お前に拒否権なんてないからな・3





「どうした、そんな熱い視線を送ってきて」


「ごめんねそんなつもりなかった。やめるね。金輪際」


「い、いや、もっと!!穴が空くほど見つめてもいいんだぞ!!」


 やっぱり変態じゃないか……。




 私とジークは、校内の地下に広がる巨大な図書館へ続く階段を下っている。


 ヘルメス魔法学校は、魔導士の育成機関であると共に、国の大事な公共研究施設でもある。ひとつの町ほどの広さを誇るこの図書館では様々な本が扱われていて、子供でもわかる霊草の図鑑から、世界を破滅させる究極魔法を記した魔道書まで、あらゆる蔵書を手に取ることが出来る、といわれている。


 実際、あの図書館にある本を全部読んで記憶してる人間なんてそうそう居ない。目的のものを探すだけでも、日が暮れるどころか老人になりそうだし。なので利用者は少なかったりして、開放されているとは言ってもほぼ書庫のような扱い。


 ここを利用する権利は、生徒が行使できるもののなかでも、特に重宝されている(らしい)。これ目当てにヘルメスへの入学を希望する人が居るくらい。一般人はもちろん立ち入り禁止。魔導士でも、魔法庁発行の正式な免許を持ってないと許可が下りないとか。


 ジークが初めてこの学校を訪れたとき、図書館の蔵書にはあらかた目を通したらしいんだけど、なんでもつい最近、未だ見ぬ新しい魔道書が入ったような気配と噂があったということで。図書館を管理する委員長と親しい私が、仲良し特権で見られるものが無いかと案内する運びになったのだ。


 私はあまりにも、彼に借りがありすぎる。こうして微力にもなれないことが歯がゆいほどに。


 でも。でも私、いつかジークの力になれたら、借りを返したら、どうするつもりなんだろう?


「ふむ。魔界を思い出す景色だな」


「へえ」


 眼下に広がる、無限とも思える暗い螺旋階段。壁も床も不確かに黒く塗りつぶされ、辺りには何があるのかもわからない。ときどき宙に浮いたように現れるゴシックな踊り場と青緑色のロウソクの炎が、ありがた迷惑にも、ゴールはまだ先だと教えてくれている。


「こっちに来て、まず空の色と広さに驚いた。それから建築物だな」


「何となく、魔界って、真っ暗でコウモリとか飛びまくってるイメージなんだけど」


「センスはあながち間違ってないな……」


「空も紫色とかで……」


「外れ。黄色だ」


「不思議……想像できないな」


 真っ黄色の空か……。うーん。お母さんとハイキングに行ったとき、山の頂のほうがそんな色をしていたような。そのあと雷と雨で地獄と化して大変だったな。私なら絶対落ち着かないけど、ジークにとってはそっちのほうが自然なのよね。そう思うと、改めて別世界の人間だ。


「あと、こっちと比べて景色が狭いな。建築物がいちいちデカい。ビルってわかるか」


「あ~……なんとな~く……。南西のほうの大陸にあるという……やたら高くて窓がいっぱいついてる……」


「それだ。あれがいっぱいある」


「ひえ……巨人の群れみたい」


「はは、そんなもんだな」


 つまり魔界は科学文明が進んでるのか。


 この世界の南西部には魔素や魔物、それから亜人が殆どと言っていいほど存在しない代わりに、科学――特に電子工学の発達がめざましい。私たちとは生活水準がまるで違うらしいのだ。危険すぎて行っちゃダメだけど。


「ふむ。確かにそれに似てるかもな。まあこっちは魔素もバリバリあるし、亜人というか、魔族しか居ないが。更に……何というか、進んでいる」


 最近流行りのSFというヤツでしょうか。そのテの小説、読んだことないな。


「そこらじゅう真っ黒なビルと電柱でひしめき合ってる。あとタワーとかネオンか。道も車ばっかりだな」


「はえ~」


 間抜けな感嘆しか漏れない私であった。車も私たちの暮らしの中ではなかなか定着していない文化だ。何しろそういう工場、魔物と災害の餌食になっちゃうからね。


「やっぱり技術面がすごいの?」


「資源と人材が優秀ってのもある」


「なるほど……別の文明だね……」


「いつか見せてやる」


「うん。楽しみにしておく」


「もちろん俺の隣でな!」


「じゃあいいや……」


「な、なら俺はベンチで待っているから……」


「何で結局二人で来てる形になってんの!?」




 ていうか魔界って、どうやって行くんだろう。






 .


 .


 .






