魔法少女はカンベンしてください・1





 週末明けの学校。


 以前から「電話じゃなくて絶対直に聞くから」、と釘を刺されていた件で、私は授業終わりの人気の無い黒魔術科の教室にて、ビビアンとフェイスくんから取り調べを受けていた。


 チャイム代わりのオルガンが鳴り響くや否や、鞄を出すヒマすらもなく、ビビアンとフェイスくんに押し入られ、人払いをされ、机を挟んで対面での聴取。私の警戒を解くためか、わざわざお茶菓子まで用意して。大丈夫かな。私、イジめられてると勘違いされてないかな。


「イヤ……ですから……それで終わりです……」


 私はスカートの裾を握り締めて、視線を泳がせながらしどろもどろに言葉を紡ぐ。


 ビビアンがバン、と机を乱暴に叩いた。


「ハァ〜〜?じゃあナニ、手も繋がずに夕方に帰ったの?マジで言ってる?」


 あなた初対面でジークにドロップキック入れてた割に凄い聞きたがるじゃないですか。


 ――いいじゃん人がどんなデートしようと。


 フェイスくんもフェイスくんでさっきから何のメモを取ってるの。あっ、やめて。ランプをこっちに向けないで。


「腕は……組んだよ……。その、トラブルがあってジークが具合悪くなって……膝枕もしたよ」


 私はシンディの件はなるべく避けつつ、先日のデートの様子を詳細に告白させられた。


 公園散歩して、(シンディと戦って)、お土産屋さん見て、お茶して、展望台登って来ました。終わり。


「向こうからは何もしてこなかったの?」


「……うん」


「口説く気あんのかよ……」


「いや、私が事前に、過去にそういうことされてすごい嫌だったって話をしたからだと……思います……」


 ビビアンが蒼白な顔で口元を覆った。


「おま……散々自分の人助け(笑)に付き合わせてマジか……マジかオマエ……」


「うわーん!私だって反省してるよぉー!フェイスくん慰めて!」


 思わずぬいぐるみ感覚で目の前のかわいいもの――フェイスくんに抱きつこうとするも、素早く押し返される。


「実際ザラが悪い」


「ぐえー!」


 相手にされませんでした。


 ビビアンとフェイスくんの二人はお互いの肩を近づけて、私に背を向けてひそひそと、それでいてわざと私に聞こえるように大仰にやりとりを交わす。


「アイツゥ~、ガード固すぎだよね~。ね~フェイスそう思わない~?」


「八方美人のくせに自意識過剰だしね~~~っ」


「わかるー。ムカつくよねー~~~~自分のこと好きそ~~~」


 絶妙にトイレで席空けてる時みたいな空気感を出すな。今度は私が机にどんと突っ伏した。


「ぞんな風に思われでだなんでぇっ……!」


「あ、まあ、あたしらは狙ってやってないって知ってるからいいけどさー」


「ジークもなかなか鋼のメンタル……いや、ミスリル並みのメンタルの持ち主だね……」


「そ、それに関してはそう思う!」


「なんでちょっと嬉しそうなんだよ」


 ビビアンの冷たい視線ではっと我に返る。つ、つい。ジークが褒められたような気がして。うっかり。えーと……身内を良く言われて嬉しくない人なんて居ないでしょ。


「それで、諦めはついた?」


「諦め?」


「大人しくジークと付き合うの」


「うぇっ!!!!???」


「もーいいでしょ……なんかもう見てらんねーもん、アイツの献身……」


 ビビアンが哀れみの表情を浮かべる。ああ。急にジークのこと認めたと思ったらそういうことだったのか……。私の日常や貞操の危機よりも、そっちのほうが可哀想になってきちゃってたか。外堀から埋められていく感じなんだ?なるほどね。帰っていいかな。


「健気だよね。あれを紳士と言う。僕も色々占ってみたけど、ザラとジークは相性抜群」


「へーそうなんだ!ヤバイね」


「ね。もっと細かい情報があれば、二人の将来も占えるレベル」


「ちょーヤバイ!運命じゃん!!」


「やだぁ〜……」


「男から見てもカッコいいよ、ジーク。見た目もそうだし、頭もキレるし、品があって言動に自信が満ち溢れてる。それに見合う魔法の実力もある。友達もあのネロ先輩とキョウ先輩だよ」


