イケメンでも許されない・2
エメラルド・カレッジ・タウン駅から汽車に揺られること数十分。
ちょうど私の地元とのど真ん中にあるのが、魔導士たち御用達の町“オクトーバーストリート”。
近隣に住む魔導士たちは魔術に関するあらゆるアイテムを買うならばまずはここ、と評し、昼夜問わず賑わい続ける、まさに収穫祭オクトーバーフェストのような繁華街だ。
あちこちから怪しい匂いや不気味な音、様々な色の煙や光が空を塞いでいる。道行く人も大荷物を抱えていたり、魔物を閉じ込めた檻を押して歩いていたり、クリスタルやアクセサリーでごちゃごちゃになった杖を携えている人など、まさにといった雰囲気ね。
私たちはまず、お母さんが予約しているらしい、金具の専門店に向かうことにした。私もちょくちょく足を運ぶ馴染みの店だ。
「シェンさーん、いるー?」
異国風の店内で、店長の名を呼ぶ。と、店の奥の敷居をまたいで、丸眼鏡をかけたエプロン姿の男性が現れた。行商で諸国を渡り歩き、各地から集めた金属部品を扱う商人シェン・フーさんその人である。
「ザラちゃん。こんにちは。いつものおつかいかな?」
若いようで使い古された木管楽器のような、落ち着きのある優しい声。
シェンさんは私たちよりも若干黄色い肌を持つヒューマーで、笑顔を絶やさない人だ。柔らかい雰囲気は、私のお母さんにちょっと似ているかもしれない。
「そうです」
「あれ。そっちの彼は?」
「荷物持ちで一緒に来てくれてます」
「そっかそっか。じゃあ、ちょっとアレ出して来ちゃうから、待っててね」
「はい、お願いします」
シェンさんは――ビーズのカーテンをくぐって、さっき出てきたところとは違う場所へ消えていく。
私は大人しく、近くにあった草編みのスツールに腰掛ける。商品見てると、買いたくなっちゃうしね。
一方ジークは興味深そうに商品棚を覗いている。
「ジーク、何か気になるものあった?」
「ああ」
顎に手をやって(これクセなのかな?)まじまじと商品を見る横顔は、結構悪くない眺めだった。おー、そうそう。そのままならね。黙ってれば様になるわね、ホント。
「はーいお待たせ。スコーピオン社の丸カン四十個、球ピン四十個、樹雨製作所のピアスキャッチ十五個、マルグリット工房の尾輪の台座三個。しめて二百三十五ソル!」
小さなダンボールを持って、シェンさんが私とジークの間に割り込んだ。
私がお母さんから受け取っていたお金を渡してダンボールごと荷物を引き取ると、シェンさんはまいどー、と上機嫌に紙幣を数えた。
代金の確認も終わってさあ次へ――と思った矢先、シェンさんが、ひとつの鍵のようなものを持って佇むジークに気付いた。
「きみ、それ何だかわかる?」
「年代物のインベントリーキーですよね。確か……旧オクハ社の」
瞬間、シェンさんの目が輝き出す。
「そう!!そうなんだよ!!若いのによく知ってるね!!」
「子供の頃、父が持っていた雑誌で見て憧れていました」
「わー!マジ!!?これ手に入れるの超大変だったんだよー!!」
「プレミアついてましたもんね」
「うんうん!!」
ジークの腕を取ってブンブン上下に振るシェンさん。
えっ、なんか始まった。私を他所に。
「以前はミダース工房のハンターを使ってました」
「あーアレもブランドものなだけあって、整頓と調合が便利だよねー。見やすいし。逆にスカイキッドのファンタジーあたりは最悪だね。容量小さいし」
「わっっっかります……まさか追加容量が月額課金だったとは……」
「二十五ソルくらいいいんだけどねー。なんか絶妙に躊躇う金額だよねー」
「その点αタイプは増やす楽しみもありますよね」
「確かに。オーディンとか個性出てていいよね」
「愛嬌ありますよね」
すごい盛り上がってるじゃん……。
