『面白い女』・3




 ――私、ザラ。ヘルメス魔法学校に通う、ちょっと腕の肉が足りないけど、どこにでもいる普通の女の子!


「いっけなーい遅刻遅刻✩」


 さ、今日も急いで学校に行かなくっちゃ!


「お母さん、いってきまーす!」


「気をつけてねぇ、ザラちゃん」




 だけど私には最近、悩みがあるの……。


 それは、学園一のイケメンでモデルやってて実家がお金持ちで成績も良くて運動も出来て幼馴染にサッカー部の爽やかイケメンと弓道部の堅物イケメンと背の低い女装っ子イケメンを持つ、普初対面で壁ドンで私に告白してきて以来私を振り回す普段は俺様だけどほんとはネコとかスイーツが大好きな赤髪の男の子が、片腕を無くして入院しちゃったから、私がその彼に代わってグロテスクな魔物たちを倒すために魔法少女に変身しなきゃいけないってこと!




「きゃっ!いったーい!もう、どこ見てるのよ」


「ああ、ごめんなさい!」




 たいへん、曲がり角で男の子とぶつかっちゃった!


 って、こいつ、私のスカートのなかに頭突っ込んでるじゃ~~~ん!!


「こ、このヘンターイ!!」


 私がカバンでその子を思い切りブン殴ると、


「ぼげぎゃばえらばばばばっばばbbbおごべえろぼおおええええぇぇ!!!!!」


 男の子は断末魔とともに血と蛆虫を吹き出しながら天に召されて行っちゃった!


 ひええ~~~私の学園生活、これからどうなるの~~~!?


 次回、『はじまりのキス』!「面白いな、お前。俺の女になれよ……(CV小野●輔)」


 ちょっと、今のウィスパーボイスは誰~~~っ!!?




.


.


.




 ――「悪夢か!!!!!!!!!!!!!!」


 悪夢だった。ほっと胸を撫で下ろす。普段の生活とのギャップがすごすぎて死ぬほどカオスな夢を見てしまった。


「あれ……ここどこ……」


 重い瞼をこすって、自分が寝ている場所を見渡した。


 眩いばかりの白いカーテン、白いベッド、薬品の匂い、寒くも冷たくもない空気。


 学校の医務室だ。


「なんだ、私、長い夢を見てたんだ……」


 安堵したのも束の間、私がいるベッドの横で足を組んで椅子に座っている人物の存在が、私の言葉を否定していた。


 深い紅の髪、琥珀のような瞳、黒の制服。


「たす、かったんだ」


「ああ。二人共な」


 魔物から逃げ回っているときには見せなかった、優しい微笑みがそこにあった。


 その笑顔が無性に嬉しくて、ぜんぶ終わったんだと思って、一気に感情の堰が切れた。


「よかった、よかったよぉ~~~!!」


 私は見ず知らずの――でも一緒に死線をくぐり抜けた彼に抱きついて、子供みたいにわあわあと声をあげて泣いた。


「怖かったし痛かったしもお~!!なんなのぉ~!!うええ~~~!!」


 喜んでいいのか怒っていいのか悲しんでいいのかわからなくて、わからないのも歯痒くて、涙を拭うのも放って彼に縋り付く。


 縋り付いて――自分の右腕と、私の肩に乗っている彼の手に、違和感を覚えた。


 私の腕には治療のあとどころか痛みもないし――彼は五体満足だった。


「腕は治した」


「治した!?」


 あの状態からどうやって。


「俺の魔法でだ」


「で、でも、ちゃんと動いてるよね?ほ、ほら、抓ると痛いし。神経通ってるよね」


「あの魔物からいくらか頂戴して繋げ直した。無駄にデカかったからな」


「はい?」


「ま、深く知る必要はない。ともかくお互い無傷だ」


 うん。知らないほうがいい気がしてきた。(といっても、このあと否応無しに察しがつくことになるのだけど)。


 私が泣き止むまで彼は頭や背中をさすってくれて、改めて冷静になって、自分の行動の恥ずかしさを実感した。


「あの魔物はどうなったの?」


 私は鼻をかみながら訊いた。


「安心しろ。必要の無い部分は灰にしておいた。今頃風に乗ってどこへやら、だ」


 燃やしたってことでしょうか……。


 彼は至極冷静に言ってのける。魔物とはいえ生物の命を奪ったのであろうに。

 まあ、この世界で生きていく上で、それについて異論を唱えるつもりはないけれど。だってそうしなければ、殺されるのは私たちだった。


 半身半馬の魔物と、それに寄生していた脳みその魔物。


 その最期を思い出し、想像するだけで……胃の辺りから酸っぱいものが登ってきそうだった。


 それよりも、と彼が私に向き直る。


 ……向き直るのはいいんだけど、何故熱い視線を送りながら、私の手を握っているのでしょうか?