「見た目……そんなかっこいいのアレ……?」


 何せ顔の全部のパーツが大きくてハッキリしてるから、個人的には好きだけど一般受けしない容姿だとばかり。蛇と鷲と狼のいいとこどりみたいな感じじゃん。体格も同年代が好きそうなほっそりした感じでも無いし。顔色悪いし。ああでも確かに同性受けは良さそうか。性格はそりゃあ。ねえ。性格はキモいよ。やってる事はカッコイイのに言ってることがキモいもん。


「あ~……そこは人を選ぶかな……でもフェイスの言う通りじゃん?イイ男だよ。あたしも最初は何だこのスカしたヤローって思ったけど、ザラのことすげー大事にしてるし」


「ぐ……」


「逆に何がそんな嫌なの」


「全部」


「は?」


「……だって……そんなのに惚れたら……チョロい女みたいじゃん……」


「……」


「……」


 沈黙。


「チョロくねーよ!!!!オマエ校内で何て言われてるか知ってんの!?難攻不落の悪魔牙城だよ!?」


「悪魔牙城!?」


 そんなの先祖代々の鞭持った人じゃないと攻略できないヤツじゃない!?


「どんだけ打っても響かないから、壊れたドラムスティックとかも言われてる」


「壊れたドラムスティック!?」


 ドラムじゃなくてスティックが壊れてるの!?


「むしろ僕らは安心してるんだよ。やっとザラを落とせる人が出て来たのかって」


 人を砦みたいに言うんじゃないよ。でもフェイスくんは私たちより遥かに精神年齢上だものね。そういう心境になってきちゃうよね。もう一度訊こう。帰っていいかな。


「それに、アンタまともなカレシいたことないでしょー、最短で別れた日数言ってみ?」


 ビビアンに促され、仕方なく自分の思い出したくもない記憶を探る。


 あれは去年。ヘルメス魔法学校に入学したての頃だ。相手は三年生の先輩だった。封印科の角ホルン族の人で。その人のお母さんの形見を拾ったのが出会いだった。


 何気なく会話する機会が増えて、封印科が採掘してくるアイテムや何かの話で盛り上がることが多くなって。ある日、校内で行われるプロムのパートナーにと、急に呼び出された。


 それで、まあ、嫌いじゃないし。別に好きでもなかったけど。付き合えば何か変わるかと思って、告白を受けてしまったのがいけなかった。その結果が。


「……二十二時間」


「ギャーッハッハッハッハッ!!」


「寝て起きたら別れてんじゃんウケる……っ」


 ビビアンとフェイスくんが涙を浮かべてゲラゲラ笑う。


「しかも手すら繋がなかったんでしょ?ヤバイって」


 はい。既成事実の類は一切ございませんでした。この身は潔白そのものですよ。


 告白されたその日にとりあえず遊んでみたけど全然変わらなかったの。寝ずに考えた結果、どうしても彼の隣で笑っている自分が想像できなくて、申し訳ないからやっぱりナシにして、って、今では考えられないくらいウルトラ失礼な態度を取りました。上げて下げました。私は先輩を梯子の上から手招きして登ってきたところを叩き落とすような真似をした底意地の捩れ曲がった女ですこれで満足ですか。


「それでっ……ブハッ……!!ちょ、ちょろい女だと思われたくねーとか……ど、どういうプライドだよ……っ!!」


「も、もうやめなよビビア……くくくっ、ひひ……きっと、お姫様か何かなんだよ……!!よ、よく刺されないよねっ……!!」


 なんなの。なにがそんなツボなの。スゲー腹立つから二人とも取り敢えず感電してみない?


