お前に拒否権なんてないからな・2




 ……。


「なにこれ」


「バウムクーヘンだが」


「そう……」


 ──バウムクーヘン。


 北の帝国で生まれ、その後なぜか西部諸国で洗練された、中心が空洞になった円状のケーキ。棒状の芯に幾重にも生地を重ねて焼き上げ、最後に芯を引き抜くと、その表面がまるで樹木の年輪のように見えることからその名がついたとも。私は割としっとりしたやつが好き。


 二十何時間かぶりに、授業後の学校で会ったジークからいきなり白い箱を手渡され、その中身が、バウムクーヘンだと言う。はあ。


「なんでまた」


「昨日の詫びに……」


「昨日……」


 あっ。ハイ。完全に把握しました。記憶から消してたわ。


「ケーキ奢ってとは言ったけど……」


「俺が作ったものの方が美味いぞ」


 今日のドヤ顔である。


「え。作ったの……?コレすごい手間かかるんじゃなかった?」


「色々あってな……」


「い、色々あるとバウムクーヘン出来ちゃうの……?」


「……実を言うと。鉄から混練機を錬成しようとしたら失敗して、何故かバウムクーヘン専用のオーブンが生成されてしまってな……」


「ジークの錬金術にも失敗とかあるのね……」


「ウム……。若干ショックを受けながらしずしずとバウムクーヘンを焼いたという訳だ。長時間の作業のなか深い孤独と虚無感を味わい、これが贖罪か、とすら思った……」


 暗い顔で黙々と生地を回し、悟りを開いていくジークを想像したらかなりシュールだった。お菓子作るときくらい、もうちょっと幸せなこと考えてたら良いのに。


「そんな感じで俺の精一杯の謝意が篭っている。食べてくれ」


「重ッ」


 重いよ。そういうとこあるよ。


「せっかくだし一緒に食べようよ。自信あるんでしょ」








.


.


.








「お、おいしい……!!なんでこんなおいしいの……!?」


 食堂のカフェスペースにジークのバウムクーヘンを持ち込み、二人でコーヒーを注文して席に着いた。


 めっちゃおいしい。なんなのだこれは。


 ジークお手製の狐色のバウムクーヘンはしっとりしていてそれでいて重たくなく、焼き菓子特有の過剰なまでの甘さはナリを潜め、ふんわりと薫る花のような甘味が、軽やかな舌触りの生地の芯から通ってくる。一口二口と食べるほどに、思わずにやけてしまうようなミルキーさが……とにかく掛け値なしにおいしい!!何その才能!!


「生地にジャムやシナモンを練り込んである」


「おお……だからこんなに風味豊かなのね……」


「持ってくる前に少し冷やしておいた甲斐があったな」


「うん!ふんわりしっとり!私好みだなあ~」


「フフフ。そうかそうか。今度チーズ風味も用意してやるぞ」


 テーブルの反対側で、ジークが満足そうに何度も頷いて、フォークを進めていた。自分でも納得の出来みたい。ジロジロ見られながらだと食べにくいんですが。


 料理上手なの本当だったんだ。すごいなぁ。腹立つなァ。私も料理はする方だけど、お母さんには全然敵わない。どころか五回に一回くらいは自分でも信じられないモノが出来たりする。


 むむむ。ますます隙のない男ね、ジークウェザー・ハーゲンティ。私の女としての立場が怪しいぞう。……いや欠点あるか。変態だもんこの人。料理上手いのも絶対変態だからだ。


「スゲー失礼なこと考えてるだろ」


「はははやだな、そのとおりだよ」


「おい」


 ひと切れ食べ終えて、私はジークと向き合ってコーヒーを口に含んだ。深い苦味で、鼻腔がリセットされるのが名残惜しい。


 そういえばこんなふうにジークとお喋りするのは、この間のおつかい以来かな?相変わらず魔物から守ってくれたりはしてくれるけど、ジークはジークで、新しい友達と忙しいようだ。


「最近ジーク、人気者だよね。昨日だって追っかけられてたし」


「物珍しがられているだけだ。すぐ飽きるだろう」


「ふうん……編入も知らないうちに決まってるし」


「……あれはネロ達が取り計らってくれたんだ。何かと便利だろうとな」


「事情、話したの?」


「ある程度は」


「あっそう……」


「……」


「……」


 ジークが気まずそうに押し黙る。えっ、なんで。私なにか言ったかな。私としてはごく普通に返したつもりだったんだけど。


「その、なんだ。妬くな」


「ヤク……?」


 やく?なにを?


「意外とヤキモチ焼きだな、お前は」


「はい?」


「いやだから……」


「は???」


「……」


「なんて???」


「何でもないです……」


 そっかぁ。私の聞き間違いだったんだぁ。よかったぁ。私は女神のような優しぃ~~~い笑みでジークに凄む。ジークが咳払いでそれを誤魔化した。


「……先輩たちにも、手伝ってもらってるの?探し物……」


「いや。俺はお前と探すのが好きだから、それはしてない」


 私が気まずく目線を合わせないようにするのとは対照的に、ジークは何でもないことのようにさらっと言ってのける。ああ、そのストレートさが、困るんだってば……。


「なんなら今日も手伝うか?」


「いいの?」


 ジークの得意げな顔での提案に、思わず私まで期待を込めたような声を出してしまう。しまった、と後悔するがもう遅い。完全にノせられてしまった。


「なら行こう」


 ジークがギザギザの歯を見せて無邪気に笑う。


 はあ。私ってちょろいな……。








 .

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る