一生徒であることに変わりないはずなのに、暗黙の内に生徒会選挙に出る権利を奪われてしまっている。これは立派な不登校に対する差別です。選挙活動のときには積極的に訴えて行きましょう、先輩!」

「なんで私が選挙に出る前提で話が進んでるわけ?」

 詰問するも、蓮はどこ吹く風でコーヒーを飲み始めた。肝の据わりようが堂に入っていた。

 白セーラーに身を包んだ黒髪ロングの女子高生が、昭和レトロな喫茶店でブラックコーヒーを優雅に啜る。文章に起こしてみると、まあなんてクールな女の子なんだろう、と誰もが胸をときめかせること請け合いだけど、これはただの叙述トリックというか、都合の悪い描写を根こそぎ削ぎ落とした結果に過ぎない。実際のところは「にがぁい……」と泣き言を漏らしながらフランス人形じみた精緻な顔立ちを歪めに歪め、お冷をごくごく飲んで口直ししている始末なので、そのクールさは推して知るべしだ。

 ちなみにブラックコーヒーと言ったけど、あれはミルクを入れてないからブラックに見えるというだけの話で、実際には砂糖入り。個数は八個。味覚については各々の嗜好に依るところが大きいのでこの際ノーコメントにするにしても、頭の栄養たる糖分をそこそこ接種しているにも拘らず、こうも筋の通らない受け答えを繰り返す辺り、私は蓮の思考回路のイカれ具合にもはや呆れを通り越して、もののあわれさえ感じ始めた。

 そもそも蓮は初対面からして、いやファーストコンタクトからして常識破りな奴だった。敢えてカタカナで言い直したのは、それが宇宙人や未確認生物との接触時に用いられる単語であるからで、つまるところ蓮との出会いは全く異なる文化圏の出なのではと勘ぐってしまうくらいには、一般的な文脈を逸脱したものだった。

 私と蓮とのファーストコンタクトは、今から一ヶ月前に遡る。邂逅場所はまさにここ。ターミナル駅からほど近く、近隣に大型の市民公園や図書館まである好立地であるにも拘らず、蓮以外の客が入るところを見たことがない廃業寸前の喫茶店の中だった。

 時刻は、午後四時を少し回ろうかというところ。私は窓から差し込む穏やかな春の陽光を浴びながら、いつものように文庫本を読みふけって時間を潰していた。

 静穏な時間を破壊するかのように、ガラガラガラ、と凄まじい勢いでドア上部のベルが鳴り響いた。私は勢いよく顔を上げた。客が来るなんて思ってなかったというのもあるし、アンティークを極めすぎてオンボロと区別がつかなくなった木製扉がぶっ壊れるんじゃ、と危惧したからでもあった。

 店先に佇む人物の輪郭は、逆光で判然としなかった。シルエットが徐々に明瞭になっていくにつれ、その客が手ではなく足を使って扉を開けたのだということを理解した。右足を不自然に突き出していたからだ。手を使わなかったのは、両手が荷物で塞がっているからだろう。

 その子は、私が籍を置いている高校の制服を着ていた。黒というよりも濡羽色と称したくなるほど艶のある長髪のてっぺんには、某カツオくんが被ってるような野球帽。右手には金属バット。左手にはグローブと野球ボール。

 ソフトボール部の子なのかな、と。通常ならば、そんなふうな判断をする場面かもしれない。

 しかし私は、直ちにその可能性を棄却した。その少女の表情の張り詰め具合といったら尋常じゃないものがあったし、威嚇するようにギラギラ光る金属バットは見るからに新品だった。大体、仮にこの子がソフトボール部の部員だったとしたら、ちょうど放課後に当たるこの時間帯、練習に参加せずに街をぶらついてるわけがない。

 私はある可能性に思い至った。もしやこいつ、強盗なのでは?

 チェーン店ならまだしも、寂れた個人経営の喫茶店のカウンターに通報ボタンなんてものがあるわけない。私は身を強張らせることしかできない。いつもキッチンに引っ込んでつまらなさそうに新聞を読んでいる店長が、早いところ助けに入ってくれることを願うばかりだった。

 その子は依然として極度の緊迫を感じさせる引きつった表情を崩さず、一歩、二歩、とカウンターへにじり寄ってくる。その子はしばし、私の顔面を無遠慮に観察すると、言った。

「青井夢先輩ですか? ハガレンです」

「……ええと。大変申し訳ないのですが、当店はしがない喫茶店でありまして、少年漫画の類は取り扱っていないと言いますか――」

「っ違います! ハガレンじゃないです! ハガ、レンです! 私の名前です!」

 ハガレンさんはづかづかとカウンターの前に来て、ガン、と金属バットで床を叩いた。歩く度にみしぃ……と、情けない音を立てるフローリングが、ミシベキィッ! と断末魔じみた悲鳴を上げた。後で確認したところ、貫通はしていなかった。凹みはしていた。