二人は一気に意気投合したようで、専門用語を飛び交わせながら、あれやこれやと次々に品を手に取っては、それについてコメントして楽しんでいた。女子の買い物って、傍から見るとこんな感じなんだろうか。
「いやー、君すごいね!どこの魔導士だい?さぞ名家の一族だろう」
「地方の錬金術師です」
「またまたぁ!これの価値をわかる人はそうそういないよ。居ても使いこなせるのはもっとごく少数だ」
「俺はこういう物のほうが肌に合います」
「そっかそっか。だったらコレ、安くしとくよ。やっぱり、道具はちゃんと使える人のところにあったほうがいいもん」
「いいんですか」
「構わないよ!ほんとはタダであげたいくらいだけどね、カミさんに怒られちゃうから」
「ありがとうございます」
どうやらジークの買い物が決まったみたいだった。私は暇つぶしに見ていた窓の外から視線を戻し、レジの前に立つジークの背中から顔を出す。
「なんですか、それ。鍵?」
「そ。
鍵・を丁寧に梱包しながら、ニッコリ笑うシェンさん。
「へー……」
「アイテム頼りの魔法職はみんなひとつは持ってるものだよ。なにせ工房が持ち歩けるようなものだからね」
「すごいですね」
「最近は冒険者のあいだでも流行りでね。うちに探しに来る人もいるけど……いやあ、これに目をつけるとは」
「何がそんなに違うんですか?」
「まずなんといっても容量だよね!普通の“鍵”とはケタが一つ違うよ。そして的確なカテゴライズ機能とソート機能による管理のしやすさ!最後に使った日から最古に収納した日、さらに時間も秒刻みで遡れる!色順サイズ順名前順所持数順なんでもござれ!あれなんだっけ?と思っても部分一致検索機能つき!魔力接続のレスポンスの速さも一級品でねえ~~~」
後半早口でほとんど頭に入ってこなかったけどすごいのは伝わった。なにしろいい大人に唾飛ばされたから。
「そんな便利なものなのに、貴重品なんですか?」
普通、便利なものって普遍的価値があるのでは。みんなが手を上げて喜ぶものなら、需要と供給の問題で、どこへでも流通していそうだけど。あまつさえ廉価な複製品が出るとかも、ありがち。職人用だとそうでもないのかしら。
「うん~……それがコレ、二十年前のモデルでね……当時、時代を先取りしすぎて大量生産しなかったものだから、割とレアなんだよね~。当時の魔導士にはオーバースペックだったっていうか。でもでも、実は内部の魔法情報が結構アナログで、最近のに比べて扱いやすいし、鍵じたいもノーム銅で出来てて頑丈だからモノはすごくいいんだ!知名度が圧倒的に低いだけで!」
「そういうのでいいんだ、そういうので……最近のは余計な機能が多くて困る」
こっちはなぜか感心してるし。
「わかるよぉ~~~僕も行商行く時はなるべくシンプルなものがいいもん。勝手に内部で薬草が錬成されてた時は業者にガチクレームいれたよ!ハハハ!」
――ジャッキーン!!
シェンさんの快活な笑顔とともに、レジのキャッシュドロアーが飛び出した。
「よかったね。なんか良いの見つかって」
「荷物持ちで来たのに、悪いな」
「いいよいいよ」
ジークにダンボール箱を渡して、ひとまずお使いの第一歩は終了した。
「また来てねー!特にエルフの彼ー!」
本音漏れてる本音。
シェンさんの見送りを背に、私たちは次の店を目指すことにした。
ちなみにジークが買った魔法の鍵の値段は、大きめの家具くらいでした。それを彼は、いとも容易く、現金キャッシュで、一括で、払ってのけたのです。
「えーっと次は……あっち!」
シェンさんのパーツ屋から歩いて数分、怪しい占い屋が立ち並ぶ“月光通り”に、その店はある。
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