 二人は常日頃からあのドヤ顔を間近で見てないからわからないんだよ。アレすんごいイラッとするんだよ。多少なりとも自我がある人間ならアレに死んでも迎合したくないって感じるから。


 鼻水を垂らしてヒーヒー掠れた呼吸を何度か繰り返したのち、またしてもビビアンとフェイスくんの二人は肩を寄せ合って、神妙な面持ちで私叩きに精を出す。


「もしかして人を愛せないのかな……?」


「不思議ちゃんじゃなくてサイコちゃんだったってコト……」


「それか男じゃダメなタイプ?」


「だーからロザリーと仲良いのか~!アッチャ~!」


 ビビアンが頭を抱えるような仕草をしたところで私は限界を迎えた。


「きーっ!好き勝手に言いまくってー!!そう言う二人はどうなのよーっ!!」


「あたしらのことはどうでもいいんだよーっ!!オマエだオマエーっ!!」


 テーブルの上に乗り出して掴み合いのキャットファイトを始める私とビビアン。


「二人ともうるさい」


 フェイスくんの年齢不相応な冷たい視線が痛かった。


「まあでも、ジークの攻略法って正しいんだろうね。最初から意識させるっていう点で」


「それな。何となくそういう雰囲気、とか絶対察しね~し」


 息を切らせたビビアンが席に直る。


 ……それだけじゃないんだけどなぁ。むしろ、ジークはお断りした後のほうがかっこいいんだぞう。……我ながらなんてことを。あと雰囲気とか空気のことに関して、ビビアンにだけは言われたくなかった。絶対覚えとこう。


「と、とにかく。まだ付き合うとかは……早いかなって……思ってるの。今の関係がいいっていうか」


 二人はハアーーーと懐疑的な、こいつマジか?的な溜息を吐いて、机に突っ伏した。


 と、二人がべっとり机に倒れた瞬間――食堂の奥から丁度、渦中のジークが現れた。


 目が合うなり、パッと顔を輝かせて、鼻息荒く大股でこっちへ歩いてくる。珍しく一人だ。


「ザラ!ここに居たのか」


「「嬉しそう〜……」」


「ぐぬぬぅ……」


 わかってる。わかってるから。いちいち言わなくていいから。


「フェイス、君も居たのか。丁度いい」


 君、って。通常ジークの二人称はお前もしくは貴方である。つまりジークでさえ一目置くフェイスくん、すげえ。


「僕?」


 ジークが私たちのテーブルを見渡して、


「ビビアン……も、まあ、いいか……」


「オイコラ」


 納得したように頷いて、同じようにテーブルについた。


「今、忙しいか?」


「全然。ダラダラ喋ってただけだから」


「あたしも」


「右に同じ」


 用があったらこんなとこいないしね……。


「そうか。少し相談があるんだが、いいか?」


「えー、それ長い?」


 見た目どおり、長話が苦手なビビアンが顔をしかめて椅子を後ろに傾ける。気をつけてね。


「う……む。内容は簡単だ。ザラの武器を作るのに、二人の協力が欲しい」


 きょとん。三人合わせてアホ面を晒す。数秒経って、ビビアンが初めてジークと会ったときのような剣幕で立ち上がった。


「武器……武器って。ザラに戦わせる気かよ!」


「落ち着いてビビアン。理由をちゃんと聞こう」


 今にも食ってかかりそうなビビアンをフェイスくんがクールに制止する。


 ジークは特に萎縮する様子もなく、いつも通りに、ふてぶてしく腕を組んで背もたれに寄りかかっていた。


「詳しくは……本人から聞いてくれ。だが、お前たちもザラの特異体質を知ってるだろう」


「……そうだね。ザラは数奇な星の持ち主。ただでさえ魔物やトラブルを呼び寄せやすい」


「でもそんなの、あたしたちで守ってきたじゃん」


 そう。私がこの二人に頼っているのには――“そういう理由”もある。


 私の体質を知っても怯えず、理解し、そして共に立ち向かうことができる唯一の友人たち。


 まあ、今まで大したトラブルになったことは無いけど。ジークが来てからくらいだよ本当、おかしくなってきたのは。


 フェイスくんが両肘を立てて、手で口元を覆う。彼が考えごとをするときによくやるポーズで、アヒル口になっていることが多くてかわいい。本人には言えないけど。


「僕たちもいつでもどこでも守りきれるワケじゃない。僕たちが無力化された時、ザラ自身が何も自衛の手段を持ってないのはちょっと問題。いちいち魔力を暴走させてたら、危険だし」