「ご、ごめんなさい。ハガ、レンさん」

「フルネームで呼ぶのやめて下さい。蓮でいいです。ちなみに植物の蓮と書いて蓮です」

 別に訊いてないけどと私が内心でぼやくのと、キッチンに引っ込んでいた店長がカウンターに出てくるのは同時だった。

「悪いけど、注文しないなら帰ってくんねぇかな」

「あ、すいません。紅茶をお願いします」

「うちは紅茶はやってないんだよ」

「え、珍しいですね。じゃあココアを」

「ココアも置いてないんだよ」

「だったらカフェオレお願いします」

「カフェオレもやってないんだよ」

「メニューどこですか?」

「メニューは置いてないんだよ」

「逆に何ならあるんですか?」

「コーヒー。うちはそれしかやってないよ。純度百パーセントの純喫茶だからね」

「そうですか。じゃあコーヒーを」

 はいよ、と渋い声で了解すると、足元の戸棚から豆を取り出し、粛々とコーヒーの準備をしだす店長。店長がこの子をお客認定した以上、私としても客扱いする他なかった。しがないアルバイトには、店長の経営方針に口出しする権利などないからだ。同じ理由で、この店に客が来ない理由が端的に現れた今のやり取りを受けて、何らかの意見を口にする資格もまた、ない。

 気難しそうな顔して実は気のいい老年の男性と思いきや、気難しそうな顔して実際気難しい老年の男性である店長が、コーヒーの入ったカップをソーサーごと私の脇へとスライドさせる。私はそれを受け取って、どうぞ、と蓮の前にコーヒーを押し出す。

 蓮は、机上の容器から角砂糖を一個、二個、三個と数学的帰納法が成立しそうな勢いでどかどか投入していった。八個入ったところで手が止まった。容積の増加に伴ってこぼれそうになっているコーヒーを苦労してかき混ぜて、慎重に唇まで近づけて一口飲むと「うわにっが」すこぶる不味そうに眉をひそめた。

 味覚大丈夫かと思わなくもないけれど、とにかくこいつは客なのだ。客であり、注文をした。そして私はオーダーの提供を既に完遂した。

 要するにこれ以上、この見るからにヤバ目な少女と言葉を交わす必要はない。

「話を戻しますけど」客の方から話しかけてこない限りは、という条件付きで。「あなたは、夢先輩でいいんですよね。その髪の色からして」

 すぅ、と。カウンター越しに手を伸ばし、肩にかかるくらいの長さの髪に触れてくる蓮。

 反射的に身を引いた。生まれつきの鳶色をした髪の毛先が、視界の上をサッとかすめた。

 ……いるんだ、たまに。初対面からノーガード。距離感ほぼゼロで馴れ馴れしく接してくる奴。こいつもその類なのだろう。私が心底、苦手なタイプ。

「そう、ですけど。……あの。もしかして蓮さんと私って、中学校同じだったりします?」

「違います。同じも何も、ついこの前、遠方から引っ越してきたばかりなので」

「だとしたら、なんで私のこと知ってるんですか? というか、なんで下の名前で」

「名字で呼んだんじゃ区別つきませんから。他のアオイさんと」

 知り合いにアオイという名前の子でもいるのだろうか。だとしても、その子はこの場にいないんだから名字でいいだろと思わなくもないけれど、突っ込むと面倒くさそうなのでやめる。

「というか、私に対しては敬語もさん付けもなしで構いませんよ。夢先輩は先輩なんですから」

「……わかった。それで、蓮は、私に何か用事なの?」

「決まってるじゃないですか。野球しに来ました」

 あまりにも平然と返された。私は当然のように固まった。

「あ、勿論、店の中でプレイしようだなんて言いませんよ。バイト、いつ終わりますか? 近くの公園に広場がありましたよね。あそことかどうですか?」

「どうですかって。……いや、なんでそんなこと」

「なんでって……あの。もしかして、夢先輩」

 しばし、黙念と私の顔を直視してくる蓮。猫のように大きな黒目に飲み込まれるような感覚がして、なんだか非常に落ち着かなかった。

 そっか、と。私に聞こえるか聞こえないかくらいの声で呟くと、蓮はそれきり口を噤んだ。

 意味不明な会話を振られるよりかはマシだけど、いきなり黙り込まれるのもそれはそれで不気味なものがある。腹の底でぐるぐると居心地の悪さが渦巻くのを意識しながら、その子がコーヒーを飲み終えるのをひたすら待った。

 たっぷりと時間を掛けて――味わってという意味では勿論ない――カップの中身を空にすると、蓮は高い椅子からひょいと降りた。野球道具を持ってレジへと移動する蓮に、私もついていく。会計を済ませると、蓮は「ごちそうさまでした」と軽く会釈してきた。

 両手が塞がっている蓮に変わって、私はゆっくりと扉を開けた。そして言った。

「またのご来店をお待ちしております」

 二度と来んな。

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