 悪夢の切れ端が頭の中でリフレインする。知ってる流れだな、コレ。


「面白いな、お前。俺の女になれ」


「ブフォッ」


 漫画と小説の読み過ぎで頭がおかしくなったのかと思った。


「お前の命よりも――心が欲しくなった。気に入った。惚れたぞアンリミテッド」


 ―――…………はい???


 スンッ。私の中の乙女が死んだ。女性ホルモンが全力で逃げたがっていた。

 直感が警告している。、と。


「イヤそんなこと急に言われても……あなたのことまだ知らないし……」


「これから知ればいい!」


 急に語気が強くなった。心なしか自慢げに顔を紅潮させて、彼は歌うように語り始めた。


「お前の強い心に二度も命を救われた。故に!俺は生涯をかけてお前を守ると誓ったんだ!」


「ちょっ……」


 どこが故にだよ。そこからが飛躍しててわからないよ。


「別に私、お礼が欲しいわけじゃないし……正直、自分にやれることをやっただけだから、助けたなんて思ってないし……む、むしろ私を助けてくれたのはあなたでしょ?」


「じゃあお礼に結婚しろ」


「おい」


 調子乗りすぎだろ。


 とんでもないことになった。


「……イヤだって言ったら?」


「聞こえないフリをする」


 なるほど。こうしてストーカーは生まれるのですね?私はいま、犯罪の息吹が芽生える瞬間を目撃した。


 私は正直、恋愛に関しては素人だ。

 男子にあまり興味がない。それよりも友達と一緒になったりならなかったりしながら、アクセサリー作ったりネイル塗ったりしてるほうが楽しい。

 それに、生憎あの極限状態を乗り越えた直後にそんなスイーツな頭に切り替えられるほど、その方面で器用ではないのだ。


 ……なので、そろそろ手を放してほしかった。


「そういえばまだ名前も聞いていない!教えてくれ!」


「声でけえなこの人……」


 ずずいと彼の顔が近づいた。戦闘時のクールなニヒルっぽさはどこへやら。彼は散歩に連れて行ってもらう前の犬のようにハシャいでいた。


 仕方ない。結婚じゃなくても改めてお礼するのに、名前くらいは聞いておかないとね。


 手はもう、トイレに行くとか言って放してもらおう。


「私はザラ・コペルニクス……。ここの黒魔術科二年」


「俺はジークウェザー・ハーデンティ。魔界の公王にして、偉大な錬金術師である」


 


―――……………………………はい??????




「……あなた、顔のいい幼馴染や友達はいる?」


「ふむ……。いるな」


「……成績と運動は……聞くまでもなさそうだな……」


「魔界の魔法学校を飛び級で卒業してきた」


「……ネコとかスイーツはお好き?」


「うむ!」


 役満じゃん!!!!!


 しかも彼――ジークウェザーは、「ジークでいいぞ」とか言いながら、自分に興味を持たれたと思ってたいそうワクワクしていた。


 もしかして私は命と引き換えに大事なモノを失ってしまったのではないだろうか。平和な日常とか。


 今までもときどき魔物に追われることはあったけど、プライベートには問題なかった。


 家には優しいお母さんがいて、学校で授業を受けて、友達と喋って、放課後には買い物に行って甘いものを食べたりして。


 それに無理やり彼がぶっ込んでくる日々が始まってしまったのかと思うと、気が遠くなった。


「あ、おい!大丈夫か?」


 力なくシーツのなかに戻っていく私。


「歩けるようになったら、家まで送ろう」


 クッ!もう実家を特定するつもりか!


 この数分で物の見事に私はめんどくさい自意識過剰女へと成り下がってしまった。


「俺は――お前に会えて良かった。本当に、感謝している」


「……」


 私は毛布を頭まで被る。


「そういうの――恥ずかしいから、ヤメテ」


 くぐもった声が彼に届いたかはわからない。


 でも彼は、ギザギザの歯を見せて、無邪気に笑っていた。






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