 明らかに地下より先だろとツッコみたくなるほど階段を降りて、ようやく真っ暗闇のなかに、金色の重たい両開きの扉が現れた。


 嘴の長い鳥(ジーク曰く朱鷺だそう)の顔を模したノッカーを叩くと、中から聞き覚えのある、どうぞ、という少女の声がした。ジークがドアハンドルに手をかける。




 押す。開かない。


 引く。開かない。




「……」


「……」




 がちゃがちゃがちゃ。




 しばらく格闘するが、扉はビクともしない。二人で顔を見合わせた。


『あ、今日はスライドですー』


「「何じゃい!!!!」」


 内側からの呑気そうな指摘を受け、私もジークもやや乱暴に扉を横にぶっ飛ばした。ズコーン、と音を立てて、隙間に収納された扉が衝撃でちょっと戻ってくるくらいに。


「ベタなことをさせる……」


「セキュリティのためでーす。ちなみに昨日はハンドル回して上に上げる方式でした」


 むしろ幸運な方だったのか、今日……。


「いらっしゃい、ザラ。待ってたよ」


 扉の先では、まん丸の眼鏡と黒いおさげ髪が特徴のヒューマーの少女が、満面の笑みで出迎えてくれた。


 彼女が私の友人で、この“図書館”の管理人、占星術科二年・図書委員長ことモニカ・キュリーだ。


 室内は、意外にもめちゃくちゃ狭い。塔の中のように、筒状の部屋になっている。


 恐らく俯瞰で見ると、彼女が座るテーブルと椅子から直径で数歩ほど離れたところに、まるで私たちを見下ろすように、壁に沿って円状に本棚が並んでいる形だ。それ以上の奥行はない。その代わり、本棚の天井が、

 見上げても一切の隙間なく、本、本、本。部屋のなかに窓はないが、昆虫のかたちをした暖かな照明魔法が飛び回り、本を広げたモニカの手元や私たちをふんわり照らしていた。地下とはいえ、一体どこからどうやって繋がっているのか、甚だ疑問だ。


「あなたがジーク先輩かぁ。実物初めて見た。拝んどこう」


「あんたもかい」


「はじめまして、キュリー女史。今日は世話になる」


「いいえ。暇なところにお客さんが来てくれて嬉しいな」


 あれ、ジーク会ったことなかったんだ?小声でそう耳打ちすると、彼女が居ない間に忍び込んだに決まってるだろう、と返ってきた。なるほど……。


 モニカは特徴だけ挙げると地味な女の子のようだが、実際はそうでもない。一見垢抜けない丸眼鏡も黒いおさげも、あえてやっているのだそうだ。確かによく見るとナチュラルメイクも上手いし、髪もツヤッツヤのサラッサラで、普段のケアの丁寧さが伺える。大きめの白いブラウスと、ボルドーのハイウエストロングスカートに黒タイツ。そしてさりげなくキャメルのウイングチップブーティ。男の子ってこういうの好きなんでしょ。


「早速だけど、いいかな」


「はあい。一応決まりだから、学生証見せてね」


 私と同じタイミングで、ジークが真新しい学生証を懐から取り出した。コインが埋め込まれた魔法合金のプレートカード。ヘルメス魔法学校に通う生徒にとって、これがあらゆる身分証明になり、同時に最大の特権でもある。コインには学校長の手によって様々なエンチャントが施されており、便利な機能からどうでもいい補助効果まで発揮される、生徒にとっては何でもありの“端末”だ。


 これを見ると改めて、ジークが同じヘルメス魔法学校の生徒になったんだと実感した。それにしてもどうやって……。


「洗脳でもしたの?」


「手順は省いたがきちんと手続きはしたぞ。校長にも会った」


「ぁゃしぃ………………」


 私が横目でジークを訝しんでいるあいだに、モニカが素早く行動する。


「はい。これが新しく入ってきた本。ぜんぶで二十冊かな」


 まだ包み紙も取れていない二十冊の本すべてを、彼女は部屋の隅から一度に運んできた。なかなかの怪力である。コツでもあるんだろうか。


「これ……見ていいの?」


「いいよいいよ。どうせ私以外誰もきちんと把握してないもん。校長先生だったら許してくれるしね」


 ――雑だ……!!


 ジークがモニカ同様、二十冊をヒョイと持ち上げて、


「では有り難く」


 扉に向かう。


 どこで読むのかって?


 そりゃあもちろん、


「あ、でもその代わり今日中に読んでねー。本当なら貸出、明後日くらいからだから」


 こっちも無理言うなあ……。












 .

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