魔法少女はカンベンしてください・0
――いつか遠くへ行ってしまいそうだ。
ザラ・コペルニクスという人間は、放っておくと際限なしに、『人を助ける』。
どんなトラブルもお構い無しだ。しかも本人に、善意も悪意も無いときた。
ただ機械的に、反射的に、「どうにかしなければ」という、理屈も何もあったもんじゃない謎の使命で動き回る。助けた後の事も考えない。誰に感謝されようが誰に憎まれようが振り返らず、目に付いたらまた別の誰かを救済する。それについて、コンプレックスやエゴも存在しない。
俺にはそれが面白くない。だが同時に、そう生きられたならとも思う。人間という愚かで傲慢な機構に、憧れる。それは俺たちが生涯持ち得ないモノで、持ってはいけないモノで、――そう言われると、欲しくなる。
“魔族たれ。”
魔界の黄色い空の下で、子供達は親から必ずそう教わる。
誇りを。矜持を。尊厳を。合理性を。最適化を。魔族として生まれ落ちたことを、覚悟せよ、と。
機械に最も近い人類としてデザインされた俺たちは、アイデンティティこそが魂であるが、それゆえに、俺たちが思い描く『人間としての概念』は、俺たちから欠落している。
たとえば深い無償の愛。たとえば言葉に出来ない呵責。迷い。矛盾。虚勢。鼻で笑い飛ばせるような自己嫌悪。
しかし、だからといって機械じゃない。
少なからずはあるのだ。優先しないだけで。
そうやって繁殖よりも技術を選んで、心よりも大事なものを振りかざして、結局二億にも満たない数まで減ってしまった種族だ。
それはそれで良い。俺にとっては正しいことだ。
だがザラ・コペルニクスが魔族だったのなら、俺は、彼女にこんなにも恋焦がれなかっただろう。
彼女は、理性で構築されておらず、理論で説明できない、紛れもない愚かな人間だ。そして、強い。
『人間は弱い。これだけ減らしてもまだ、価値の無い存在が蔓延っている。だが、弱いならば―あとは強くなるしかない。卵から生まれた雛は、奇形かもしれない。病気かもしれない。死ぬかもしれない。しかし、卵には戻らない。だから決して人間を憎むな。侮るな。』。
神々や吸血鬼と盟約を結んだ、偉大なる魔王の言葉だ。
――これが単なる恋慕ならば、それだけ楽だっただろう。
好きなら側に居ればいい。愛しているなら抱けばいい。
けど俺は、放っておけないんだ。あの娘を他の奴なんかに任せられない。
あの日、ヘルメスで共に死地を乗り越えたから、吊り橋効果ってヤツなのか?それとも迷いなく命を救われた瞬間が、母さんの死に際に重なって見えたからか?私の血肉を食べていいと、躊躇わずに宣言した瞳が、美しかったからか?真の姿を見ても一切怯えずに、手を差し延べてくれたからか?不意にくすぐったそうに笑う顔が、愛らしいからか?
全部だ。考えるだけ無駄だ。
ザラ・コペルニクス。
触れられない愛しいヒトの娘。この俺の運命すら変えた女。この俺に、燃え尽きそうなほどの火を着つける女。
あいつは目の前の迷子と世界を天秤にかけられた時、迷わず前者を選ぶだろう。それなら俺は、あいつの為に、世界を守る男にだって成る。
絶対に。
ぜっっっっったいに
――ジークウェザー・ハーゲンティは、今日もそんな覚悟を胸に、寝床兼工房に改造した旧校舎を後にした。
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