「そういうことだ。だからザラの魔力を制御して、最低限身を守れるくらいのモノが必要だ……と、この間思い知らされた」


「何かあったんだね」


「……学園の魔導士に襲撃された。しかも相手は魅了チャーム使いだった」


 かくかくしかじか。


 私とジークで、これまであったこと、そして――つい先日までにあった事件をかいつまんで話した。勿論、私が色々怪我したとか、ジークの真の姿のことは秘密でね。


 私としては二人に無用な心配を掛けたくないし、いくら強いと言ってもやっぱり大事な友達を危険なことに巻き込みたくないのであまり打ち明けたくなかったのだけど、ジークにも考えがあるみたいだし、仕方ない。


 一通り聞き終えた二人が、苦い顔で唸る。


「なるほど。シンディ・ダイアモンドか……。たしかにそれはちょっと危険かも」


「ザラかわいいしなー。魔物や魔導士相手じゃなくてもこいつみたいなのに襲われたとき戦えたほーがいいんじゃね」


 あの、どんな魔法覚えても、こいつ、と指さされた人(魔族)に勝てる気がしないのですが。


「聞いてないよ……」


「お前も少しは戦えるようになれ」


「え~……」


「つかその話よくわかんねーけどジーク目当てだったんっしょ?悪いのアンタじゃん」


「……その件については校長にこってり絞られた……」


 校長っていうか生活指導にね。


「で。手伝いっていうのは。僕はさしずめ、ザラと相性のいい要素を視ればいいってところかな」


「じゃーあたしは素材集め?」


「理解が早くて助かる」


 また本人の意志を無視して話が進んでいる……。


 でも武器か。うん……。普段は学校から貰った魔道書を持ち歩いて、イザって時に備えてはいるけど、それも弱点が多いしなぁ。本失くなったら終わりだし。その点ちゃんとした魔導士は自分専用にエンチャントした武器を持っているものだ。


 何せこの世界には、魔物とそれぞれの特殊能力を持った亜人、魔法に自然災害と、生死を賭けたトラブルに事欠かない。ライセンスを持った一流の魔導士ですら、“ギルドに入ってないなら知らないよ”と政府に見放されているのだ。


 なので人よりピンチ遭遇率の高い私が、今より良い武器を持つことに何ら……何ら疑問はないね……。


「このあと予定が無いなら、俺の工房でミーティングをしないか」


「いいよ。僕は少し準備してもいいかな?」


「ああ」


「あたしも。倉庫ちょっと見てくるわ。許可申請もしておく」


 フェイスくんはもちろん占いの道具を、ビビアンは恐らく魔物学科や封印科が実習で狩った魔物の死体を魔法で保管している倉庫のことを指しているのだろう。ジークが創る――つまり錬金術で精製するには、どんなアイテムが必要になるかわからないからね。


「わ、私はなにしたらいい?」


 てきぱきと荷物を片付けて席を立とうとするビビアンとフェイスくんに焦りを感じ、ジークに訊ねる。当の本人が何もしないのはいかがなものか。


「……」


 しかし返ってくるのは無言!


「お前は先に俺と来い」


 なんか哀れみの目。いま思い知った。私、強くならなきゃダメね。


 ──ていうか、ジークの工房?ってどこ?研究棟にでも間借りしてるのかしら。


「旧校舎の俺の住まいをそのまま工房にしている」


 私は天井を仰ぎ、深く呼吸する。


「……行きたくない」


「おい」


「だってジークの部屋に行くってことでしょ!?そ、そういう手には乗らないんだから!!」


「いい加減にしろよお前どんだけ自意識過剰なんだよ!!」


「二人っきりで!!しかも人気の無い旧校舎なんて!!」


 ひしと自分の体を自分で抱きしめて必死の抵抗を試みる。


「じゃあ僕の水晶持って行きなよ。遠隔から監視しててあげる」


「乗った!!さすがフェイスくん!!」


 ジークが額の皺を伸ばしながら溜息を吐いたのは見なかったことにしておこう。


 てっきり姿を消したと思っていたフェイスくんから片手サイズの水晶を受け取って、しばしの別れを告げる。


 まあ、ジークは変なことしないってわかってるよ。信頼してるもん。












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